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2018
02.19

恋におちる確率 73

「牧野さん。横を向いて下さらない?」

つくしは、挨拶を済ませるとすぐ横を向かなければならなかった。

「いいわね」

いきなりいいわね。と言われたが一体何がいいのか?
道明寺HD社長の道明寺楓は日本支社の最上階で副社長である息子の執務室にいた。
それは突然の出来事。NYから東京を経由し北京へ向かうという楓のスケジュールに、副社長である我が子と会う予定はなかった。だが楓は我が子が結婚を前提に付き合っている女性に会うため日本支社へ足を向けた。

かつて楓の第二秘書をしていた専務秘書の野上から牧野つくしのことは訊いてはいたが、彼女の報告は確かだと感じていた。そして食品事業部コーヒー三課にいたつくしが淹れたコーヒーを味わっていた。



「社長。彼女のどこがいいと仰っているのでしょうか?」

司はそう聞いたが、その声はまるで会議の最中の声のようにビジネスライクだ。

「意思の強そうな顎。だらしなくはないわ。何事もやってのけるだけの力が感じられる。仕事に対してのモチベーションは常に高い」

楓はそう言って、もういいわ、こちらを向いて頂戴と言った。

「牧野さん。あなた司と結婚を前提に付き合っているそうね?息子から聞いているわ。それからあなたわたくしが反対すると思っているでしょ?でもご心配なく。わたくしはいい年をしたこの子の決めた人生に口出しはしません。
それなのにわざわざ司が前もってわたくしに言ったのは、自分がいかに本気かということを言いたかったのでしょう。わたくしはこの子の母親ですから、言いたいことは理解できます。
それにわたくしたち経営者はどんなにいい洋服を着ている人間でも、その下を見る力を養っているわ。つまり表面をいくら綺麗に着飾ったとしても無駄だということよ?例えばマリアのようにね?」

つくしの前でそう話す女性は全てを知っているといった態度だ。
だがそれはもっともだ。彼女がつくしとマリアが会っていることを司に伝えたのだから。
そして道明寺楓について知っていることと言えば、社長であり司の母親という事実だけだ。

そして道明寺楓が息子とはどんな親子関係にあるのか。
幼い頃は子供を返り見ることのない母親だったと言うが、今はいったいどんな親子関係なのか。司は語りたがらなかったが、それが流儀だとしても、プライドの高いこの親子はそれでも分かり合えているのだろう。

「それからあなた菱信興産の新堂専務からお付き合いして欲しいと言われていたそうね?でも断った。あの会社も大きな会社で見通しは明るい会社よ。それに新堂巧の方が司よりも優しいはず。それでもあなたは彼より司の方がいいのね?」

親子関係とは、子供がいくつになっても親にとって子供は子供だ。
会話では子供扱いしてなくても、心の中では子供として扱っているはずだ。それでも社会的に成功した大人はその感情を表に出すことはない。だがどんな親も敵を前にすれば、鷹のように高い位置から相手を見下ろし、弱点を探し出し、そして急降下して息の根を止める。

だがしかし道明寺楓が我が子を守る鷹だとは思えないが、何かあればどんなことをしても我が子を守ろうとするはずだ。
そんな女が訊いた新堂巧より司の方がいいのね?の言葉は少なくとも我が子の方が別の男よりも優れていることを自慢しているようにも思える。

そして、楓にとって目の前のつくしは未熟な女と映るかもしれない。
だが息子の決めた人生に口出しはしないと言った。そしてうちの子でいいのね?と返事を促されているのだから、つくしは答えないわけにはいかない。


「確かに新堂さんから真剣に付き合いたいと言われましたが、新堂さんは違うんです。何が違うと言われても違うんです。ですからそうとしかお答えできません。それに私は副社長から運命の人間だと言われました。副社長は出会った相手に軽々しくそんな言葉を言う人ではありません。だから私はその言葉を信じています」

「そう。牧野さんあなた司に運命の人間と言われたの?」

「はい」

これが息子の結婚相手の面接だとすれば、厳しいことを言われたとしても覚悟は出来ている。だがそういった言葉は今のところ訊かれなかった。

「司は….この子は社会に出てこうして仕事をしていくことで、自分が何をしなければならないかを知ったわ。それまでは…訊いているわね?司が幼い頃、わたくしがこの子を顧みることなくビジネスに力を入れていたことを。そのせいで手の付けられない子供時代があったことを。だからこの子の若い頃は楽しいとは言えなかったはず。でも大人になれば、自分の立場をわきまえるようになったわ。だからこうしてビジネスでは一流と言われる男になった。でも女性関係の方は、どういう訳かいい加減だったわ。もしかすると反動かもしれないわね?何しろわたくしはこの子がまだ高校生の頃、結婚相手を用意したわ。道明寺に見合うような家柄の娘たちをね?」

その話しは訊いていた。
外見の賛美と財力があることと、血筋だけを重視されモノ扱いされたことを。
そして財閥の跡取りとして結婚相手を決められそうになったと言うことを。

「でも計画どおりには進まなかった。この子が拒否するのは分かっていたけれど、それは酷いやり方で拒否したわ。今ここで言ってもどうしようもない事ばかりだから言わないでおくわ。何しろこの子はわたくしの事をババァ呼ばわりでしたからね。親を親とも思わない子供だったわ。でもそれは、わたくしにも非があったと認めないわけにはいかなかったわ」

楓は息子が結婚しないことを、あの時の復讐ではないかと思うこともあった。
財閥の繁栄を求めるため、好きでもない女を宛がおうとした母親への復讐ではないかと。
何しろ、高校生の頃の司は道明寺の家が潰れても構わない、俺の代で潰れてしまえばいいと言っていたのだから。

「昔ばなしはもういいだろ?俺が悪かった頃の話はこいつも知ってる。こいつに隠し立てするようなことはない。全部話をした」

「そう。それならいいわ。後で訊いて驚かれたら困るもの」

司は突然現れた母親がつくしと話しがしたいと言ったとき、母親が何を言い出すのか心配した。だが母親の口から語られたことは、彼自身が既に話していたことで、つくしも知ることだ。だから憮然として母親を見たが、楓は軽く受け流した。

「人生は何もかも計画通りには進まない。特に人には心があるから尚更ね。人の心は頭で考えたようにはいかないもの。でもわたくしは、それに気付くのが遅れたの。だからそれ以来この子の人生には口出しはしなかったわ。それに男だからそれなりに色々とあるわ。そんなこの子がスイスで見せた表情は今まで見たことがないものだったわ」

楓は牧野つくしと侯爵令嬢のマリアが一緒の写真を目にした息子が、今まで見たことがないほど真剣な眼差しだったことを思い出していた。

「牧野さん。あなたこの子と結婚する気があるなら、それ相応の覚悟はあるということね?何しろ会社の経営といったものは決して楽ではないわ。会社は常に前進あるのみ。それは船が決して後ろに下がらないのと同じ。それに大勢の従業員に対しての責任といったものが経営者にはある。司に何かあったとしても一緒に同じ道を歩む覚悟はあるかしら?」

人生はいいことばかりではない。
楓が言いたいのはそういったことだ。

「はい。私は彼に運命の人間だと言われましたから共に同じ道を歩みます。『人間の運命は人間の手中にある』という言葉がありますが、運命というのは、その人が決めることで、運がいいとか悪いとか自分以外の人間に責任を転嫁するなと言います。私は自分で決めたことは何事も逃げることなく、正面からぶつかって行く人生を歩んできたつもりです。ですから彼と一緒に生きていくならそのつもりです」

つくしは何の抵抗もなくその言葉が言えた。
そして目の前の女性に対して怖いとか、恐ろしいといったことは思わなかった。
何故なら今目の前にいるその人は、社長ではなく母親の顔をしていると感じたからだ。

「その言葉、サルトルね。専務秘書の野上もあなたは頭がいいと言っていたけど本当ね?野上は若い頃わたくしの秘書をしていたの。彼女が言ったわ。副社長の秘書になった女性は賢い女性だと」

楓はそれ以上言わなかった。
それは牧野つくしについての人物評価が終ったということだ。

「そろそろ時間のようね。北京に行かなくては。牧野さん失礼するわ。副社長をよろしく」

つくしは楓が執務室を出て行く姿に頭を下げ、司は目を細めただけで何もしなかったし言わなかった。
だがその顔に浮かんでいたのは、10代の少年が親を見送るときのような、『またな、お袋』といった表情。
司にとって道明寺楓は母親であり社長だが、今までは社長としての色合いが濃かった。
だがこの瞬間どこか不自然さが残るがそれでも親と子としての空気があった。
互いにプライドが高いため、言葉にすることはなくても、そこには確かに親と子だけに感じられる何かがあった。










「ふぅ…緊張した。社長に会うのは今日が初めてで、それも司のお母様として会うわけでしょ?足が震えたわ。でも、やっぱりよく似ている。親子だから当然だけど、目元や口元。捉えたら逸らすことを許さない視線の鋭さとかそっくりね?」

つくしは司が黙ったまま何かを考えている姿に気付くと言葉を継いだ。

「どうしたの?」

「.…人の心が頭で考えたようにはいかない。まさか社長の口からそんな言葉が出るとはな」

思いもしない言葉を言われたが、それが遠い昔、息子を財閥の駒として結婚を画策していた頃への贖罪のように聞こえたのは気のせいではないはずだ。

「でもその通りでしょ?人の心を自由に操ることなんて誰にも出来ないでしょ?」

「いいや。それは違うな。俺の心はお前に囚われた。だからお前は俺の心を自由に操ることが出来る」

そんな言葉を執務室でいう男は、もはや恋におちた男ところではない。
ただ一人の女性の前でなら、ひざまずいてもいいと思える男だ。
実際男はソファから立ち上がると、隣に座っていたつくしの手を取り立ち上がらせた。そして自身は彼女の前に片膝をつき、上着のポッケットから指輪を取り出した。

「つくし。結婚してくれ。ウィーンで言った言葉もそうだが、お前は俺の運命の人間だ。つまり俺からは逃げられない運命だ。だから受け取ってくれ。本当はウィーンで渡したかったが間に合わなかった。渡すなら最高の物を渡したいと思ってな。それが届いたのが今日だ。それも社長が来る前に届いたんだが縁起がいいんだか悪いんだか。けど社長の話を訊いたろ?副社長をよろしくってな。あの言葉の意味は俺のこと頼むってことだ」


女はプロポーズされたとき、喜んで笑うものだとつくしは思っていた。
だが気付くと瞳の表面には涙が浮かんでいた。

「おい。こんなことで泣くな。涙ってのは哀しいとき流すものだ。嬉しいなら笑え。お前俺と一緒に生きて行くんだろ?」

それは楓に向かって言った言葉。
覚悟は出来ている。何があっても彼と一緒にいようと決めた。

つくしはひざまずいた司を見下ろしていた。
道明寺司をこんな形で見下ろすことが出来る女が他にどこにいるというのか。
それを思えば、口許に笑みが浮かんだ。
そしてそんな女の顔を見て満足そうに笑う男がいた。

「つくし。早くしろ。手を出せ」

そう言われた女は、うん。と言って左手を差し出した。




*サルトル・・・・ジャン=ポール・サルトル。フランス人の哲学者

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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2018.02.19 08:29 | 編集
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dot 2018.02.19 23:47 | 編集
司*****E様
楓さん。専務秘書でかつて自分の秘書だった野上からの報告もあり、つくしの人となりは知っていたようですが、 会って確信を得たようです。
親ですからね。どんな親だったとしても、お腹を痛めて産んだ我が子。
幸せを願うのは当然ですよね?
マリアは何をもって自分が楓に認められていたと思ったのか。
思い込みですね。自分は認められて当然という気持が彼女の中にはあったのでしょう。
プロポーズは笑顔で、と言いたいところですが、涙が出たようです。
そして今は恋におちる確率から、幸せになる確率へと変わっているようです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.20 23:19 | 編集
さ***ん様
「いいわね」
楓、人相診断から入る!それも顎のラインを見て決める!
手相じゃないんですね?(笑)
『 人間の運命は人間の手中にある』
物事を前向きに生きる人間は、運命は自分の手で切り開くことが当たり前と考えているようです。
そして鷹の楓は、東京へ急降下して来ましたが、また上空へ戻るようです。
無事指輪を渡した男と受け取った女。
ロマンスの神様。あともう少し頑張って下さい!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.20 23:29 | 編集
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