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2018
01.12

恋におちる確率 41

雨はしとしとと降り続き、止みそうな気配はない。
とっぷりと日が暮れた街の比較的大きな通りから脇に入った路地はマンションまでの近道だ。そんな場所で背後から声をかけられ振り返ったが、いったい誰がという思いと共に、闇に紛れるような黒い服の男の姿につくしの身体に緊張が走った。
だが少し離れた場所から、街路灯の薄ぼんやりした明かりの下に現れた男に少しだけ安堵した。


「今晩は。牧野さん」

「・・新堂さん?」

弟の進を駅まで見送った帰り、自宅マンションまであと5分程という場所で名前を呼ばれ、振り返った場所にいたのは、黒いスーツ姿で黒い傘をさした新堂巧だったが、まさか彼がそこにいるとは思いもしなかった。
そして何故そこに彼がいるのかといった疑問に対しての答えは思い浮かばなかった。
だがひとつだけ言えるのは、ここは新堂巧が住む場所ではないということだ。

巧はメールで自分のプロフィールを書き連ねていたことがあったが、実家は元麻布の各国大使館が居並ぶ高級住宅街にあり、そこに菱信興産社長で父親の新堂健一郎が妻と巧の妹にあたる娘と暮らしている。そして巧は都内の別の場所の高層マンションに暮らしていた。

それに巧の友人がつくしの暮らす都心から離れた街に暮らしているとは考えられない。
だからこんな所で会う人物ではない。
それならやはり何故?という疑問がつくしの頭の中に浮かび、その中で一番強く感じた思いは、巧が好意を寄せる女性をつけ回すストーカーと化したのではないかということだ。
つまり、つくしをつけ回しているのではないかということだ。だが、臆測といったもので人を見てはいけないということもあり訊ねた。

「・・あの、どうされたんですか?」

その問いかけが適切かと言われればそのはずであり、他にかける言葉があれば教えて欲しい。そんなことを思うつくしに巧が訊いて来た。

「お正月休み。道明寺副社長はNYですよね?」

「え?・・ええ。そうですが・・」

つくしは、ついそうだと答えたが、秘書が仕える人間のスケジュールを簡単に教えるべきではないと気付いたが遅かった。そしてそんな彼女の心を読むように巧はじっとつくしの目を見つめ、何かを納得したふうに話し始めたがその声は落ち着いていた。

「牧野さんは道明寺副社長の恋人ですよね?それならどうして彼と一緒に行かなかったんですか?NYならカウントダウンパーティーといったものもあるでしょうし楽しいイベントもあるはずです。それに先日のパーティー。・・あれだけの人数の前であなたのことを自分の恋人だと言った男にしては随分と冷たいですね?それとも彼はあなたを誘わなかった?もしそうだとすれば、恋人として失格ですね?」

巧はそう言うと、動かないつくしの方へと近づいて来たが顔は真顔で彼女の顔に視線を向けたままだ。
つくしはそこで、彼ほどの男が気になる女のことを調べないはずがないといったことに気付いた。そしてわざわざつくしに聞かなくても、副社長である道明寺司が日本に居ないことを知っているはずだと思った。
そしてつくしの家の住所を調べるなど簡単なことであり、これは明らかな待ち伏せだ。だがいつからこの場所にいたのか?駅へ向かう時も同じ道を通ったが、もうしかしてその時から様子を窺っていたのだろうか?
そんな巧は、パーティ―の時と同じでつくしが道明寺司の恋人であることが嘘ではないかと疑っていることが分かった。そう認識した瞬間、近いはずの自宅までの距離が急に遠くに感じられた。

「あの・・新堂専務・・」

巧はつくしのすぐ傍まで来ると彼女の言いかけた言葉を遮り真剣な眼差しで言った。

「牧野さん。あなたは本当に道明寺副社長の恋人ですか?私にはあなたの態度が表面上のことであり、真実ではないように思えてなりません。・・それに不躾なことを訊いていると承知で言わせて頂きます。もしかしてあなたは彼に弱みを握られていて、それを盾に関係を迫られているのではありませんか?私にはあなたの態度もですが、二人が恋人関係にあるというのは、道明寺さんが急にこしらえた作り話のように思えてなりません」

暗がりで話される巧の声は恐ろしいほど淡々としていてつくしは黙って訊くしかないと思った。だが一旦口を閉じ、次に開いた口調はそれまでとは打って変わったように明るさが感じられた。

「牧野さん。もしあなたが彼に何か弱みでも握られ無理矢理付き合わされていると言うことなら、私がお力になります」

と主張した巧は究極のポジティブ思考の持ち主なのか。
そんな巧は余程つくしの言葉を信じられないのか、疑っていることは間違いない。
それは道明寺司の過去の恋人遍歴からしてつくしが彼の恋人にしては、華やかさに欠けるといったことが理由のひとつとして挙げられるのは間違いないのだが、たとえそうだとしても、つくしが巧と付き合う気が無いのだから信じてもらわなければならなかった。
それにしても巧が二人の関係が本物ではないと疑うというのか、見抜く力は素晴らしいと思うが、どちらにしても諦めの悪い男であることは間違いない。


「あの、新堂専務。私は本当に道明寺副社長・・・いえ・・つ、司さんとお付き合いをしています。決して弱みを握られたとか、無理矢理といった訳ではありません。ですから・・本当にすみません。もっと早くお伝えすればよかったんですが、出来なかったんです」

つくしはここまで来た以上、なんとかして自分が道明寺司と付き合っていることを巧に納得させようとしていた。そうしなければ、また巧からメールが送られてくるようになり、交際を求められることになるからだ。

「新堂さん。本当にすみません。私は・・副社長の・・彼の・・司さんのことが好きなんです。ですから・・申し訳ありません。新堂さんとはお付き合い出来ません」

二人は傘をさしていることもあり、その分の距離があるが、それでも雨が降る暗い夜道で目の前に背の高い男性に立たれれば威圧感を感じる。それに新堂巧のように高学歴で外見がいいと言われる男性は女性から交際を断られるといった経験はなさそうに見え、プライドが高いはずだ。だからそのプライドを傷つけないようにと思うのだが、そのことに囚われすぎたばかりに断るチャンスを逸してしまい、副社長に助け舟を出された。
だからつくしは、ここでまた言葉を濁しては駄目だという思いで話をしていた。

それに副社長に付き纏う迷惑な女性をなんとかしなければならないといったこともあり、中途半端な態度を避けたいといった意識が強く働いていた。
そしてこれは新堂巧ときちんと話しをするチャンスであることは間違いないのだから、話し始めた勢いに乗って口を開いたが、言葉を選ぶことだけは忘れなかった。

「新堂さん。新堂さんは素敵な方ですから私のようにどこにでもいる平凡な女よりももっと素敵な女性に出会うと思います。私は日々自宅と会社を往復しているような女です。そんな女は世の中に大勢いますがそんな女の一人です。いつの間にか年を取って定年までずっと働いていてもおかしくない人間です。ですから新堂さんのような方に好きになってもらうにはもったいない_」

つくしがそこまで言うと巧は傘を持たない掌を彼女に向け言葉を遮った。

「・・もういいですよ、牧野さん」

巧は大きなため息とも取れる息を吐いた。

「牧野さんははやり私が思った通りの人だ。あなたは自分のことより他人のことに気を遣い過ぎます。どちらにしてもあなたがそこまで道明寺さんのことを好きとおっしゃるなら仕方がありません。ですが私は自分の目に狂いはなかったと思っています」

巧は言葉を切り、つくしが自分の言葉に興味を抱き言葉を返すのを待った。
そして彼女が口を開こうか迷っている様子を見ていた。

「・・あの、それはどういう意味でしょうか?」

つくしはやはり巧が副社長と自分の仲が本物ではないと疑っていると感じた。
だが巧は彼女から望んだ通りの言葉が返されると、心もち口元を微笑みの形へ変えた。

「それはあなたの瞳には打算的な色といったものが無いからです」

「打算的な色・・ですか?」

つくしが見ている巧の表情はほんの数分前に見せた眼差しとは異なり冷静な経営者と言える顔をしていた。そして35歳の男性が見せる落ち着きと余裕といったものが感じられた。

「ええ。そうです。打算的な色です。
私は自分の立場を十分理解しています。今の私は専務ですがゆくゆくは父の跡を継ぎ社長になります。そんな自分が条件のいい結婚相手と言われていることも知っています。それに私に近づいて来る女性たちは私を見てはいません。それでは何を見ているのか。それは私の外見や財産といったものです。女性たちの目に映るのは私自身の本当の姿ではないのです。そんな私には今まで沢山の見合い話もありました。ですが私は自分が結婚する相手は自分自身がこの目で見て決めたいと思っています。そんな時、あの料亭であなたに出会った。そしてひと目であなたに心を奪われたんです。あなたとの出会いは天の配剤だと思いました」

巧は口を噤むとつくしの顔をじっと見つめていた。
そして彼女の顔に移ろう何かを感じ取ろうとしていた。

「牧野さん。恋をするのに時間がかかる人間もいるでしょう。私も自分自身そういった人間だと思っていました。でも違った。今の私は一目惚れを信じるかと問われれば信じると答えます。そこでですが私はあなたにひとつ聞きたいことがあります」

巧は、一旦言葉を区切るがその声色は落ち着き払ったものでつくしを見据えた目を逸らすこともせずにじっと彼女の顔を見つめていた。

「私と道明寺副社長との間に違いがあるとすれば、それは何でしょうか?私はあなたが道明寺副社長を好きになったのと、私と出会ったことに時間差といったものがあるように思えません。それに男としての力量といったものも同じ位だと思います。ですからもし違いがあるとすれば、それはタイミングだと思っています。私の方があなたに出会うのが少し遅かったということになりますが、それもやはり神によって決められたものでしょうね。つまりもし私が道明寺副社長よりも先にあなたに出会っていれば、あなたが好きになったのは私かもしれませんね」



つくしは巧の話を黙って聴いていた。
そうやって聴くことで、彼の気持ちが落ち着くならといった思いもあるが、巧とこうして話をするのも初めてだが、彼の話を聞きながら思った。
ハンサムで背の高い男性は、本人の言う通り結婚する相手としては好条件であり、頭がいいことも分る。そしてこうして話しをする姿は冷静で落ち着いていて、いい経営者になるはずだということも分かる。だがつくしは、そんな新堂巧と自分では合わないと感じていた。
それは、新堂巧がつくしに感じた直感的なものと同じで、つくしもまた直感的に新堂巧が運命の相手ではないと分かっていた。

「牧野さん。道明寺さんも私と同じような立場の人間です。あなたはそんな彼の何を好きになったんでしょうか?勿論、あなたが彼の外見や財産に目が眩んだのではないと分かっています。それならいったい彼のどこに惹かれたのでしょう?」

つくしは、新堂巧から副社長のどこに惹かれたのかと訊かれるとは思いもしなかっただけに、さあ困った、と思う。そして二人の間に暫く沈黙があり、つくしは何と答えればいいのか考えたが、嘘をついているのだから答えることが出来なかった。だが巧はそんなつくしの態度を好意的に捉えたようだ。

「・・そうですよね。秘めた思いは、本当に好きな人にだけ向けられるものであり、第三者には関係ない話だ。訊いた私が愚かでした。あなたは賢明な女性ですが、そんなあなたの可愛らしい一面を見ることが出来ただけでも私は満足です」

つくしは巧が言った可愛らしい一面のセリフに彼がまた勝手に新しい展開を考え始めたのではないかといった思いがしたが、口を開くことはしなかった。それは下手に言葉にして物事がまた別の方向へと進むことは避けなければならないと感じていたからだ。

「ですが道明寺さんはマスコミを賑わせる男性ですから、あなたも大変だと思います。牧野さん。もし道明寺さんのことが嫌いになったら私を思い出して下さい。私はいつでもあなたを受け入れることが出来ます。それにもし彼が浮気するようなら私は本気であなたを奪いに行きます」







新堂巧は、最後は笑って現れた時と同じように彼女の前から静かに去った。
そして言葉の最後に、『ビジネスの関係は、あくまでもビジネスです。だから気になさらないで下さい』とつけ加えた。

そんな巧につくしは頭を下げていたが、今までの人生の中、私は本気であなたを奪いに行きますと言われたことなどなく、そこまで自分のことを思ってくれた人がいたことに心から嬉しさを感じたが、それでも彼と付き合いたいといった気になれなかったのだからロマンスの神様はつくしに新堂巧を好きになれと啓示を示さなかったということになる。










つくしはマンションの部屋へ戻ると、一時淡々とした口ぶりで語った巧の姿を思い出していた。そして彼の言葉を反芻していた。

『私に近づいて来る女性たちは私を見てはいません。それでは何を見ているのか。それは私の外見や財産といったものです。女性たちの目に映るのは私自身の本当の姿ではない』

巧の話に感じたのは、本当の自分を知って欲しいということ。
だが巧には申し訳ないが彼のことを知りたいとは思わなかった。
それなら、その時頭に浮かんだのは誰なのか。
それは巧と同じ立場にあると言われる男のこと。
その人の秘書になってから何度か心がざわめくといった感情に見舞われた。
だがそれを無理矢理押さえつけてきた事実があった。そしてついさっき、新堂巧と会っていた時もその感情を振り払うようにしていた自分がいた。

つくしは首に捲かれたクリーム色の柔らかなマフラーを外し折り畳みながら、そのマフラーをプレゼントしてくれた人のことを思った。
すると何故か街を覆い隠していた深い霧が一瞬にして消し去られたように鮮明な視界が自分の前に広がる様子が見えた。
それは余りにも突然の出来事。そして今まですれ違っていた二つのブランコが突如同じ揺れ方を始めたような感覚が胸の中に沸き起こり、突然目の前に鏡を突き付けられたように自分の姿が見えた。
そしてその鏡に映る自分の姿に見えるのは、誰もが口を揃えたように言った感情のうねり。
と、同時に頭の中に思い浮かんだ人の姿に頬が熱くなる自分がいるのが分かった。
そして真っ直ぐに自分を見つめる瞳が思い出され、今まで気に留めたこともないバリトンと呼ばれる低くしっかりと聞こえて来る声が思い出され動揺した。
だがなぜ急にこんなことになったのか。それは新堂巧との会話がそうさせたのか。
たった一瞬の間に起きた心の動揺は間違いなく副社長に対しての思いだ。

「あたし・・どうしちゃったんだろう・・」

特別な気持ちが溢れてくるというのは、こういうことを言うのだろうか。
そしてその気持ちをどう言えばいいのだろうか。
その感情のうねりが誰もが口にする言葉だとすれば__

つくしは自分が恋におちたのかもしれないと感じていた。




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コメント
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dot 2018.01.12 08:19 | 編集
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dot 2018.01.12 22:11 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
ストーカーになるかと思われた新堂巧。でも彼はそうではありませんでしたね?
ただ真剣なあまり、ああいった行動に出てしまったのでしょうね。
そして司が不誠実な態度を取るなら奪いに行きますといった言葉は、やはり本気ですね?
う~ん。司。大丈夫でしょうか?まだつくしのことを甘くみている部分があるような気がします。

つくし。新堂巧の出現に自分の気持ちを自覚!
恋に不器用で奥手なつくし。
果たして小さく芽吹いた恋する気持ちを大きく育てることが出来るのでしょうか?
そしてそんなつくしに司は気付くのか?

録画。お疲れさまでした!本日もあるようですね?
週末堪能できるといいですねぇ( *´艸`)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.12 23:05 | 編集
と*****ン様
新堂巧。想いとは裏腹につくしにもアシスト!(笑)
本当ですよね~。
専務、憎めませんね?(笑)
そして司のこれからの態度で巧の出番があるかもしれません‼
何しろ、嘘をついてますからねぇ・・

元麻布のあの界隈。
う~ん。いくら稼げばいいのか・・。
ま、坊ちゃんなら問題なくお住まいになることが出来るでしょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.12 23:15 | 編集
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dot 2018.01.12 23:23 | 編集
さ***ん様
粘りの新堂巧(笑)
本当によく粘りましたね?そして今回もよく喋りました!(笑)
そうなんです。究極のポジティブ思考の持ち主です(笑)
そして確かに聞く耳を持たない頑固親父ということも言えますね?(笑)
>巧の巧みな話術(≧▽≦)上手い!
しかしそんな巧の向うに見えたのは副社長でした。
突然恋を自覚した女。しかし偽物の恋人になることを約束した女。
真面目な女はどうするのでしょうねぇ・・・。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.12 23:54 | 編集
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