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2018
03.01

時の轍 3

Category: 時の轍(完)
私は封筒を開けるのが怖かった。
娘の私が母親の過去を知ることが怖かった。
母親が母である前に女であることを知るのが怖かった。
それは、母は母親であり、それ以外の人種として見たことはなく、女ではないと思っているからだ。だが娘なら誰でもそう思うはずだ。
そして母親も娘の前では自分が女でいることを示そうとはしない。

けれど、この封筒の中は母が女であることを告げる手紙が入っているということになるのだが、道明寺司の息子である男は、当然のように書かれている内容を知っているようだ。
だから、ああいったことが言えたのだろう。

『それから娘であるあなたにはショックかもしれませんがこちらの封筒の消印からして、父とあなたのお母様の付き合いはあなたのお父様と結婚してからも続いていたようです』


遠い過去から突然届けられた封筒の表に書かれた文字は確かに母の字。
改めて表書きをしげしげと眺めた。そして裏を返して見た差出人の名前は西野つくしとなっていた。
それは女性らしい柔らかな丸みが感じられる文字だが、その文字は真面目な人柄も表していた。だからそんな母が他の男性と密に会っていたとは信じられなかった。

そしてこの手紙の消印は20年以上も前のもので、その頃の私は小学生だったが、もしその頃頻繁に会っていたとすれば、私は気付いたはずだが気付かなかった。
だが家族に気付かれないように注意していたのだろうか。

正直開けるのが怖い。
だが母親が道明寺司と付き合っていたことに興味があった。
母と道明寺司という経済界の大物と言われる人物の関係がどういったものだったのか知りたかった。関わっていた頃の母を知りたいと思った。


そしてまず思ったのが何故別れたのか。
それはどんな別れだったのか。
だが別れた後もこうして手紙のやり取りがあったというなら、二人の別れは別れたいから別れたのではないのではないかと思った。

それは明確な別れの理由などなく、道明寺という大財閥の家に生まれた男と、ごく普通の家に生まれた女との恋に障害があったからではないだろうか。
それはいつの時代でもあると言われる身分違いの恋。
いくら世の中が平等だといってもお金があるかないか。家柄がいいか悪いか。そういった問題が無くなることはない。


人は深く相手を愛するようになれば、相手の心が読める、相手の心が叫ぶ声が聞こえるようになると言う。
若い二人は恋におちた。母は愛されていると感じていた。
だが相手の立場を考え、とるに足らない別れを演じて恋人と別れたのではないだろうか。
そう思う私は間違っているのだろうか。
だがあの母ならそうした行動を取ったのではないかという気がする。相手を想いながらも自分の想いを心の中に隠し表に出さない。母の笑顔の奥にはそういった思いがあったはずだ。


私は手紙を取り出し開くと文字を目で追った。






『ごめんなさい。随分と前からお約束をした日でしたが、その日は都合が悪くなりました。
急なことですが、本当にごめんなさい。今度は必ず会いに行きます』

封筒の中に入っていたのは、たったそれだけが書かれた簡単な手紙。
今の世の中でたったそれだけの短い文章を送ることに手紙を書くこと自体が珍しいのだが、母親の世代ともなるとそれが普通だったのか。
いや。電話という手段もある。だが文字にして残すことを選んだのは、思い出が欲しかったからか。もしかすると互いに心の拠り所にするものが欲しかったからなのか。
どんな理由であれ、二人は手紙でのやりとりを選んだということだ。

だが母の遺品を整理したとき、道明寺司という名で送られてきた手紙はひとつとして無かった。母からの手紙があるなら当然相手からの手紙もあったはずだが、それ以前に母はどんな手紙も残していなかった。

それは何故なのか。
心の中に秘めた想いは誰にも知られたくないと、死して自らの亡きがらが無くなる前に燃やしてしまったのだろうか。
人は人生の末路が見え始めれば、それなりに準備というものを始めるが、母の年ではまだ考えるには早いはずだが、それでもいつか亡くなる自分の身を考え、届いた手紙を処分してしまったのだろうか。
だが、母はそれで良かったのだろうか。
恋しい人からの手紙を捨てることに悔いは残らなかったのか。一人何度も読み返すことをしなかったのか。

それとも自分の死後その手紙が残ることで何か問題が起きるのではないかと思い処分したとすれば、母は道明寺司に自分のような人間が関わっていたことを恥じだと思ったということか。それとも残された子供たちが手紙の内容にショックを受けることを考えたからなのか。とにかく母の元にも届いたはずの男からの手紙は一通も残されてはいなかった。

それにしても、母の骨が欲しいというなら、道明寺司本人が来ればいい。
それに会いたいと思った。
母の昔の恋人であり、亡くなった母の骨を欲しいという道明寺司という人物に。





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コメント
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dot 2018.03.01 07:16 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
えーっとですね(汗)色々と疑問があったとしても短編ですからすぐ終わりますからね?
悠と周子しか登場していませんが、もう少しだけお付き合いいただければと思います。
コメント有難うございました^^


アカシアdot 2018.03.01 22:35 | 編集
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