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2018
01.11

恋におちる確率 40

日の入り時刻が早い冬。
東京の午後6時は既に暗く、アスファルトの舗道は雨で濡れ街路灯の明かりが水溜まりに映り込んでいた。
雨は冷たさもだが風も連れてきたようで、コートを着ていても身が縮むほどの寒さが感じられつくしは先を急いだ。そんな中、雨の音が激しい訳ではないが、それでもエンジンの音は女の耳に届いていないのか。車が近づいて来ても後ろを振り返ることはなかった。

年が明け、正月休みの最中、つくしはマンションを訪ねて来た弟を見送るため近くの駅まで歩いて出かけた帰りだが、いつもなら人通りがあるこの道も正月の休日、しかも雨ということもあり人通りはなかった。

両親をすでに亡くした姉と弟は、二人とも真面目に暮らしていた。
子どもの頃少し気が弱いと言われていた弟の進も一部上場企業で働いており、姉弟揃って優秀だと言われ、そんな二人を知る人間からすれば、彼らの両親が経済力のない頼りない親だったとは誰も気付かないはずだ。
そんな親のもと生活面で苦労はしたが、家族は仲が良く貧しさを卑屈に捉えたことはない。むしろ、そんな生活だったからの生活の知恵といったものを学ぶことができ、感謝していた。



『姉貴は相変わらず恋人はいないのか?』

と、つくしが作ったおせち料理を食べながら唐突に訊かれ、悪かったわね。その言葉そっくりあんたに返すから。と言ったがそのとき進は、

『俺。彼女が出来た。・・同じ会社に勤める女性なんだ。でもまだ何かを約束した訳じゃないからなんとも言えないけど、俺ももう32だし、決める時は早いと思うからそのつもりでいてくれ』

と言われ、真面目な弟のことだからきっとその女性と結婚するのだろうとつくしは思っていた。

「・・進ももう32だもんね・・。あたしも誕生日が過ぎてひとつ年を取ったし、年を取るのは早いわね・・」

と、独りごちると先日副社長と食事をした夜のことを思い出していた。
恋人としての出番だと言われ食事に出かけたが、その日はつくしの35回目の誕生日の前日だった。

まさか副社長に誕生祝いをしてもらうとは思わなかったが、迷惑な女を牽制するためだと言われれば、自らが予防線の役割をすると言った以上応じなければならなかった。

もしこれが他の男性なら、
「すみません今日は残業で」
と言って断ることが出来るが、副社長の秘書である以上、そしてつくしも自ら恋人役を名乗り出たのだから、こうした行事も確実にこなしていくことが、迷惑な女を遠ざけるためであると言われれば断ることは出来なかった。

それにしても何故あの時あんなことを口にしたのか。
だが言ってしまったものは仕方がないのだが、考えてみれば秘書である自分が副社長の恋人だとはどう考えても不釣り合いだ。
そしてそのことを専務秘書の野上に話してみれば、

『あら。牧野さんやるじゃない。私があと20歳若ければ喜んで副社長の恋人役をするわ。胸がドキドキするなんてこと今の私にはないけど、なんだかワクワクするわね。いっそのこと本当の恋人同士になれば?』

と言い常務秘書の石井は、

『牧野さん。辻褄が合わないなんて考えなくていいの。それにね、誰かが何かを言ったとしても副社長が守ってくれるから心配しなくてもいいのよ?恋なんてある日突然って言うでしょ?・・でもねぇ、これが本物の恋なら秘書課を挙げて応援するんだけど、残念だわ』

『あら、石井さん。でも酔いに任せて何か起きるってこともあるじゃない?人生は何が起こるか分からないでしょ?ある日突然恋愛の匂いを漂わせた牧野さんになるかもしれないわよ?』

と楽しそうに野上からも言われ、副社長と秘書である自分との間に恋愛の匂いが漂うとは思えないが、二人だけの食事は数えてみれば3度目であり、毎日会う相手なのだから、なんとなく慣れて来たように思えた。

食事の場所は一流レストランでのフレンチ。
とりあえず仕事の話から入り、思いつくままの会話での応酬は冗談もあり、思いのほか楽しかったが、野上が言った恋愛の匂いには程遠かったはずだ。

だが初めの頃、つまりつくしが秘書になった頃、理想の上司には程遠いと思われていたが、
親しげにレストランで話をしてみれば、道明寺司が、いくら創業家の人間だとはいえ、異例の早さで常務、専務、副社長と出世していった理由が分ったような気がした。

つくしが上司の善し悪しを判断する基準としては、その人を信頼できるかどうかが大きな判断材料となる。当初セクハラ発言もあったが、暫く仕事を共にすれば、経営については計算しつくした緻密さを感じさせ、仕事の出来ない社員や意思決定の遅い人間が嫌われる理由が分かったような気がしていた。
そして周りの反応からも、嫌われたら恐い人であることに間違いはなかった。

そしてそんな副社長から誕生日プレゼントだと渡されたのは、上質なクリーム色のカシミアのマフラーと花束。
それはまるで本物の恋人が選んだような温かさを感じさせる贈り物。いいから受け取れと言われるには値が張るものだと分かっていたが、秘書として働いてくれる感謝の気持ちみたいなものだと言われれば素直に受け取ることが出来た。

それに日本では一般的ではなく認知度は低いが、アメリカでは4月下旬に「秘書の日(Administrative Professionals Day)」と呼ばれる日があり、秘書を労うものだと言われ、ちょっと早いが気にするな。と言われた。

だが副社長のような男が女性に贈るのは、名の知れた高級宝石店のジュエリーだと言われており、値段は都内で高級マンションが買えるに等しいと言われている。 
しかし副社長とつくしは本当の恋人ではない。それにもしそうだったとしても、そんな高価なものを贈られても困る。だが渡されたマフラーは、たとえ値の張るものだったとしても、暖かみが感じられ、今もこうして捲いている。

そして花は赤いバラ。中途半端な色ではなく、堂々とした色の花は副社長らしいと思える花であり、恐らく今まで付き合ったどの女性にもそういった花が贈られてきたのだろうと容易に想像することが出来た。

だが女も独身で35回目の誕生日ともなると、人に祝ってもらうことに照れ臭さが感じられるが、素直にありがとうございます、と言うことが出来た。
だがあの食事のどこが迷惑な女に対しての予防線となるのかが、よく分からなかったが、例えその女が目の前に現れなくても副社長にとって意味のあるものだろう。

そしてその前日には、同期の原田久美子から『誕生日おめでとう!』と書かれたカードが添えられたプレゼントを渡された。
だが渡されたと言っても、ゆっくりと会う時間などなく、久美子はいつ渡そうかと思っていたと言い、いつもブリーフケースの中に入れ持ち歩いていたと言われた。

つくしの誕生日は12月の年の瀬と言われる忙しい時期であり、こういった時期に生まれた子供は、概ねクリスマスと一緒に祝われることが多い。そして幼い頃のつくしも、その例に倣っていた。だからプレゼントもクリスマスと誕生日とを兼ねてといったものが殆どだった。

『つくし。これ絶対に気に入るから。これから絶対に役立つものだから』

そう言われ、鞄の中から取り出された比較的薄い箱。
それは綺麗な包装紙に包まれ華やかなリボンが結ばれ、見ているだけで嬉しかった。
だがその箱の中身はいったい何なのか?
その時久美子から言われたのが、

『これからのつくしの恋の行方を左右するものかもしれないからね?それに聞いたわよ?副社長から秘書以上の関係だ、なんて言われたらしいわね?やっぱり副社長はつくしのことが好きなのよ!55階のロマンスの神様は新堂巧じゃなくて副社長に微笑んだってことね?』

そう言った久美子に誰にも言わないで、と事情を説明したが、ふふふっと分かったような笑みを浮かべられた。

『分ってるって。勿論言わないわよ。でも偽物の恋がこの箱の中身で本物になることを祈るわ!』

と意味深な言葉を言われた。
だがそんな久美子はプレゼントのセンスがいい。今までもつくしが欲しいと思っていたものを、さり気なくプレゼントしてくれた。

それは、海外でしか買えないチョコレートや、匠の技と呼ばれる熟練の職人が作ったスタイリッシュな高級な爪切りだったり、肩こりにはこれよ、と肩に乗せるマッサージ機だったりした。

だが若い子から見れば、どれもこれも実用的過ぎると言われ夢がないと思われるかもしれないが、仕事をする女には願ったり叶ったりといったプレゼントであることは間違いない。
だから、今回も久美子からのプレゼントに期待をしていた。
だが、恋の行方を左右するという言葉に魔よけの札か?それとも大願成就のお札か?といった思いもあった。
そんな思いを抱え一日を終え、自宅で渡された薄い箱を開けたとき、そこに収められた黒いレースの下着の上下を前に目を瞬かせた。そして箱の中に収められていた小さなカードに『これで副社長を悩殺出来るわよ?』と久美子らしい言葉が書かれていた。

「まったく久美子は何を考えてるのよ・・。ごく普通の会社員が本気で副社長と付き合える訳ないじゃない。それにあたしは予防線なんだからね?」

そんな言葉を呟いたが、道すがら副社長との会話を思い出していた。

『牧野。お前は運命の人の存在を信じるか?』

食事も終わりに近づいた頃、不意に訊かれたその質問は、つくしにとって意表をつかれる質問だった。
そして運命という言葉に、瞬間的に新堂巧の顔が脳裡に浮かんだが、それは巧からあなたとは運命を感じたと言われたからであり、つくしにすれば巧が運命の人とは思えず、黙って首を横に振った。それに一度だけ付き合った男性も運命の人ではなく、それからもそれらしい男性は現れなかった。だがもし運命の人が本当にいるのなら、もっと早くに現れてもいいはずだ。

だがそんな男性に巡り会うこともなく今に至るのだから運命の人は、つまり運命の赤い糸は電柱にでも繋がっているんじゃないかとさえ思えた。だがもしそうならつくしの運命は道端の電柱に粗相をする犬と繋がっているとでも言うのだろうか?
そんな思いが脳裡を過ぎるとつくしは副社長に同じ質問を投げかけた。

「副社長は運命の人の存在を信じていますか」と。

そしてその時、返された言葉は『ああ。俺は信じてる』だったが、その言葉はつくしにしてみれば意外だった。まさかあの道明寺司が、運命論者だとは思いもしなかったからだが、その時の副社長の視線は真っ直ぐに彼女に向けられ、揺るぐことがなかった。

それはビジネスでは一切の妥協を許さないと言われ、感情を表に出すことが無いと言われた男の瞳に浮かんだ柔らかな一瞬の光り。そう感じたが、あまりにも分別臭い今の自分はその瞳の中に見えた輝きが羨ましく感じられていた。

「あたしの運命の人なんて本当にいるのかどうか疑問だわ。それに恋なんてある日突然だなんて言うけど、まともな恋なんてしたことがないあたしに分かる訳ないじゃない」

と、小さなため息と共にそんな言葉を吐き出したその時だった。

「牧野さん」

後ろから名前を呼ばれたつくしは振り返った。




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コメント
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dot 2018.01.11 06:23 | 編集
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dot 2018.01.11 15:22 | 編集
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dot 2018.01.11 18:16 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
つくし。セクハラ上司の印象は払拭されましたが、司の気持ちには気付きません。
誕生日に食事をしても、上司が秘書に気遣いをしたと思っているようです。
でも司。一般的な女性にプレゼントするには妥当なものをチョイスしたようです。
西田さんにでも聞いたのでしょうか?(笑)
秘書課の先輩も親友の久美子も応援する気は満々です!
あとは、つくしの気持ちだけです。
そして声をかけてきたのは、あの人です。

そうだったんですね?DVDデッキは録画を頑張ってくれたのでしょうか?
全部見るのは大変ですね?でも楽しみですね?
アカシアもドラマ見たいと思います!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.11 22:47 | 編集
さ***ん様
先輩秘書の野上さんと石井さんは水戸黄門の格さん助さん!(笑)
そしていつもハイテンションの親友の久美子。
この三人の女性は、つくしが司と本当のお付き合いすることを望んでいますが、つくし、いい加減気付いてと言いたいですよね?
そして久美子からのプレゼントを使う日が来ることを祈りたいです!
さて、つくしに声をかけてきたのは・・あの人です。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.11 22:56 | 編集
と*****ン様
声をかけて来たのは・・誰?(笑)
そうです、あの人です!
あの人。何しに来たのでしょうねぇ?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.01.11 22:58 | 編集
11日10時6分に拍手コメント下さったお方様へ

いつも楽しんで下さってありがとうございます^^
アカシアdot 2018.01.11 23:05 | 編集
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