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2018
01.21

恋におちる確率 49

いつ終わるとも知れない夕食の席で隣同士に座った男と女は、恋人同士。
それをこの場にいる誰もが認めている。
そして誰もが彼ら二人に笑顔を向けるが、それが道明寺HDの副社長とその恋人である女に向けられたものだということをつくしは理解しているつもりだ。

だが自分の気持に気付いてからは、明らかに落ち着きを失っていた。
車から降り、腰に腕を回されエスコートされ、テーブルにつくまでの間どぎまぎして仕方なかった。
しかし隣に座る男は、テーブルに置かれたワイングラスを手に取り何事もなかったように平然と食事をしている。

迷惑な女を近寄らせないための恋人役を買って出たのは自分。
だから、リムジンの中で恋人ならそれらしく見えるようにとされたキスが偽りのキスだと分かっている。
けれど、あの状況で相手が他の男性だったら、なんとかして自由になろうともがいたはずだ。
望まない状況から抜け出そうとしたはずだ。だがしなかった自分がいた。
それにキスをした回数は多くはないが、なんてキスが上手なのだろうと思っていた。
触れた唇が禁断の果実とまでは言わないが、世界中の女性が虜になってもおかしくはないと感じ、それにあのキスが前戯だとすれば、愛し合う時はいったい__。

馬鹿げた妄想かもしれないが、もしあのままキスが続いていたとすれば、今ごろどうなっていたかということが頭の中に浮かんだが、それでもすぐに妄想の世界から現実に戻ることを選んだ。そうしなければここでこんな風にテーブルについて食事をしていることなどないからだ。

だがつくしは思った。
もしかすると、隣に座る男は、彼女の申し出を戯れのひとつとして考え、戯れるだけ戯れようとしているのだろうかと。
そして台本なしの即興劇を演じると言われたが、その口調は楽しげで、まるでつくしの動揺した姿を楽しんでいるように見えた。
そんな男がリムジンの床に横たわった姿勢で女にキスをすることが手慣れたとは言わないが、考えてみれば彼のような男に恋の駆け引きなどしたことがない女が恋人を演じることが出来ると思った方が間違いだ。

そしてここがヨーロッパという土地柄から、特有の浮ついた戯れといったものがあることは知っている。それに道明寺司という人物の今までの女性関係からしても言えるはずだ。
それは男としてこれだけのものを備えているなら、海外のタブロイド紙や週刊誌に書かれていたこと以上のこともあるはずだ。

それでも、副社長に強く惹かれている自分がいるのは間違いない。

それにしても、せめてもう少し気持ちが落ち着いてから会場に入りたかった。
宿泊しているホテルから晩餐会の会場となったホテルに着くまで10分足らず。男に手を取られ車を降りた女は、すでに一杯口にしてきたのかと思われたとしてもおかしくないほど頬には赤味が差していた。






***






つくしは、現実世界での英語やドイツ語の会話が交わされるのを聴きながら、時にその会話に加わり、出されたワインには殆ど手を付けず、代わりにミネラルウォーターを飲み、やがてテーブルに置かれた最後の皿であるデザートに手を付けたが、やっと終わったという気持が正直なところだ。
そして運ばれてきたコーヒーをひとくち飲み、今夜の役割を終えられることにホッと息をついていた。

「道明寺副社長。今夜は大変有意義な時間が持てたことを嬉しく思います。今後も御社の益々のご発展をお祈り申し上げたいですね」

英語でそう話しかけたのは、真正面に座るホストである市長だ。

「正直バルテン社があなたの会社に買収されたと訊いた時は、どうなるのかと思いましたよ。ですが、この街に莫大な投資をして下さったことを改めて感謝申し上げます」

市長は、公務員らしからぬほどよく働くと評判の男だ。
それは、企業誘致に積極的な姿勢からも言えるが、市のためになるのなら、という思いが溢れる姿は、企業利益を考える男と同じとは言えないが、仕事に情熱を注ぐ姿は見ていて気持ちがいいものがあった。

「市長。こちらこそ色々とご協力をいただき、感謝申し上げます。何しろドイツでのこうした大規模な事業は初めてですから、今後も皆様のご協力の元に仕事を続けさせていただきたいと思っております。それに“ローマではローマ人達がするようにせよ”、の言葉もありますが、日本にも同じ意味の言葉があります。ですから、よその土地へ行けば、その土地の習慣に従うべきであり、日本のやり方を押し付けようとは思いません。そういった事からも、バルテン社での今後のオペレーションは、日本人ではなくバルテン社の皆さんにお任せするつもりですので、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします」

司のその言葉に頷いた市長は、ドイツ人と日本人は真面目で勤勉ですからね。ご安心してお任せ下さい、と言い笑っていたが、強い影響力を持つ男に対し、へつらうことはしなかった。
そして市長は、司との会話を終え、今夜の晩餐会はお開きだといった体で客たちに向かって挨拶をすると、司とその同伴者であるつくしが席を立ち会場を後にするのを見送った。






「無事終わってよかったですね?」

つくしはエスコートされホテルの長い廊下を歩きながら言葉を探したが、他に言葉が見つからず、気持ちのやりどころに困っていた。
そして再び車中でキスされたことを思い出していたが、あれはどこで見ているか分からない迷惑な女を追い払う女の役作りの為であり、本物の恋人としてのキスではないのだとその光景を打ち消した。

「ああ。そうだな。市長はうちがこの街に新たな工場を建てることで雇用が増えることを喜んでいることは間違いない。それに税収が増えることもな」

「そうですね。どの街にも言えることですが、雇用が増えることはその街に活気が生まれますから」

「確かにそれは言えるな。どこかの国じゃねぇが自国の産業発展のためなら何でもするような男が代表者って国もあるからな。それにここの市長はなかなかの策士だが真面目な男だ。そんな男がこの街を今以上に発展させていくはずだ」

「・・策士ですか?」

「ああ。策士だ。目に見えて表立っての行動はなかったが、うちがバルテン社を買収すると分かった時点で今とは逆の・・妨害とは言わないがそれに近いことを画策したようだ。まあそれだけあの会社はこの地域にとっては大切な企業ってことだろうがな。それにどこの国でもそうだが、政治の世界もビジネスと同じで駆け引きがある」


今のつくしはこうしてビジネスの会話をしている方が有難かった。
何しろ経験の浅い恋愛について頭を使うよりも、秘書としての頭を使う方が楽だからだ。
そして自分の身なりを見返したが、普段着慣れないドレスを着てずっと緊張しっ放しだった。それに、いくら秘書として傍にいることに慣れたとは言え、好きになった人に自ら親密な態度を取らなければと意識すればするほど、心が複雑になっていくのを感じていた。

そのとき、つくしの腕を取って歩いていた男が急に立ち止まった。
と、なるとつくしも必然的に立ち止まり、いったいどうしたのかと男の顔を見上げた。

「・・・マリア」

見上げた男の口から出たのは女性の名前だった。




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コメント
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dot 2018.01.21 07:58 | 編集
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dot 2018.01.21 16:31 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
そうですよね。司は恋人のフリではなく、恋人としてつくしをエスコートしているんですが、言われるまでは、言葉にしなければ分からないつくしでした。
そして・・迷惑な女の登場!
確かに、司の中ではそんな女はいなかったはずなんですが、マリアは誰?
明日の更新・・・。
読みたいと言って頂きありがとうございます。
そう言っていただけるのが大変嬉しいです。

本日もドラマ。楽しみました^^あ、この表情、司にいいかも。といった表情がありましたので、お話の参考にしたいと思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.21 22:27 | 編集
と*****ン様
嘘から出た真実・・。
司、前の女はちゃんと整理しなくてはいけませんよね?

え?お布団の中で小躍り?(笑)
ありがとうございます!
これから寒波がやって来るようですので、お布団をしっかり掛けてお休み下さいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.21 22:34 | 編集
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dot 2018.01.21 22:54 | 編集
さ***ん様
「マリア」
なんと迷惑な女は実在していたようです!
え?これは西田企画のドッキリサービス第二弾‼
そしてマリアは女装した西田?(≧▽≦)
そうだといいんですが、西田は只今東京です。
マリアの登場にヤモリつくしはどうなるのか?
張り付いて動けなくなるとすれば、それは・・・。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.21 23:07 | 編集
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