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2018
01.27

恋におちる確率 54

車内は薄暗くても互いの顔ははっきと見え、隣に座る男の彫の深い顔に陰影を感じることが出来る。
そしてその顔が冗談ではなく本気と取れる表情を浮かべているのは気のせいではない。
それは道明寺司という男のたぐい稀な造形美の中で誰も見たことがない表情。
そしてそんな表情を見た女の顔に浮かんでいるのは、驚きと戸惑いと沈黙だ。

司は、牧野つくしと出会うまで恋をしたことがない。
それに男女の駆け引きというものを経験したことがない。
それは、彼が駆け引きをする必要性に駆られたことがないからだ。だが、もしそうなったとしても、自分が優位に立てる。相手を焦らすことが出来ると考えていた。
だがその考えは間違いだ。今の司は焦らされているのは自分だと感じはじめていた。

それは首を引き寄せられキスされたことからだが、舌は逃げ隠れてしまうといった決して上手なキスとは言えないキス。だが女の突然のその行動が、男の劣情を煽ることを知っているのか。だがとても彼女が知っているようには思えなかった。
恐らくあのキスは、仕事だから。といった意味でしたに過ぎない。

そして突然目の前にマリアが現れたことに、じわり、と心に喰い込む何かを感じ、嫌な匂いが残った。それはマリアがつけていた香水の匂い。その匂いがまだ感じられるが、それがマリアという人間を表しているとすれば、率直な言葉を話すあの女は、つけていた香水の名前通り毒をまき散らしに来たような女だ。そんな女に牧野つくしが立ち向かうことが出来るはずがない。

マリアの出現は嘘から出た実と言わざるを得ないが、あの女は、牧野つくしを排除しようとするはずだ。
だから牧野つくしをゆっくりと恋におとす時間は無くなり、状況が整おうが、整わまいが関係ない。あの女が彼女に近づく事を阻止することが、今の司がしなければならないことだ。


遊びでするキスなら数えきれないほどした。
それは中等部時代、近づいてくる女たちと交わした多くのキス。
だがキスをしたからといって、その女たちに気持ちがあった訳ではない。
ただ求められたからのキスで自らが求めたものではない。だが牧野つくしからのキスなら何度でも交わしたい。いやそれ以上のことをしたい。
愛し合いたい。
愛を交したい。
彼女に全てを与えたい。

そう思う司の表情が少しずつ緩み、結んだ口元に薄く笑みが広がり、顔の緊張を緩めた。
だが牧野つくしは、彼の言葉が信じられないのか、驚きを張り付けた顔はそのままだ。

「牧野。俺の言葉は理解出来たんだろ?俺はお前を好きだと言った。それならそれに対しての返事ってのを聞かせてくれないか?お前は俺のことをどう考えている?」

司はつくしの反応を窺うような目で彼女を見た。
彼女は司のすぐ隣に座っているのだから、質問をかわすことが出来ない。
そしてその近さから相手の鼓動が感じ取れ、脈拍まで感じとれたとしてもおかしくない。
実際牧野つくしは、背筋を真っ直ぐ伸ばし、キスの余韻を残したままの顔は頬が赤く染まり、下唇を噛んだその姿に血の流れまで感じ取れそうだ。

「あの・・副社長。私は__」

とつくしが言いかけたとき、司の携帯電話が鳴った。



つくしはその瞬間身を固くした。
車内に漂うのは、男と女の間に感じられる性的な空気。
だがそれを認めるのが怖い気がしていた。

つくしは道明寺司という男を好きになっていた。
だから私もあなたのことが好きです、と答えれば、この先どうなるのかといった思いが過る。
そして現実を見つめれば、副社長と平凡な秘書との恋など絵に描いた餅のようなもので、夢物語とか甘い夢と言われるはずだ。
それに相手は道明寺財閥の御曹司だ。
いくら久美子や先輩秘書が応援するからといったところで、叶えられるとは思えなかった。
そして傷つくのは自分であり、濃厚なキスとは逆の濃厚な絶望感といったものを抱えることは確実に予想出来る。

それならどうすればいいのか。
私はあなたのことは何とも思っていません。
キスをしたのは、あれは芝居ですと言えば済む話だ。
けれど、その言葉を口にすることは出来なかった。

いつも常識的な部分が多いと言われる女は、感情的な部分を忘れたのではないかと言われたことがあった。
それは短い間だが付き合った男性に、いきなりホテルに連れていかれそうになり断ったが、その時言われたノリが悪いという言葉。だがその人のことは周りに勧められ、相手の押しの強さに負け付き合い始めた人だった。
だが今は違う。
その男性には感じたことがない気持ちが、感情が道明寺司という男に対してはあった。

司は、鳴り続ける携帯電話を無視していたが、そのしつこさにタキシードのポケットから取り出し、液晶画面に目を落し舌打ちした。

「悪い。この電話には出なきゃいけない」

つくしは頷き前を向き、隣の男が会話を始めたのを訊いていたが、問われた答えを返す時間が先延ばしされたことに、考える時間が与えられたと思っていた。
だが、何を考えるというのか。いや、答えは出ているはすではないか。

「はい。__ええ。____そうですか。__分かりました」

そう話をする男の低い声に不機嫌さと苛立ちが感じられたが、隣に座るつくしはじっと動かずにいた。そして理性が感情を上回ると言われた女は、男の電話が終れば、口にする言葉を準備していた。

やがて電話が切られ、司がタキシードのポケットに携帯電話を突っ込んだ。

「牧野。これからスイスに飛ぶ。社長がダボスに居るが至急来いと言われた」

社長であり司の母親である道明寺楓は、毎年1月下旬にスイスのダボスで開催される世界経済フォーラムの年次総会であるダボス会議に出席しているが、その楓が息子である副社長の司を呼ぶことを決めたのは、一体どんな理由があるのか。

司は運転手にすぐにホテルに向かうように言うと、つくしの方を見た。
そして「あの・・」と言いかけたつくしを男は遮り話を継いだが、それは彼女の躊躇いの一瞬を読んだからであり、その瞬間、司は答えを待つことに決めた。

「牧野。行くのは俺だけでお前はいい。・・それからさっきの答えは後で訊かせてくれ。後って言っても俺がスイスから戻ったらでいい。その方が楽しみがある。ただ、お前のその顔を見てると、なんか知らねぇけど新堂巧の時のことを思い出すがな」

そう言われた言葉はどこか笑いを含んでいたが、自信めいたものが感じられた。
そして彼女の眉間に指を触れた。
「皺が寄ってるぞ」と言って。









二人はホテルに戻り、エレベーターで最上階のスイートに戻った。
そしてつくしは奥のコネクティングルームへ足を踏み入れるとき、後ろを振り返った。
そこにいるハンサムで頭がよく、自信に溢れた男に自分の気持を告げるために。




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コメント
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dot 2018.01.27 07:03 | 編集
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dot 2018.01.27 12:23 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
ゆっくりとつくしを落とすつもりだった司。でもマリアの出現にそうはいかなくなりました(笑)
つくしを落す自信?それはもう間違いありません!99.9%ですね?(笑)
意を決したつくし。
あとは彼女の素直になる姿を待ちたいですね?
二人ともいい大人です。自分の気持がはっきりすれば、迷いはないはずです^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.27 23:16 | 編集
と*****ン様
こんな時にスイスへ‼
え?何か事件が起きるのを期待しているんですね?(笑)
そしてつくし!
ちゃんと正直に自分の気持を伝えることが出来るのか。
相手はあの司です。抗えるのでしょうか?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.27 23:20 | 編集
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