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2018
01.13

恋におちる確率 42

アフリカ最高峰の山であるキリマンジャロは「神の家」という呼び名もあるが「キリマ(山)」と「ンジャロ(白さ)」という二つの言葉の組み合わせから「白く輝く山」の意味もあり、道明寺ビル55階のこのフロアも、まさに社内で一番輝く場所と言われ、ただの社員が足を踏み入れる場所ではない。

そしてヘミングウェイの『キリマンジャロの雪』の冒頭に描かれている一匹の豹が何を求めてキリマンジャロの頂を目指したのか誰にも分からないというのと同じで、つくしも初めは何故自分がこの場所にいるのか分からなかった。

だが自分がこの場所、秘書課に異動になったのが運命だというのなら、そうなのかもしれない。しかし物語に出て来た豹は山頂近くで凍死した。それは普段自らがいるアフリカの草原ではなく、雪を頂く高い山に登った為だということは一目瞭然だが、豹がその場所に何かを求め登ったのだとすれば、それはそれで本望だったのかもしれない。
だが豹は間違いなく場違いな場所にいた。
そして悲劇的な最後を迎えた。

今のつくしは、場違いな場所にいたため亡くなってしまったその豹に自分をなぞらえていた。それはつい先日まで考えたこともなかったことであり、自分は任された仕事をする。
ただそれだけを考えていたはずだ。だがある日を境に副社長のことを上司としてではなく、ひとりの男性として見るようになっていた。

今までまともに恋などしたことがなかった。
だから久美子からも恋には疎いと言われていた。
学生時代は勉強とバイトに励み、道明寺HDに入社してからも努力を積み重ねキャリアを重ねた。合コンで紹介され付き合い始めた男性とは、短期間で別れ、それから付き合った人はいない。そして何をどう間違ったのか、副社長の秘書に抜擢され新堂巧に一目惚れされた。

そんな女は副社長に迷惑な女がいると知り、盾になると決め、かりそめの恋人としての役目を買って出た。だがミイラ取りがミイラになるではないが、新堂巧と話をしてから心の中にひとつの思いが浮かび、女に迷惑しているという人を好きになっている自分に気付いた。

だが生々しい恋をしたことがない女は、はっきり言って恋についてよく知らない。
そんなごく普通の、平凡な恋さえまともにしたことがない女だというのに、恋におちた相手はあの道明寺司だ。
道明寺財閥の御曹司。跡取り息子だ。
社内の女性社員のみならず世界中の女性を虜にすると言われる男のかりそめの恋人になっただけでも凄いことだというのに、久美子が言ったような本物の恋人になれる訳がない。
それにもし自分の思いを伝えたとしても、笑われるだけで想いをまともになど受け取ってもらえるはずがない。

そしてあの日から、物事の判別というものが恐ろしいほど疎かになっているような気がする。
秘書の仕事は仕える人物の傍にいることが当たり前なのだが、気持ちに余裕がないというのか、落ち着かないというのか。どちらにしても、秘書としてもっともらしい顔というのを作らなければならないはずだが、それも出来ずにいた。

そして迷惑な女に対して予防線として振る舞うことを求められた女の誕生日に贈られたマフラーに込められた思いなどなく、秘書のへの心遣いかと思えば心が淋しくなる自分がいた。

そしてそのマフラーも朝は自宅まで迎えの車が来ることもあり、捲かれることもなく、いつも鞄の中に入れられていた。だが帰りは室長である西田の担当であり、寒風吹きすさぶビル街を歩くとき、あのマフラーを捲いていた。

そして恋をするというのは、今まで気付かなかったことに気付かされるということだ。
いや違う。気付かなかったのではない。気にならなかったのだ。
それは、街を歩く人は、街を歩く恋人たちはどうしてあんなにも楽しそうなのか。
そして待ち合わせなのだろうか。そわそわと時間を気にする若い女の子の姿があれば、デートの約束なのだと思ってしまう。

そして今まで思ったことはあったが、気に留めなかったことが気になり始めた。
それは、低くしっかりと聞こえる声もだが、副社長独特の匂いがほんのり暖かく匂うことや、切れ長の黒い瞳と目が合ったとき、じっと見つめられ、その際立つほど整った容貌が多くの女性を惹き付けることが改めて分かった。そしてその美貌は恐らくこれから歳を重ねても変わらないはずで、50代になれば苦み走ったいい男と言われるようになるだろう。

つくしのこれまでの人生は、単調だが強い支柱に支えられていたと思っている。
それは仕事だ。そしてそれが人生の中の大きなウェイトを占めていた。
そして35歳の年齢相応な賢さもあると自負していた。
だが今は奥行きの知れない人生という箱の中にあった恋というものを手探りで見つけた状態だ。

それにしても、35歳にもなってまさに突然降って湧いたように恋をするというのは、こんなにも頭を悩ますものなのか。
それなら10代の若者の恋はいったいどれだけ頭を悩ますものなのか。いや。10代の若者と比較検討したところで、どうなるものでもない。
むしろ10代の若者の方が自分の気持ちを相手に伝えることを躊躇わないだろう。
そしてたとえ、傷ついても若さがその傷をカバーするはずだ。
そしてその傷の治りは早い。決して瘡蓋になることはないはずだ。

それにしても、今朝など必要以上に早く目覚め、早々に顔を洗い、食事を済ませ、迎えの車が来るのを待っていた。
そして副社長のペントハウスに迎えに行けば、今まで通りの男がいて・・だが以前とは違うのは、気取りがなくなったというのか。表面上はクールなのだが、確実に何かが違う。恐らくそれは、つくしのことを迷惑な女を避けるための予防線として考えていることからくる親しさなのだろう。だからパーティーで言ったように、親しくしたとしても決して勘違いしてはいけないのだ。

第一、副社長と秘書の間に恋が芽生えるなど、ロマンス小説の世界の話であり、シンデレラ物語は意地悪な継母や魔法使いやガラスの靴が必要だ。だがつくしには、その三要素がない。
だから、この胸の中に沸き起こった思いは、自分の胸の中にだけ留めておけばいい。
キリマンジャロで死んだ豹が何を考えていたか誰も知らないのと同じで、自分の考えが誰かに知られることはないのだから。



そしてキリマンジャロの山頂のような雪が冬のドイツに降るのだろうか。

年が明けた1月中旬。
道明寺HDが買収したドイツの電気機器メーカーであるバルテン社に副社長が出張することは決まっており、同行するのは第一秘書の西田だと思っていたが、つくしが指名された。

つくしは、飲料事業部時代に海外出張の経験はある。
それはコーヒー三課ということからコーヒーの生産量が多い国への出張だが、その中でも世界第2位のベトナムや、4位のインドネシアといった東南アジアが彼女の担当だったこともあり暑い国への出張が多く、冬のドイツは初めてだった。

そして副社長の秘書として初めての海外出張は、当然だが今までの出張とは違う。
それはプライベートジェットを利用することで無駄な時間を省くこともだが、西田によって決められたスケジュールが緻密であることだ。


「牧野さん。ドイツでは欧州支社の人間が同行しますからご心配には及びません。それに副社長はあの国については御詳しいですから大丈夫です」

と西田から言われたつくしの仕事は、決められたスケジュールが滞ることがないようにすることだ。
そんなことから、秘書である自分がオタオタとしていては目も当てられないはずで、つくしは渡独に向け、仕事を次から次へと片付けることだけに専念し、突然気付いてしまった副社長への気持ちを抑えると、ドイツへ向かうジェットの中にいた。
そして通路を挟んだ隣には副社長が座っていた。




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コメント
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dot 2018.01.13 09:46 | 編集
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dot 2018.01.13 10:01 | 編集
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dot 2018.01.13 16:49 | 編集
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dot 2018.01.13 17:53 | 編集
H*様
おはようございます^^
新年から二人で出張‼
大幅な進展となるのか、それとも後退してしまうのか。
司はチャンスのような気がしていますが果たして・・。
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2018.01.13 22:16 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
つくし、司に恋をしてしまったようですが、35歳の女はまともな恋愛をしてこなかったこともあり、相手が副社長、あの道明寺司だということに、冷静さを失ってしまい仕事が疎かになってしまったようです。
優しさを勘違いしてはいけないと思うつくし。でも勘違いしているのは、つくし。
そんなつくしの気持ちに司は気付くのでしょうか?
司も恋愛をしたことはない人ですから彼女の気持ちが分るのでしょうか?
そしてドイツへの出張となりました。
ここで何かが起こるのか?それとも起こらないのか。
進展があるのか。ないのか。少しづつでもいいので二人の距離が近づくといいですねぇ。

わぁ。そうなんですね?あの曲が!
やはりあの影響は大きいようですね(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.13 22:22 | 編集
か**り様
朝!寒いですね~。
エアコンがなかなか効かず、本当に寒いと感じました。
こんな寒さでも副社長からカシミアのマフラーを頂ければ、その寒さも緩和されるような気がします。
そしてつくし。副社長に告る!・・・う~ん、出来ませんよね?
何しろ副社長には迷惑な女がいると思い込み、防波堤発言をした女ですから、自分が迷惑な女にはなれませんよね?
そんな中でのドイツ!何かが起こるのか。起こらないのか。
桜子からドイツも寒いと訊いた!そうですね~。きっと底冷えがすることでしょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.13 22:26 | 編集
さ***ん様
決して勘違いはしないという女。
本当に自分に厳しい女ですね。35歳、キャリアウーマンは自分を律して生きているようです。
そしてキリマンジャロの山頂で凍死した豹に自分を重ねる女。え?つくしの思考回路が凄すぎますか?(笑)
そんな豹は気持ちを隠し55階へ・・。
豹が凍死しないうちになんとかしなければいけませんね?(笑)
そして50代司は苦み走ったいい男(笑)
恐らく『違いの分る男』でもあるはずです。
二人で向かったドイツで何か起きるのか?
ウインナーを食べるのか?え?副社長のウインナー?(≧▽≦)
もう・・笑ったじゃないですか!
これ、御曹司ではありませんから!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.13 22:34 | 編集
と*****ン様
ドイツでどんなラブストーリーがっ?
果たしてすんなり行くのでしょうかねぇ(笑)
恋愛に不器用な女と、恋をしたことがない男。
やっかいですね(笑)
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2018.01.13 22:36 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2018.01.14 01:27 | 編集
イ**マ様
つくしの心に今まで感じたことのない想いが芽生えたようです。
でも、まともな恋をしたことがない女は戸惑うばかり・・。
そして自らが迷惑な女からの盾となると言った以上、その役割を果たそうとするはずです。
ドイツで何かが起こるのか。起こらないのか。
芽生えた恋に花が咲く日はいつなのでしょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.14 22:53 | 編集
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