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2017
12.28

恋におちる確率 35

副社長と秘書の関係というのは、どこまで親しくすることが許されるのか。
ペントハウスで一緒に朝食を取ってから二人の距離は確実に縮まったはずだが、それを言葉にすればどう言えばいいのか。大人の男が心を奪われた相手は、男に対しどこか鈍感なところがあるようだ。

手を怪我したとき、執務室に用意されたデスクは、あれからもずっとそこに置かれていた。
そしてそこに座った秘書に、わざわざ長身を屈め二人の距離を縮めることをする男は、必要以上の近さで秘書に聞いていた。

「牧野。ドイツの支社からの連絡はあったか?」

「はい。詳細は後ほどメールで送るとのことでした」

たった今交わされた会話は、買収したドイツの電子機器メーカーについての話だ。
買収したとは言え、社長の首を挿げ替えることはなく今も任せているが、ドイツ人の勤勉さは日本人に通じるところがあり、頑固な国民性と一度決めた約束は守り、時間を守るといったところも似ている。
そして性格的に細かいところがある国民性が、確かな技術を生み出す元になっていることは間違いない。そんな国民性を持つ国の企業を近いうちに訪問する予定があった。

「そうか。分かった」

司はそう言って彼女の傍から離れたが、わざわざ席を立ってまで聞くことではないはずだが、今度は西田を強力なウィルスに感染したと偽り休ませたのだから、このチャンスを生かすことを考えていた。だが、司が西田のことを考えた途端、彼女の口からその名前が出たことに疚しさを感じないとは言えなかった。

「西田室長。早くよくなるといいですね?」

「ああ。インフルエンザらしい。けどあいつのことだ。すぐにでも出社してくるはずだ」

何しろ偽りの病なのだから、間違いなく明日にでも出社するはずだ。
そして前回、いきなり母親の見舞いに行けと言って休ませたが、西田の母親は既に亡くなっており、そのことに対し酷く文句を言われたからだ。
そして次にこう言った。

『彼女は真面目な女性です。嘘が分かったとき、大変なことにならなければいいのですが』

今の司は気に入った女を遊びで落すことを目的としているのではない。
そして司は、恋を楽しんだことがない。
それは今まで恋をしたことがない男なのだから当然だが、今は違う。
いつの間にか二人の間に出来た雰囲気は、それまで司が感じたことがない、思いがけない突風が巻き起こした恋の嵐といったところだ。

そして今までの司は、ビジネスと女はきっちりと分けていた。だが今はビジネスを理由にしても、牧野つくしを自分のものにしたいと考えているが、その為にはある程度の策を弄することが必要なのだが、丁度いいチャンスが巡って来たことに感謝した。

それは、クリスマスパーティーという今までの司にとってはどうでもいい社交上の付き合い。NY時代から毎年数多くの招待状が届くが、パートナー同伴ということから参加したことはない。何故ならパートナーに選ばれた女が勘違いするからだ。

だが過去に仕方なく女を同伴したことがあったが、恰好のゴシップネタとしてタブロイド紙に取り上げられるといったこともあり、騒がれることに辟易した。
そして適齢期の娘を持つタヌキ親父たちからの招待にうんざりしていた頃があった。
そういった事もあり、適当に女と付き合いはしたが、長続きすることはなく、帰国すると同時に当時の女とも別れた。

そんな男が今年はクリスマスパーティーへ参加しようとしていた。
そしてパートナーとして同伴するのは勿論牧野つくし。
業務命令として参加を命令すれば、絶対に断ることは出来ないと知っている。何しろ彼女は真面目なのだから。

それにあの男を牽制する必要がある。
いくら本人が新堂巧と付き合うつもりはないと言っても、相手にそれを伝えなければ意味がない。だが既に伝えているようには思えなかった。
どちらにしても、あの男はそう簡単に諦めるような男には見えなかった。

司が他人に対し抱く第一印象というのは、外れたことがない。
新堂巧に対し感じたのは爽やかな男といった印象だが、それでもどこか気に入らない所があった。そうだ。何かが引っかかる男だった。だが相手も大企業の後継者だ。人に強いとまでは言わないが、何らかのインパクトを与えることがあるのは当たり前だ。そうでなければ、後継者としての影が薄いと言われてしまうからだ。

それに彼女が席を立ち執務室を出たとき、例によってメールを覗いたが、<菱信興産 新堂巧>からのメールはやはり届いていた。そしてその内容は、以前と同じような食事の誘い。
諦めないという言葉はビジネスに於いて重要な言葉だが、この場合は諦めて欲しい思いがある。そして先日のバーでのことを謝っているメールも届いていた。

それは、巧がウォッカの分量が多いスクリュードライバーに注意を怠ったため、彼女が酔う羽目になったことへの謝罪だ。そしてその返事は「気になさらないで下さい」といった内容だった。
業務提携先企業の専務からの誘いを無下に断れない女と誘いを諦めない男。
どちらの質が悪いのかと言われれば、諦めの悪い男の方だ。

司は執務デスクまで戻ると椅子に腰かけ脚を組んだ。
そしてきちんと積まれた書類のひとつを取り、書かれた数字をいくつか確認すると視線を書類から外し、彼女を見た。

「牧野。出席したいパーティーがある」

「・・パーティーですか?」

「ああ。クリスマスパーティーだ。いくつか招待状が届いていたが、そのひとつに参加する。お前はパートナーとして同伴してくれ」

司は、彼女がパソコンのキーボードを打つ手を止め、自分を見つめる目と唇とその口から返される言葉を待った。そして一瞬考えたがすんなりと出た言葉は秘書の仕事のひとつとして男の言葉を理解しているようだ。

「あの。どちらのパーティーでしょうか?」

つくしは、すぐに郵便物のデータをパソコンの画面上に呼び出した。
秘書である彼女は、司宛に届く全ての郵便物を開封する作業をしている。
そして業務として司宛に届いた郵便物は、どんな些細なものでも受信簿に記録している。
だから当然だが招待状といったものの管理も彼女の仕事であり、返事が必要となるものについては返信をしていた。だがつくしが秘書になってからパーティーに出席すると返事を出したことがない。どれも丁寧な断りの文言と共に欠席と書かれたものばかりだった。

「ああ。慈善団体が主催するパーティーだがそこに出席する」

名の知れた慈善団体が毎年主催するパーティー。
それは、すなわちチャリティーパーティー。
恵まれない子供たちへの支援活動といったものが目的になるが、招待状が送られているのは、大口の寄付を目的としていることもあり、日本を代表する大企業ばかりだ。

道明寺HDは多額の寄付を済ませているが司は参加する予定はなかった。
だが気が変わった。なぜならそのパーティーには新堂巧が来ることを知ったからだ。

日本を代表する大手総合化学メーカーである菱信興産の専務は誰かを同伴するとすれば、牧野つくしを同伴したいと思うはずだ。
そして事実、誘いのメールが届いていた。
だが彼女は賢明だ。新堂巧宛に出されたメールの中身は、丁寧な断りの文言が並んでいた。

「23日の夜ですね?」

「ああ。それだ」

いくらクリスマスのパーティーだからといって、クリスマスは家族や恋人と過ごしたいと考えるのが普通であり、イブの夜にこういった類のパーティーを開くことはない。
司は返事をしながら新堂巧の前で彼女と並んでいる姿を想像していた。

「あの・・副社長。私を同伴されるとおっしゃいましたが、本当に私でいいんでしょうか?」

戸惑いの表情を浮かべているが、仕事として考えている女は真剣な顔つきだ。

「ああ。俺の秘書だろ?それならそれは仕事だ」

司は牧野つくしの反応をさぐるように見た。
彼の言葉の半分は、上司が秘書に対していう言葉だが、それを差し引いた残り半分はそうではない。
そして司は彼女を自分の方へ振り向かせることに自信がある。
今はまだ自分の本心に向き合うことが出来ないとしても、新堂巧という男が彼女にとって恋の対象外だと知っているからには、自分だけに目を向けてもらうことをするまでだと分かっていた。





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コメント
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dot 2017.12.28 07:11 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
必要以上につくしの傍に行く男。
そして西田をインフルエンザに感染させる男。
恋をしたことがない男は何でもありでしょうか?(笑)
そしてそんな男が好きになった相手は、過去の交際経験も殆どなく男に鈍感。
そんな彼女をパーティ―に同伴するように言った男。
新堂巧が来ると知ってのその行動(笑)どうだだ?羨ましいだろ?とでも言うのでしょうかねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.28 22:33 | 編集
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