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2018
01.15

恋におちる確率 44

バルテン社はドイツ中西部の経済都市であるデュッセルドルフに本社があり、同じ街に欧州支社がある道明寺HDとは近い場所にある。

空港に迎えに来ていた車は3台。
1台は副社長の司と秘書であるつくし。そして欧州支社の野崎と名乗る男性が乗り込み、あとの2台には日本からのSP3人とドイツ人SPの3人が分乗した。

野崎は、ドイツ語が堪能で通訳を務める。だが国際的なビジネスマンは英語を話すのが当たり前であり、それはドイツでも同じだが、それでも母国語で話しをする人間がいるとすれば、当然だが通訳する人間が必要となるからだ。

だが、司はドイツ語が出来る。しかし、敢えて知らないフリをする方がビジネスでは有利に運ぶことがある。
それは彼がドイツ語を話せないことをいいことに、彼に知られたくない話を母国語ですることもあるからだ。そして司に訊かれたくない話といったものは、ほぼ彼にとっては有利な話になることが多い。

そして海外での司の行動は、巨額の資産を持つ道明寺HDの副社長ともなると、誘拐やテロの対象となることもあり、厳重な警護が付くのが当たり前だ。
だがつくしは、この何カ月間か一緒にいたが、あからさまに目に見える警護を目にしたことがない。
勿論警護がついていることは知っていたが、彼らはその存在を感じさせることがないほどさり気ないものだった。

それは、日本という世界の中でも極めて安全度が高いと言われる国にいたからであり、ある意味平和な社会に慣れていたせいなのかもしれない。
だが、つくしが今まで出張していた東南アジアも、危険がないとは言えなかった。
しかし何も起こらなかった。それは自分の立場が社会で広く認められた存在ではなく、どこにでもいる普通の女だからだ。普通の女は、自分の身の周りのことに気を付けることを、そこまで神経質になる必要が無かった。

しかし今は、自分の隣に座り、野崎から渡された書類に目を通す男の世界経済に於ける重要人物としての大きさを感じていた。
そして分っているとはいえ、一分の隙もなく仕立てられたスーツを堂々たる体躯に纏った姿は、東洋人の持つクールさと神秘さを表現しているように見えた。

そんな男を海外で守る要人警護のプロは、彼ら自身の存在を敵に見せつけるように警護する。それはあえて相手にその姿を見せつけることで敵を威嚇し、牽制するという意味があり、屈強な身体つきのゲルマン人は、この国の特殊部隊出身だと訊いた。

ジェットの重い扉が開き、機内に乗り込んで来た彼らは、日本から同行した警護の人間と言葉を交し、サングラスが掛けられた瞳を副社長に向け、状況を確かめていたが、彼らのダークスーツの下には、たくましい上腕二頭筋が隠され、その腕にぶら下がることも出来るはずだ。

そんな男たちに囲まれれば、普通の日本人男性ならその影は薄い。
だが道明寺司という人物は、東洋のビジネスマンというよりも映画スターのようにすらっとした高い背を持ち、端正な顔に黒い髪と印象的な切れ長の瞳は、見る人を引き付けずにはおかない。それはその外見や特出した出自や巨額の資産に関係のないものがある。

それは、オーラだ。
オーラが違うのだ。
海外で存在感を示すことが出来る日本人はそう多くはない。だが道明寺司という人物は、紛れもなくそう多くはない日本人のひとりだ。
それは、つくしがこの国に来て改めて感じた思いだ。

そして、ドイツ同行が決まったとき、秘書としての経験が浅い人間が、第一秘書の西田の代わりが出来るだろうか。という一抹の不安と共に、頭の中に浮かんだ思いがある。
それは、自分がドイツに連れてこられたのは、ドイツ人。もしくはヨーロッパのどこかの国の女性に対しての牽制のためなのかもしれないといったことだ。つまり迷惑な女性は日本人とは限らないということだ。
だがもしそうだとすれば、自分のような女がその役割を果たすことが出来るのかといった思いに駆られた。

そして相手はどんな顔をしているのか。
全くイメージが湧かない訳ではなく、漠然とだが思い浮かぶのは、モデルや女優のような美しい顔。それにヨーロッパなら何百年も続く由緒正しい貴族の生まれの女性かもしれない。
だが、引き受けた以上は相手がどこの国の人間だろうと、どんな立場の人間だろうと、自分の役割を果たさなければならない。







「・・牧野さん?聞いていらっしゃいますか?」

つくしは野崎から名前を呼ばれ、はっとして彼の顔を見た。

「え?あ、はい。勿論聞いてます。今日はこのままホテルへ入るんですよね?」

と、慌てて答えたが、道明寺司の気持ちに思いをめぐらせていたつくしは、詳しくは聞いてはいなかった。
そして、つい先ほど起きたことを思っていた。
それは車に乗り込むとき、いつもなら副社長が車に乗り込めば、つくしは反対側のドアから乗り込むのが常だったが、いつものその動作は男の手によって遮られ、彼の為に開かれたドアの中へエスコートされたのはつくしだった。
その態度はまるで大切な人をエスコートするような態度。その大きな手が腰に触れたとき、あのパーティーでその腕が腰に回され引き寄せられた時のことが思い出された。

そして機内で語られた、
『海外出張を成功させるコツは、一緒の空気を吸い、一緒の食事を取ること』

その言葉は男と女の関係性を深める言葉とも言えるはずだ。
どんなによそよそしい間柄にあった男女でも、同じ時間を長く過ごし、食事を共にすれば相手のことを知るようになり、親しみも湧いて来るはずだ。

だが二人の間に何かが起こるといったことは考えては駄目だ。
変な期待をするべきではない。
つくしは頭を軽く振り、思いを否定した。そして野崎の話に耳を傾けていた。

「ええ。まだ夕方の6時ですが今日はこのままホテルでお休み頂くことになります。ドイツ人は朝が早いのもありますが、基本的にドイツの夜は早いといった生活で夜遅くまで店が開いているということはありません。9時を回れば観光地でない限り街の人通りは途絶えます。まあ稀に騒々しい場所もありますが、それは若者が騒いでいる・・そんな場所です。ですからドイツでは静かな夜が過ごせることをお約束いたしますので牧野さんもごゆっくりお休みになれるはずです」

それは大変嬉しい話だが、実はジェットの中で知らぬ間に深い眠りについていた。
そして間もなく空港に着くという時に目が覚めたが、いつの間にか身体に掛けられていた毛布に気付いた。
それは、同行しているSPが掛けてくれたのか。
そうだと思いたいが恐らくそれは違うはずだ。
と、なればいったい誰が掛けたのかといったことは愚問だ。
そんな思いから隣の席に目をやれば、自分をじっと見つめる黒い瞳と目が合ったが、寝ている姿を見つめられていたとすれば、弱点など隠すことは出来なかったわけで、まだ副社長に対し何の思いも抱いていなかった頃、ペントハウスで目覚めたことがあったが、あの頃とは違い自分の気持ちに気付いてしまった今はただ頬を染めるしかなかった。

「それからホテルですが、ご指示通りコネクティングルームで手配させて頂いております」




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コメント
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dot 2018.01.15 06:26 | 編集
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dot 2018.01.15 16:45 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
思考がグルグルと回り始めたつくし(笑)
ひとりああでもない、こうでもないと考えてしまう彼女。
仕事はバリバリこなすことが出来たとしも、恋はからっきしダメですね?(笑)
ホテルの部屋はコネクティングルーム。
扉はいつも開かれているのか。それとも閉じられているのか。
どちらにしても、つくしの恋は手探り状態なのでしょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.15 23:44 | 編集
か**り様
道明寺副社長。これからドイツで何か起こるのでしょうか?
コネクティングルームに宿泊することになったつくし。
「kiss me~」でもありましたか?
もうねぇ、過去に欠いたお話は覚えていないんです(笑)
読み返す時間もなくホッタラカシ状態となっております。
そしてとても恥ずかしい状態でしょうから、加筆修正したいです(/ω\)
恋に不器用な女はこれからどうなって行くのでしょう・・。
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2018.01.15 23:53 | 編集
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