2018
02.08

恋におちる確率 63

この中に牧野つくしがいるのかもしれない。
だがぶ厚い扉を開いた空調管理がされた無菌室のようなそこに彼女の姿はなかった。
その瞬間頭の中を過った嫌なものが再び甦り増殖しはじめると結論を下した。
それは金や自尊心を満足させるため、マリアが牧野つくしを連れ去ったということだ。

「あの女...」

つくしのマフラーを握り、そう呟いた司の背後で軍人上がりのボディガードの中でも一番優秀だと言われる男が声をかけた。

「副社長。ドイツ政府と州知事。市長にライン川を行く船舶への立ち入り検査を要請しました。ですがすでに上陸している可能性もありますので陸上での捜索も開始しております。デュッセルドルフ市長も州知事も政府も全面的に協力するということです。それからオーストリアのシュタウフェンベルグ家の人間の所在を確認しましたが、両親はオーストリアの城におります。ただ、マリアの両親と一緒に暮らす弟のように可愛がっていた従弟が二日前から城に戻ってきておらず連絡もないようです」

手渡された写真に写っているのは、濃い金髪でマリアと同じ緑の瞳をした男だ。
そしてどことなくマリアに似ていた。

「この男が彼女とマリアをボートに乗せたということか?」

「はい。恐らくそうではないかと。それにその男は船舶免許も持っていますので、モーターボートの運転も問題なく出来るはずです」

そう言った男は、司に冷静な視線を向けられ顎が強張った。
それは自分達がミスしたのだから殴られるのではないかといった気がしたからだ。
だが司はそうはしなかった。その代わり鳴り出した携帯電話を上着のポケットから取り出した。

「これはどうもわざわざお電話を頂きまして申し訳ございません。この度はお力添えを頂けることに感謝いたします。___ええ。そうです。私の恋人がトラブルに巻き込まれましてね。いえ___それは問題ないのですが、___はい__いえ、相手はテロリストや過激派ではありません。__ええ。そうです。恐らくすぐに片付くと___はい。では失礼いたします」

電話の相手はドイツ連邦共和国のトップに立つ人物。
ビジネスと政治の繋がりは切っても切れないことであり、何度か顔を合わせたことがあった。その人物が司のちょっとした依頼を快く受け入れてくれたのは、この国に大規模投資をするからだということは分かっている。自国に利益をもたらしてくれる相手に親切にしておく方が得策であり、それが打算的な動きであることは分かっている。

まるで映画か小説の中のようだと言われるかもしれないが、道明寺HD副社長の司には信じられないほどの権力がある。それこそ小さな国の指導者の頭を変えることは簡単だ。
そしてビジネスには明るい面ばかりではなく、その反対側に光りが当たらない暗闇があるということも理解している。だから使える権力は使わなければ意味がない。

だがそれでいい。
ビジネスマンとしての倫理や道徳といったものが存在していたのは数時間前まで。
なぜなら牧野つくしを連れ去ったマリアにはそんな言葉は関係ないからだ。
司は愚かな女のために大切な人が傷つくのは見たくない。
そして彼女の身に起きていることを正確につかむために考えなければならなかった。
そんな男の切れ長の瞳が半ば開き、半ば閉じられた状態が何かを考えている姿だとすれば今の司はかつてマリアが口にした言葉を思い出そうとしていた。
牧野つくしを探し出すヒントになるような言葉を。

その時、目の前に立つ男から求めていた答えを与えられた。

「副社長。シュタウフェンベルグ家はここから70キロほど離れた森の中に城を持っています。そこは城主が亡くなってからは誰も住んではおらず、閑散として今は訪れる人間はいないと言われています」

司は、マリアが自分の母親がドイツの貴族出身であることからこの国にも一族の城があるといったことを自慢していたのを思い出した。
そしてそこに牧野つくしがいる気がした。


「行こう。そこだ。そこに彼女がいるはずだ!」






***







「...痛ッ...」

つくしは目覚めたとき、腕が痛い身体が窮屈だと感じた。
それは後ろ手に回された腕が縛られ床に寝かされていたからだ。
そしてこの場所がどこなのか分からなかった。
だがここが広い場所だと感じられた。

それは目の前に見える範囲からも分るが空間の広さと空気の冷たさからだ。
そして寝かされている美しい寄木細工の床の延長線上には大理石の台が置かれ、大きな花瓶が置かれていた。そしてその上部の壁には肖像画が掛けられていた。

あれはいったい誰の肖像画なのか。
単純にそんなことを考えたが、今自分がどこにいるのか全く見当もつかなかった。
だが、ここに来る前に話していたのは、マリアだ。
それならここはマリアのお邸なのだろうか。と、なるとドイツではなくオーストリアにいるということになるのだろうか。
だがそんなことを考えている場合ではない。なんとかして腕を縛っている紐を解かなくてはならない。それに何故自分がこんな目に合っているのか分からなかった。
そして紐が捲きついた手首が痛かった。それに時間を知りたいが腕時計は後ろ手に縛られた左手に嵌められていて見ることは出来なかった。






「あら。お目覚めかしら?とてもよく眠っていたようだけど、余程疲れていたのかしらね?それとも司が寝させてくれなかった?でもそれは違うわよね?あなたまだツカサと寝てないんだから」

「マリアさん...」

派手な香水の香りと背後からの声に縛られた窮屈な身体で頭だけで振り返えると、そこに立つマリアに斜め上から見下ろされていた。

「ご気分はどうかしら?クロロホルムって独特の甘い匂いがするから嫌いなんだけど、他に思いつかなかったの。それも少しの量じゃ全然効かないからタップリ染み込ませて使ったんだけど気分が悪くならなかったかしら?ああ、でもその前に気絶したものね?」

マリアはそう言ってじっとつくしを見下ろしていたが、その目が煌めき、口元に冷笑を浮かべた。

「それにしてもあのクサい芝居を見抜けないんだから、あなた簡単に人に騙されるタイプなのね?私のこと酔っ払いだと思ったんでしょ?あのね、私の家はワイナリーを経営してるのよ?そこの娘があれくらいのお酒で酔う訳ないじゃない?ホント、あなたは単純ね?」

レストランでの恫喝や猫なで声で話す態度は、芝居だったと言うマリア。
そして今のマリアはつくしをバカにしたように言い、本人は酔っていないと強く否定した。
だがどう考えても酔っているはずだ。しかし酒に酔った自覚がないなら、それは病気としか考えられなかった。
どんなものでもそうだが、依存症というのは自覚症状がない。そうなるとマリアはアルコール依存症ではないかとしか考えられなかった。

それにしても、何故自分が縛られて床に寝かされているのか理由が分からない。
いくらマリアが昔の恋人である道明寺司とやり直したいからといって邪魔な存在の女に対し何かしようとしているとは考えたくはない。だが今こうして腕を縛られ床に転がされている状況下では、何かされることも頭の片隅におかなければならないということなのか。

「ねえ、ミスマキノ。あたなどうして自分がこんな状況にいるのか考えているんでしょ?
ふふふ...そんなの簡単よ。だって私あなたのことが嫌いだからよ?何度も言わせないでくれる?私ね、本当にあなたみたいな女をどうしてツカサが好きになったのか理解に苦しむわ」

つくしは床に寝かされている以上、上目遣いでマリアを見るしかないのだが、マリアはちらりとだけ笑い言葉を継いだ。

「ねえ?いくらあなたが高級なお洋服を着ても、所詮は秘書でしょ?そんな女が彼の恋人でいるなんて間違ってるの。だからね、私がその間違いを正してあげようと思うの。そのためにはあなたがツカサと別れてくれなきゃ困るのよ?でもね?私にはお金も必要なの。だからね?もしツカサがどうしてあなたが欲しいって言うならお金で解決してもいいと思ってるわ。
それに今私の従弟がツカサの会社宛にメールを書いてるの。牧野つくしを返して欲しければ500万ユーロ払えってね?円に換算すれば5億超えるほどの金額かしらね?ツカサにとっては小遣いでしょ?そんな金額で好きな女を返してもらえるなら安いものよね?ねえ?そう思うでしょ?ミスマキノ?」

マリアの話は問いかける形だが、途切れることなく続き、つくしに口を挟む隙を与えなかった。
それに見方を変えてみれば分かった。その口ぶりは神経が高ぶっている証拠だ。
やはりアルコールの飲みすぎで精神が病んでいるのかもしれない。それにお金を払えばという言葉に、これが身代金目的の誘拐ならマリアは立派な犯罪者だ。
そして犯罪行為の被害者の立場にいる自分に気付くと、顔から血の気が引くのと同時に縛られている腕がじんじんと痺れてきたのを感じていた。そしてこのままでは大変になることが実感されてくる。

「マリアさん。お願い、腕の紐を解いて。私何もしないから。ね?マリアさん?」

つくしの言葉にマリアの頬がピクリと動く。
それはつくしの言葉を信じていないということだ。
そして今のこの状況は、よくある話だが恋におちた相手の昔の恋人に刺されるかもしれない、といったことが現実味を増してきたように感じられていた。

「でもね、ツカサを諦めるならこれくらいはしなきゃ気が済まないわ!」

「!」




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コメント
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dot 2018.02.08 07:34 | 編集
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dot 2018.02.08 15:21 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
つくし、本当にピンチです‼
道明寺情報網と人脈を駆使してつくしの行方を掴む男。
そして司の野性の勘ですね?(笑)
それにしてもつくしは人を信じる力が強い人間ですが、ここまでくるとねぇ(笑)

はい!訂正しました!全然失礼ではありません。司*****E様の記憶は正確です!^^
夜書き、投稿保存作業をしたのち、訂正したつもりでしたが、朝確認してみれば、されていなかったことに気付き訂正しました(笑)お話にはあまり関係ないことなんですが設定上必要でしたので、これは!と思い・・ということです。
あれ?と驚かれたことと思います。アカシアのミスです。大変失礼いたしました。(低頭)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.08 22:12 | 編集
さ***ん様
ドイツのトップに冷静に現状を伝える男。
表も裏もどんな繋がりも、それはいざという時のため。
ビジネスはきれいごとだけでは進みませんからねぇ(笑)
打算があろうと、なかろうと使えるものは使う司でした。

マリアの共犯者は従弟の男。どんな男なのでしょうね?
なぜマリアの共犯に?
そしてアルコール依存症のマリア。依存症は自覚症状がないのが特徴。
正常な判断は出来ません。そしてマリアは自覚していないが、周りは知っている。
困りました。狂気が感じられるマリア。
いったい何をするつもりなのでしょうか。
それにしてもつくし、まさかドイツでこんな目に遭うとは!新米秘書の受難でしょうか(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.08 22:26 | 編集
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