黒のロングコートの裾をはためかせ颯爽と歩く男。
いい匂いがして、一連の動きがスマート。
人種を問わず愛される男はどこにでもいるが、長い間外国に暮らすと、目に見えないその土地の空気を纏っているように感じられるが、つくしから見た道明寺司はまさにそう感じられた。
だからドイツにいても、その場の空気にも当然のように馴染み、マリアのような大柄のヨーロッパ女性の傍に立っていても違和感は無かった。それどころか、エキゾティックさが感じられたほどだ。
そんな男を好きになったが、簡単に気持ちを言葉できないのが今までのつくしだ。
だが今は違う。
『あのとき、もしも・・』
そんな言葉は使いたくないはずだ。それに言わなかったことで後悔はしたくない。
そしてつくしは、車を降りてからずっと同じことを考えていた。
今の自分が何を望み、何が欲しいのかを。
『好きだ』
それは荒い声ひとつたてずに獲物を射すくめる能力を持つ男の放った言葉。
そして初めて男性から言われた言葉。
今まで仕事だけを励みに生きて来た。確かな仕事がしたいといった思いから道明寺に入社した。他人に迷惑をかけることのないように自分の足で立ち生活してきた。
けれど今まで覚悟を決め、自分から何かにぶつかったことはない。
その何かとは恋のことだが、一度だけ付き合った人にはぶつかって行った訳ではない。
それにあの時は、つくしの乏しい反応とノリの悪さにイライラとした男がいた。
だが今は違う。相手は副社長という神々のフロアにいた雲の上の存在。
その人にぶつかっていこうと思う。いや。恋はぶつかっていくという言葉とは違うような気がするが、何しろ相手は強烈なカリスマ性を持つ男だけに、ぶつかっていくが相応しいような気がする。
それにこの人となら、まだ手にしたことがない本当の恋が出来そうな気がする。
ただそれは、普通の恋ではないのかもしれない。何しろ平凡を生きてきた女は、キスも下手なうえにそこから先の経験がない。愛し方を知らない。
それならそのことを話した方がいいのだろうか。
何しろ相手は経験豊富と言われるのだから、もしかすると未経験な女は面倒だと思うかもしれない。腐りかけた女か、と笑われるかもしれない。
こんなことなら久美子の恋愛講座をもっと真面目に訊いておけばよかったと思う。
それに相手は映画の世界で言えば主役だ。トップスターだ。それも国際的大スターだ。
けれど、その相手役は端役さえも射止めたことがない女。いくら女は女優だといっても、つくしが相手役を務めるには無理があるような気もする。
そして今こんなことを思うのは、あのキスがきっかけになっているはずだが、自分の心が求めるのは確かに副社長なのだから、ちゃんと自分の気持を伝えるべきだ。
そしてそう思う女の頬が火照っているのは、決して部屋の暖房のせいではない。それは、これから好きな人に私も好きですと告白するからだ。それに今言わなければ、いつ言うというのだ。
もし久美子がここに居れば、
『今でしょう!?今言わなくてどうするのよ?つくしは思ったことを心の奥に溜め込む性格なんだから、さっさと口に出さなくてどうするのよ!?』
と言われるはずだ。
「どうした?何か言いたいことがあるなら言ってくれ。ジェットの準備が出来次第出発する」
コネクティングルームと繋がったリビングの入口に立つ男のその言葉に、つくしはハッとし我に返った。
そうだった。相手はこれからスイスへ飛ぶというのに、秘書が時間を取らせてどうするというのか。それなら早く言わなければならないはずだ。
「あの。さっきの話ですが__ええっと・・ふ、副社長が私のことが好きだとおっしゃった件ですが・・・」
「ああ。どうした?その話ならスイスから戻ってからでいい」
と、言って腕時計に目を落した男は、つくしが扉の向うへ消えるのを待っているのだ。
だがつくしは今、ここで自分の気持を伝えたかった。だがそう思えば思うほど呂律が回らないわけではないが、思うように言葉が出なかった。それでもなるべく普段と同じように話そうとしたが、そうなると話が支離滅裂になるような気がして、やはりスピードを落とし話すことにした。
「あの。私・・今まであまりいい恋愛をしてこなかったこともあって・・いえ。ちゃんとしたお付き合いをしたことがなくて・・いえ。違います。勿論男性とお付き合いしたことはあります。でもその・・なんと言えばいいのか相性が悪かったのか、考え方が違い過ぎたのか・・いえ・・そうではなくて、別の人間ですから考え方が違って当然なんですが・・だから・・・」
そこまで言うと、部屋の入口に立っていた男がつくしの傍へ近づいた。そして見上げる格好になった彼女を覗きこんだ男の目は、話し始めた彼女を正視し先を促すのだが、あれこれ言葉を捏ね繰り回す様子を笑っているはずだ。
「だからどうした?」
「えーっと、だから・・」
「だから?」
「はい。私も副社長のことが・・」
「私も?」
何だか、同じ言葉を同じ調子での繰り返しでこれでは話が前に進まない。けれど、どうしても最後の好きですという言葉を口にするには勇気がいった。だが相手はとっくにつくしの気持に気付いているのか笑い出していた。
「牧野・・そう言えば、マリアの前でキスするとき、好きだって言わなかったな。普通好きな女に唇を重ねる時はそう言うはずだ。だからあの時の分は今言っとく。好きだ。お前が。で?」
「で?・・ですか?」
既につくしの気持に気付いている男は、敢えて彼女に訊いていた。
それは彼女の心を解き放つため。そして彼女に自分自身の気持を認めさせるためだ。
だから司は言わせたかった。いや。言わせるつもりだ。彼のことが好きだと。そして言って欲しかった。
だが大きく目を見開いた女は、しどろもどろになる話をこれ以上しても無駄と分ったのか、司を見上げたまま黙った。
「お前俺に言いたいことがあるんだろ?俺がスイスに行く前に言っておきたいんだろ?だからこうして話してんだろ?俺はちゃんとお前の口から出る言葉が訊きたい。それからいい恋愛をしてこなかったって言うなら、これから手順を踏んだいい恋愛をすればいいだろ?」
そこまで言われたつくしは、黙り込んだままではいられなかった。
それに言うと決めたはずだ。海外で仕事をすれば、ベビーフェイスと言われて来たが、子供ではないのだから、言わなくては相手に思いを伝えることが出来ないことを知っている。
「あ・・の。私も好きです・・副社長のことが」
「そうか。じゃあ、あらためてキスだ。これが恋の手順その1だ」
真面目なのかふざけているのか分からなかったが、恋愛のエキスパートと言われる男にそう言われれば、そうなのだろう。
じゃあ行って来る。と言われ、緩く笑いの形にカーブを描いた柔らかくも硬くもある唇が重ねられ二つの影が重なったが、それがつくしの恋のスタートだった。
そして首から耳までが赤く染まった女は息をしろ、と言われ、自分が息を詰めていたのを知り笑っていた。

にほんブログ村

応援有難うございます。
いい匂いがして、一連の動きがスマート。
人種を問わず愛される男はどこにでもいるが、長い間外国に暮らすと、目に見えないその土地の空気を纏っているように感じられるが、つくしから見た道明寺司はまさにそう感じられた。
だからドイツにいても、その場の空気にも当然のように馴染み、マリアのような大柄のヨーロッパ女性の傍に立っていても違和感は無かった。それどころか、エキゾティックさが感じられたほどだ。
そんな男を好きになったが、簡単に気持ちを言葉できないのが今までのつくしだ。
だが今は違う。
『あのとき、もしも・・』
そんな言葉は使いたくないはずだ。それに言わなかったことで後悔はしたくない。
そしてつくしは、車を降りてからずっと同じことを考えていた。
今の自分が何を望み、何が欲しいのかを。
『好きだ』
それは荒い声ひとつたてずに獲物を射すくめる能力を持つ男の放った言葉。
そして初めて男性から言われた言葉。
今まで仕事だけを励みに生きて来た。確かな仕事がしたいといった思いから道明寺に入社した。他人に迷惑をかけることのないように自分の足で立ち生活してきた。
けれど今まで覚悟を決め、自分から何かにぶつかったことはない。
その何かとは恋のことだが、一度だけ付き合った人にはぶつかって行った訳ではない。
それにあの時は、つくしの乏しい反応とノリの悪さにイライラとした男がいた。
だが今は違う。相手は副社長という神々のフロアにいた雲の上の存在。
その人にぶつかっていこうと思う。いや。恋はぶつかっていくという言葉とは違うような気がするが、何しろ相手は強烈なカリスマ性を持つ男だけに、ぶつかっていくが相応しいような気がする。
それにこの人となら、まだ手にしたことがない本当の恋が出来そうな気がする。
ただそれは、普通の恋ではないのかもしれない。何しろ平凡を生きてきた女は、キスも下手なうえにそこから先の経験がない。愛し方を知らない。
それならそのことを話した方がいいのだろうか。
何しろ相手は経験豊富と言われるのだから、もしかすると未経験な女は面倒だと思うかもしれない。腐りかけた女か、と笑われるかもしれない。
こんなことなら久美子の恋愛講座をもっと真面目に訊いておけばよかったと思う。
それに相手は映画の世界で言えば主役だ。トップスターだ。それも国際的大スターだ。
けれど、その相手役は端役さえも射止めたことがない女。いくら女は女優だといっても、つくしが相手役を務めるには無理があるような気もする。
そして今こんなことを思うのは、あのキスがきっかけになっているはずだが、自分の心が求めるのは確かに副社長なのだから、ちゃんと自分の気持を伝えるべきだ。
そしてそう思う女の頬が火照っているのは、決して部屋の暖房のせいではない。それは、これから好きな人に私も好きですと告白するからだ。それに今言わなければ、いつ言うというのだ。
もし久美子がここに居れば、
『今でしょう!?今言わなくてどうするのよ?つくしは思ったことを心の奥に溜め込む性格なんだから、さっさと口に出さなくてどうするのよ!?』
と言われるはずだ。
「どうした?何か言いたいことがあるなら言ってくれ。ジェットの準備が出来次第出発する」
コネクティングルームと繋がったリビングの入口に立つ男のその言葉に、つくしはハッとし我に返った。
そうだった。相手はこれからスイスへ飛ぶというのに、秘書が時間を取らせてどうするというのか。それなら早く言わなければならないはずだ。
「あの。さっきの話ですが__ええっと・・ふ、副社長が私のことが好きだとおっしゃった件ですが・・・」
「ああ。どうした?その話ならスイスから戻ってからでいい」
と、言って腕時計に目を落した男は、つくしが扉の向うへ消えるのを待っているのだ。
だがつくしは今、ここで自分の気持を伝えたかった。だがそう思えば思うほど呂律が回らないわけではないが、思うように言葉が出なかった。それでもなるべく普段と同じように話そうとしたが、そうなると話が支離滅裂になるような気がして、やはりスピードを落とし話すことにした。
「あの。私・・今まであまりいい恋愛をしてこなかったこともあって・・いえ。ちゃんとしたお付き合いをしたことがなくて・・いえ。違います。勿論男性とお付き合いしたことはあります。でもその・・なんと言えばいいのか相性が悪かったのか、考え方が違い過ぎたのか・・いえ・・そうではなくて、別の人間ですから考え方が違って当然なんですが・・だから・・・」
そこまで言うと、部屋の入口に立っていた男がつくしの傍へ近づいた。そして見上げる格好になった彼女を覗きこんだ男の目は、話し始めた彼女を正視し先を促すのだが、あれこれ言葉を捏ね繰り回す様子を笑っているはずだ。
「だからどうした?」
「えーっと、だから・・」
「だから?」
「はい。私も副社長のことが・・」
「私も?」
何だか、同じ言葉を同じ調子での繰り返しでこれでは話が前に進まない。けれど、どうしても最後の好きですという言葉を口にするには勇気がいった。だが相手はとっくにつくしの気持に気付いているのか笑い出していた。
「牧野・・そう言えば、マリアの前でキスするとき、好きだって言わなかったな。普通好きな女に唇を重ねる時はそう言うはずだ。だからあの時の分は今言っとく。好きだ。お前が。で?」
「で?・・ですか?」
既につくしの気持に気付いている男は、敢えて彼女に訊いていた。
それは彼女の心を解き放つため。そして彼女に自分自身の気持を認めさせるためだ。
だから司は言わせたかった。いや。言わせるつもりだ。彼のことが好きだと。そして言って欲しかった。
だが大きく目を見開いた女は、しどろもどろになる話をこれ以上しても無駄と分ったのか、司を見上げたまま黙った。
「お前俺に言いたいことがあるんだろ?俺がスイスに行く前に言っておきたいんだろ?だからこうして話してんだろ?俺はちゃんとお前の口から出る言葉が訊きたい。それからいい恋愛をしてこなかったって言うなら、これから手順を踏んだいい恋愛をすればいいだろ?」
そこまで言われたつくしは、黙り込んだままではいられなかった。
それに言うと決めたはずだ。海外で仕事をすれば、ベビーフェイスと言われて来たが、子供ではないのだから、言わなくては相手に思いを伝えることが出来ないことを知っている。
「あ・・の。私も好きです・・副社長のことが」
「そうか。じゃあ、あらためてキスだ。これが恋の手順その1だ」
真面目なのかふざけているのか分からなかったが、恋愛のエキスパートと言われる男にそう言われれば、そうなのだろう。
じゃあ行って来る。と言われ、緩く笑いの形にカーブを描いた柔らかくも硬くもある唇が重ねられ二つの影が重なったが、それがつくしの恋のスタートだった。
そして首から耳までが赤く染まった女は息をしろ、と言われ、自分が息を詰めていたのを知り笑っていた。

にほんブログ村

応援有難うございます。
- 関連記事
-
- 恋におちる確率 56
- 恋におちる確率 55
- 恋におちる確率 54
スポンサーサイト
Comment:6
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

司*****E様
ちゃんと告白できましたね(笑)いい年した女は恋には不器用。
そんな不器用な女が司は好きなようです。
お互いがお互いを好きだと分かり、これで安心してスイスに行ける司。
でも、マリアという存在が!
ええっと。でも今週はお誕生日週間ですので、少しお時間を下さいませ。^^
ドラマ。大物ゲストでしたねぇ。そしてテンポのいい展開で楽しいです。
親父ギャグ。昭和の匂いがプンプンしますが、若い方には分からないかもしれませんね?(笑)
コメント有難うございました^^
ちゃんと告白できましたね(笑)いい年した女は恋には不器用。
そんな不器用な女が司は好きなようです。
お互いがお互いを好きだと分かり、これで安心してスイスに行ける司。
でも、マリアという存在が!
ええっと。でも今週はお誕生日週間ですので、少しお時間を下さいませ。^^
ドラマ。大物ゲストでしたねぇ。そしてテンポのいい展開で楽しいです。
親父ギャグ。昭和の匂いがプンプンしますが、若い方には分からないかもしれませんね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.28 22:14 | 編集

と*****ン様
やっと、やっと二人の気持が繋がりました(笑)
本当に、大人の女はやっかいです。
え?甘い甘~い二人が見たいんですね?(´艸`*)
でもアカシアの甘さでいいんですか?
大人の男の愛し方。どんな愛し方をしてくれるのか・・。
そして『好きだ』シンプルな言葉ほど重みを感じます。
坊ちゃん、何度でも言いそうですねぇ(笑)
ただ、今週はお誕生日が控えていることもあり、別のお話になりそうですが、よろしければご覧くださいませ^^
コメント有難うございました^^
やっと、やっと二人の気持が繋がりました(笑)
本当に、大人の女はやっかいです。
え?甘い甘~い二人が見たいんですね?(´艸`*)
でもアカシアの甘さでいいんですか?
大人の男の愛し方。どんな愛し方をしてくれるのか・・。
そして『好きだ』シンプルな言葉ほど重みを感じます。
坊ちゃん、何度でも言いそうですねぇ(笑)
ただ、今週はお誕生日が控えていることもあり、別のお話になりそうですが、よろしければご覧くださいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.28 22:29 | 編集

か**り様
女は度胸!(≧▽≦)
確かにそうですね?どんなことにも真正面からぶつかって行きましょう!
新堂巧とのことはクリア?(笑)え~どうなんでしょうねぇ。
訳ありマリアの出現。そしてつくしが標的に?
しかし司は楓社長に呼ばれスイスへ。
う~ん。事件はドイツで起きるのでしょうか?
司は雲の上の人。大企業の副社長ともなれば、おいそれと傍に近寄ることは出来ません。
まさに、雲上人。神々のフロアの人です。
そんな人の傍にいる女は、仕事に緊張感を感じながらもどこかマイペース。
そして恋には疎い女でしたが、やっと自分の気持を伝えました。大人の恋愛です。ここから加速して欲しいですねぇ^^
某国のトップ。色々と発言が変わるようですが、どうなるのでしょう。
パリ協定離脱も止めると言っているようです。でも分かりませんよね(笑)
多国籍企業の道明寺HDも色々と大変だと思います(笑)
コメント有難うございました^^
女は度胸!(≧▽≦)
確かにそうですね?どんなことにも真正面からぶつかって行きましょう!
新堂巧とのことはクリア?(笑)え~どうなんでしょうねぇ。
訳ありマリアの出現。そしてつくしが標的に?
しかし司は楓社長に呼ばれスイスへ。
う~ん。事件はドイツで起きるのでしょうか?
司は雲の上の人。大企業の副社長ともなれば、おいそれと傍に近寄ることは出来ません。
まさに、雲上人。神々のフロアの人です。
そんな人の傍にいる女は、仕事に緊張感を感じながらもどこかマイペース。
そして恋には疎い女でしたが、やっと自分の気持を伝えました。大人の恋愛です。ここから加速して欲しいですねぇ^^
某国のトップ。色々と発言が変わるようですが、どうなるのでしょう。
パリ協定離脱も止めると言っているようです。でも分かりませんよね(笑)
多国籍企業の道明寺HDも色々と大変だと思います(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.28 22:44 | 編集
