2018
02.14

恋におちる確率 69

ドン・ジョヴァンニのようなプレイボーイではなかったとしても、司の年の男ならそれなりの経験があって当然だ。
だがNYから東京へ戻ってからは誰とも関係を持たず、誰かとそういった関係になりたいと思ったこともなかった。

司にはこれまでの人生のなか、無意識に蓄えた経験といったものがある。
それが今夜見たオペラの主役が女を口説く姿と同じかと言われれば、それは根本的に違う。
あの男は見境なく女を誘惑する。だが司は女を誘惑する必要がない。どんな女も彼が望めば簡単に手に入る。
しかし、今までの人生で望んで手に入れた女はいない。それはマリアにしてもそうだが、女には女の打算が働き、司には男としての欲求を解消するといった人間の本能に準じた行動を取ったに過ぎず、それが合致した結果の付き合いだった。

そして司は、近づいてくる女を手あたり次第という男ではない。当然だが自らが口説いたこともなければ、ひとりの女と付き合っている時はその女だけだ。
少なくともその女に対しては誠実でいた。だから司は自分は硬派だと答えるはずだ。

牧野つくしは、この年で経験がないことが恥ずかしいと言ったが、司にとってそんなことは関係ない。あろうがなかろうがその人の何かが変わる訳ではないのだから。それに彼女は自分の信じる道を進む。人生を真っ直ぐ歩きたいという女だ。
だがかつて彼女が付き合った男は、いい加減で軟派な男だ。どう考えても真面目な牧野つくしが付き合うような男ではない。そしてその男と別れてからは誰とも付き合ったことがないという。
だが二人とも昔ばなしは終わった。
だから過去は必要ない。
そして彼女が司を欲しいと思うのと同じで、司も彼女が欲しいのだから。







「本当にいいんだな?お前はお前のペースで愛してくれればいいんだぞ?NYから東京へ戻ってから女とそういう関係にはなってねぇが別に飢えてるわけでもねぇ。….けどな。据え膳食わぬは男の恥じゃねぇが、好きな女から抱いてくれって言われたら嫌だとは言えねぇのが正直な気持ちだ。だからもう一度聞く。本当に今でいいんだな?ここで。この部屋で」

「…..うん」

顔を真っ赤にしたつくしが頷いた。

「そうか。なら_」

「ま、待って!」

司はつくしを抱上げようとしたが、彼女は彼の胸に両手を当て押しとどめた。

「シャワー…浴びて来ていい?あたし、シャワー浴びたいの。やっぱりほらベッドに寝るんだからシャワー浴びないと…..汗かいてるし…..汚いから」

真冬の寒さの中、大汗を掻いているわけでもなかろうが、それでも彼女は匂いを気にしていた。だが本当は匂いだけでそんな言葉を言ったのではない。初めての経験を前に緊張がそんな言葉を言わせた。

「そうか?俺は汗だろうが垢だろうが好きな女の身体に付いていたものを汚いとは思わねぇが、お前がしたいようにすればいい。シャワーは俺の部屋にもあるが、どうする?俺の部屋で浴びるか?それともお前の部屋で浴びてくるか?」

「うん…あたしの部屋にあるならそこで浴びて…..来るから。だから部屋で待ってて」

「ああ分かった。それならそうしよう。それはそうと夜は長い。シャワーはゆっくり浴びればいい。それからベッドだけが愛し合う場所とは限らねぇけどな。それにシャワーだがなんなら一緒に浴びるか?恋人同士なら互いの身体を洗ってやるってのも愛し合う行為のひとつだが?早速試してみるか?」

司が口にした言葉にギョッとした表情を浮かべたが、そういった知識もあるはずだ。顔を火照らせた女は無知でもなければ、耳に栓をして生きてきたのではないということだ。それにしても、そんな言葉にいちいち反応する女は今まで司の傍にはいなかった。
だが心の中をそのまま映し出したようにコロコロと変わる表情に愛しさが感じられた。

二十代の若者ではない男が、そんなことを思うとは考えてもみなかったが、そうした自分が新鮮で、こうしたやり取りが楽しいと感じていた。
何故そんなことを思うのか?それは、過去に関係した女の中にはバスローブも羽織らず裸のまま平気で歩く女もいたからだ。だがこの分ではバスルームで愛し合う行為は随分と先になりそうだ。

「冗談だ。初心者にベッド以外の場所で愛し合えって言っても無理だろ?その楽しみはもう少し先に取っておくことにするか。いいからもう行け。シャワーを浴びてこい。俺は自分の部屋で待ってる」

「うん」

つくしは小さく頷いた。
だが直ぐに自分の部屋に行こうとはせず、そのまま司を見上げ動かなかった。
しかし視線は首から肩にかけて向けられており、司の顔を見ているのではない。
それはまるで背が高く逞しい男の身体の大きさを測っているようだ。そしてもしかするとやっぱり無理だ。とでも考えているのか。何しろ二人の体格の差はかなりある。

司はそんな女の為に流れを用意した。
恋人に抱かれたいと言ったとしても、気が変わることもある。それに司は初めての女を相手にしたことがないから分からないが、勇気が要るのではないかと感じていた。本来女は弱く、どんなに抗っても男の力には敵わない。そして男は一度始めれば抑えることも、止めることも出来ないからだ。だが今ならまだ止めることが出来る。
初めての経験を後悔で終えて欲しくない。その為に彼女の意思をもう一度確認した。

「やっぱり今日は止めるって言うならそのまま自分の部屋で寝ろ。無理することはない。お前はオペラで気分が高揚している。だからあんなことを言った。そう思ってやるから気にするな。何も今日じゃなくても愛し合える日はある」

司はそう言って自分のベッドルームの扉を開いた。

だがつくしはバスルームから出ると、素肌に白いバスローブを羽織り、司のベッドルームの扉をノックした。

そして自分の気持を伝えた。

迷いはないと。






司はすでにベッドの中で待っていた。
「子供のような身体でごめん」と小ぶりな胸に女は言ったが、司は彼女を隣へ引き寄せ髪を撫で、そしてささやくような優しいキスをした。

「こうしたかった。けど、お前本当にいいんだな?言っとくが、始めたら途中で止めることも出来ねぇし、中途半端なこともしない。俺は全身全霊でお前を愛するつもりだ。けどお前は初めてだ。だから嫌なら嫌だって言えよ?」

「だからって怖いことをする訳じゃないでしょ?」

そう言って柔らかく微笑みを浮かべた女。
だがそうはいっても、微かに震える細い身体は、これから経験することが怖くないはずがない。
だから司は「怖いことか」と笑った。

「怖いことなら世の中いくらでもある。けど俺たちがこれからすることは、怖いことなんかじゃない。怖い経験なら俺はお前が川に落とされたときした。あの経験で確実に寿命が10年は縮んだはずだ」

「それだけ?他にはない?」
「なんだよ。それだけって?」
「西田室長の件で嘘ついたでしょ?あのことがバレて寿命が縮まらなかった?」

西田の母親の体調が思わしくない。そんな嘘をつき彼女を騙した。

「ああ。あれか。あんなことがバレたくらいで寿命が縮まるか。もう済んだことだ。いつまでも蒸し返すな」
「ひどっ_」


司はつくしを引き寄せ、唇を塞いだ。
それはこれからの時間に言葉は必要ないと伝えるため。
呼吸と鼓動さえあれば、何もいらないと。
だが息苦しくなってもがく女を離すと耳元で囁いた。

「つくし。今夜はその口から訊きたい言葉は、司好き。司愛してるだけだ」

そして再び重ねた唇は今までとは違い優しさはなかった。
それは貪り奪うようなキス。
つくしも腕を司の背中に回し引き寄せ、唇を合わせ言葉を封印した。

それから流れた時間はいったいどれくらいなのか。
何度も唇を重ね、互いの口から漏れるのは、喘ぎ声と名前を呼ぶ声。
たとえ初めての行為でも、太古から受け継がれた愛のリズムは身体の奥深くで眠っている。経験がなくても本能が覚えている。そして自我を捨て勝手に動き出す。


「俺の名前を呼んでくれ…」

両脚の間に頭を入れた男は、己の頭を掴んだ女に言った。

「…..つかさっ!」

両手でしっかりと腰を掴み、舌の先を深く突っ込んだのは、これから行われる行為のため。

「痛くねぇようにしてやるから」

それは動物が傷を負った仲間を癒すように丁寧に優しく行われる行為。
ぴちゃぴちゃと止まない水音は、一瞬の痛みだとしても、火傷のような痛みを伴う行為から少しでも女の身体を守るためのもの。
だが考えもしなかった刺激だったのか。舌を動かし出し入れするたびに腰が上がる。

つくしがその行為の意味が分かったのは、膝に脚を割られ、きれいだ。しっかり捕まっていろと言われた瞬間だった。
司はこれから彼女の身に起こることを共に分かち合いたいと思った。
いずれは、愛し合う行為にも馴れ、赤面することが無くなり、ぎこちなさが無くなったとしても、この日が永遠に二人の記念日であって欲しいと思う。

「つくしっ….お前を愛するあいだ、俺を見ていてくれ。ずっと俺を見てろ。お前は俺が唯一愛した女だ」

その瞬間。中に入ることを許された男が侵入した。
そこは、閉ざされていた門の内側。今まで誰も入ったことのない場所。
胸も腹部も脚も全てを触れ合わせ、互いの身体の熱を分け合いながらも奪うという行為に、まだ誰のものでもなかった身体は痛みに両目から涙を零したが、司はその涙をキスをするように唇で吸い取った。そのとき、涙が海水のようにしょっぱいものだと初めて知った。そして細い声が彼の名前を呼んだ。

「司….すき。愛してる…」と。

そして彫りの深い端正な顔は、彼女の顔を見下ろし同じ言葉を返した。

「俺もだ」と。

ゆっくりと優しく動く身体は、組み敷いた細い身体になるべくその重みを感じさせまい、負担をかけまいとしたが、男の本能がそうはさせなかった。
やがて暗闇に隠れていた獣が、隠れていた獲物を見つけたように激しい動きに変わった。
それは、抜き差しの角度を変え、とどめを刺すような動き。
だが獣は獲物を捕らえ殺すのではない。荒々しさがあるが感じられるのは、捕まえたら二度と離さないという思い。

「つくし…愛してる。お前は…俺の女だ」

今まで人に対し執着などしたことがない男が、はじめて本気で好きになった女に向けられた独占的な思い。そしてこの女を守りたい。この女と全てを分かち合いたい。
そう思える感情が男の中にあった。

やがて荒い息遣いを繰り返し、ぐったりとした身体を抱えた男は、痛みと入れ替わるように特別な感覚を受け入れた女を優しく抱きしめた。
そして、受け入れてくれた痛み以上に愛を与えられたと信じながらそっとキスをした。

「大丈夫か?」

司が覗き込んだ瞳は、焦点が合わないのか、ぼんやりとしていたが、微かに笑みを浮かべた。
吐き出される息はまだ荒く、頬はピンクに色付いていたが、唇が大丈夫と言い、彼の左胸に手を触れた。
女の初めては、司にとっても初めての経験だった。
激しい行為の中にも、今まで感じたことのない優しさと穏やかさが感じられた。
それは、本当に好きな人と愛し合うことで与えられると知った。
誰もが本当の愛を探す旅に出ようとするのは、こういった経験をしたいからだ。
そして身体だけが満足しても、心が満たされない日々とはなんと虚しいのかと知った。

司は唇にキスをして細い身体を抱き込んだ。そしてくるりと身体を回転させ、仰向けになり自分に覆いかぶさるように身体を引っ張り、胸の上に頭をのせさせた。
その時、司の脳裏に浮かんだのは、ぎこちない歩き方をする女の姿。
それは今夜の行為が初めての身体に残した愛の痕跡。
他にも身体中に行為が残した痕があるが、明日の朝、それを見た女はなんと言うだろう。それを思えば自然と笑みが浮かんだ。
そしてしっかりと抱き寄せ「ゆっくり休め」と言って瞳を閉じた。




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コメント
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dot 2018.02.14 06:27 | 編集
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dot 2018.02.14 15:43 | 編集
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dot 2018.02.14 22:56 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
ついにここまで来ました(笑)
心も身体も満たされた司。やはり愛する人との行為は違うはずです。
しかし、相手は初心者。気遣いは必要ですね?(笑)
そして次の日のぎこちなく歩く姿まで想像する男(笑)
これからは、つくしを大切にしてあげて下さいね。
公私混同どこまで我慢出来るか?(笑)
どうなんでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.15 00:26 | 編集
さ***ん様
苦み走ったイイ男の代表(笑)
大人の男の余裕?(笑)
【 獣がとどめを刺す動き 】
獲物を捕らえて離さない。牙で甘噛みしながらも「いただきます」をするんです。
食べてお腹に収めて溶かして己の身体と一体に・・あれ?これでは黒い司になりそうですね?
そして日本にいる久美子に叫ぶ!
「久美子!あの下着、持って来てないの!だから送って!」
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.15 00:35 | 編集
と*****ン様
火傷のような痛み...
そうだったんですね‼
いや~ん。なんだか生々しいです(/ω\)
こちらの司はベテランです!
でも確かにサイズの問題が(笑)つくし、痛かったことでしょう。
これから慣れると思いますが、つくし、頑張れ!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.15 00:39 | 編集
H*様
やっと結ばれました(笑)
いい年した男と女ですから、後は仲良くやって下さい!(笑)
拍手コメント有難うございました^^




アカシアdot 2018.02.15 00:43 | 編集
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