バシッ!
つくしは無理やり立ち上らされると思いっきり頬を叩かれた。
そして腕を縛られたままの身体は、叩かれた反動で後ろへよろめき倒れそうになった。
「あなたまだ私のことを甘く見てるようね?」
マリアは、そう言ってつくしの顔を真っ直ぐに見つめていた。
「なによ?なにか言いたいんでしょ?言いたいことがあるなら言いなさいよ!往生際の悪い女だって言いたいんでしょ!?未練がましい女だと思ってるんでしょ!?」
「マリアさん…」
叩かれた頬は熱く熱を持った。
そして彼女の右手に嵌められている指輪の硬い石が頬を擦ったのが感じられた。だが手を縛られている以上触れて確かめることは出来ないが、叩かれたのとは別のヒリヒリとした痛みが広がり頬が焼け付くような感じがした。
「やっぱりダメよ….彼のことは諦められない。どうして私が彼を諦めなきゃならないのよ。…どうして私が…だって彼が愛しているのはこの私だったのよ?いいえ、違うわ。今でも彼が愛してるのは私よ?そうよ。そうに決まってるわ。だって彼のような男にお似合いなのは私のように美しい女だもの。それに私は侯爵令嬢よ?」
マリアはお構いなしに喋っているが、目の前にいるのがつくしだと分かって言っているのか。
それとも相手が誰だろうと構わないと話しているのか。
それは自問自答とも言える言葉で時につくしに向かって小首を傾げて見せるが、それは同意を求めているからなのか。
つくしはマリアの話を訊きながら、なぜマリアはこんなに道明寺司に執着するのだろうかと思っていた。だが感情に任せたまま話すマリアにまともに向き合ったところでどうにもならないことを理解した。
そしてこのままここにいてはいけない。
これ以上ここにいたらマリアは何をするか分からない。
マリアの出すサインが彼女の身体から感じられる。
まさかこんな経験をするとは思ってもみなかったが、このままここにいては命が危ないのではといった思いが頭を過る。
と、そんなつくしの思いを感じたのか。マリアはつくしの前へ一歩近づくと思い出し笑いをするように顔をほころばせた。そして再び手を上げ頬を叩いた。
バシッ!と二度目に叩かれた頬は時間が経てば腫れるはずだ。
「何か言いなさよ?言いたいことがあるんでしょ?言えばいいのよ!言えば!マリアは狂ってるってね!」
再びよろめいたが、なんとか倒れずに済んだ。だがもはや感情の起伏が激しいという言葉とは違うマリアの状況。まさにマリアが口にした言葉通りで狂っている。通常の感情ではない。
それは心の中にある何かが崩れているとしか考えられない。そしてこの抜き差しならない状況からなんとかして抜け出さなければ危険だと感じていた。
「彼は私の良さが分かってないのよ….」
と、今度は先ほどとは打って代わり涙ぐんでいるようになるマリア。
そしてドイツ語で何かを呟いていたが、それが苛立ちなのか。それとも罵りなのか。
どちらにしても今のつくしには関係ない。頭を巡らせどうしたらこの状況から抜け出すことが出来るか考えなければならなかった。
携帯電話が鳴り響いたのはその時だ。マリアは近くのテーブルに置かれている電話に出るためつくしに背を向けた。
***
「ここか?」
「はい。ここがシュタウフェンベルグ家が持つ城です。ヘリはこのまま庭に着陸します」
レストランを飛び出し待機していたヘリに乗ったが、一番早い移動手段はヘリであり、そのヘリは州政府が用意した最新型のヘリ。ドアが閉まりここまでは10分足らずで来た。
シュタウフェンベルグ家が持つ城は、広大な森の中を流れる川に隣接した水城。最後の城主であるマリアの伯父が亡くなってからは、遺産としてマリアの母親に引き継がれていた。
その城に牧野つくしがいるといった確証はない。
だが今は住む者がいないこの城の敷地に止められている一台の黒い車が、中に誰かがいることを教えてくれていた。そして牧野つくしはここにいると司の勘がそう言っている。
司と共にヘリから降りてきたのは軍人上がりの男達。
そして別のヘリから降りてくるのは軍関係者。
それは万が一テロリストや過激派といった人間が、この件に関わっていることを懸念した現政権のトップの判断で派遣されていた。
「副社長。車はあの一台だけですから、人数は限られているはずです。敵は多くても4人程度とみておりますが、恐らくこの件に関わっているのは女が一人と男が一人。つまりマリア・エリザベート・フォン・シュタウフェンベルグとその従弟でしょう。ですから事態が収拾されるのは早いはずです」
敵は、といったいかにも軍人らしい言葉を使う男たちは銃を抱えており、事態は既に掌握されているといった顔をしていた。そして何かあれば撃つことが当たり前だと考えている。
たとえその対象がオーストリアの侯爵令嬢だとしても関係ない。
それは民主主義の国であるならば、法の下の平等という言葉に相応しいといえばその通りであり、外国人だとしても罪を侵せば罰せられるのは当然だ。
司にとってはもう二度と耳にしたくない名前。
まさか自分がかつて付き合っていた女が嫉妬のあまり事件を起こすとは思いもしなかった。
それも短い付き合いの中、女の性格の全てを知っていた訳でもなく、所詮身体だけの関係だから知りたいとも思わなかったのだが、今回のことは、付き合い始めることを決めた牧野つくしにとってはショックだったはずだ。ともすれば、こんな事件に巻き込まれ付き合いは止めると言われるかもしれない。だが今はそんなことを頭の片隅に置くべきではないのだが、それでもそんな思いが頭を過った。
「そうか。分かった。それより_」
「お待ちなさい!」
言い争う声が耳に飛び込んで来たのは、城の入口である正面玄関の扉を開いた瞬間だった。
その声は右手から聞こえたのが分かった。そしてその声が誰の声だかすぐに分かった。
なぜなら複数ある声のひとつは日本語だからだ。
司はつくしの声が聞こえた方を目指して廊下を走っていた。
そしてそのすぐ後を数名の男達が追う。だが城は広く声がどの部屋から聞こえたのか分からなかった。だから手あたり次第に扉を開けるがそこにはいない。
「クソッ!無駄な部屋ばかり作りやがって!牧野っ!牧野っ!どこにいる!叫べ!声を出せ!」
広い城の中、居場所を確かめるには声だけが頼りだ。
するともう一度声がした。
「副社長っ!ここです!ここにいます!」
「どこだ!声をあげろ!大声をあげろ!」
司はつくしの声が聞こえる方へと走ったが、広い部屋を抜け、テラスで目に飛び込んできた光景に心臓が縮み上がった。
「待ちなさい!逃がさないわ!」
それはマリアと牧野つくしが対峙している姿。
だがつくしは後ろ手に腕を縛られた状態。
そして手すりのないテラスに立つ彼女の背後には、城に隣接した川があり、水面からテラスまでの高さは1メートルほどあるのが見て取れた。
そこはあと少しでも後ろへ下がれば水の中に落ちてしまう場所。正面に立つマリアがその手でつくしを押せば川へ落ちてしまう場所だ。
「副社長!」
つくしは司に気付き叫んだ。
「牧野っ!それ以上後ろに下がるな!後ろは川だ!いいか。そこでじっとしてろ!動くな!絶対に動くな!」
その声が聞えたマリアはつくしに視線を向けたまま司に言った。
『あら。ツカサ、もう来たの?でも少し遅かったかしら?あなたならもっと早く来ることも出来たはずだけど?でもヘリで来たのね?派手な音がしたもの、とても派手な音が』
と、どこか楽しそうに笑う。
「マリア。ドイツ語は止めろ。英語で話せ。…それにお前何やってる!自分がやってることが分かってるのか!」
司が大声で叫んだのは、つくしが後ろ手に腕を縛られていること。そして殴られたのだろう。頬が腫れているのが見て取れ怒りが込み上げたから。そして英語で話せと言ったのは、頭は確かなのか。アルコール依存症の女が今の自分の行動をどこまで理解しているのかを確かめたかったから。だが顔が見えない今、素面なのか、それとも酒に酔った状態なのか分からなかった。それでも声だけ聴けば酔っているようには思えない。
「ええ。分かってるわ。このまま私が真っ直ぐ手を出せばミスマキノは水に落ちるわ。でも彼女泳げるのかしら?あらでも腕が縛られているから泳げないわ、きっと沈んでしまうわね?」
と言って笑った女はやはり酔っているのか。
どちらにしても表情が見えない女が頭に描いていることは確認できた。
牧野つくしを川に突き落とそうとしていると。
だがそれを止めるにはどうすればいいのか。マリアが今すぐにでも実行しそうに思え、司は諭すように言った。
「マリアお前のしようとしていることは人の命を危険に晒しているんだぞ!そんな危険なことは止めろ。それにそこは寒いし危険だ。中へ入れ」
テラスは冬の冷たい風が吹き川には氷が張っている。
だが氷は厚くはない。その上に人が落ちれば簡単に割れる。そして腕を後ろ手に縛られた状態では泳ぐことが出来るはずもなく、ましてや冷たい水の中に落とされれば心臓麻痺を起してもおかしくない。
「そうね。この川の水はとても冷たそうだもの。落ちたら心臓が止まってもおかしくないわね?」
マリアは誰もが思うことを口にはしたが、どうでもいいといった口調だ。
司はそんな女の背後に語りかけた。
「マリア。お前何が気に入らない?何がしたい?何が望みだ?牧野を連れ去って何をしようとしてる?」
「別に…何もしようと思ってないわよ?ツカサが私の元へ戻って来てくれればね?」
だがそれは絶対にないと言える。
司はつくしのことをどれだけ好きかということを考えていた。だから答えはノーだ。
「戻るも何もねぇだろうが。俺たちはとっくの昔に別れた。それに付き合い始めるとき将来の約束はしなかったはずだ。どちらか一方でも飽きたら終わり。それだけの関係だったろうが」
つい語尾が荒くなってしまうが、それを何とか抑え言葉を継ぐも、感情が高ぶるのを抑えるのは容易ではない。
「そうね….確かにそうだったわ。でも私は途中で気が変わったの。あなたも、あなたのお金もあなたが持つ全てが欲しくなったの。だから私は別れたくなかった」
大人の男と女が初めに決めたのは、身体だけの関係でありそこに感情や知性といったものは必要ではなく、二人の間にあったのは欲望だけだ。
「でもツカサと別れてから付き合った男はいたわよ?けどそれはただの暇つぶしで好奇心だったわ。だから好奇心なんて所詮好奇心で終わったわ。それで考えてみたらやっぱり私はツカサのことが好きだって分かったの。だから彼女が邪魔なのよ。ミスマキノが」
好奇心で他の男と付き合ったと言ったマリア。
だが司も初め牧野つくしのことは好奇心以外の何ものでもなかった。
それは、今までどんなことに対しても好奇心を抱いたことがなかった男の初めての自発的感情。
性的欲求を果たす以外関心がない女に対して初めて抱いた興味。
だがそこから恋に発展した。
だから好奇心を持つことが悪いとは思わない。
だが今のマリアの司に向けられている感情は、愛ではなく金と司という男の持つステータスと外見といったものに向けられている単なる欲望だ。
だが司も牧野つくしと出会うまで愛という感情は知らなかった。
だから何を偉そうなことを言っていると言われればそれまでのはずだ。だがそんな男は過去の話であり今は違うと言える。好きになれば、その人だけしか目に入らなくなるのだから他の女には興味がない。
そんな思いで司は目の前で自分に背中を向けている女に訊いた。
「マリア。俺は絶対にお前のものにはならないと言ったらどうするつもりだ?」
「どうする?そんなの決まってるわ」
その時だった。
後ろからは見えなかったが、笑みを浮かべたであろうマリアの両手がつくしに向かって伸びた。

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そして彼女の右手に嵌められている指輪の硬い石が頬を擦ったのが感じられた。だが手を縛られている以上触れて確かめることは出来ないが、叩かれたのとは別のヒリヒリとした痛みが広がり頬が焼け付くような感じがした。
「やっぱりダメよ….彼のことは諦められない。どうして私が彼を諦めなきゃならないのよ。…どうして私が…だって彼が愛しているのはこの私だったのよ?いいえ、違うわ。今でも彼が愛してるのは私よ?そうよ。そうに決まってるわ。だって彼のような男にお似合いなのは私のように美しい女だもの。それに私は侯爵令嬢よ?」
マリアはお構いなしに喋っているが、目の前にいるのがつくしだと分かって言っているのか。
それとも相手が誰だろうと構わないと話しているのか。
それは自問自答とも言える言葉で時につくしに向かって小首を傾げて見せるが、それは同意を求めているからなのか。
つくしはマリアの話を訊きながら、なぜマリアはこんなに道明寺司に執着するのだろうかと思っていた。だが感情に任せたまま話すマリアにまともに向き合ったところでどうにもならないことを理解した。
そしてこのままここにいてはいけない。
これ以上ここにいたらマリアは何をするか分からない。
マリアの出すサインが彼女の身体から感じられる。
まさかこんな経験をするとは思ってもみなかったが、このままここにいては命が危ないのではといった思いが頭を過る。
と、そんなつくしの思いを感じたのか。マリアはつくしの前へ一歩近づくと思い出し笑いをするように顔をほころばせた。そして再び手を上げ頬を叩いた。
バシッ!と二度目に叩かれた頬は時間が経てば腫れるはずだ。
「何か言いなさよ?言いたいことがあるんでしょ?言えばいいのよ!言えば!マリアは狂ってるってね!」
再びよろめいたが、なんとか倒れずに済んだ。だがもはや感情の起伏が激しいという言葉とは違うマリアの状況。まさにマリアが口にした言葉通りで狂っている。通常の感情ではない。
それは心の中にある何かが崩れているとしか考えられない。そしてこの抜き差しならない状況からなんとかして抜け出さなければ危険だと感じていた。
「彼は私の良さが分かってないのよ….」
と、今度は先ほどとは打って代わり涙ぐんでいるようになるマリア。
そしてドイツ語で何かを呟いていたが、それが苛立ちなのか。それとも罵りなのか。
どちらにしても今のつくしには関係ない。頭を巡らせどうしたらこの状況から抜け出すことが出来るか考えなければならなかった。
携帯電話が鳴り響いたのはその時だ。マリアは近くのテーブルに置かれている電話に出るためつくしに背を向けた。
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「ここか?」
「はい。ここがシュタウフェンベルグ家が持つ城です。ヘリはこのまま庭に着陸します」
レストランを飛び出し待機していたヘリに乗ったが、一番早い移動手段はヘリであり、そのヘリは州政府が用意した最新型のヘリ。ドアが閉まりここまでは10分足らずで来た。
シュタウフェンベルグ家が持つ城は、広大な森の中を流れる川に隣接した水城。最後の城主であるマリアの伯父が亡くなってからは、遺産としてマリアの母親に引き継がれていた。
その城に牧野つくしがいるといった確証はない。
だが今は住む者がいないこの城の敷地に止められている一台の黒い車が、中に誰かがいることを教えてくれていた。そして牧野つくしはここにいると司の勘がそう言っている。
司と共にヘリから降りてきたのは軍人上がりの男達。
そして別のヘリから降りてくるのは軍関係者。
それは万が一テロリストや過激派といった人間が、この件に関わっていることを懸念した現政権のトップの判断で派遣されていた。
「副社長。車はあの一台だけですから、人数は限られているはずです。敵は多くても4人程度とみておりますが、恐らくこの件に関わっているのは女が一人と男が一人。つまりマリア・エリザベート・フォン・シュタウフェンベルグとその従弟でしょう。ですから事態が収拾されるのは早いはずです」
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たとえその対象がオーストリアの侯爵令嬢だとしても関係ない。
それは民主主義の国であるならば、法の下の平等という言葉に相応しいといえばその通りであり、外国人だとしても罪を侵せば罰せられるのは当然だ。
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まさか自分がかつて付き合っていた女が嫉妬のあまり事件を起こすとは思いもしなかった。
それも短い付き合いの中、女の性格の全てを知っていた訳でもなく、所詮身体だけの関係だから知りたいとも思わなかったのだが、今回のことは、付き合い始めることを決めた牧野つくしにとってはショックだったはずだ。ともすれば、こんな事件に巻き込まれ付き合いは止めると言われるかもしれない。だが今はそんなことを頭の片隅に置くべきではないのだが、それでもそんな思いが頭を過った。
「そうか。分かった。それより_」
「お待ちなさい!」
言い争う声が耳に飛び込んで来たのは、城の入口である正面玄関の扉を開いた瞬間だった。
その声は右手から聞こえたのが分かった。そしてその声が誰の声だかすぐに分かった。
なぜなら複数ある声のひとつは日本語だからだ。
司はつくしの声が聞こえた方を目指して廊下を走っていた。
そしてそのすぐ後を数名の男達が追う。だが城は広く声がどの部屋から聞こえたのか分からなかった。だから手あたり次第に扉を開けるがそこにはいない。
「クソッ!無駄な部屋ばかり作りやがって!牧野っ!牧野っ!どこにいる!叫べ!声を出せ!」
広い城の中、居場所を確かめるには声だけが頼りだ。
するともう一度声がした。
「副社長っ!ここです!ここにいます!」
「どこだ!声をあげろ!大声をあげろ!」
司はつくしの声が聞こえる方へと走ったが、広い部屋を抜け、テラスで目に飛び込んできた光景に心臓が縮み上がった。
「待ちなさい!逃がさないわ!」
それはマリアと牧野つくしが対峙している姿。
だがつくしは後ろ手に腕を縛られた状態。
そして手すりのないテラスに立つ彼女の背後には、城に隣接した川があり、水面からテラスまでの高さは1メートルほどあるのが見て取れた。
そこはあと少しでも後ろへ下がれば水の中に落ちてしまう場所。正面に立つマリアがその手でつくしを押せば川へ落ちてしまう場所だ。
「副社長!」
つくしは司に気付き叫んだ。
「牧野っ!それ以上後ろに下がるな!後ろは川だ!いいか。そこでじっとしてろ!動くな!絶対に動くな!」
その声が聞えたマリアはつくしに視線を向けたまま司に言った。
『あら。ツカサ、もう来たの?でも少し遅かったかしら?あなたならもっと早く来ることも出来たはずだけど?でもヘリで来たのね?派手な音がしたもの、とても派手な音が』
と、どこか楽しそうに笑う。
「マリア。ドイツ語は止めろ。英語で話せ。…それにお前何やってる!自分がやってることが分かってるのか!」
司が大声で叫んだのは、つくしが後ろ手に腕を縛られていること。そして殴られたのだろう。頬が腫れているのが見て取れ怒りが込み上げたから。そして英語で話せと言ったのは、頭は確かなのか。アルコール依存症の女が今の自分の行動をどこまで理解しているのかを確かめたかったから。だが顔が見えない今、素面なのか、それとも酒に酔った状態なのか分からなかった。それでも声だけ聴けば酔っているようには思えない。
「ええ。分かってるわ。このまま私が真っ直ぐ手を出せばミスマキノは水に落ちるわ。でも彼女泳げるのかしら?あらでも腕が縛られているから泳げないわ、きっと沈んでしまうわね?」
と言って笑った女はやはり酔っているのか。
どちらにしても表情が見えない女が頭に描いていることは確認できた。
牧野つくしを川に突き落とそうとしていると。
だがそれを止めるにはどうすればいいのか。マリアが今すぐにでも実行しそうに思え、司は諭すように言った。
「マリアお前のしようとしていることは人の命を危険に晒しているんだぞ!そんな危険なことは止めろ。それにそこは寒いし危険だ。中へ入れ」
テラスは冬の冷たい風が吹き川には氷が張っている。
だが氷は厚くはない。その上に人が落ちれば簡単に割れる。そして腕を後ろ手に縛られた状態では泳ぐことが出来るはずもなく、ましてや冷たい水の中に落とされれば心臓麻痺を起してもおかしくない。
「そうね。この川の水はとても冷たそうだもの。落ちたら心臓が止まってもおかしくないわね?」
マリアは誰もが思うことを口にはしたが、どうでもいいといった口調だ。
司はそんな女の背後に語りかけた。
「マリア。お前何が気に入らない?何がしたい?何が望みだ?牧野を連れ去って何をしようとしてる?」
「別に…何もしようと思ってないわよ?ツカサが私の元へ戻って来てくれればね?」
だがそれは絶対にないと言える。
司はつくしのことをどれだけ好きかということを考えていた。だから答えはノーだ。
「戻るも何もねぇだろうが。俺たちはとっくの昔に別れた。それに付き合い始めるとき将来の約束はしなかったはずだ。どちらか一方でも飽きたら終わり。それだけの関係だったろうが」
つい語尾が荒くなってしまうが、それを何とか抑え言葉を継ぐも、感情が高ぶるのを抑えるのは容易ではない。
「そうね….確かにそうだったわ。でも私は途中で気が変わったの。あなたも、あなたのお金もあなたが持つ全てが欲しくなったの。だから私は別れたくなかった」
大人の男と女が初めに決めたのは、身体だけの関係でありそこに感情や知性といったものは必要ではなく、二人の間にあったのは欲望だけだ。
「でもツカサと別れてから付き合った男はいたわよ?けどそれはただの暇つぶしで好奇心だったわ。だから好奇心なんて所詮好奇心で終わったわ。それで考えてみたらやっぱり私はツカサのことが好きだって分かったの。だから彼女が邪魔なのよ。ミスマキノが」
好奇心で他の男と付き合ったと言ったマリア。
だが司も初め牧野つくしのことは好奇心以外の何ものでもなかった。
それは、今までどんなことに対しても好奇心を抱いたことがなかった男の初めての自発的感情。
性的欲求を果たす以外関心がない女に対して初めて抱いた興味。
だがそこから恋に発展した。
だから好奇心を持つことが悪いとは思わない。
だが今のマリアの司に向けられている感情は、愛ではなく金と司という男の持つステータスと外見といったものに向けられている単なる欲望だ。
だが司も牧野つくしと出会うまで愛という感情は知らなかった。
だから何を偉そうなことを言っていると言われればそれまでのはずだ。だがそんな男は過去の話であり今は違うと言える。好きになれば、その人だけしか目に入らなくなるのだから他の女には興味がない。
そんな思いで司は目の前で自分に背中を向けている女に訊いた。
「マリア。俺は絶対にお前のものにはならないと言ったらどうするつもりだ?」
「どうする?そんなの決まってるわ」
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司*****E様
おはようございます^^
まだまだピンチのつくし。
さすがに身の危険を感じ駆け出したようですが、逃げた場所が悪かった!(笑)
何故そんなところに逃げたんでしょうね?
そしてマリアの手が伸び・・冬の川は冷たいでしょうねぇ。
さてどうなるつくし。そして司はどうするのでしょうか。
まあ司のことですから、どんなことにも対処できるはずです。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
まだまだピンチのつくし。
さすがに身の危険を感じ駆け出したようですが、逃げた場所が悪かった!(笑)
何故そんなところに逃げたんでしょうね?
そしてマリアの手が伸び・・冬の川は冷たいでしょうねぇ。
さてどうなるつくし。そして司はどうするのでしょうか。
まあ司のことですから、どんなことにも対処できるはずです。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.02.09 23:21 | 編集

さ***ん様
「何か言いなさいよ?言いたいことがあるんでしょ?
言えばいいのよ!言えば!マリアは狂ってるってね!」
マリアの台詞。確かに大映テレビのドラマにありそうですね?(笑)
そして「ひろし・・」の片切なぎさに見えなくもない!(≧▽≦)
侯爵令嬢のマリア。悪役ですが堂々としてます(笑)
やはりプライドの高さからそうなるのでしょうか?
さて、マリア両手をつくしに向かって伸ばした。
何かあったとしても、そこには司がいるので問題ないでしょう(笑)
コメント有難うございました^^
「何か言いなさいよ?言いたいことがあるんでしょ?
言えばいいのよ!言えば!マリアは狂ってるってね!」
マリアの台詞。確かに大映テレビのドラマにありそうですね?(笑)
そして「ひろし・・」の片切なぎさに見えなくもない!(≧▽≦)
侯爵令嬢のマリア。悪役ですが堂々としてます(笑)
やはりプライドの高さからそうなるのでしょうか?
さて、マリア両手をつくしに向かって伸ばした。
何かあったとしても、そこには司がいるので問題ないでしょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.02.09 23:27 | 編集
