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2018
03.02

時の轍 4

Category: 時の轍(完)
道明寺司が第一線を退いてからどうしているのか。
マスコミに書かれることはなかった。
だがもしかすると体調が思わしくなく、療養生活といったものに入っているのかもしれない。だとすれば、自らの足でここまで来ることは出来なかったということになる。
私は席を外していた男が戻ってくると訊いていた。

「あの。この手紙だけで母があなたのお父様とお付き合いしていたとは信じられません。それに母の骨が欲しいならどうしてお父様ご本人が来られないんですか?あなたのお父様がどうしてお見えになられないんですか?それともお加減が悪くて無理だということでしょうか?」

その問いかけに道明寺悠は私の目をしっかりと見ながら話し始めた。

「あなたのお母様と私の父が高校生の頃付き合っていた話しですが、今では記憶している人間は殆どいません。何しろ短い時間でしたから。ですが二人は本当に付き合っていたんです。当時父は高校3年生であなたのお母様は2年生。同じ学園に、英徳学園に在学している時に知り合いました。それから二人が付き合ったのは1年にも満たない期間です。それは父にとっては初恋で道明寺の家を捨ててもいいといった激しい恋でした。当然ですが結婚も望んでいました。
そんな父は二人の交際に反対していた祖母から条件を付けられました。その条件をクリアすれば二人の交際を認めると。それは父がNYで事業を学び家業を継ぐだけの人間になり、それ相応の成果を発揮することが出来れば二人の交際を認めようという条件です。ですから高等部を卒業後あなたのお母様を4年後迎えに行くといいNYへ向かいました。しかし約束を守ることは出来ませんでした」


そうだろう。
母を迎えに行くと言って迎えに行くことがなかった男に、こうして息子がいるということは、別の女性と結婚したということになり、約束は守られなかったということだ。
だが道明寺司の妻がどんな女性か知らない。
ただ、道明寺という家名に合う女性なのだということだけは分かる。
そして息子の顔立ちからしても妻となった人が美しい女性であることも窺い知ることが出来る。

「あなたのお母様が亡くなったことを知ったとき、寂しげに酒の入ったグラスを傾けながらそれまで誰にも言えなかった若い頃の恋の話を私にしたんです。
約束が守れなかったことを申し訳なかったと悔やんでいました。本当は葬儀にも参列したかったんです。しかし参列すればお母様との関係を問われることは分かっています。だから参列しませんでした。そんな父は魂だけを見送りました。それから命日には彼女を偲んでいました。墓参りにも行っていますが、当然命日を避けての行動です」

誰かと鉢合わせをすることを避けながら訪れている母の墓。
そう言えば、命日に墓を訪れたとき、毎年決まって上質な白いユリの花が活けられていた。
だから前日、もしくはそれ以前に誰かが訪れていたことは明らかだが一体誰が?といった思いはあった。

「それから何故父が直接この場に来ないのかということですが体調が思わしくないからです。ですからこうして私が父の代わりにお願いに伺った次第です」

そして父と息子の間で問わずとも語られた二人の関係。
私は話しを聞きながら向かいに腰掛けた男が、長年自分の父親が母親以外の女性を思っていたことを知りどう思っているのか、息子という存在は、父親のそういった思いを男として肯定的に受け取るのか。それとも受け入れなかったのか聞きたいと思った。


「あの。あなたは自分の父親が母親以外の女性に心を奪われていることが厭ではなかったのですか?それにあなたのお母様は、このことをご存知なのでしょうか?失礼ですが、あなたのお母様はご存命ですよね?それならこんなことが知られたらどうお思いになりますか?息子のあなたがいいと言っても、お母様がお知りになればいい気はしないはずです」

この男性の母親が生きているかどうか本当は知らないが、夫が亡くなった昔の恋人の骨を欲しがることを異常だと思うはずだ。
そんな私の質問に道明寺悠は不思議な笑みを口元に浮かべた。

「私の母ですか?ええ。母は生きています。母はあなたのお母様の事も知っています。それに今回のことも知っています。それに私がこうすることを気にしてはいません」

「そうですか…..」

あっさりと答えを返されればそうですかとしか言えなかった。
夫婦とは言え、互いのことには口を出さないといった夫婦もいる。
それにプライドといったものもあるのだろう。気位の高い人なら夫の浮気など放っておこうと決めたのか。それに名家では愛人がいる夫に何も言わない妻も多いといった話も訊く。だから気にしてないという態度なのか。
そして息子である道明寺悠は、自分が父親に対してどういった思いを持つのかを口にした。

「私が父親をどう思うかですが、父は道明寺という大きな会社の社長であり、その存在は父親というよりも経営者でした。今はのんびりとしていますがね」

そう言った男の目は、決して父親を非難しているのではなく、憂いというものが感じられどこか印象的だった。

道明寺悠はこの手紙はお預けしておきますと言い立ち上った。
そして父親の願いをどうか訊いて欲しいと言い、スーツの内ポケットから一枚の写真を取り出した。

「あなたのお母様が大学時代NYにいた父の元を訪ねてきた時撮影されたものです」

それは手を繋いだ若い二人の姿。
そしてひと目見て分かったのは、背の高い男性が小柄な女性を大切に思っていること。
ビジネスの最前線にいた道明寺司と言えば、他を圧倒するような勢いといったものがあった。だがこの写真の中の男性はそれがない。目も口許も身体全体から感じられる雰囲気も、全てが優しく感じられ、世間で言われていた笑わない男とは全く別の人間がそこにいた。





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コメント
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dot 2018.03.02 07:40 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
悠に色々と訊いた周子。
突然母の骨を分けて欲しいと言われ戸惑うのは当然です。

こちらこそいつもご感想を頂き、大変有難く拝読させて頂いています。
そしてこちらの短編、すでに書き上がっているのでアカシアの中では完結しています。
あと少しだけ、本当にあと少しだけお付き合い下さいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.03.02 21:54 | 編集
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