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2015
10.17

まだ見ぬ恋人3

次の一週間、なんとかもう一度彼女と会いたいと司は毎日のように駅に現れた。
秘書の西田は何も聞かず黙って指示に従った。
こうして、彼女に対する思いは情熱に変わりついには執念となった。
それまで司は女に対しての想いなど口にしたことがなかった。

手がかりはベージュのコートに赤い傘。 いや、これは持ち物だから替えがきく。
手がかりは肩の下までの真っ直ぐな黒い髪。 そして・・・大きな瞳だった。
服装が変わっていたとしても、もう一度会えば必ずわかる。
声が聞ければよかったと思った。そうすればもっと多くのことがわかったはずだ。
総二郎が言ったとおり、あのとき声をかけておけばよかった。


西田がこっちへ向かってきた。
「支社長、そろそろお戻り下さい」
司は腕時計を見た。
「 ああ 」
「お気の毒ですが・・」
西田は言った。
「西田、おまえホントに気の毒だと思っているか?」
「支社長がこうしてここに現れると色々と問題がおありかと・・」
「なにがそんなにおかしいんだ、西田?」
西田が笑いながらたしなめた。
「いえ、ただこんなにもまわりに女性が集まるとお探しの方が見つかるのも早いのではないかと」
司は敢えて返事もせずに黙って階段を上がった。

司がこの駅のプラットホームに現れるようになって女性乗客の数が急に増えていた。
夕刻の帰宅時間帯にイケメン男性が現れるホームとして女性利用客の間で話題になっていた。
ちらちらとこちらへ視線を向ける者もいれば、堂々と写真を撮る者までいた。


今日も時間切れか・・・
そう思いながら階段を上る彼が視線を向けた先、数段前をのぼるベージュのコートを着た長い黒髪の女の姿をとらえた。
司は階段を駆けのぼるとひとつめの踊り場で女に追いついた。
そして女のコートの後ろを掴んでいた。
彼は驚いた表情で自分を見上げている女を見ていた。
違う・・・
「申し訳ない。人違いだ」
彼は失望を表したような声で謝罪していた。

司は時間が許す限り彼女を見かけた同じ時間に同じ場所に立つ。
ただし、あの時とは違い彼女が立っていたプラットホーム側に立つ。
運がよければまた彼女と会えるはずだ。
司はそう信じていた。

地上に出たところで運転手が後部座席のドアを開けて待っていた。
「おかえりなさいませ」
司は車に乗り込む寸前に今来た道を振り返った。
彼はあの日に目にした女性の姿をもう一度探していた。
そして、後部座席に乗り込んだ。
「西田」
「はい」
「調査会社から連絡はないのか?」
司は責めるように言った。
「まだです」
そして西田は間をおいて答えた。
「もう少し時間がかかるのではないでしょうか?」
司は黙っていた。


******


恋なんていつから始まったなんてことは言えない。

執務室へ戻っていた司は謎めいた笑みを浮かべると立ち上がった。
そして彼はタバコに火をつけるとライターをおいた。

司は落ち着かない気持ちで窓の方へ歩いて行った。
外はあの日と同じように雨が降り出していた。
彼の手元にはたった今、調査会社から届けられた封筒があった。
そして中から何枚かの写真を抜き出して眺めた。
彼女だ。
ついに見つけた。
粒子は粗いがあの日の女性だった。
司はクリスタルの灰皿に灰を落としながら彼女の写真を眺めていた。








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コメント
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dot 2015.10.17 06:59 | 編集
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dot 2015.10.17 20:46 | 編集
た*き様
見てるだけで終わる・・・
確かに大多数の方がそうなのでしょうね。
毎日同じ車両で同じ立ち位置でというルーティンのなか、
気になる人がいるのも退屈な時間の中の楽しみになるかもしれませんよね?(笑)
そうです!このシュチュエーションはあるあるです。
ある意味王道かもしれません!いや、拙家は王道ではないですね・・(笑)
スター某様、そうだったんですね!
今となっては♪あのとき君は若かった~♪ですね。
アカシアdot 2015.10.17 23:17 | 編集
う*ちゃん様
こちらこそいつも有難うございます。
司くんつくしちゃんを探して見つけました!
さ、これから彼女の元へ行ってもらおうと思います。
つくしちゃんになりたい?
はい、同じ意見です(笑)
アカシアdot 2015.10.17 23:52 | 編集
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