あれは・・。
つくしは手にしていたデジカメを通し見える人物を遠くから見ていた。
大した倍率はないが、それでも映し出された顔には見覚えあった。
だが一度しか会ったことのない人だ。確実に見分けられる自信があるかと言えばそうではない。見間違い。人違いかもしれない。
だが人目を引かずにはおかない美しい顔は恐らくマリアだ。そして話をしたことはないが、あのとき目の前で交わされていた会話の語尾から、気の強そうな女性だと感じていた。
そして、あの時の彼女の目はつくしを見下していた。
副社長がNY時代付き合っていたマリア・エリザベート・フォン・シュタウフェンベルグ。
その名前は長すぎてクレジットカードに表示できないのではないかと思う。
それにしてもカメラの向うにいる女性がマリアなら、いったいこの場所で何をしているのか。
だがそれならつくしにも同じことが言えるはずだ。本来なら忙しい道明寺司の秘書として彼といるはずの女が、悠長にお城見学などしている方がおかしいはずだ。
やがてカメラを通さずとも十分認識できる距離までその女性が近づいてくると、もう間違えようがなかった。
のっぺりとした日本人の顔とは異なりアングロサクソン系の彫の深い顔立ちに、緑の瞳。
そして濃いブロンドの髪。間違いなくあの時の女性。マリアだった。
「あら、ミスマキノ」
マリアはつくしのすぐ傍まで近づくと英語で声をかけた。
「こんなところであなたに会うなんて、いったいどういうことかしら?あなたツカサの恋人なんですってね?それなのにこんな所にひとりでいるなんて。まさかツカサにフラれてひとり寂しくお城見学かしら?」
長いブロンドの髪を白いコートの上に垂らしたマリアは、つくしの地味な黒のコートを下から上へと舐めるように見た。だがそのコートが高級なものだと分かったのか、フンといった様子で顎を上げた。
コートは、秘書になりたての頃、秘書課の先輩である専務秘書の野上に付き添われ購入した。だが値段は知らなかった。何故なら副社長の傍に立つ人間として相応しい装いが必要ということで、費用はすべて副社長持ちだったからだ。
そしてこのコートは、首に捲いているクリーム色のカシミアのマフラーと同じブランドであることから、副社長はここのブランドが好きだということに気付いた。
誕生日にもらったカシミアのマフラーは、嫌味のない装いにはピッタリだ。
だから今回の出張にも持ってきていたが、車での移動が殆どで、使用するチャンスがなかった。だが今はこうしてつくしの襟元に暖かさを与えていた。
そして、マリアの質問にどう答えるか考えていた。
彼女は副社長が昔付き合っていた女性。つまり元彼女だ。
だが彼とやり直したいと言った女性。
しかし、彼はやり直すつもりなどないと言い、つくしの事が好きだと言ってくれた。
そんな関係の女性に何をどう話せばいいのか。気まずい沈黙が流れるのは当然で、ぎこちなく口を開いたが、彼女の名前の難しさに舌を噛みそうになった。そしてなんとか名前を呼んだが、正直ちゃんと発音出来たか自信がなかった。
「あの・・シュタウ・・フェン・・ベルグさん・・」
「ミスマキノ。あなたはドイツ語が喋れないみたいだから私のことはマリアと呼んでちょうだい。そうでなければ話をするたび言葉を詰まらせることになるもの」
侯爵令嬢のマリアは気位が高い我儘な女だ。
自分の名前がきちんと発音出来ないことを腹立たしく思う。
そしてその相手が司の新しい恋人なら尚更腹立たしく感じられていた。
あのときマリアが、道明寺HDの投資を歓迎する市長主催の晩餐会の会場となったホテルにいたのは偶然ではない。
彼女の母親はドイツ貴族の家系の出身で、その娘であるマリアが親族の暮らすドイツを訪れることはごく普通のことだ。そんなことから、どこのホテルでどんなパーティーが開かれるかといった社交に関する情報は持っていた。そしてオーストリアの生家にいたマリアは、司があのホテルに現れることを知ると、偶然を装って現れた。
それは、司とやり直すチャンスだと思ったからだ。
東洋人の男と付き合ったのは、司が初めてだったが虜になった。
NYのパーティーで出会った肩幅の広い長身の男は、波打つ黒髪に切れ長のアーモンドアイを持ち、欧米人とは違う何があっても表情を変えないクールさが強烈な印象を残した。
そしてその男が道明寺HDという世界でも名の知れた大企業の跡取り息子だと知ったとき、自分のものにしたいと思った。
なにしろリッチで美しく有名な男というのは、自分の隣に並び立つには相応しいから。
それにベッドを共にして知った。エキゾティックな東洋人の男は知り合ったとき既に30代だったが、引き締まった筋肉に二十歳の男も羨むようなスタミナを持っていた。
だからミセス道明寺になることを決めた。
男を楽しませるセックスと金持ちのヨーロッパ貴族の娘という立場からなんとかなると思った。それに彼の母親であるミセス楓は、そんな彼女の血筋を喜んだ。
確かに、司と付き合いながら他の男と寝たことがあったが、あれは二人が身体だけの関係だといった冷たい態度に魔が差したとしか言えない。
そして子供が出来たと言った。だがそれは嘘ではなく勘違いだったと弁を弄した。
別れた後、他の男と付き合ったが満足できる相手はいなかった。だから司がこの街に来ると知ると彼に会いに来た。
だがまさか、他の女が彼の傍にいるとは思いもしなかった。そして調べてみれば、数ヶ月前から秘書をしている女。牧野つくしと言う名前の35歳は、見た目から25歳くらいだと思えば10歳も年を取っていて、そして31歳のマリアよりも年上だった。
一体この女のどこがいいのか。
マリアにしてみれば、牧野つくしの見た目は子供。
身体つきも顔同様にのっぺりとして凹凸に欠ける。
黒髪は艶やかで美しかったが、女として誇れるのはそれだけだ。だから司がどうしてそんな女を恋人だと言ったのか信じられなかった。
彼のような男なら、いくらでもハイクラスの女性が手にはいるというのに、ただの秘書が恋人だとは信じられなかった。
そしてパーティーで着けていたダイヤモンドのネックレスやドレスに目を光らせた。
彼女が身に着けていたもの全てが自分のものよりも上だと気付くとそれが許せなかった。
だからマリアはすぐに人を雇い牧野つくしを見張らせることを決めた。
そして、スイスにいるミセス楓に耳打ちをした。
あなたの息子は秘書の女に手を出しています、と。
だから司は母親に呼ばれスイスへ向かった。
マリアはこれから牧野つくしをじっくり観察するつもりだ。
だからそのために少しだけ微笑んだ。
「ねえ、ミスマキノ。私、あなたとふたりきりで話がしたいの。いいでしょ?あなたもこんな所でブラブラしてるなら暇ってことでしょ?」
マリアはハッキリものを言う。
だが欧米人は誰もがそうだ。真綿に包む、遠回しといった言葉はない。
イエスかノーかであり曖昧なことを嫌う。そして自己主張が強い。
彼女もまさにその通りだった。そして、金持ちの家の子供はどこの国も同じだ。
「あなたが今のツカサの恋人なら、昔の恋人のことが気になるでしょ?昔のツカサがどんな男だった知りたいでしょ?だから私が教えてあげるわ。ノーという返事は訊かないわ。だからこれからお茶でも飲みながら話をしましょうよ?」
「あのマリアさん・・」
つくしは遠慮しようとしたがマリアは耳を貸さない。
「あら。いいじゃない。どうせこんなところに一人でいるんですもの。暇なんでしょ?それに自分の恋人のことですもの。興味があるはずよ?」
つくしにしてみれば、確かに昔の副社長に興味がある。
だがそれよりも、マリアという女性が迷惑な女性なら、自分が副社長を守らなければならないことに変わりはない。それに今は副社長のかりそめの恋人ではなく、本物の恋人になったのだから、もしマリアという女性が本気で彼のことを取り戻そうとしているなら、相手を知る必要がある。
だからマリアの誘いを受けることにした。

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だが人目を引かずにはおかない美しい顔は恐らくマリアだ。そして話をしたことはないが、あのとき目の前で交わされていた会話の語尾から、気の強そうな女性だと感じていた。
そして、あの時の彼女の目はつくしを見下していた。
副社長がNY時代付き合っていたマリア・エリザベート・フォン・シュタウフェンベルグ。
その名前は長すぎてクレジットカードに表示できないのではないかと思う。
それにしてもカメラの向うにいる女性がマリアなら、いったいこの場所で何をしているのか。
だがそれならつくしにも同じことが言えるはずだ。本来なら忙しい道明寺司の秘書として彼といるはずの女が、悠長にお城見学などしている方がおかしいはずだ。
やがてカメラを通さずとも十分認識できる距離までその女性が近づいてくると、もう間違えようがなかった。
のっぺりとした日本人の顔とは異なりアングロサクソン系の彫の深い顔立ちに、緑の瞳。
そして濃いブロンドの髪。間違いなくあの時の女性。マリアだった。
「あら、ミスマキノ」
マリアはつくしのすぐ傍まで近づくと英語で声をかけた。
「こんなところであなたに会うなんて、いったいどういうことかしら?あなたツカサの恋人なんですってね?それなのにこんな所にひとりでいるなんて。まさかツカサにフラれてひとり寂しくお城見学かしら?」
長いブロンドの髪を白いコートの上に垂らしたマリアは、つくしの地味な黒のコートを下から上へと舐めるように見た。だがそのコートが高級なものだと分かったのか、フンといった様子で顎を上げた。
コートは、秘書になりたての頃、秘書課の先輩である専務秘書の野上に付き添われ購入した。だが値段は知らなかった。何故なら副社長の傍に立つ人間として相応しい装いが必要ということで、費用はすべて副社長持ちだったからだ。
そしてこのコートは、首に捲いているクリーム色のカシミアのマフラーと同じブランドであることから、副社長はここのブランドが好きだということに気付いた。
誕生日にもらったカシミアのマフラーは、嫌味のない装いにはピッタリだ。
だから今回の出張にも持ってきていたが、車での移動が殆どで、使用するチャンスがなかった。だが今はこうしてつくしの襟元に暖かさを与えていた。
そして、マリアの質問にどう答えるか考えていた。
彼女は副社長が昔付き合っていた女性。つまり元彼女だ。
だが彼とやり直したいと言った女性。
しかし、彼はやり直すつもりなどないと言い、つくしの事が好きだと言ってくれた。
そんな関係の女性に何をどう話せばいいのか。気まずい沈黙が流れるのは当然で、ぎこちなく口を開いたが、彼女の名前の難しさに舌を噛みそうになった。そしてなんとか名前を呼んだが、正直ちゃんと発音出来たか自信がなかった。
「あの・・シュタウ・・フェン・・ベルグさん・・」
「ミスマキノ。あなたはドイツ語が喋れないみたいだから私のことはマリアと呼んでちょうだい。そうでなければ話をするたび言葉を詰まらせることになるもの」
侯爵令嬢のマリアは気位が高い我儘な女だ。
自分の名前がきちんと発音出来ないことを腹立たしく思う。
そしてその相手が司の新しい恋人なら尚更腹立たしく感じられていた。
あのときマリアが、道明寺HDの投資を歓迎する市長主催の晩餐会の会場となったホテルにいたのは偶然ではない。
彼女の母親はドイツ貴族の家系の出身で、その娘であるマリアが親族の暮らすドイツを訪れることはごく普通のことだ。そんなことから、どこのホテルでどんなパーティーが開かれるかといった社交に関する情報は持っていた。そしてオーストリアの生家にいたマリアは、司があのホテルに現れることを知ると、偶然を装って現れた。
それは、司とやり直すチャンスだと思ったからだ。
東洋人の男と付き合ったのは、司が初めてだったが虜になった。
NYのパーティーで出会った肩幅の広い長身の男は、波打つ黒髪に切れ長のアーモンドアイを持ち、欧米人とは違う何があっても表情を変えないクールさが強烈な印象を残した。
そしてその男が道明寺HDという世界でも名の知れた大企業の跡取り息子だと知ったとき、自分のものにしたいと思った。
なにしろリッチで美しく有名な男というのは、自分の隣に並び立つには相応しいから。
それにベッドを共にして知った。エキゾティックな東洋人の男は知り合ったとき既に30代だったが、引き締まった筋肉に二十歳の男も羨むようなスタミナを持っていた。
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別れた後、他の男と付き合ったが満足できる相手はいなかった。だから司がこの街に来ると知ると彼に会いに来た。
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一体この女のどこがいいのか。
マリアにしてみれば、牧野つくしの見た目は子供。
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黒髪は艶やかで美しかったが、女として誇れるのはそれだけだ。だから司がどうしてそんな女を恋人だと言ったのか信じられなかった。
彼のような男なら、いくらでもハイクラスの女性が手にはいるというのに、ただの秘書が恋人だとは信じられなかった。
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だからマリアはすぐに人を雇い牧野つくしを見張らせることを決めた。
そして、スイスにいるミセス楓に耳打ちをした。
あなたの息子は秘書の女に手を出しています、と。
だから司は母親に呼ばれスイスへ向かった。
マリアはこれから牧野つくしをじっくり観察するつもりだ。
だからそのために少しだけ微笑んだ。
「ねえ、ミスマキノ。私、あなたとふたりきりで話がしたいの。いいでしょ?あなたもこんな所でブラブラしてるなら暇ってことでしょ?」
マリアはハッキリものを言う。
だが欧米人は誰もがそうだ。真綿に包む、遠回しといった言葉はない。
イエスかノーかであり曖昧なことを嫌う。そして自己主張が強い。
彼女もまさにその通りだった。そして、金持ちの家の子供はどこの国も同じだ。
「あなたが今のツカサの恋人なら、昔の恋人のことが気になるでしょ?昔のツカサがどんな男だった知りたいでしょ?だから私が教えてあげるわ。ノーという返事は訊かないわ。だからこれからお茶でも飲みながら話をしましょうよ?」
「あのマリアさん・・」
つくしは遠慮しようとしたがマリアは耳を貸さない。
「あら。いいじゃない。どうせこんなところに一人でいるんですもの。暇なんでしょ?それに自分の恋人のことですもの。興味があるはずよ?」
つくしにしてみれば、確かに昔の副社長に興味がある。
だがそれよりも、マリアという女性が迷惑な女性なら、自分が副社長を守らなければならないことに変わりはない。それに今は副社長のかりそめの恋人ではなく、本物の恋人になったのだから、もしマリアという女性が本気で彼のことを取り戻そうとしているなら、相手を知る必要がある。
だからマリアの誘いを受けることにした。

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
マリア。司がドイツに来る前に画策をしていた!
司の虜になっていたんですねぇ(笑)
他の男と付き合ってみたようですが、やはり司のことが忘れられなかったようです。
そして司と大人の関係になれば、離れたくないと思うのは当然でしょうねぇ(´艸`*)
マリアは仕事はしていません。侯爵令嬢はあちこちのパーティーに顔を出すのが仕事のようです。
お金や容姿は自分が持ってるから、お前はそのままでいい・・そんな台詞。ありましたねぇ。
さて、つくしはマリアの誘いに乗りました。
そして司はスイス。明日は・・・。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
マリア。司がドイツに来る前に画策をしていた!
司の虜になっていたんですねぇ(笑)
他の男と付き合ってみたようですが、やはり司のことが忘れられなかったようです。
そして司と大人の関係になれば、離れたくないと思うのは当然でしょうねぇ(´艸`*)
マリアは仕事はしていません。侯爵令嬢はあちこちのパーティーに顔を出すのが仕事のようです。
お金や容姿は自分が持ってるから、お前はそのままでいい・・そんな台詞。ありましたねぇ。
さて、つくしはマリアの誘いに乗りました。
そして司はスイス。明日は・・・。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.02.02 22:29 | 編集
