つくしは、気付けば男の腕の中にいた。
そしてどうすればいいのか分からずにいた。
ヨーロッパでは、ひと前でキスをすることに憚りを感じないとはいえ、日本人なら誰もが戸惑うはずだ。
そしてキスをされている間、自分の手のやりどころに困っていた。
それは、相手の身体に腕を回し、抱きしめるべきなのか。それともこのまま大人しく両手をだらりと下げたままでいるべきなのか。だがそんなことを考えている余裕は、正直なところ今のつくしには無いはずだ。
それは、今自分にキスをしている男が唇の使い方を心得ているとでも言えばいいのか。
初めは軽く羽根のように触れたかと思えば、すぐに顎を掴んでいた右手が離れ、今度はその手が頭の後ろに回されると引き寄せられ、より激しく唇を求められるといった状況に置かれたからだ。
そして、唇を唇で弄ばれるといった初めての経験。
それはリムジンの中でされたキスとは比べものにならないほどの濃厚さ。
ディナーの席でシャンパンは口にしなかったが、目を閉じればまるで頭の中で細やかな泡がパチパチと音を立て弾けては消えていく状況。
それは脳に直接アルコールを流し込んだような状態でキスされているのと同じだった。
そんな状況で、身体を抱きしめている左腕がなければ、ヘナヘナと床に座り込んでしまう。
まさに膝から崩れ落ちてしまう状況だ。
だがそんな状況下に於いて、つくしにキスをしている男と、今も目の前にいるはずの女性との会話の意味が理解できなかったとしても、その女性が自分を見る目には蔑みが浮かび、口調に皮肉めいた響きを感じ取れば、話の内容が穏やかなものではないことは分かる。
そして過ぎるほど整った顔立ちからして、かつて副社長と付き合っていた女性だということは安易に想像がついた。と、同時に彼女が迷惑な女と言われる存在であることも理解出来た。
それならつくしは、自分が求められた役割を果たすことをしなければならないはずだ。
そして今自分が出来ることと言えば、これしかないといった思いが湧き上がる。
それは、自らが主導権を持つキスだ。いやそこまで出来ないとしても積極的なキスをしなければという思いに囚われた。
だいたいキスのひとつやふたつ、どうってことはない。ヨーロッパのキスなど挨拶だ。
おはよう。おやすみと同じだ。だからキスなんて簡単だ。
けれど羞恥がないとは言えない状態だ。
だがここは外国だ。
周りに知り合いは誰一人としていない国だ。
それに今傍にいるのは、迷惑な女だけだ。その女から副社長を守ると約束したのは自分だ。
そう思うと、抱きしめられながらキスをされている自分の手が何もせずだらりと垂れさがった状態では駄目だということに気付き、両手で男の肩を掴むため一旦身体を離そうとした。
だが力強い腕に抱き寄せられ、身動きが取れなかった。それでも渾身の力でもう一度身体を押し、唇が離れたその隙に腕を上げ、相手の肩に両手をかけ視線を合わせ、そして引き寄せ首を抱きかかえ、唇を押し当てた。
それはつくしがどの男性に対してもこれまでしたことがない行為。
それもそのはずだ。自らキスしたいと思える男性などいなかったのだから。
だがその唇に再び触れた途端、物音は何も聞こえず、唇の感触と早鐘のように胸が鼓動する音だけが聞え、しっかりと背中に回された腕と掌の暖かさに安心感を与られ、守られているような気持になった。
そして・・
いったい何が起きたのか分からなかった。
それはつくしの思考が止りそうになった瞬間。
今、彼女がキスをしている相手はキスの達人なのかもしれない。
いや。間違いなくそうだ。
唇を押し当てたのはつくしだが、今はその唇をより激しく覆うように唇を求められ、やがて舌を使って愛撫するという行為に変わった。
そして時に歯を使い下唇を甘噛みされていた。
こうなるとつくしの手に負えるものではなく、ぼうっとした頭に与えられる刺激だけを受けるといった状態だ。そしてあまりの刺激のせいか意識が朦朧としそうだった。
だが突然舌が差し入れられ、閉じていた目を見開くとぼうっとした状態は跡形もなく吹き飛び、頭はいっきに覚醒し、男の首に回していた手を離したが、相手はつくしの身体をしっかりと抱き離そうとはせず身動きが取れない状態にされていた。
そして力強い手はつくしが離れようとしていることに気付いたのか、離さないとばかりその手に力が加わった。
だが、もういいはずだ。
もう離してもらってもいいはずだ。
そうでなければ口腔内に侵入して来た舌をどうすればいいのか分からないからだ。
その時声が聞え、やっと唇が離れキスが終った。
『ツカサ。いい加減にしてちょうだい。あなたのキスが最高なのはよく分かってるわ。だからそれをわざわざ私に見せつけなくても結構よ。それに私がここにいるのにいないように振る舞うのは止めてちょうだい』
司がかつてNYで付き合っていた女は、セックスだけの関係。
その女の真っ赤に塗られた唇から出る言葉はドイツ語でつくしには分からない。
だが内容を推し量ることは出来る。それは恐らく文句を言っているということだ。
『私は暫くヨーロッパにいるわ。だからその女の子に飽きたら連絡して。電話番号は変わってないわ。と、言ってもあなたが今でも私の番号を持ってるとは思わないわ。だから用がある時は私の弁護士に連絡してちょうだい。だってその女の子じゃベッドのお相手は楽しくなさそうだもの。キスの仕方も下手だし。でも私ならあなたを楽しませてあげることが出来るわ。以前と同じようにね?』
マリアはにっこりと笑った。
だが司は彼女を見据え感情とは無縁の淡々とした口調で答えた。
『マリア。俺の性生活はお前に関係ない。それに彼女は女の子じゃない。立派な大人の女で自分の足で立つことが出来る女だ』
マリアは牧野つくしが自分より年上であることは、信じられないだろう。
それは東洋人が若く見えることもあるが、ミッドナイトブルーのオフショルダーのドレスから覗くデコルテは、マリアのような白人とは異なるきめ細かさを持ち、35歳とは信じられないはずだ。
それは、ダイヤのネックレスやイヤリングのように金を出せば手に入るというものではない輝き。そしてマリアがそれを羨んでいることは一目瞭然だ。
だがマリアの場合、牧野つくしのデコルテを飾る豪華なダイヤのネックレスやイヤリングにも強く惹かれているはずだ。
『あらそう。彼女仕事をしているの?働きゃなきゃ生きていけない女性なのね?それにしても、まさか司の愛人が仕事をしている女だなんて!いったいどんな仕事をしているのかしらね?』
『それがお前に関係あるか?』
今のマリアも以前と同じで仕事はしていないはずだ。
生家が裕福な女は、仕事などせず社交生活だけで生きていくものだと考えているからだ。
だから生活の為に働く女を見下しているところがある。だがそれが貴族という家系に生まれた人間の性質なのかと問われれば、そうではない。
ヨーロッパの貴族社会はいくら立派な名前があろうと、名前だけでは生きていくことは出来ない没落貴族も大勢いる。そしてほとんどの貴族は、体裁を整えるため働いているのが実状だ。事実、マリアの父親も仕事をしているが、彼は成功した実業家だ。
『いいえ。彼女がどんな仕事をしていても全く関係ないし興味もないわ。だから教えてくれなくて結構よ。でも私はあなたを取り戻すからと彼女に伝えてちょうだい』
司は付き合っていた当時マリアと言う女が厄介だとは思わなかった。
ただ互いに都合のいい相手と考えていたからだ。だが今はマリアの自信満々な態度と、楓の存在を匂わされたことが気に障っていた。
『伝える必要はない。それに俺はお前と付き合うつもりはない。それからこいつは愛人じゃない。俺の恋人だ』
司はそこまで言うと、腕の中にいるつくしに日本語で言った。
「牧野、行くぞ」
日本語で急にそう言われたつくしは、目の前にいる女性が何か言いたげに自分を見ているのを感じていた。
だが司に腕を取られると、ホテルの長い廊下をエレベーターに向かって歩き始めた。
それでも、背中に感じる視線を意識しない訳にはいかなかった。

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それは、今自分にキスをしている男が唇の使い方を心得ているとでも言えばいいのか。
初めは軽く羽根のように触れたかと思えば、すぐに顎を掴んでいた右手が離れ、今度はその手が頭の後ろに回されると引き寄せられ、より激しく唇を求められるといった状況に置かれたからだ。
そして、唇を唇で弄ばれるといった初めての経験。
それはリムジンの中でされたキスとは比べものにならないほどの濃厚さ。
ディナーの席でシャンパンは口にしなかったが、目を閉じればまるで頭の中で細やかな泡がパチパチと音を立て弾けては消えていく状況。
それは脳に直接アルコールを流し込んだような状態でキスされているのと同じだった。
そんな状況で、身体を抱きしめている左腕がなければ、ヘナヘナと床に座り込んでしまう。
まさに膝から崩れ落ちてしまう状況だ。
だがそんな状況下に於いて、つくしにキスをしている男と、今も目の前にいるはずの女性との会話の意味が理解できなかったとしても、その女性が自分を見る目には蔑みが浮かび、口調に皮肉めいた響きを感じ取れば、話の内容が穏やかなものではないことは分かる。
そして過ぎるほど整った顔立ちからして、かつて副社長と付き合っていた女性だということは安易に想像がついた。と、同時に彼女が迷惑な女と言われる存在であることも理解出来た。
それならつくしは、自分が求められた役割を果たすことをしなければならないはずだ。
そして今自分が出来ることと言えば、これしかないといった思いが湧き上がる。
それは、自らが主導権を持つキスだ。いやそこまで出来ないとしても積極的なキスをしなければという思いに囚われた。
だいたいキスのひとつやふたつ、どうってことはない。ヨーロッパのキスなど挨拶だ。
おはよう。おやすみと同じだ。だからキスなんて簡単だ。
けれど羞恥がないとは言えない状態だ。
だがここは外国だ。
周りに知り合いは誰一人としていない国だ。
それに今傍にいるのは、迷惑な女だけだ。その女から副社長を守ると約束したのは自分だ。
そう思うと、抱きしめられながらキスをされている自分の手が何もせずだらりと垂れさがった状態では駄目だということに気付き、両手で男の肩を掴むため一旦身体を離そうとした。
だが力強い腕に抱き寄せられ、身動きが取れなかった。それでも渾身の力でもう一度身体を押し、唇が離れたその隙に腕を上げ、相手の肩に両手をかけ視線を合わせ、そして引き寄せ首を抱きかかえ、唇を押し当てた。
それはつくしがどの男性に対してもこれまでしたことがない行為。
それもそのはずだ。自らキスしたいと思える男性などいなかったのだから。
だがその唇に再び触れた途端、物音は何も聞こえず、唇の感触と早鐘のように胸が鼓動する音だけが聞え、しっかりと背中に回された腕と掌の暖かさに安心感を与られ、守られているような気持になった。
そして・・
いったい何が起きたのか分からなかった。
それはつくしの思考が止りそうになった瞬間。
今、彼女がキスをしている相手はキスの達人なのかもしれない。
いや。間違いなくそうだ。
唇を押し当てたのはつくしだが、今はその唇をより激しく覆うように唇を求められ、やがて舌を使って愛撫するという行為に変わった。
そして時に歯を使い下唇を甘噛みされていた。
こうなるとつくしの手に負えるものではなく、ぼうっとした頭に与えられる刺激だけを受けるといった状態だ。そしてあまりの刺激のせいか意識が朦朧としそうだった。
だが突然舌が差し入れられ、閉じていた目を見開くとぼうっとした状態は跡形もなく吹き飛び、頭はいっきに覚醒し、男の首に回していた手を離したが、相手はつくしの身体をしっかりと抱き離そうとはせず身動きが取れない状態にされていた。
そして力強い手はつくしが離れようとしていることに気付いたのか、離さないとばかりその手に力が加わった。
だが、もういいはずだ。
もう離してもらってもいいはずだ。
そうでなければ口腔内に侵入して来た舌をどうすればいいのか分からないからだ。
その時声が聞え、やっと唇が離れキスが終った。
『ツカサ。いい加減にしてちょうだい。あなたのキスが最高なのはよく分かってるわ。だからそれをわざわざ私に見せつけなくても結構よ。それに私がここにいるのにいないように振る舞うのは止めてちょうだい』
司がかつてNYで付き合っていた女は、セックスだけの関係。
その女の真っ赤に塗られた唇から出る言葉はドイツ語でつくしには分からない。
だが内容を推し量ることは出来る。それは恐らく文句を言っているということだ。
『私は暫くヨーロッパにいるわ。だからその女の子に飽きたら連絡して。電話番号は変わってないわ。と、言ってもあなたが今でも私の番号を持ってるとは思わないわ。だから用がある時は私の弁護士に連絡してちょうだい。だってその女の子じゃベッドのお相手は楽しくなさそうだもの。キスの仕方も下手だし。でも私ならあなたを楽しませてあげることが出来るわ。以前と同じようにね?』
マリアはにっこりと笑った。
だが司は彼女を見据え感情とは無縁の淡々とした口調で答えた。
『マリア。俺の性生活はお前に関係ない。それに彼女は女の子じゃない。立派な大人の女で自分の足で立つことが出来る女だ』
マリアは牧野つくしが自分より年上であることは、信じられないだろう。
それは東洋人が若く見えることもあるが、ミッドナイトブルーのオフショルダーのドレスから覗くデコルテは、マリアのような白人とは異なるきめ細かさを持ち、35歳とは信じられないはずだ。
それは、ダイヤのネックレスやイヤリングのように金を出せば手に入るというものではない輝き。そしてマリアがそれを羨んでいることは一目瞭然だ。
だがマリアの場合、牧野つくしのデコルテを飾る豪華なダイヤのネックレスやイヤリングにも強く惹かれているはずだ。
『あらそう。彼女仕事をしているの?働きゃなきゃ生きていけない女性なのね?それにしても、まさか司の愛人が仕事をしている女だなんて!いったいどんな仕事をしているのかしらね?』
『それがお前に関係あるか?』
今のマリアも以前と同じで仕事はしていないはずだ。
生家が裕福な女は、仕事などせず社交生活だけで生きていくものだと考えているからだ。
だから生活の為に働く女を見下しているところがある。だがそれが貴族という家系に生まれた人間の性質なのかと問われれば、そうではない。
ヨーロッパの貴族社会はいくら立派な名前があろうと、名前だけでは生きていくことは出来ない没落貴族も大勢いる。そしてほとんどの貴族は、体裁を整えるため働いているのが実状だ。事実、マリアの父親も仕事をしているが、彼は成功した実業家だ。
『いいえ。彼女がどんな仕事をしていても全く関係ないし興味もないわ。だから教えてくれなくて結構よ。でも私はあなたを取り戻すからと彼女に伝えてちょうだい』
司は付き合っていた当時マリアと言う女が厄介だとは思わなかった。
ただ互いに都合のいい相手と考えていたからだ。だが今はマリアの自信満々な態度と、楓の存在を匂わされたことが気に障っていた。
『伝える必要はない。それに俺はお前と付き合うつもりはない。それからこいつは愛人じゃない。俺の恋人だ』
司はそこまで言うと、腕の中にいるつくしに日本語で言った。
「牧野、行くぞ」
日本語で急にそう言われたつくしは、目の前にいる女性が何か言いたげに自分を見ているのを感じていた。
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司*****E様
おはようございます^^
濃厚なキス♡をする二人。そしてそんな二人に冷やかなマリアは、つくしから司を取り戻すつもりでいるようですが、まだ本当の恋人ではない二人。 そんな二人にマリアは本気のようです。
しかし司はマリアのことなど眼中にはありません。
そんな司を怒らせると報復される(笑)確かに!
それにしても連日寒いですねぇ。
寒くて背中がゾクゾクっとしました。
そして寒さで身体が強張り、肩に力が入っているのでしょうか。
肩こりが酷いです(笑)そんな状況に、湿布とカイロが大活躍しています(笑)
まだ数日間は寒さが続きそうですね?
司*****E様もお気をつけてご出勤下さいね。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
濃厚なキス♡をする二人。そしてそんな二人に冷やかなマリアは、つくしから司を取り戻すつもりでいるようですが、まだ本当の恋人ではない二人。 そんな二人にマリアは本気のようです。
しかし司はマリアのことなど眼中にはありません。
そんな司を怒らせると報復される(笑)確かに!
それにしても連日寒いですねぇ。
寒くて背中がゾクゾクっとしました。
そして寒さで身体が強張り、肩に力が入っているのでしょうか。
肩こりが酷いです(笑)そんな状況に、湿布とカイロが大活躍しています(笑)
まだ数日間は寒さが続きそうですね?
司*****E様もお気をつけてご出勤下さいね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.24 22:17 | 編集

と*****ン様
キスが巧い人。
と*****ン様の思い出の中には素敵な殿方が沢山いらっしゃいますね?
うっとりするようなキス!腰砕けになりそうです(≧◇≦)
そして坊ちゃん、キスの経験が豊富です!セクシーな薄い唇で弄ばれる唇。
キスはセンス!確かにそのような気がします。
沢山のいい思い出。よろしければまた是非お聞かせ下さい!^^
コメント有難うございました^^
キスが巧い人。
と*****ン様の思い出の中には素敵な殿方が沢山いらっしゃいますね?
うっとりするようなキス!腰砕けになりそうです(≧◇≦)
そして坊ちゃん、キスの経験が豊富です!セクシーな薄い唇で弄ばれる唇。
キスはセンス!確かにそのような気がします。
沢山のいい思い出。よろしければまた是非お聞かせ下さい!^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.24 22:25 | 編集
