道明寺HD日本支社は日本企業の慣習に従い年末年始の休暇があり、司はその期間NY本社で仕事をしていたが、やはり休暇でNYにいたあきらと自宅であるペントハウスで会っていた。
そしてあきらがNYで耳にした話は、いくぶん興味深いものに変わっており、想像できない状況にそれは本当かとしか言えずにいた。
「・・・おい司。・・お前・・それで牧野つくしはお前の恋人になったってことか?いや、マジで信じられねぇけど、お前の秘書は職務を全うするじゃねぇけど上司のニーズに応えることが秘書の仕事だってお前の恋人になったってことか?」
とあきらは、司に向かって半信半疑な思いで訊いた。
「ああ。そういうことだ」
と、答えた男はキャビネットから取り出したウィスキーを二つのグラスに注ぎ、ひとつをソファに座るあきらに手渡し向かいの一人掛けのソファに腰を下ろした。
受け取ったあきらは礼を言うと煙草をクリスタルの灰皿で揉み消し、グラスを口へ運び香りを確かめ、それからゆっくりと喉の奥へと流し込んだ。
「いや、そう言うことだって可笑し過ぎるだろ?道明寺司ともあろう男が女に迷惑してるから予防線を張るために恋人が必要だってことで牧野つくしを恋人にしたってことだろ?・・それで彼女は、牧野つくしは納得したってことか?いや、やっぱどう考えてもそれは可笑しいだろ?まったくお前にしてもそうだが牧野つくしもいい年した大人が二人揃っておままごとをしているってどうだよ?」
あきらの言葉は確かにそのとおりだ。
ままごと遊びという幼女が好む遊びが楽しい訳がない。だが“ごっご遊び”を例えにするほど幼稚な嘘をつかなければ、牧野つくしの気を引く事ができないならそれも仕方がないが、今まで司が女に付き纏われ迷惑をかけられたことなどあるはずもなく、ましてや予防線を張る必要などどこにもなかった。だからそんな話は笑い飛ばしてしまうようなことで、あきらが呆れたようなセリフを吐くのも当然だ。
だが司自身でさえ策略を巡らすではないが、何故かそんな羽目になりムッとした表情を浮かべ答えた。
「・・仕方ねぇだろ?何しろ俺に遠ざけたい女がいるはずだと言い出したのは向うで僭越ながらお力になりますとまで言われたんだ。それならその思いに乗って何が悪い?相手の好意を無駄にすることなんて出来るか?」
あきらは目の前の男がウィスキーを味わうというよりも、喉の渇きを潤すだけのように流し込む様子を見ていたが、司という男は、相手の好意も何も女の言い分など無視をするような男であり、今のこの変わり様が可笑しく、理屈であるようで理屈ではない言い分に笑いを噛み殺していた。
そしてそんな男を振り回すことが出来る女に称賛の拍手を送りたい思いでいた。
「まあな・・せっかく相手がそう言ってくれるならそれを利用して親しくなるってのもひとつの手だが、それにしてもお前のどこを見て女に迷惑行為をされてると思ったのかそれが不思議だがな」
あきらは多くの財界関係者が出席したクリスマスのチャリティーパーティーには参加しなかった。だが事の顛末は静かな噂となり彼の耳にも届いていた。
それは、道明寺HDの副社長が女性をエスコートして現れたかと思えば、菱信興産の専務である新堂巧に、彼女は秘書だが二人の関係はそれ以上だと言ったらしいということだ。
だがなぜ“らしい”といった言葉になるのか。
それは男二人の会話がよく聞き取れなかったことで断定は出来なかったという理由だが、それは詭弁だ。
あの時、二人の男の間に流れる空気に近寄りがたいものがあり、すぐ傍にいた人間はほんの僅か。そんな人間たちの口伝えだから断定は出来ないということだが、あの場にいた人間ならそれが“らしい”ではないことは分かっている。
だが仮にだが、もし真実とは違う話をして、後で何か起こることだけは避けたい思いがある。
何しろ相手は道明寺司だ。下手なことを言うよりも、様子を見るだけの方がいいに決まっている。つまり彼らも自分の身は可愛い。それにもし司の意に沿わない方向に話が進めば、そんな話をした人間は彼の逆鱗に触れてしまうのではないか。だから断定はせず推測という形で物を言い保身をはかることをしていた。
それに滅多にパーティーに現れることがない男ではあるが、かなりの影響力といったものがある。そして司の発言というものは、どんな発言でもその場にいる全ての人間の気持ちをなびかせることが出来る。
それは高校時代もそうだったが、男は学園で起こる全ての物事の中心的存在として君臨しており、司のひと言で周りにいる人間たちはみな取り巻きと化し、逆らう者は排除されていた。
だからそんな男に歯向かう人間などいなかった。
そして上流階級と言われる男と女の間には、真実がなんであるのか分からないほどの数限りない嘘といったものが存在するから迂闊な言葉を口にすることはしない。
特に彼らの住む世界では、結婚していようが、恋人同士だろうが関係ない。道を外れた付き合いをしていたとしても誰かが文句を言うわけでもない。それに、体裁が整っていればいいという仮面夫婦は山のようにいる。
そんなことから男女の関係などいつの間にかくっついては、別れているといったことも多くある。だから道明寺司の恋愛もまた以前と同じすぐに終わると踏んでいる。何しろNY時代の司の女に対しての扱いは知られており、長続きするとは思えないからだ。
それに言っては悪いが、連れていた女性の素性は知らないが、どこかのお嬢様が社会勉強として道明寺HD副社長の秘書が務められるほどその業務が甘くないことは誰もが知ることであり、それなら西田秘書が鍛え上げた生え抜きということになり、気まぐれに付き合ったとしても、彼らの世界から見れば秘書は所詮会社の駒のひとつであり、決して結婚まで行く相手とは見ていない。だから誰も大騒ぎすることがないということだ。
つまり司のこの恋は本気だとは思われてはいないことになる。
だが司にとっては本気の恋だが、周りが騒がないことが逆に都合がいい。
それに牧野つくしが考えているような追い払いたい相手などいないのだから、司が作り上げた迷惑な女はどこでも簡単に出現させることが出来るし簡単に消し去ることも出来るということになり、ある意味そんな目に見えない女の存在は都合がいいということになる。
そしてその女はNY時代から司に付き纏い、迷惑している女だといった話を伝えれば、仕事に忠実な女は分かりましたと頷いた。
「それで?これからどうするんだ?牧野つくしのことは?お前ら恋人同士になったってことだろ?」
「ああ。表面上はな」
「そうだような。表面上ってことだよな。つまり表面上ってことは、牧野つくしがどんなセックスが好きだとか、好きじゃないとかまだ分かんねぇってことか?」
「・・・あきら」
司はあきらの言葉にジロリと彼を睨んだ。
それは目が鋭い男のひと睨みだが、ビジネスに徹した時に見せる目とは違い図に乗るんじゃねぇぞと言いたげな目だ。
「冗談だって、冗談。今のは完全な俺の失言だ。まあ表面上だとしてもいいじゃねぇか。そこから本物の感情ってのを呼び起こせばいいんだからな。・・それよりも新堂巧から牧野つくしに対するちょっかいってのは無くなったのか?」
「ああ。あれからメールが来ることは無くなったらしい」
あれほど毎日のように届いていた巧からのメールは、ピタリと止んだ。
その理由は、司が牧野つくしとは秘書以上の関係であることを知ったためだと理解している。だがメールが来なくなったからといって安心はできない。だから司が日本を離れている今も彼女の護衛はつけている。
「そうか。良かったな。これでライバルは消えたってことで、お前もこれから先は牧野つくしだけに気を回せばいいってことだな?」
あきらの言う通り新堂巧というライバルがいなくなった今、司は自分が作り出した迷惑な女を追い払うための作戦と名打って渡米前、彼女と食事に出かけたが、司が女と食事をすることを楽しみにするなど過去になかったことであり、例えそれが本物の恋人同士のデートでなくとも期待するものは大きかった。
それは彼女の誕生日の前日、レストランでの食事だ。
本当なら誕生日当日がよかったのだが、その日はすでにNY入りする予定があり、前日となった。
そして、テーブルを挟んで交わされた会話は純粋に世間話であり、司としても節度のある話をしたと思っていた。それは料亭での食事とも、ペントハウスでの食事とも違い、女に躊躇いが感じられながらも仕事だということになれば警戒心は無かった。
そんな女に司は恋人の役割を演じるなら今までとは違い親しくする必要があると話をした。
そしてその時、メインディッシュである鴨肉を切り分けていた女はナイフとフォークを置き、すっと居ずまいを正して口を開いた。
『・・あの』
『なんだ?』
『先日のパーティーで副社長と私は恋人同士になった・・・と、言いますか、勿論偽物の恋人関係だと理解していますが、すみません・・私がなかなか新堂さんに返事が出来なかったばかり副社長にご心配を頂いた結果がこんなことになってしまって・・』
新堂巧にはっきりとした態度を取らなかったため、司に迷惑をかけたことを申し訳なく思っていた女は、彼が自身の周りにいる迷惑な女を避けたいのなら恋人として盾になると言った。それは、ギブアンドテイクのような関係であり、持ちつ持たれつといった言葉が妥当だと考えているようだった。
『でも私は虚言癖とか誇大妄想を抱くことはありませんので、ご心配なさらないで下さい。
つまり勘違いはしないということです。ですから副社長が本当に大切にしたい方が現れたら私のことは捨てたと言って頂いてかまいませんから』
と言葉を継いだ。
そして再びナイフとフォークを手にし、鴨肉を口に入れ、美味そうに笑っていた。
だが司は勘違いして欲しいのだ。
だから新堂巧の前でわざわざ宣言をしたのだが、仕事が第一と考える女は、例え自分が男に捨てられた女になったとしても気にしないと言う。
「それで?司。お前が迷惑を被ってる女はどんな女だか話したのか?」
「ああ。図々しくどこにでも押しかけてくる女ってことにしてる」
「けど、お前、そんな女なんて実際にはいない訳だろ?それこそ嘘がバレねぇようにしろよ?もし騙してたことが知られたらお前はどうなる?何しろ牧野つくしは秘書の仕事だと思ってお前の恋人役を引き受けたって言うか、名乗りを上げたって訳だろ?それが実際にはそんな女はいないって知られたら彼女はどうするんだ?それに女ってのは男の嘘を許す女とそうじゃねぇ女がいるからな。それに一般的に言って女は信頼って言葉が好きだ。信頼出来ない男は嫌われるからな。
ま、可愛い嘘程度ならいいが、お前の場合はどっちだ?」
信頼という言葉はビジネスに於いても一番重要視される言葉であり、人間関係を築き上げていく上でも一番重要だ。だがその信頼を裏切ることをすれば、どんなに関係が深い相手だったとしてもその関係は簡単に破綻してしまう。
そしてその信頼を取り戻すための努力というものは、長い年月をかけることになる。
「あきら。お前が言わなきゃバレねぇだろ?それに言っとくが俺はマジだ。もし嘘がバレたとしてもその頃には笑い話で済ませてるはずだ」
恋におちたのは初めてだったとしても、司のような男が女を恋におとせないはずがないとあきらは思っている。だから親友の言葉に頷くことが出来るが、それでも万が一嘘がバレた時のことを考えなければならないはずだが、それは司のような男にしてみれば不得意なはずだ。
そうだ。
いつもクールな態度を貫いていた男が恋におち、嘘が相手にバレた時どうなるのか。
あきらはその時の男の様子を見てみたい思いもある。希代のモテ男が自分の秘書。それもごく普通の女にフラれる姿を見てみたいといった思いに駆られないと言えば嘘になるが、今は静かに見守る時だとすればそうするつもりでいた。
「・・なるほどな。ま、お前のお手並み拝見といこう。何しろお前から女に言い寄ったことはなかったんだ。せいぜい嘘がバレねぇようにしろよ?」

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とあきらは、司に向かって半信半疑な思いで訊いた。
「ああ。そういうことだ」
と、答えた男はキャビネットから取り出したウィスキーを二つのグラスに注ぎ、ひとつをソファに座るあきらに手渡し向かいの一人掛けのソファに腰を下ろした。
受け取ったあきらは礼を言うと煙草をクリスタルの灰皿で揉み消し、グラスを口へ運び香りを確かめ、それからゆっくりと喉の奥へと流し込んだ。
「いや、そう言うことだって可笑し過ぎるだろ?道明寺司ともあろう男が女に迷惑してるから予防線を張るために恋人が必要だってことで牧野つくしを恋人にしたってことだろ?・・それで彼女は、牧野つくしは納得したってことか?いや、やっぱどう考えてもそれは可笑しいだろ?まったくお前にしてもそうだが牧野つくしもいい年した大人が二人揃っておままごとをしているってどうだよ?」
あきらの言葉は確かにそのとおりだ。
ままごと遊びという幼女が好む遊びが楽しい訳がない。だが“ごっご遊び”を例えにするほど幼稚な嘘をつかなければ、牧野つくしの気を引く事ができないならそれも仕方がないが、今まで司が女に付き纏われ迷惑をかけられたことなどあるはずもなく、ましてや予防線を張る必要などどこにもなかった。だからそんな話は笑い飛ばしてしまうようなことで、あきらが呆れたようなセリフを吐くのも当然だ。
だが司自身でさえ策略を巡らすではないが、何故かそんな羽目になりムッとした表情を浮かべ答えた。
「・・仕方ねぇだろ?何しろ俺に遠ざけたい女がいるはずだと言い出したのは向うで僭越ながらお力になりますとまで言われたんだ。それならその思いに乗って何が悪い?相手の好意を無駄にすることなんて出来るか?」
あきらは目の前の男がウィスキーを味わうというよりも、喉の渇きを潤すだけのように流し込む様子を見ていたが、司という男は、相手の好意も何も女の言い分など無視をするような男であり、今のこの変わり様が可笑しく、理屈であるようで理屈ではない言い分に笑いを噛み殺していた。
そしてそんな男を振り回すことが出来る女に称賛の拍手を送りたい思いでいた。
「まあな・・せっかく相手がそう言ってくれるならそれを利用して親しくなるってのもひとつの手だが、それにしてもお前のどこを見て女に迷惑行為をされてると思ったのかそれが不思議だがな」
あきらは多くの財界関係者が出席したクリスマスのチャリティーパーティーには参加しなかった。だが事の顛末は静かな噂となり彼の耳にも届いていた。
それは、道明寺HDの副社長が女性をエスコートして現れたかと思えば、菱信興産の専務である新堂巧に、彼女は秘書だが二人の関係はそれ以上だと言ったらしいということだ。
だがなぜ“らしい”といった言葉になるのか。
それは男二人の会話がよく聞き取れなかったことで断定は出来なかったという理由だが、それは詭弁だ。
あの時、二人の男の間に流れる空気に近寄りがたいものがあり、すぐ傍にいた人間はほんの僅か。そんな人間たちの口伝えだから断定は出来ないということだが、あの場にいた人間ならそれが“らしい”ではないことは分かっている。
だが仮にだが、もし真実とは違う話をして、後で何か起こることだけは避けたい思いがある。
何しろ相手は道明寺司だ。下手なことを言うよりも、様子を見るだけの方がいいに決まっている。つまり彼らも自分の身は可愛い。それにもし司の意に沿わない方向に話が進めば、そんな話をした人間は彼の逆鱗に触れてしまうのではないか。だから断定はせず推測という形で物を言い保身をはかることをしていた。
それに滅多にパーティーに現れることがない男ではあるが、かなりの影響力といったものがある。そして司の発言というものは、どんな発言でもその場にいる全ての人間の気持ちをなびかせることが出来る。
それは高校時代もそうだったが、男は学園で起こる全ての物事の中心的存在として君臨しており、司のひと言で周りにいる人間たちはみな取り巻きと化し、逆らう者は排除されていた。
だからそんな男に歯向かう人間などいなかった。
そして上流階級と言われる男と女の間には、真実がなんであるのか分からないほどの数限りない嘘といったものが存在するから迂闊な言葉を口にすることはしない。
特に彼らの住む世界では、結婚していようが、恋人同士だろうが関係ない。道を外れた付き合いをしていたとしても誰かが文句を言うわけでもない。それに、体裁が整っていればいいという仮面夫婦は山のようにいる。
そんなことから男女の関係などいつの間にかくっついては、別れているといったことも多くある。だから道明寺司の恋愛もまた以前と同じすぐに終わると踏んでいる。何しろNY時代の司の女に対しての扱いは知られており、長続きするとは思えないからだ。
それに言っては悪いが、連れていた女性の素性は知らないが、どこかのお嬢様が社会勉強として道明寺HD副社長の秘書が務められるほどその業務が甘くないことは誰もが知ることであり、それなら西田秘書が鍛え上げた生え抜きということになり、気まぐれに付き合ったとしても、彼らの世界から見れば秘書は所詮会社の駒のひとつであり、決して結婚まで行く相手とは見ていない。だから誰も大騒ぎすることがないということだ。
つまり司のこの恋は本気だとは思われてはいないことになる。
だが司にとっては本気の恋だが、周りが騒がないことが逆に都合がいい。
それに牧野つくしが考えているような追い払いたい相手などいないのだから、司が作り上げた迷惑な女はどこでも簡単に出現させることが出来るし簡単に消し去ることも出来るということになり、ある意味そんな目に見えない女の存在は都合がいいということになる。
そしてその女はNY時代から司に付き纏い、迷惑している女だといった話を伝えれば、仕事に忠実な女は分かりましたと頷いた。
「それで?これからどうするんだ?牧野つくしのことは?お前ら恋人同士になったってことだろ?」
「ああ。表面上はな」
「そうだような。表面上ってことだよな。つまり表面上ってことは、牧野つくしがどんなセックスが好きだとか、好きじゃないとかまだ分かんねぇってことか?」
「・・・あきら」
司はあきらの言葉にジロリと彼を睨んだ。
それは目が鋭い男のひと睨みだが、ビジネスに徹した時に見せる目とは違い図に乗るんじゃねぇぞと言いたげな目だ。
「冗談だって、冗談。今のは完全な俺の失言だ。まあ表面上だとしてもいいじゃねぇか。そこから本物の感情ってのを呼び起こせばいいんだからな。・・それよりも新堂巧から牧野つくしに対するちょっかいってのは無くなったのか?」
「ああ。あれからメールが来ることは無くなったらしい」
あれほど毎日のように届いていた巧からのメールは、ピタリと止んだ。
その理由は、司が牧野つくしとは秘書以上の関係であることを知ったためだと理解している。だがメールが来なくなったからといって安心はできない。だから司が日本を離れている今も彼女の護衛はつけている。
「そうか。良かったな。これでライバルは消えたってことで、お前もこれから先は牧野つくしだけに気を回せばいいってことだな?」
あきらの言う通り新堂巧というライバルがいなくなった今、司は自分が作り出した迷惑な女を追い払うための作戦と名打って渡米前、彼女と食事に出かけたが、司が女と食事をすることを楽しみにするなど過去になかったことであり、例えそれが本物の恋人同士のデートでなくとも期待するものは大きかった。
それは彼女の誕生日の前日、レストランでの食事だ。
本当なら誕生日当日がよかったのだが、その日はすでにNY入りする予定があり、前日となった。
そして、テーブルを挟んで交わされた会話は純粋に世間話であり、司としても節度のある話をしたと思っていた。それは料亭での食事とも、ペントハウスでの食事とも違い、女に躊躇いが感じられながらも仕事だということになれば警戒心は無かった。
そんな女に司は恋人の役割を演じるなら今までとは違い親しくする必要があると話をした。
そしてその時、メインディッシュである鴨肉を切り分けていた女はナイフとフォークを置き、すっと居ずまいを正して口を開いた。
『・・あの』
『なんだ?』
『先日のパーティーで副社長と私は恋人同士になった・・・と、言いますか、勿論偽物の恋人関係だと理解していますが、すみません・・私がなかなか新堂さんに返事が出来なかったばかり副社長にご心配を頂いた結果がこんなことになってしまって・・』
新堂巧にはっきりとした態度を取らなかったため、司に迷惑をかけたことを申し訳なく思っていた女は、彼が自身の周りにいる迷惑な女を避けたいのなら恋人として盾になると言った。それは、ギブアンドテイクのような関係であり、持ちつ持たれつといった言葉が妥当だと考えているようだった。
『でも私は虚言癖とか誇大妄想を抱くことはありませんので、ご心配なさらないで下さい。
つまり勘違いはしないということです。ですから副社長が本当に大切にしたい方が現れたら私のことは捨てたと言って頂いてかまいませんから』
と言葉を継いだ。
そして再びナイフとフォークを手にし、鴨肉を口に入れ、美味そうに笑っていた。
だが司は勘違いして欲しいのだ。
だから新堂巧の前でわざわざ宣言をしたのだが、仕事が第一と考える女は、例え自分が男に捨てられた女になったとしても気にしないと言う。
「それで?司。お前が迷惑を被ってる女はどんな女だか話したのか?」
「ああ。図々しくどこにでも押しかけてくる女ってことにしてる」
「けど、お前、そんな女なんて実際にはいない訳だろ?それこそ嘘がバレねぇようにしろよ?もし騙してたことが知られたらお前はどうなる?何しろ牧野つくしは秘書の仕事だと思ってお前の恋人役を引き受けたって言うか、名乗りを上げたって訳だろ?それが実際にはそんな女はいないって知られたら彼女はどうするんだ?それに女ってのは男の嘘を許す女とそうじゃねぇ女がいるからな。それに一般的に言って女は信頼って言葉が好きだ。信頼出来ない男は嫌われるからな。
ま、可愛い嘘程度ならいいが、お前の場合はどっちだ?」
信頼という言葉はビジネスに於いても一番重要視される言葉であり、人間関係を築き上げていく上でも一番重要だ。だがその信頼を裏切ることをすれば、どんなに関係が深い相手だったとしてもその関係は簡単に破綻してしまう。
そしてその信頼を取り戻すための努力というものは、長い年月をかけることになる。
「あきら。お前が言わなきゃバレねぇだろ?それに言っとくが俺はマジだ。もし嘘がバレたとしてもその頃には笑い話で済ませてるはずだ」
恋におちたのは初めてだったとしても、司のような男が女を恋におとせないはずがないとあきらは思っている。だから親友の言葉に頷くことが出来るが、それでも万が一嘘がバレた時のことを考えなければならないはずだが、それは司のような男にしてみれば不得意なはずだ。
そうだ。
いつもクールな態度を貫いていた男が恋におち、嘘が相手にバレた時どうなるのか。
あきらはその時の男の様子を見てみたい思いもある。希代のモテ男が自分の秘書。それもごく普通の女にフラれる姿を見てみたいといった思いに駆られないと言えば嘘になるが、今は静かに見守る時だとすればそうするつもりでいた。
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司*****E様
おはようございます^^
あきらにも理解不能なつくしの行動(笑)
恋に鈍感というよりも、恋自体に興味がないのでしょうかねぇ(笑)
いえ。そんなことはないと思います。働く女。時にそういった心境に陥ることもあると思います。
きっとそうです。只今冬眠中なのではないでしょうか。
それにしても司は前途多難ですねぇ(笑)
そして、ままごと遊びをする男を笑うあきら。それでも親友の恋の行方を心配はしていると思います。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
あきらにも理解不能なつくしの行動(笑)
恋に鈍感というよりも、恋自体に興味がないのでしょうかねぇ(笑)
いえ。そんなことはないと思います。働く女。時にそういった心境に陥ることもあると思います。
きっとそうです。只今冬眠中なのではないでしょうか。
それにしても司は前途多難ですねぇ(笑)
そして、ままごと遊びをする男を笑うあきら。それでも親友の恋の行方を心配はしていると思います。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.10 22:16 | 編集

さ***ん様
「私、勘違いしませんから」そして一方で勘違いして欲しい男。
そんな男のはじめての「ごっこ遊び」上手く出来るのか。
そして嘘がばれないようにしなければなりません。
新潟の造り酒屋の息子、西田の母親はすでに亡くなっているのに、生きていることになっていますしねぇ( *´艸`)
より良い人間関係の構築のためには、信頼関係が大切。
二人に信頼関係は生まれるのでしょうか?
自信満々の男のふられる姿が見てみたいですか?
司次第ですねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
「私、勘違いしませんから」そして一方で勘違いして欲しい男。
そんな男のはじめての「ごっこ遊び」上手く出来るのか。
そして嘘がばれないようにしなければなりません。
新潟の造り酒屋の息子、西田の母親はすでに亡くなっているのに、生きていることになっていますしねぇ( *´艸`)
より良い人間関係の構築のためには、信頼関係が大切。
二人に信頼関係は生まれるのでしょうか?
自信満々の男のふられる姿が見てみたいですか?
司次第ですねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.10 22:26 | 編集

と*****ン様
そうなんです。
西田の母親についての嘘もあり、嘘を重ねて行くことになると、バレた時どうなるのか・・・。
坊ちゃん、大丈夫でしょうか?
うまくうやってもらうしかありません‼
コメント有難うございました^^
そうなんです。
西田の母親についての嘘もあり、嘘を重ねて行くことになると、バレた時どうなるのか・・・。
坊ちゃん、大丈夫でしょうか?
うまくうやってもらうしかありません‼
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.10 22:33 | 編集
