2018
02.04

恋におちる確率 59

楓のスイスでの執務室の机の上に、何枚かの書類が置かれていた。
司が入っていくと、楓は司を見て、それから再び書類に目を落した。

楓の背後は庭の景色が見渡せる大きな窓がある。
その景色は彼女の好きなバラの庭園だが、この季節、そこは雪に覆われ当然だが花は咲いてはいない。だがそのバラの庭園に続く小径だけは雪が除かれ敷石が太陽の光りに反射していた。そして除かれた雪の塊にも光りが当たり冷たい輝きを放っていたが、楓は雪の塊と同じ冷たい輝きを放つ硬質な女と言われ、別名鉄の女と呼ばれている。
そんな女が子供だった自分を抱いた写真というものを見たことがないが、それでも母は母であることに変わりはなく、自分を産んだのは間違いなく目の前の人物だ。

そして楓の机の前に立った男は、社長の口が開かれるのを待った。
普段の二人の呼び名は、司は母親のことを社長と呼び、母親はあなた、と呼んでいた。
ビジネスなら親子であっても公私混同はすることはないが、プライベートでも二人はその呼び方をしていた。司が楓を母親を意味する言葉で呼んだのはいつだったか。今では思い出せないほど昔の話だ。

だが親子とはいえ社長と副社長という立場の違いは大きく、ビジネスならビジネスとしての対応をしているが、これから話をする内容がビジネスなのか。それともプライベートに関することなのか。今の司にしてみればどちらでも構わないと思っていた。


それは、マリアから自分と牧野つくしのことが伝えられていることは分かっていたからだ。
だからそのことについて何か言われるなら、ちょうどいいと思っていた。
この際、彼女の、牧野つくしとのことを伝えるチャンスだと捉えた。そして牧野つくしとのことは、真剣に考えていると伝えるつもりだ。
それに対し、何を言われたとしても、いい歳をした男の私生活に母親が口を出すとは思えないが、過去にはビジネス絡みの結婚話といったものが雨のように降ってきたこともあった。
だが今はそれを跳ね返すだけの力は十分ある。それだけの仕事はして来たつもりだ。
それに今の財閥にヨーロッパの高貴な血脈といったものが必要あるとは思えなかった。





「マリア・エリザベート・フォン・シュタウフェンベルグ・・彼女から連絡があったわ。あなたが自分の秘書に手を出しているとね。それにしてもいったい彼女は何がしたいのかしら?」

書類から顔を上げた楓はそう言うと、司の顔をじっと見た。
司は、楓に呼ばれたのは、やはりマリアの牧野つくしについてのご注進だったかと忌々しい想いを抱いた。
マリアは、過去に楓は裕福なヨーロッパ貴族のマリアと司が付き合うことを賛成していたと言ったが、息子にマリアと結婚しろとは言わなかった。
そしてたった今、楓の言った言葉の意味を考えながら口を開いた。

「さあ。私にもわかりませんね。マリアはとっくの昔に別れた女ですから。今は何の関係もありません」

司は楓の目を見ながらはっきりと言った。
二人は紛れもなく親子だがやはり親しく口を利くといった感じではない。

二人とも人を支配する、人の上に立つ人間が持つ独特の空気を纏っている。
それと同時に、あたりにある物を全て呑み込んでしまうブラックホールのような磁力をそれぞれが持つ。つまり言い換えれば、それだけ二人の人間には魅力があるということだが、もし他の人間がここにいれば、どちらの人間に惹き付けられるのか。
道明寺親子というのは、どちらの方の力が強いのか。今の立場は楓の方が上だが、息子である司の力は社長である楓も認めている。
そんな息子に向かって楓は何を言うつもりなのか。
それに楓が司の生活の中に踏み込もうとするなら、司は余計なお世話だとはっきりと言うつもりだ。
だが次に楓が言った言葉は、そうであるようでそうではなく、親が息子に言うごく一般的な言葉のように思える言葉。
つまりそれは、いつまで経っても結婚しようとしない息子に対して言われる母親の小言だ。

「司。あなたもいい年をしていつまでも女に振り回されているようじゃ困るわね。2年前に別れたと訊いたけど、あれからも続いていたとすれば、あなたも見る目がないわね?でも違うわね?あなた日本に戻ってから特定の女性はいなかった。そうよね?まあいいわ。それは」

と、楓は初め強い調子で尋ねたが、最後の言葉は落胆したようにも聞こえた。
そしてそれはまさに婚期を逃した女運の悪い息子に言う言葉だ。
だが司は決して婚期を逃した男でもなければ、女運が悪い男でもない。だからその言葉はどこかチグハグなような気もするが、楓という女は敵には容赦なく襲いかかり、息子とはいえビジネスでミスをすれば容赦はなかった。
だがそんな母親に鍛えられたおかげで世界的視野で物事を見ることが出来るようになり、やはり鉄の女の子供は鋼だと言われるようになった。
だが親子関係は希薄なままこの年まで来た。だから今更何かが変わるとは思っていない。
しかし、次に楓の口をついた言葉に親としての思わぬユーモアがあった。

「私はあなたのお尻を叩くには年を取り過ぎたわ。それにあなたもそんな年ではない。だから私はあなたの私生活をどうこう言うつもりはないわ。ただ嘘つきな女に騙さないようにすることね?あの頃もそうだったけど彼女、マリアがあなたに近づいて来たのは目的があってのこと。今回もまたそのようね?」

親が子供のお尻を叩く。
その言葉はまさに楓の口から出るとは思えない意外な言葉だ。

そんな楓は親子喧嘩の種を撒こうとは思わない。
ただ、正しい情報だけを与えることをしたいと考えていた。
そして息子である司の最新の恋愛事情についてマリアから聞かされた話を鵜呑みにはしない。だから自ら調べたが、息子が自分の秘書に好意を抱いていることは確かなようだ。
そして牧野つくしという秘書は、とにかく真面目で実直な人柄だという報告を受けた。
それは、専務担当の秘書である野上雅子からだ。

野上雅子は専務秘書となり10年が経つ。
だが若い頃、楓の第二秘書をしていたことがあった。
息子には西田という優秀な第一秘書がいるが、相手の女の是非如何に関わることは、同性の方が的確な答えをくれる。
それに野上雅子は、楓の下にいただけのことはあり、楓が求めるものを知っている。
楓は嘘をつく女は嫌いだ。嘘は嘘を重ねることとなり、最終的にはロクな事にならないと知っている。だが牧野つくしという秘書は、その点においては間違いなく正直な人間だと報告を受けた。だから楓は成り行きを見守るつもりでいる。

それにいい年をした我が子の私生活に首を突っ込むほど暇ではない。だから伝えることだけは伝えるつもりで息子を呼んだ。それにマリアが言った秘書の女性の存在が息子にとってどれほどのものか知りたかった。その為には早々に会う必要があった。
だが親子は互いに相手の前で表情を変える人間ではない。だが楓は息子から真っ直ぐな力を感じた。その力というのは真剣さの表れだ。ビジネスに向き合う姿勢とは違う真剣さが息子の中にあると確信した。


「シュタウフェンベルグ家はオーストラリアの名家よ。貴族の家柄だわ。あなたも知っている通り、彼女の父親はヨーロッパでは大きなワイナリーを経営してる。それにオーストリアにあるレジデンツと呼ばれる自らの宮殿をホテルとして経営しているわ。でも最近ワイナリーの収益が落ちている。それにホテル経営が思わしくない。だからお金に困っているようね?
彼女の父親からうちのホテルに業務提携の打診があったわ。この意味がわかるかしら?それからこんな言い方をしたらあなたの男としてのプライドが傷つくかもしれないけど、彼女があなたと撚りを戻したい理由は、それはお金が一番ね?それから次にあなた自身かしら?
どちらにしても、彼女は今と同じ暮らしをするためにお金持ちの夫が必要になった。そう考えるのが一番のようよ」

楓はそう言うと、机の上の置かれていた封筒を司に差し出した。

「あなた。もう知ってるのかしら?牧野つくし。彼女今日はお城見学に出掛けたようだけど、マリアと出会ったみたいね?」

司は封筒から一枚の写真を取り出した。
そこに写っていたのは、牧野つくしとマリア。
二人はテーブルを挟み座っていた。




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コメント
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dot 2018.02.04 10:09 | 編集
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dot 2018.02.04 13:33 | 編集
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dot 2018.02.04 16:35 | 編集
か**り様
>母親楓社長。
はい。母は幾つになっても母です。
それはあの楓社長でもそうです。
何しろお腹を痛めて産んだ我が子。どんな関係になろうとも、我が子のことは分かります。
息子がとても魅力的な男であることも、変化にも気づいています。
会社の経営は安定していますので、余裕ですね!(笑)
そしてつくし。マリアに立ち向かう?
う~ん。大丈夫でしょうか(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.04 22:37 | 編集
さ***ん様
> なるほどザ野上
そうなんです。遠い昔楓の秘書をしていました。
あの楓の秘書でしたから只者ではありませんね?
そんな野上からつくしのことを訊いていた楓。
そして楓は何でも知っている。流石です、楓社長。
嘘をつく女は嫌い。はい。でも息子はを平気で嘘をついてます!(笑)
それが発覚した時。楓が司の尻を叩くかもしれません!(≧▽≦)
え?変わりにつくしに叩いてもらいましょうか?何しろドMの司パパでしたから(笑)
そして親子の会話には、温かさは無いかもしれませんが、もうこの年になるとお互いこんなもの・・そんな気配も感じられます。親も子も互いを見て我が身を見ているような気がします。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.04 22:47 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
楓さん。彼女はとても冷静で頭のいい人ですから、敵に回すと怖い。
そんな彼女も母親。大人になった我が子との会話はこのような形となりました。
そして、つくしのことは以前自分の秘書だった野上さんから聞いていました。
息子のお尻を叩くには年を取り過ぎた。この言葉に母としての何らかの想いが込められているはずです。
自分が息子に対して何もしてこなかったことへの後悔の気持といったものも含まれているような気がします。
スイスで話込んでる時間はありませんね?でもチューリッヒからデュッセルドルフは近いですから(笑)
それでも早く戻るのに越したことはないはずです。

ドラマ見ました^^
毎回変わるゲストの役者さんが豪華ですね?そしてM君は当たり役ではないでしょうか?
次回も楽しみですね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.02.04 22:50 | 編集
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