道明寺司の恋人は彼の秘書?
社会的地位のある男たちの会話は多くの人間に影響を与えるが、そんな男たちが交わしているのは、ひとりの女性の話だ。そしてその女性が道明寺司の秘書であり、彼自身がその関係を秘書以上と言ったのだ。その言葉の意味をここにいる大勢の人間は否定的に考えるのか。それとも肯定的に受け止めるのか。
だが彼らの中に自分の考えを司に面と向かって言う人間はいないはずだが、パーティー会場にいる二千人余りの人間の耳に司の恋人が秘書だということが行き渡るまでさして時間はかからないはずだ。
どちらにしても、ここにいる人間たちが道明寺HD副社長と菱信興産専務との会話に聞き耳を立てていることは間違いない。
『私と牧野つくしは上司と秘書以上の関係です。ですからこれ以上彼女に思いを寄せるのはお止め頂きたい』
司がああ言わなければ、新堂巧はいつまでも諦めないはずだ。
そして司は自分の身体に引き寄せたつくしの顔を見てはいなかった。
しかし引き寄せた身体の熱を手のひらに感じられたのと同時に、彼女が驚いた表情を浮かべているのは分かる。それはまさにギョッとした顔のはずだ。
そしてそんな顏をした女を傍に寄せた司は新堂巧の態度を見ていたが、それは高貴な動物が首をすくっと立てた姿とはまた別の、危険極まりない蛇が鎌首をもたげ威圧的な態度で相手を威嚇するといった状態だ。
「ははっ・・道明寺さん。いきなり大胆なことをおっしゃいますね?」
と巧は笑う。
「あなたのことをプレーボーイの重役とは言いませんが、女性に対してはシニカルな方だ。
それにあなたは公私混同する方ではない。ましてや自分の秘書に手を出す・・もしくは、気に入った女がいるからといって秘書にして自分の傍に置くような人ではないはずだ。それが突然牧野さんと秘書以上の関係と言われても信じられませんね」
新堂巧は司の言葉を全く気にしている様子はない。
ましてや自分が侮辱されているとも思いもしない。
むしろ今の状況を楽しんでいるといった口ぶりだ。
「私は以前あなたにお伺したことがあります。牧野さんはあなたの愛人ではありませんよねと。あの時の道明寺さんは否定も肯定もしなかった。そうです、何も言わなかった」
巧は愛人という言葉に一瞬表情を変えたつくしに申し訳なさそうな顔をした。だがその表情はすぐに笑みを含んだものに変わった。
「・・ですが、今ではあなたが私と牧野さんと付き合うことに反対されていることは分かります。何しろあなたも牧野さんが好きなんですからそれは仕方がありません。でもだからと言って嘘は良くないと思いますよ。それとも牧野さんから私とは付き合えないから断って欲しいと頼まれましたか?」
と、ますます巧は笑ったが、そんな表情から巧という男が牧野つくしの全てを知り尽くしているといった自信が流れ出し、関心の強さが異様なほど彼女に向けられている事に司は異議を唱えるように口を開いた。
「新堂さん。あなたは私と彼女の関係を嘘だとおっしゃいますが、何を根拠にその言葉をおっしゃるのでしょう?」
司の手は女の腰に回されたままだが、女はその手から離れようとしていたがそれもそのはずだ。何しろいきなり身体を引き寄せられ、大勢の人間のいる前で上司と秘書以上の関係だと公言されてしまったのだ。だが司の手は女が自分から離れることを許さなかった。それどころか腰に回した手に力を込めた。
「ええ。あります。どう考えても違うはずだ。それに今の牧野さんを見れば分かります。何か言いたそうですが、あなたと私に気を遣っているのが分かります」
巧はそう言って司が引き寄せているつくしと目を合わせ彼女に向かって言った。
「牧野さん?そうですよね?あなたが突然このパーティーに連れてこられたのは、私にあなたのことを諦めさせるためであり、あなた達ふたりは付き合ってはいないはずだ。ですが、付き合っていないにも関わらず、私がこのパーティーに現れることを知っている上で、道明寺副社長の恋人としてここにこうして来たことがあなたの本意なら仕方がありません。しかしもしそうだとしても、私はあなたの口からはっきりそうだと訊かない限りは、あなたの意志で道明寺副社長と付き合っているとは認めません」
巧は司の言い分など全く気にしてないとさらりと言い、そこからは少し慎重に話し始めた。
「牧野さん。私はあなたが道明寺副社長とお付き合いをされているとはとても思えないんですよ。あなたは真面目な方で現実を見つめた生き方をしている。浮ついた生き方は嫌いな人だ。そんな人が道明寺さんのような方とお付き合いをされるとは思えません」
司は巧の饒舌を黙って聞いていた。
何故なら司は牧野つくしの気持ちを知っている以上、巧の負けは確定しており、余裕ではないが巧の言葉を黙って聞くことが出来た。
そしてそんな司に巧は躊躇なく言葉を継いだが、そこにはビジネスシーンに於ける言葉の応酬を理解している人間なら誰もが読める空気の流れがあった。
それは負けると分かった人間の無駄吠え。今の巧はまさにそんな状態であり負け犬の遠吠えと言われるものだ。そんな新堂巧はつくしから目を離さなかった。まさに食い入るように見つめていたが、そこから隣に立つ司の顔へと視線をずらした。
「道明寺さん。私を口先だけで納得させようと思われても、そうはいきません。牧野さんの口からはっきりとした言葉を聞かなければね」
それは押さえ込むように言った言葉。
そして巧はつくしが口を開くのを待った。
つくしは突然のことに自分自身に何が起こったのか慌てていた。
新堂巧からの告白もそうだが、副社長である道明寺司の行動にいったい何が起きたのか分からなかった。
いきなり引き寄せられていた女は、普段は履かない高さのハイヒールによろめき、捻挫をしないように気を遣う方が先に立ち、抗議しようと口を開く前に新堂巧が口を開き男二人の会話が始まっていた。
そして至極当然のように腰に回された手の指先に力が込められ、逃れようとしたが出来ずそのまま話を聞く以外なかった。
しかしその反面、今が巧に自分の気持ちを伝えるチャンスでありどんな言葉で伝えようかと考えていた。
人間の性格は3つの気質に分類されるという。
それは思索型、活動型、努力型だがつくしは元々努力型の人間だ。そんな女は行動こそ起こさないが、心に決めたことは頑固に守る性格だ。
そして相手を思いやる気持ちも大きい。だからこそ相手を傷つけることはしたくない。
だからこの場で迂闊な発言をすれば、新堂巧の気持ちを傷つけることになるのではないかといった思いも持っている。それにここにいる大勢の人間が聞き耳を立てていることは分かっている。
もしつくしが副社長の発言にそうですと同意すれば、それで新堂巧からのアプローチが終る。
しかしそれは、つくしが副社長の恋人だという印象を大勢の人間に与えることでもある。
いやもうすでに印象のレベルを超え間違った事実をこのパーティーの参加者に与えているはずだ。
だが副社長の言葉はまるっきり嘘なのだから否定してもいいのだが、副社長の言葉を否定すれば、副社長を嘘つき呼ばわりすることになる。
だがつくしは思った。
つくしは新堂巧と付き合う気はないと副社長に言ったが、未だに断り切れていないと知った副社長がそのきっかけを与えようとしてくれたのだと。
そしてこれは秘書として何か求められていることがあるのではないだろうか。
副社長のこの態度は茶番劇であり、何か大きな理由があり共演者を求めているのではないかと思った。
そしてつくしが出した結論は、副社長は自分の周りに女性が近づくことを阻止するために、かりそめの恋人が必要になったのではないかということだ。そうだ。きっとそうだ。そうに決まっている。
原田久美子も新堂巧も副社長である男が、つくしのことを好きだと言ったが、そんなことはあるはずがない。
つくしは頭の中でそういう考えが生まれた根拠を理解しているつもりだ。
それはつくし自身、自分が魅力的な女だとは考えていないからだ。顔もスタイルもごく普通。
勉強だけは良く出来たが、恋愛は上手く行かずに終わっている女だ。
そんな女は、一流企業と呼ばれる道明寺HDの中でキャリアを積み賢明に仕事をしてきた。
だから勘違いをするべきではない。そして求められているのが、共演者ならその役を演じてみるのもいいかもしれないと思い始めていた。
そう思った途端、つくしの気持ちは楽になった。
そして楽になった気持ちの上で、役になりきるのも悪くはないはずだと思っていた。
だから静まり返ったこの場所で巧に自分の気持ちを伝えることに決めた。
「・・あの新堂さん申し訳ございません。私はあなたとは_」
と言いかけたところで、つくしの言葉はまたもや司に遮られた。
「新堂専務。あなたは相当自分に自信がおありのようですね?」
つくしの言葉を遮った司は喉の奥で笑った。
だが目は笑ってはいない。
むしろ鋭い光りを湛え新堂巧を見ていたが、そんな男に巧は少し間を置き言った。
「道明寺さん。男は誰でも自分に自信を持って生きているはずです。それは仕事に対してもですが、人生に対してもそのはずです。それに好きな人が現れ、その人を幸せにしたいと思えば、自分自身に責任と自信を持たなければならないと思います。それに私は牧野さんとの出会いは運命の出会いだと感じたんです。だから牧野さんに対し自信のない自分の姿を見せたいとは思いません」
新堂巧は、初めから直球な男だった。
そんな彼の言葉に迷いはなく自分の全てを相手に与えたいという思いが溢れている。
「そうですか。ですがあなたがいくら自分に自信があったとしても、彼女はあなたに対しての思いはないようです。何しろ私と付き合っているのですから、そういった思いを持つと私の方が困りますからね?」
そんな司の言葉にそれでも巧は諦めることを知らないというのか、粘り強さからか食い下がった。
「道明寺さん。あなたの思いはよく分かりました。ですが私は牧野さんの口から彼女の思いを聞きたいのです」
どうしても牧野つくしの口から彼女自身の気持ちを聞きたいと思う男は、つくしの目をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「牧野さん?道明寺副社長とあなたの関係は本当に彼が言う通りのご関係ですか?」
つくしは面と向かって訊ねられているこの状況を、これ以上複雑なものにしないためにも副社長の言葉に頷く方が賢明だと考えた。
そしてやむを得ないという訳ではないが、自分の本心は別にして新堂巧の問いかけに応えていた。
「・・はい。もっと早くお返事をすべきだったんですが、今日までかかってしまい申し訳ございません」
つくしは新堂巧には申し訳ないと思いつつも、今この状況に言葉を選び間違えることもなかったはずで、それ以上話すこともなかった。
そんなつくしに対し巧の顔には意味ありげな笑みが浮かんだように思えたが、向けられた眼差しはあくまでも優しかった。
「新堂専務。もうよろしいでしょう?答えはひとつですから。牧野。行くぞ」
司はつくしの肘をとって歩き出したが、そこに張りつめていた空気を感じ、ひとりで笑った。
そしてパーティー会場を出るまで注目の的になることは当たり前だが別に構わなかった。
だが無言の圧力といったものが働くのが上流と言われる社会だ。誰も司に話しかけてくることも無く、新堂巧が視界から消えたことに、せいせいした思いでいた。
そして牧野つくしに自分との関係を強く否定されると思っていたが、彼女はしなかった。
ということは、司の思いが伝わったということなのか?
それから数分かかって会場を後にすると司は車の前でつくしの腕を離したが、彼女は深々と彼に頭を下げた。
「あの、副社長。ありがとうございました。私が新堂さんにはっきりと断れないためお力を貸して頂いたということですよね?本当にありがとうございました」
司はため息をつきたくなっていた。
どんな女も司にあそこまで言われれば、飛び上がるほど驚き喜ぶはずだが、彼女はそうではない。むしろ妙なほど落ち着き礼を言うほどだ。それは恋に鈍感ということか。
それとも何でも前向きに考え、全ては仕事のためといった考え方が出来る女には、あの程度のことは驚くことではないということか?
「・・あの副社長・・僭越ですが私でよければお力になりますが?」
司はつくしの問いかけに思わず苛立ちそうな声を押し殺した。
いったいこの女は何の力になるというのか?
「俺の力?」
「はい。副社長は女性問題で何かお困りではないですか?誰か遠ざけたい女性がいらっしゃるということではないですか?ですから私のことを秘書以上の関係だと言って予防線を張ったということですよね?もしそうなら私がその・・予防線の役割をします。秘書の仕事は上司のニーズに応えることですから」
司は思いもしなかった言葉に何か言おうとして再び口を開いたが結局閉じた。
その瞬間しんとした空気が感じられ、今夜の新堂巧との会話の結果が何故こうなるのか理解に苦しんだ。
そしてどうやら司の秘書は、自分の仕事に誇りを持っているのは分かるが、彼と交わす会話のすべてを仕事へと変換してしまうようだ。
だが彼女がそのつもりならそうしてもらおう。
そこから二人の関係が進展するならそれでいい。
「・・ああ。そうだ迷惑している女がいる。その女を遠ざけたい。だからお前はたった今から俺の恋人だ」

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だが彼らの中に自分の考えを司に面と向かって言う人間はいないはずだが、パーティー会場にいる二千人余りの人間の耳に司の恋人が秘書だということが行き渡るまでさして時間はかからないはずだ。
どちらにしても、ここにいる人間たちが道明寺HD副社長と菱信興産専務との会話に聞き耳を立てていることは間違いない。
『私と牧野つくしは上司と秘書以上の関係です。ですからこれ以上彼女に思いを寄せるのはお止め頂きたい』
司がああ言わなければ、新堂巧はいつまでも諦めないはずだ。
そして司は自分の身体に引き寄せたつくしの顔を見てはいなかった。
しかし引き寄せた身体の熱を手のひらに感じられたのと同時に、彼女が驚いた表情を浮かべているのは分かる。それはまさにギョッとした顔のはずだ。
そしてそんな顏をした女を傍に寄せた司は新堂巧の態度を見ていたが、それは高貴な動物が首をすくっと立てた姿とはまた別の、危険極まりない蛇が鎌首をもたげ威圧的な態度で相手を威嚇するといった状態だ。
「ははっ・・道明寺さん。いきなり大胆なことをおっしゃいますね?」
と巧は笑う。
「あなたのことをプレーボーイの重役とは言いませんが、女性に対してはシニカルな方だ。
それにあなたは公私混同する方ではない。ましてや自分の秘書に手を出す・・もしくは、気に入った女がいるからといって秘書にして自分の傍に置くような人ではないはずだ。それが突然牧野さんと秘書以上の関係と言われても信じられませんね」
新堂巧は司の言葉を全く気にしている様子はない。
ましてや自分が侮辱されているとも思いもしない。
むしろ今の状況を楽しんでいるといった口ぶりだ。
「私は以前あなたにお伺したことがあります。牧野さんはあなたの愛人ではありませんよねと。あの時の道明寺さんは否定も肯定もしなかった。そうです、何も言わなかった」
巧は愛人という言葉に一瞬表情を変えたつくしに申し訳なさそうな顔をした。だがその表情はすぐに笑みを含んだものに変わった。
「・・ですが、今ではあなたが私と牧野さんと付き合うことに反対されていることは分かります。何しろあなたも牧野さんが好きなんですからそれは仕方がありません。でもだからと言って嘘は良くないと思いますよ。それとも牧野さんから私とは付き合えないから断って欲しいと頼まれましたか?」
と、ますます巧は笑ったが、そんな表情から巧という男が牧野つくしの全てを知り尽くしているといった自信が流れ出し、関心の強さが異様なほど彼女に向けられている事に司は異議を唱えるように口を開いた。
「新堂さん。あなたは私と彼女の関係を嘘だとおっしゃいますが、何を根拠にその言葉をおっしゃるのでしょう?」
司の手は女の腰に回されたままだが、女はその手から離れようとしていたがそれもそのはずだ。何しろいきなり身体を引き寄せられ、大勢の人間のいる前で上司と秘書以上の関係だと公言されてしまったのだ。だが司の手は女が自分から離れることを許さなかった。それどころか腰に回した手に力を込めた。
「ええ。あります。どう考えても違うはずだ。それに今の牧野さんを見れば分かります。何か言いたそうですが、あなたと私に気を遣っているのが分かります」
巧はそう言って司が引き寄せているつくしと目を合わせ彼女に向かって言った。
「牧野さん?そうですよね?あなたが突然このパーティーに連れてこられたのは、私にあなたのことを諦めさせるためであり、あなた達ふたりは付き合ってはいないはずだ。ですが、付き合っていないにも関わらず、私がこのパーティーに現れることを知っている上で、道明寺副社長の恋人としてここにこうして来たことがあなたの本意なら仕方がありません。しかしもしそうだとしても、私はあなたの口からはっきりそうだと訊かない限りは、あなたの意志で道明寺副社長と付き合っているとは認めません」
巧は司の言い分など全く気にしてないとさらりと言い、そこからは少し慎重に話し始めた。
「牧野さん。私はあなたが道明寺副社長とお付き合いをされているとはとても思えないんですよ。あなたは真面目な方で現実を見つめた生き方をしている。浮ついた生き方は嫌いな人だ。そんな人が道明寺さんのような方とお付き合いをされるとは思えません」
司は巧の饒舌を黙って聞いていた。
何故なら司は牧野つくしの気持ちを知っている以上、巧の負けは確定しており、余裕ではないが巧の言葉を黙って聞くことが出来た。
そしてそんな司に巧は躊躇なく言葉を継いだが、そこにはビジネスシーンに於ける言葉の応酬を理解している人間なら誰もが読める空気の流れがあった。
それは負けると分かった人間の無駄吠え。今の巧はまさにそんな状態であり負け犬の遠吠えと言われるものだ。そんな新堂巧はつくしから目を離さなかった。まさに食い入るように見つめていたが、そこから隣に立つ司の顔へと視線をずらした。
「道明寺さん。私を口先だけで納得させようと思われても、そうはいきません。牧野さんの口からはっきりとした言葉を聞かなければね」
それは押さえ込むように言った言葉。
そして巧はつくしが口を開くのを待った。
つくしは突然のことに自分自身に何が起こったのか慌てていた。
新堂巧からの告白もそうだが、副社長である道明寺司の行動にいったい何が起きたのか分からなかった。
いきなり引き寄せられていた女は、普段は履かない高さのハイヒールによろめき、捻挫をしないように気を遣う方が先に立ち、抗議しようと口を開く前に新堂巧が口を開き男二人の会話が始まっていた。
そして至極当然のように腰に回された手の指先に力が込められ、逃れようとしたが出来ずそのまま話を聞く以外なかった。
しかしその反面、今が巧に自分の気持ちを伝えるチャンスでありどんな言葉で伝えようかと考えていた。
人間の性格は3つの気質に分類されるという。
それは思索型、活動型、努力型だがつくしは元々努力型の人間だ。そんな女は行動こそ起こさないが、心に決めたことは頑固に守る性格だ。
そして相手を思いやる気持ちも大きい。だからこそ相手を傷つけることはしたくない。
だからこの場で迂闊な発言をすれば、新堂巧の気持ちを傷つけることになるのではないかといった思いも持っている。それにここにいる大勢の人間が聞き耳を立てていることは分かっている。
もしつくしが副社長の発言にそうですと同意すれば、それで新堂巧からのアプローチが終る。
しかしそれは、つくしが副社長の恋人だという印象を大勢の人間に与えることでもある。
いやもうすでに印象のレベルを超え間違った事実をこのパーティーの参加者に与えているはずだ。
だが副社長の言葉はまるっきり嘘なのだから否定してもいいのだが、副社長の言葉を否定すれば、副社長を嘘つき呼ばわりすることになる。
だがつくしは思った。
つくしは新堂巧と付き合う気はないと副社長に言ったが、未だに断り切れていないと知った副社長がそのきっかけを与えようとしてくれたのだと。
そしてこれは秘書として何か求められていることがあるのではないだろうか。
副社長のこの態度は茶番劇であり、何か大きな理由があり共演者を求めているのではないかと思った。
そしてつくしが出した結論は、副社長は自分の周りに女性が近づくことを阻止するために、かりそめの恋人が必要になったのではないかということだ。そうだ。きっとそうだ。そうに決まっている。
原田久美子も新堂巧も副社長である男が、つくしのことを好きだと言ったが、そんなことはあるはずがない。
つくしは頭の中でそういう考えが生まれた根拠を理解しているつもりだ。
それはつくし自身、自分が魅力的な女だとは考えていないからだ。顔もスタイルもごく普通。
勉強だけは良く出来たが、恋愛は上手く行かずに終わっている女だ。
そんな女は、一流企業と呼ばれる道明寺HDの中でキャリアを積み賢明に仕事をしてきた。
だから勘違いをするべきではない。そして求められているのが、共演者ならその役を演じてみるのもいいかもしれないと思い始めていた。
そう思った途端、つくしの気持ちは楽になった。
そして楽になった気持ちの上で、役になりきるのも悪くはないはずだと思っていた。
だから静まり返ったこの場所で巧に自分の気持ちを伝えることに決めた。
「・・あの新堂さん申し訳ございません。私はあなたとは_」
と言いかけたところで、つくしの言葉はまたもや司に遮られた。
「新堂専務。あなたは相当自分に自信がおありのようですね?」
つくしの言葉を遮った司は喉の奥で笑った。
だが目は笑ってはいない。
むしろ鋭い光りを湛え新堂巧を見ていたが、そんな男に巧は少し間を置き言った。
「道明寺さん。男は誰でも自分に自信を持って生きているはずです。それは仕事に対してもですが、人生に対してもそのはずです。それに好きな人が現れ、その人を幸せにしたいと思えば、自分自身に責任と自信を持たなければならないと思います。それに私は牧野さんとの出会いは運命の出会いだと感じたんです。だから牧野さんに対し自信のない自分の姿を見せたいとは思いません」
新堂巧は、初めから直球な男だった。
そんな彼の言葉に迷いはなく自分の全てを相手に与えたいという思いが溢れている。
「そうですか。ですがあなたがいくら自分に自信があったとしても、彼女はあなたに対しての思いはないようです。何しろ私と付き合っているのですから、そういった思いを持つと私の方が困りますからね?」
そんな司の言葉にそれでも巧は諦めることを知らないというのか、粘り強さからか食い下がった。
「道明寺さん。あなたの思いはよく分かりました。ですが私は牧野さんの口から彼女の思いを聞きたいのです」
どうしても牧野つくしの口から彼女自身の気持ちを聞きたいと思う男は、つくしの目をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「牧野さん?道明寺副社長とあなたの関係は本当に彼が言う通りのご関係ですか?」
つくしは面と向かって訊ねられているこの状況を、これ以上複雑なものにしないためにも副社長の言葉に頷く方が賢明だと考えた。
そしてやむを得ないという訳ではないが、自分の本心は別にして新堂巧の問いかけに応えていた。
「・・はい。もっと早くお返事をすべきだったんですが、今日までかかってしまい申し訳ございません」
つくしは新堂巧には申し訳ないと思いつつも、今この状況に言葉を選び間違えることもなかったはずで、それ以上話すこともなかった。
そんなつくしに対し巧の顔には意味ありげな笑みが浮かんだように思えたが、向けられた眼差しはあくまでも優しかった。
「新堂専務。もうよろしいでしょう?答えはひとつですから。牧野。行くぞ」
司はつくしの肘をとって歩き出したが、そこに張りつめていた空気を感じ、ひとりで笑った。
そしてパーティー会場を出るまで注目の的になることは当たり前だが別に構わなかった。
だが無言の圧力といったものが働くのが上流と言われる社会だ。誰も司に話しかけてくることも無く、新堂巧が視界から消えたことに、せいせいした思いでいた。
そして牧野つくしに自分との関係を強く否定されると思っていたが、彼女はしなかった。
ということは、司の思いが伝わったということなのか?
それから数分かかって会場を後にすると司は車の前でつくしの腕を離したが、彼女は深々と彼に頭を下げた。
「あの、副社長。ありがとうございました。私が新堂さんにはっきりと断れないためお力を貸して頂いたということですよね?本当にありがとうございました」
司はため息をつきたくなっていた。
どんな女も司にあそこまで言われれば、飛び上がるほど驚き喜ぶはずだが、彼女はそうではない。むしろ妙なほど落ち着き礼を言うほどだ。それは恋に鈍感ということか。
それとも何でも前向きに考え、全ては仕事のためといった考え方が出来る女には、あの程度のことは驚くことではないということか?
「・・あの副社長・・僭越ですが私でよければお力になりますが?」
司はつくしの問いかけに思わず苛立ちそうな声を押し殺した。
いったいこの女は何の力になるというのか?
「俺の力?」
「はい。副社長は女性問題で何かお困りではないですか?誰か遠ざけたい女性がいらっしゃるということではないですか?ですから私のことを秘書以上の関係だと言って予防線を張ったということですよね?もしそうなら私がその・・予防線の役割をします。秘書の仕事は上司のニーズに応えることですから」
司は思いもしなかった言葉に何か言おうとして再び口を開いたが結局閉じた。
その瞬間しんとした空気が感じられ、今夜の新堂巧との会話の結果が何故こうなるのか理解に苦しんだ。
そしてどうやら司の秘書は、自分の仕事に誇りを持っているのは分かるが、彼と交わす会話のすべてを仕事へと変換してしまうようだ。
だが彼女がそのつもりならそうしてもらおう。
そこから二人の関係が進展するならそれでいい。
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司*****E様
こちらこそ、本年もよろしくお願い致します(低頭)
新堂巧。本当によく喋りましたねぇ(笑)
饒舌さの中に焦りが感じられますね?(笑)
そしてそんな男はまだ諦めた訳ではない?え?(笑)ここで引き下がるのか。それとも・・・?
そうなんですよねぇ。ここで引き下がらないと二人の恋が進展しませんよね?
そしてつくしは、とんでもない方向へ勘違い。
かりそめの恋人・・「第一級恋愛罪」そうでしたね?書いた本人は忘れています(笑)
え?アカシアのお話を待っていた!いつも有難うございます!
リフレッシュ出来たのかと言えば、リフレッシュ出来たのですが、すっかりお話から離れていたので読み返しました(笑)
そして彼のドラマ。楽しみですね?アカシアも楽しみにしています^^
コメント有難うございました^^
こちらこそ、本年もよろしくお願い致します(低頭)
新堂巧。本当によく喋りましたねぇ(笑)
饒舌さの中に焦りが感じられますね?(笑)
そしてそんな男はまだ諦めた訳ではない?え?(笑)ここで引き下がるのか。それとも・・・?
そうなんですよねぇ。ここで引き下がらないと二人の恋が進展しませんよね?
そしてつくしは、とんでもない方向へ勘違い。
かりそめの恋人・・「第一級恋愛罪」そうでしたね?書いた本人は忘れています(笑)
え?アカシアのお話を待っていた!いつも有難うございます!
リフレッシュ出来たのかと言えば、リフレッシュ出来たのですが、すっかりお話から離れていたので読み返しました(笑)
そして彼のドラマ。楽しみですね?アカシアも楽しみにしています^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.09 21:55 | 編集

悠*様
こちらこそ今年もよろしくお願い致します。
そしてお待ちいただき、有難うございます。
拙宅の坊ちゃん。色々な彼がいますが、お楽しみ頂けて嬉しいです。
コメント有難うございました^^
こちらこそ今年もよろしくお願い致します。
そしてお待ちいただき、有難うございます。
拙宅の坊ちゃん。色々な彼がいますが、お楽しみ頂けて嬉しいです。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.09 22:03 | 編集

s**p様
お待たせいたしました。
それなのに、まだ恋におちてくれないつくし。
女避け作戦!(≧▽≦)
相手は手強い女ですがこれからどんな作戦に出るつもりなのでしょうねぇ(笑)
こちらこそ、今年もよろしくお願い致します。
拍手コメント有難うございました^^
お待たせいたしました。
それなのに、まだ恋におちてくれないつくし。
女避け作戦!(≧▽≦)
相手は手強い女ですがこれからどんな作戦に出るつもりなのでしょうねぇ(笑)
こちらこそ、今年もよろしくお願い致します。
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.09 22:12 | 編集

か**り様
巧さん。自分に自信がある男は、断わられるとは思っていない。
そうなんです。ある意味司と似てます。外見のいいお金持ちの男性の特徴なのでしょう(笑)
え?鯉の餌に?(笑)
世田谷の道明寺邸のお池には恐怖が潜む‼
あの坊ちゃん、次の餌を探しているとすれば巧でしょうか?(゚Д゚)ノ
そして、つくし本領発揮で大きな勘違い(笑)
さて、司。頭を抱えたくなるかもしれませんが、頑張ってもらいましょう(笑)
こちらこそ、今年もよろしくお願い致します。
コメント有難うございました^^
巧さん。自分に自信がある男は、断わられるとは思っていない。
そうなんです。ある意味司と似てます。外見のいいお金持ちの男性の特徴なのでしょう(笑)
え?鯉の餌に?(笑)
世田谷の道明寺邸のお池には恐怖が潜む‼
あの坊ちゃん、次の餌を探しているとすれば巧でしょうか?(゚Д゚)ノ
そして、つくし本領発揮で大きな勘違い(笑)
さて、司。頭を抱えたくなるかもしれませんが、頑張ってもらいましょう(笑)
こちらこそ、今年もよろしくお願い致します。
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.09 22:21 | 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます

9日8時16分に拍手コメント下さったお方様
お待たせいたしました!^^
今年もよろしくお願いいたします。
お待たせいたしました!^^
今年もよろしくお願いいたします。
アカシア
2018.01.09 22:26 | 編集

と*****ン様
明けましておめでとうございます^^
お休みは中は、お話から離れていたので、読み返してきました(笑)
アカシアワールド(笑)こんなワールドですが、こちらこそ今年もよろしくお願い致します!
新展開(笑)ただし、司にとっては全く予想しない方へ向かいつつあるようです(笑)
『恋人編(仮)』←いいですねぇ(笑)つくしの中では『仮』なんですねぇ。
そして新堂さん。諦めるのか?それとも・・・?
モテる女つくし。早く恋におちてもらいたいものです(笑)
コメント有難うございました^^
明けましておめでとうございます^^
お休みは中は、お話から離れていたので、読み返してきました(笑)
アカシアワールド(笑)こんなワールドですが、こちらこそ今年もよろしくお願い致します!
新展開(笑)ただし、司にとっては全く予想しない方へ向かいつつあるようです(笑)
『恋人編(仮)』←いいですねぇ(笑)つくしの中では『仮』なんですねぇ。
そして新堂さん。諦めるのか?それとも・・・?
モテる女つくし。早く恋におちてもらいたいものです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.09 22:37 | 編集

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さ***ん様
明けましておめでとうございます^^
こちらこそ、今年もよろしくお願い致します^^
粘りの新堂。今回も本当によく粘りますね(笑)
そして二人ともよくもまあ喋る喋る!(≧▽≦)
何しろ新堂巧が饒舌ですので、司も負ける訳にはいきません。
そんな男に道明寺内閣総理大臣を思い出されましたか!(笑)
そしてつくしの凄すぎる思い込み。
そんな女は仕事に情熱を燃やしているのか、副社長の思いには全く気付かないようです。
今後の副社長の出方・・。頑張って頂きましょう!(笑)
コメント有難うございました^^
明けましておめでとうございます^^
こちらこそ、今年もよろしくお願い致します^^
粘りの新堂。今回も本当によく粘りますね(笑)
そして二人ともよくもまあ喋る喋る!(≧▽≦)
何しろ新堂巧が饒舌ですので、司も負ける訳にはいきません。
そんな男に道明寺内閣総理大臣を思い出されましたか!(笑)
そしてつくしの凄すぎる思い込み。
そんな女は仕事に情熱を燃やしているのか、副社長の思いには全く気付かないようです。
今後の副社長の出方・・。頑張って頂きましょう!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2018.01.09 23:33 | 編集
