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2018
01.18

恋におちる確率 46

司はいま、この瞬間から彼女を誘惑したいと思った。
だがいきなりことを進めても彼女は尻込みするばかりだと分かっている。
何しろ牧野つくしは、司が片方の眉を少し上げただけで、スカートをめくり下着を下ろすような女ではないからだ。
だが、お前が本気になれば、どんな女も落とすことが出来るとあきらにも言われ、架空の迷惑な女の存在がバレねぇようにしろと言われた。
そして、新堂巧の存在が消えた今、司はこれまでどんな女に対してもしてこなかったことをしようとしていた。
それは強い決意を持ちながら、どこかに迷いを感じさせる女への優しさという彼が今まで他の誰にも見せたことがない態度だ。





「牧野。そんな部屋の隅で張り付いてないで中へ入れ」

司は感情を抑えて彼女に声をかけた。
だが彼女は、相変らずリビングの入口で足の裏が床に張り付いたように動こうとせず、背筋を真っ直ぐと伸ばしてはいるが、どうすればいいものかと考えているようだ。
そして司とじかに接触することを、必死で避けようとしていた。

その必死さが男の心をそそるのだが、時に必要とあらば、率直で正直な言葉を投げることをする。
それは、司の朝食の心配に始まったのだが、今はかりそめの恋人を自らが演じて見せるという言葉になった。そしてそれは、司にとって実に都合のいい話だが、それならそれで、それらしく見せる必要があるはずだ。そして彼女はそれを拒むことは出来ないはずだ。
だが一瞬黙り込んだ彼女の口から出たのは、否定の言葉だ。

「・・あの・・向うの部屋の入口は別にありますよね?それなら私はそちらの入口から出入りした方がいいと思うのですが・・」

もごもごと言いながら困ったような視線を司に向ける女がいるが、彼はその視線には気付かぬふりをしていた。
そして最近どこか元気がないと感じていた女を元気付けるではないが、明るめの声で答えた。

「どうした?この部屋が気に入らないのか?」

そう言ったが気に入るも気に入らないも、この部屋以外ないのだから、嫌だと言われても困るが言うはずがない。だが司の声の明るさに感じられた僅かな笑みに口を開いた女は、彼のその言葉を再びやんわりと否定しようとした。

「いえ、そうではなく・・入口が同じというのはどうかと思うんです。西田室長の気持ちは大変嬉しいんですが、私も今までひとりで海外出張もこなしてきましたので、気を付けることは分かっているつもりです。それにもし何かあれば、向うから扉を叩きますのでそれで充分ではないでしょうか?」

彼女はそう言うと、落ち着いた配色の部屋の中を見回した。
広々としたリビングはマホガニー色の革のソファが置かれ、ガラスのテーブルの上には花が飾られていた。そしてやはりマホガニー色の壁には、はめ込み式の大型テレビが設置され、大きなバーカウンターには沢山の酒の瓶が並び、天井には煌びやかなシャンデリアが輝いていた。

「お前、野崎の話を訊いてなかったのか?西田は治安の問題からお前がひとりでいることを心配した。それにお前は俺の恋人だろ?それなら同じ部屋でなくてどうする?あの迷惑な女はストーカーのように俺のことを追い回しているはずだ。そんな女から俺を守るのがお前の仕事だろ?」

だがそんな話は嘘だ。
それに考えれば分るはずだが、彼ほどの男が迷惑な女を排除することが出来ないはずがない。だが彼女はそこまで頭が回らなかったようで、司の言葉を疑わない。

「ええ。勿論それは分かっています。・・・そうではなく、プライバシーの問題があります。こ、恋人役を引き受けましたが、それは対外的なことであり、何も部屋まで一緒にしなくてもいいのではないでしょうか?それに_」

躊躇いながらも、自分の意見をはっきりと口にした女は、まだ何か言いかけたが、それを遮った司は、出来るだけ男女の感情を交えない口調でこれも仕事だともっともらしく言った。

「いいか。牧野。お前は俺の恋人だろ?それなら同じ部屋に泊まるのが当たり前だ。もしあの女に俺とお前が別の部屋に泊まってることが知れたらお前が俺の女だとは信じねぇはずだ」

彼女は、司の口から発せられた『あの女』の言葉に、そうだった。自分は秘書として上司のニーズに応えることが仕事だったと納得した顔をした。だがその顔が余りにも真面目だったため、思わず笑みが漏れそうになったが何とか留めた。
そして牧野つくしの中で、司がこしらえた架空の迷惑な女、彼の都合でいつでもどこでも簡単に出現させることが出来る女は、この国にいることになったことを理解すると、彼女の腕を取り、二つに分けられた客室の扉へと引っ張って行った。

「それに俺はこの扉の向うへはお前がいいと言わない限り足を踏み入れるつもりはない。だからお前のプライバシーは守られるってことだ」

そう言って司は真面目な表情を浮かべたが、それはつくしの警戒心を緩めるためだ。そして彼女の反応を窺った。
やがて暫く黙っていた女が、渋々といった形ではあったが、わかりました、と答えると掴んでいた腕を離した。












少なくとも頭の切り替えは出来た。
それは火照った顔を少しばかり冷やすため、窓を開け冷たい外気を浴びたからだ。
つくしは、ひとつ屋根の下と表現するには大きすぎる建物の、だがその屋根に一番近い最上階にあるスイートと一枚の扉を挟んだ部屋にいた。

自分の部屋には廊下に出る扉はあるが、そこからは出入りしません。
そう言ったが、実際部屋から出ることはない。
朝食はルームサービスで取ることが決まっていて、その時一日のスケジュールを確認することになっているからだ。

そして西田の言うとおり、海外ではいつどこでテロに遭遇するかわからない状況であり、今の世の中、どんなにいい環境にあると言われる建物であっても必ずしも安全とは言えないからだ。
それにホテルという場所柄、少なくともロビーは出入りが自由であり、ラウンジは待ち合わせや商談の場所として利用されている状況からしても、何があってもおかしくはない。
そしてそれもあるが、それだけではない。副社長と扉を一枚隔てている状況なら、仕事上何かトラブルがあったとしても、すぐに対処できるという便利さがある。そしてその扉は、つくしの方から開かれることはあったとしても、男の方から開かれることはないと約束をされた。

一度副社長のペントハウスで一夜を明かしたが、あの時は酔った自分の秘書の醜態を見かねたからだ。だが今のつくしは、気付いてしまった自分の気持に身動きが取れない状況にいた。
本音を言えば、一番のネックは副社長のかりそめの恋人、ダミーを演じることが出来るのかという不安があった。

スケジュールの中には、買収したバルテン社のリチリウムイオン電池生産の大型工場建設という投資を歓迎するデュッセルドルフ市長主催の晩餐会や、この街が州都である州知事主催のパーティー。そしてデュッセルドルフ日本総領事館での晩餐会といったものも組み込まれていた。
何しろ1000億円弱と言われる大型投資となるのだから、行政を挙げての歓待になるのは当然だ。

それを考えれば一瞬つくしは、日本に今すぐ帰りたいと思った。
自分の城であるマンションの部屋でソファに腰を下ろし、お気に入りのひざ掛けに包まりコーヒーを飲みたい気になっていた。
そこで一日の疲れを取り、のんびりと過ごすのだ。

もともと、つくしは派手なことが苦手だ。それなのに、世界中の注目を浴びる男の秘書としてこの国に来た。そして恋人役をしなければならない。だがそれは自らが言い出したことだ。
それに秘書として求められているなら、やるしかない。

だがつくしは、新堂巧にも話したが、日々自宅と会社を往復し、いつの間にか年を取り定年を迎えるような女だったはずだ。そしていずれ結婚し生まれる弟の子どもの優しい伯母さんになるつもりでいた。
仕事だけが取り柄の女でドラマチックなことなど起こり得ない平凡な毎日だったはずだ。
だが今は恋におちた自分がどうすればいいのか分からないままでいる。
そして相手は平凡とは程遠い男性。

キスなんてもう何年もしていない。
それにその先の経験はない。
それに恋愛映画にあるような奇跡が起こるとは考えられない。
けれど、ダイニングルームに運ばれて来た夕食を済ませ、二つの部屋を繋ぐ扉が閉じられる直前、ゆっくり休め。明日から忙しくなるからな。と優しく気遣う言葉をかけられ、ほとんど重さを感じさせない布団に潜り込んだとき、物足りなさを感じ眠れない自分がいた。





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コメント
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dot 2018.01.18 07:11 | 編集
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dot 2018.01.18 12:39 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
自覚してしまった副社長への思い。
それでも秘書として公私混同は出来ない!そんな思いもあるようです。
でも、あまり深く考えるとロクなことになりません!
とは言え、つくしですから考え過ぎてしまうようです。
素直になりなさい!と言ってあげたいですね?
さて司。仕掛けて来たのでしょうか?
それにしても、司の言う迷惑な女は何処に?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.18 22:31 | 編集
さ***ん様
ヤモリつくし(笑)
自分が副社長の本当の恋人になれる日は来るのでしょうか?
もうとっくに奇跡は起きていますが、それに気づかない。
そして副社長の作り上げた「あの女」の存在に気を引き締めるつくし(笑)
「やるしかない」サスペンスで追いつめられた犯人!(≧▽≦)
そんなつくしに久美子が‼(笑)
副社長にその身を委ね、ヤル・・ゴホン!(//▽//)
本当に久美子に言ってもらいたいですね?久美子。ドイツに出張して!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.18 22:43 | 編集
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