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2018
02.07

恋におちる確率 62

「・・・だからね、ミスマキノ。邪魔しないで欲しいの」

つくしはそう言った女の右手を懸命に振りほどこうとしたが、マリアは上背もあり体格からしても握力の差は歴然で振りほどくことは出来なかった。

ゲルマン民族は狩猟民族で狩をして生きてきた。そんな彼らは常に敵を探す習性がある。
だが日本人は農耕民族でひとつの場所にとどまり稲作を主体に生きてきた。だから共同作業を好む日本人は味方を作りたがる、群れを作りたがる習性がある。そんな遠い過去のDNAの記憶が二人の力の差を生み出しているとすれば、間違いなくマリアはつくしの手を離してくれないはずだ。
何故なら、今のマリアはつくしを敵だと見なしているからだ。

そして彼女の瞳につくしの姿は映ってはいるが、その目はまるで魚の目のように膜がかかったように見え、もしかするとつくしの姿はぼんやりとしか見えておらず、自分が何をしているのか分かっていないのかもしれない。

「ねぇ。男ってきれいな花が好きだと思わない?美しくて匂いのいい花が。でも普段高価な花ばかり見てると多分飽きちゃうのね? だからその辺の雑草を眺めたくなるのね?」

緑の瞳を持つ女は、酔っているとはいえ言葉は明瞭だが、花がどうだとか自分が言っている言葉を理解しているのか。それに恫喝したと思えば猫なで声で語りかけて来るマリアは、もしかすると酒癖が悪いのかもしれない。
そうなるとさすがにつくしもこれではマズイことに気付き、なんとか腕を振りほどき食事をした場所へ戻ろうとした。
なにしろ化粧室を出たばかりのこの場所は曲がりくねった廊下の先であり、つくしの後をついて来た警護の人間はおらず、それに他に誰かがくる気配もない。だが戻れば人目がある。そこでならマリアのおかしな言動を周囲に訴えることが出来る。

「マリアさん?お願い離して!離して下さい!それから席に戻りましょう?ね?話なら向うですればいいでしょ?」

だがいくら話かけてもマリアはつくしの腕を掴んだ手を離さない。むしろ掴んだ手に力を込めた。そして困惑した顔になりつくしを見つめ喋り始めた。

「・・ねえ?せっかくドイツまで来たんですもの。もっと観光しなきゃ勿体ないわよ?あなたまだどこにも行ってないんでしょ?それなら私があなたをドイツ観光に連れて行ってあげる。いいのよ。遠慮なんかしなくても。この国は母の国だから私の第二の故郷よ?観光客が行かないような素敵な場所を知ってるの。だから任せてちょうだい。だってあなたの為に特別なプランを用意したんですもの」

「マリア_」

つくしが口を開こうとしたのと、後ろから何かで口を塞がれたのは同時だった。
そしてスーッと意識が遠のくと暗闇の中に堕ちていくのが感じられた。







***






デュッセルドルフに着いたのは午後1時を過ぎていた。
司を乗せた車は牧野つくしがいるレストランへ向かったが、途中彼女に付けたボディガードから牧野つくしがいなくなったと連絡があった。
それは彼女が席を立ち化粧室へ向かったが、なかなか戻ってこないことにその場に駆け付けたが姿が無かったということだ。そしてそれと同時にマリアもいなくなっていた。
化粧室は店の一番奥にあり、その場所は行き止まりでどこにも行きようがない。
それならいったいどこへ消えたのか。




「一体どういうことだ?」

全身から獰猛な気配が漂う男の姿は、牧野つくしに付けた警護が役に立たなかったことに腹を立てていた。それと同時に冬だというのに背中を冷たい汗が流れた。

司は若い頃、暴力という行為が悪いと思わなかった時期があった。
仲間に言わせれば、司は獰猛な獣で、暴力の使い手であり人間凶器とまで言われていた。
だが大人になり、ビジネスがそれを凌ぐ面白さであることを知り、それ以来暴力という言葉から離れていたが、牧野つくしが昔付き合っていた女によってどこかへ連れ去られたことを知り、残酷な男だと言われていた当時を思い出していた。

相手を情け容赦なく叩きのめし、倒れたところで顔を踏みつけ腹を蹴り上げる。
腕をへし折り学園の中を引き回す。たとえ相手が血だらけになろうと関係ない。
そういったことも顔色を全く変えず平然とやっていた男だった。だから返り血で服が真っ赤に染まっても気に留めたことすらない。
だが大人になった今、自らの手でそういったことをしようとは思わない。
だが今はそうしたい気持ちが湧き上がっていた。そして相手が昔付き合った女だとしても容赦はしない。

そして今司の前に立つのは、彼女の警護に二人の男を付けていたが、そのうちのひとりである日本人の男だ。

「大変申し訳ございません。牧野様が化粧室へ立たれた後、シュタウフェンベルグ様が暫くしてお席を立たれやはり化粧室へ行かれるところまでは見ておりましたが、何しろ化粧室は廊下の先の行き止まりにあり、それ以上行く所はございません。それに店に入った時、化粧室の中を確認いたしましたが誰かが隠れているといったこともなく、それから後にも誰かが化粧室へ行くこともなく牧野様の後をついていくことは致しませんでした」

女性が化粧室へ行くことがプライバシーにかかわることだということは司も理解している。
自分が用を足している間、外で待たれるといったことを嫌がったとしてもおかしくはない。
だが、どんなに安全だと言われる場所でも何が起こるのか分からないのが世の中であり、そのために大切な人の安全を守ることに重きをおいたが、それを怠ったことが問題だ。
だが今はそんなことよりも早く彼女を探さなければならなかった。
何しろ、マリアはただでさえ気性の激しい女だ。そしてその女はアルコール依存症で酒の量が多ければ多くなるほど、何をするか分からないからだ。

それにしても二人はいったいどこへ行ったのか?
店の奥には出入り口はなく、こちらへも戻って来なかった。

「それならどこへ行った?二人が化粧室から忽然と消えたってことか?」

司は思いをそのまま口にしたが、まさかとは思うがマリアが牧野つくしを気に入らない、邪魔だからといって誘拐するとは考えられなかった。
だが楓から聞いた話によれば、シュタウフェンベルグ家の経済状況は良くないというが、そのために牧野つくしを誘拐して身代金を要求するということか?
だがそれが事実だとすれば、あの女が一人で出来るはずがない。
それなら協力者がいるということか?だが一体誰が?そしてどうやって?
思考を巡らせれば巡らせるほど、悪い方へと思いが向いていた。

その時、ドイツ人のボディガードが化粧室へと続く廊下から走って戻って来た。

「副社長!女性用の化粧室ですがそこの清掃用品入れとして使用している扉の向うに隠し扉があります!」

その時、司は彼がつくしに贈ったクリーム色のカシミアのマフラーを手にしていたが、それを手に男を見た。

「説明しろ」

言われた男は司の冷たい声と鋭い視線に一瞬間を置いたが、しっかりした声で話はじめた。

「はい。ここは以前城でしたが、当時の趣を残したまま改築をしてレストランになりました。
その扉も何らかの理由でそのまま残してあったということでしょう。その扉の向うには下へ降りる階段があります。そこを降りるとすぐ横を流れるライン川に面した水門があり船着き場がありました。つまりそこに船をつける・・小型ボートを付けることができます。それから支配人に話を訊きましたが、ここの地下には当時の地下牢がそのまま残され、ワインセラーに改造して使われているそうです」

船で運ばれてくる物資を運び入れるための水門があるというこの場所。
そして地下牢と言えば天井が低くじめじめとした場所。
どちらも今の状況では望ましい場所とは言えない。

「案内しろ!」

司はその言葉にすぐさま反応し、そして指示を出す。
それはどんなことも時間というものが重要だからだ。ビジネスに於いても一分一秒を争うのが司の世界だ。そして一瞬頭の中を過ったものをすぐに打ち消した。

「いいか。それからライン川を行くボート、船、とにかく川を航行するものは全て検査しろ。ドイツ政府のトップに伝えろ。片っぱしから調べろ。牧野つくしという名の東洋人の女が乗っているか調べろ!」

もしかするとマリアによってワインセラーに監禁されているかもしれないが、船着き場もあるのだから、ここからボートでどこかへ行った可能性もある。だから司は川を航行する船舶の全てを調べろと指示を出し、その中に牧野つくしという名前の東洋人の女がいないか調べろと命令した。だが願わくばワインセラーの中にいて欲しい思いがある。
マリアが牧野つくしに嫉妬をしたなら、そこに閉じ込めた程度のことで済ませて欲しい。
見つけたら長々と念入りなキスをして大丈夫かと抱いてやるつもりだが、それにしてもマリアにのこのこついて行くなんて、あの女はどういうつもりだ?


そしてすぐさま向かった女性用化粧室の清掃用品入れと書かれた扉の、その先には確かにもうひとつ扉があった。今は取り払われた清掃道具だが、ここを調べた時には、扉の存在を隠す様に置かれていた。だからボディガードは隠された扉に気付かなかったということだ。

司が扉の向うにある石段を駆け降りた先には、さほど大きくない船着き場があった。
そして別の方向に目を向けたとき、ワインセラーのぶ厚い扉を見つけた。
この中に牧野つくしがいるかもしれない。
それを願い力を込め扉を開いた。




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コメント
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dot 2018.02.07 07:53 | 編集
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dot 2018.02.07 13:54 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
どこかに連れ去られたつくし。
お城には隠し部屋や通路といったものがありますので、マリアはこのレストランのこともよく知っていたということでしょう。
野性の勘でつくしを探し出す男(笑)本領発揮といくでしょうか?
マリアの司に対する執着心は、彼女のプライドの高さといったものも関係あるのでしょうね?
そしてつくしは、ここまでの執着を見せるマリアに何を思っているのでしょうねぇ(笑)
それにしてもドイツでこんなことになるとは、考えてもいなかったでしょうね?
恋をするのも大変です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.07 22:44 | 編集
さ***ん様
ゲルマン民族。懐かしいですか?(笑)375年です。
語呂合わせで大移動の年を覚えましたが、未だに覚えています(笑)
そして狩猟民族のマリアはつくしを隠し扉から連れ去った!
やりますね、マリア(笑)
しかし、今のマリアは危険?
そして地下牢。そうですねぇ。古城の地下牢は独特の空気感があります。
何しろああいった場所は拷問といったものが行われていましたので、背中がゾクっとした経験があります。
もしかすると・・・・。
今は幽霊よりもマリアが怖いですよね?司、早くなんとかして下さい!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.07 22:55 | 編集
H*様
大変な目に合わなければいい・・
その為には司が早く彼女の居場所を突き止めることです。
そして彼女の元へ一刻も早く駆け付けることです。
司。急いで下さいね!
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.07 23:01 | 編集
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