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2015
08.08

いつか見た風景 8

つくしはすがすがしい朝を迎えた。
分厚いカーテンが太陽の光を遮断していて、今が何時なのか分からないが、朝を迎えていることは確かだ。でもここがどこだか分からなかった。それに何故かウエストに巻かれているものがある。一瞬にして身体がこわばった。身動きせずじっとしていると、巻き付いているそれが、身体の脇のラインをなぞり始め、上の方へとあがって来た。
朦朧としていた頭に一気に血がのぼって来るように感じられる。

今、つくし自身が置かれている状況を理解するには、少しだけ時間がかかった。
ここはニューヨークの道明寺のペントハウスで、昨日はエンパイアステートビルで夜景を眺めて帰って来た。それからおいしい夕食を頂いたところまで、きっちりと覚えている。
でもそれから先の記憶がない。

だがそんな状況にあっても、隣で寝ている人間を間違えるはずがない。
あたしの身体に巻き付いているそれは道明寺の腕だ。

え?なんで?の疑問符が沢山浮かぶ。そんな思いを遮るようにあいつの手はあたしの胸のふくらみをなぞって来た!・・そして止まった。

思わず口から漏れそうな悲鳴を呑み込んだが、身体の上で止まった手の動きが気になっていた。
道明寺、起きてるの?
そっと腕を持ち上げ、外してみる。
うん、大丈夫だ。起きる気配はまったく無い。昔から眠りの深い男だっただけのことはある。

うつ伏せであたしの方に顔を向けて寝ている道明寺。
あの頃とは違った美しい顔の道明寺がいる。目鼻立ちは9年前と変らないが、でも微妙に違う。生意気そうなところは影をひそめ大人としての精悍さが見て取れる。
この数年間の間に鍛えられたであろう精神力の強さが現れ、より魅力的になったように感じられた。

あの日、道明寺が刺され、あたしを忘れたことが信じられなかった。
目の前が真っ暗になったのは、まさにあの日だった。今でも覚えているのは、あたしのことを全く覚えてないということを知ったときのショックと、それから暫く食事も喉を通らなくなってしまったことだ。それでも少しずつ心の傷を癒しながら生活していた。
いつか、またあたしのことを思い出してくれる。そう考えない日はなかった。
しかし、結局思い出すことはなく、今に至る。

つくしは眠る男の顔をじっと見つめた。
眠っていても美しいって言葉が言える。
まつ毛なんてマッチ棒とか爪楊枝とかが何本も乗せられる程に長い。
男のくせになんなのよ。そんな言葉が口を突きそうになる。
それにその口元。絶対になんか出してるでしょ?フェロモンだだ漏れなんですけど!

つくしはそこまで考えてはっとした。
今考えなければならないのはもっと別のことだ。
素晴らしく美味しい夕食を頂いての所まで戻って考える。

契約書だ!あの契約書!
道明寺が変なことを言い出して、そこで契約書の写しを持ってきた。
そこまで思考を戻したとき、ぼんやりと見つめていた男と視線が合った。
いつの間にか目覚めた男の顔に浮かんだ微笑みが、異常なくらいにつくしの心を揺さぶった。

「おい・・」
「い、いつから起きてたの?」
「いつってお前がボーっと俺の顔に見惚れてる時か?」

いえ、別に見惚れてなんていませんけど。
つくしは今更ながら自分の格好が気になり、男から視線が外せないまま手探りで着衣を確認した。すると、下着しかつけていないことがわかった。
さっきの胸のふくらみをなぞる手から熱を感じたのも当たり前だったか。この状況から考えられるのは、間違いなく脱がせたのは道明寺だ。まるでその考えに呼応するようなひと言がつくしに向かって返された。

「苦しそうだったから脱がせた」
「うん・・・」
「おまえ、酒弱いんならもう少し飲み方を考えた方がいいぞ?」
と、至極当然のように言われた。

つくしだってもう十分大人だ。男と女がひとつ屋根の下にいれば、それなりの関係を持つことくらい理解している。それに曲がりなりにも結婚した。もちろんつくし自身の意思で他人に強制されたわけではない。だが、同じベッドで寝ているというこの状況を理解するための説明を求めた。

「と、ところで、道明寺。あたし達ここで何してるんだろうね」

つくしの問いかけは、ある意味司を煽っていた。
司にしてみれば、男と女、ましてや夫婦となった二人が同じベッドに寝ているというなら、することはひとつだと言いたいはずだ。

「ナニって、夫婦なんだからナニするに決まってんだろ?」
「・・ナニする・・・」

つくしは息苦しいほど狼狽し、深呼吸した。

「あの、せっかくのお誘いなんだけど、ご一緒出来ないと思います」
平然を装っているかのように丁寧に言葉を返した。
「あたし忙しいんです。色々と・・その・・」
「そうか。それは残念だな」
司はもの憂げに言いい、からかうような視線でつくしを見た。
「俺とおまえは夫婦になったんだ。それなら俺たちはもっとわかり合うべきだ。だからセックスするも大事なコミュニケーション手段だと思うんだが、駄目か?」
「ごめんなさい。どうしても忙しくて駄目・・」
つくしはもうこれ以上、際どい会話は自分には無理だと思っていた。
すると突然男が笑い始めた。
「・・おまえ可笑しすぎる、動揺しまくり・・」

つくしは司を睨みつけた。
道明寺はあたしを弄んでいる。少なくとも今の状況ではそう言える。
こんな状況で落ち着いてなんていられる方がおかしいわよ。
あたしの隣に裸の道明寺がいて、あたしは下着しか付けていなくて動揺するなって方が無理。
道明寺、下は履いているんでしょうね?
そんな事が頭を過るあたしの脳内は既に沸騰状態で、バッって上掛けをめくる音がしたと思って向けた視線の先に見たものは、何も身に着けていない道明寺がベッドの脇に立って、起って・・・タッテ・・・

「ぎゃぁぁぁぁ――――――」

つくしは一瞬目にしたモノに驚愕のあまり文字通り固まってしまった。

「おまえ、シツレーなヤツだな。俺の裸がそんなにイヤなんかよ? 仮にもおまえの!結婚した!愛しい男だろ?」

と、ひと言ひと言わざと区切って言ってきた。
それからその顔に妖艶な微笑みを浮かべてこう言った。

「おまえ、昨日言ったよな? 俺を幸せにしてくれるんだろ?」






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