クリスマスイブの10日前に目覚めた司。
簡単には利かなかった身体の自由。
それでもどうしてもクリスマスイブに二人に逢いたかった。
そしてその思いが司の身体に奇跡を起こした。
椿から息子がいると聞かされたとき、まさかといった思いと同時に湧き上がった歓びがあった。それは、何が起ころうと、誰に何かを言われようと、自分の意思を貫き通すことを決めた彼女が二人の間に出来た子供を産み育てることを決断したことだが、その決断は司にとっては嬉しいものだった。
だが、椿からの援助の申し出を断り、シングルマザーとして仕事と育児をこなす女の苦労は並大抵ではなかったはずだと思う。
しかし彼女は昔から苦労を苦労と思うことがなかった。そして苦しいといった素振りを見せたこともなかった。守ってもらわなきゃ幸せになれない女じゃないと言ったこともあったが、司には分っていた。それが健気な強がりであることを。
そして息子に駿(しゅん)という名前をつけた理由を教えられたが、どんな困難にも怯むことなく立ち向かう馬のようになって欲しいといった意味があると。
そして活発で活動的。行動力のある人間になって欲しいといった願いを込めたと訊かされたが、まさに活発な男の子はパパの存在を心から喜んでいた。
「ママ!パパが来たよ!パパはお船に乗って海の上にいたけど、来てくれたよ!きっとサンタさんのソリに乗せてもらったんだね!パパいいな~。サンタさんのソリに乗るなんて!いつか僕も乗りたいな」
幼児らしく頬を赤く染めた我が子の話は、サンタクロースの存在を信じているからだが、司がその存在を否定することは出来なかったし、もちろんそのつもりはない。
「ああ。駿も乗せてやる。今年のサンタは帰っちまったが、来年は必ず乗せてやる」
「ほんと?僕サンタさんに会いたいよ!だって今年はパパを連れてきてくれたんだもん。僕サンタさんにお礼を言わなきゃね。でもママはサンタさんはいい子でいて、早く寝る子のところにしか来てくれないって言うんだ。それじゃあ僕永遠にサンタさんに会えないよね?だから来年からは夜更かししてもいいよね?」
「駿ダメでしょ?子供は早く寝るって決まってるの。遅くまで起きてたら、サンタさん来てくれないわよ?それでもいいの?」
駿は母親からそう言われ、哀しそうな顔をした。
母は嘘を言ったことはなく、いつも正しいことしか言わなかったからだ。だから母の言うことは絶対だ。そして親子揃って真面目なのだから駿は母の言葉を疑うことはない。
「・・それは困るよ。だってサンタさんには来年もパパを連れて来てもらわなきゃならないもん・・・」
来年もパパを連れて来てもらわなきゃならない_
その言葉に司は胸の奥から突き上げるものを感じていた。
この年頃の子供は素直だ。そして正直だ。自分の思ったことをそのまま口にする。
今我が子が口にしたその言葉は、パパはまた海の上の生活に戻ってしまうと思っているようだ。
「・・駿。いいか。パパはもう船には乗らねぇし海の上に戻ることはもうねぇぞ。これからはずっとお前の傍にいてやる。それにな。心配するな。パパがサンタのプレゼントよりもっといいものをプレゼントしてやる」
そう言って司は息子の髪に手を差し入れ、くしゃりと掴んだ。癖のある髪の感触は自分の髪の毛と同じだが、見つめる瞳の輝きは母であるつくしのものだ。そしてその母親は司の言葉に鋭く反応を示した。
「ちょっと!な、なに言ってるのよ!子供の夢を壊すようなこと言わないでよ!クリスマスのプレゼントはサンタクロースが持って来ることに決まってるんだからね!勝手なこと言わないでよね?」
「あぁ?なんでサンタじゃなきゃなんねぇんだよ!今までだってお前がサンタやってたんだろうが。それに俺がサンタなんかに負けるわけねぇだろうが!それに子供にプレゼントをやるのはサンタじゃなくて父親の役目だろうが!」
だが司は親からクリスマスプレゼントといったものを贈られた記憶がない。
世間から見れば、裕福な家の子供で、当然のように沢山のプレゼントが贈られては来た。
だが心から欲しかったものが何かと言えば、物ではない。それにどんなに高価な物が贈られても、子供には不相応と言えるものばかりであり、心に響くような物はひとつもなく、サンタクロースという人物がプレゼントを配達してくれるリストからは漏れたのだと感じていた。
だから枕元にそっと置かれるプレゼントといった物はなく寂しい思いをした。司は、そんな思いもあり自分が経験したような子供に無関心な親になるつもりはない。
「ちょ・・子供の前でそんなこと言わないでよ!こ、子供には夢ってものがあるの。それを親のアンタが壊してどうするのよ!」
「・・パパ・・サンタさん・・本当はいないの?」
司は我が子のしょんぼりした声に慌てていた。
今まで寂しい思いをさせてきた我が子が悲しむ顔など見たくない。
それに父親である自分が傍にいなかったことを考えれば、息子をここまで育ててきた女の言葉に同調しなくてどうするのかといった思いが沸き上がった。
「いや。駿。サンタはいる。サンタクロースはいるぞ。だからパパはそのサンタのソリに乗せてもらって海の上を飛んでここまで来た。とにかくサンタはいる。いつも忙しい男だが確実にいる。絶対にいる。けど来年はサンタからソリを借りてやるからな。それにあの男はソリを沢山持ってるから心配するな?・・な、つくし?」
「えっ?う、うん」
司は話をつくしに振り、これ以上サンタクロースの件で話をするのは止めたとばかり部屋の片隅に置かれたプラスチックで出来た小さな緑の木に目を止めた。
「それにしてもチンケなツリーだな」
「ちょっと!今度はなによ!うちのツリーに文句つけるつもり?」
「ああ悪りぃ。つい本音が出ちまった。まあいい。それより行くぞ」
司は、本当はそんなことを言うためここに来たのではない。
離れ離れになっていた家族をひとつにするためここに来た。
「・・?行くってどこに行くのよ?」
「決まってるだろうが。うちだ。邸にはデカいクリスマスツリー飾ってある。それを駿に見せる」
司は我が子の存在を知り、大きなツリーを用意し、豪勢な料理と大きなクリスマスケーキも用意した。そしてクリスマスプレゼントも準備した。だが自分によく似た息子とその母親が真剣な顔で自分を見つめている姿に気付いた。
「あのね、あたしと駿はこれからケーキを食べて、ハンバーグを食べるの。だから_」
司は言葉に詰まった女の思いを理解した。
毎年親子二人。小さなツリーを前に、丸く白い小さなケーキと、手作りハンバーグを食べるのがこの家の大切な行事。これが年の瀬の息子の楽しみであり、この親子にとって小さな部屋の中で過ごすこのスタイルが彼らのクリスマスであることを。
そして願い事を叶えて欲しいとサンタクロースに祈り、翌朝になればパパがいることを願っていた我が子。だが叶えられることはなかったその願いの代わりに、枕元に置かれた母親からのプレゼントを開けていた我が子の姿が見え、司はその思いを受け止めた。
「・・ケーキもハンバーグも持って行けばいい・・それにお前が用意したプレゼントもだ。駿、支度しろ。ママのハンバーグを持って出掛けるぞ。勿論ケーキもだ。パパの家にはデカいツリーが飾ってある。それを見に行くぞ」
クリスマスキャンドルが揺らめく部屋は、赤や緑。銀や金の飾りが施され、中央にある大きなモミの木は本物だ。
そしてその木に飾られているのは、小さなプレゼントボックスや、靴下。雪の結晶や、赤と白のストライプの杖、金色に輝くベル。天使やキラキラと輝くボールといった色とりどりのオーナメント。
そしてキリスト誕生を告げたベツレヘムの星と呼ばれる煌めきは、高い木の頂上で輝きを放っていた。
そんなクリスマスツリーの根元に置かれたリボンが掛けられた沢山の箱は、我が子と愛しい人への贈り物。
本来なら毎年贈るはずだったが、逢えなかった6年という長い年月の思いを込めた贈り物の数々。たとえそれが贅沢だ。こんなに沢山勿体ないと言われようと、どのプレゼントにも思いが込められている。
「駿。あれは全部お前へのプレゼントだ。パパが今までお前に逢えなかった分だ」
駿は突然連れて来られた大きな邸と大勢の使用人の出迎えに戸惑っていたが、活発な子供らしさと、好奇心に満ちた眼差しで色とりどりの紙で包まれた箱に目を向けていた。
「わぁ~!パパ!本当にいいの?あれ全部僕が貰っていいの?こんなに沢山プレゼントを貰うなんて初めてだ!ありがとう、パパ!」
駿はそれまで握っていた司の手を離し、プレゼントの箱が詰まれたツリーの元へ走って行くと、床に座り込んだ。そして、リボンが掛けられた大きな箱の包み紙を剥がし始めた。
「駿!今日はまだイブよ?プレゼントを開けるのは明日でしょ?」
「別にいいじゃねぇか。今日だろうが明日だろうが。それに沢山あるんだ。少しくらい開けても構わねぇだろ?いいぞ、駿。沢山あるんだ。ちょっとくらい開けても構わねぇからな」
中から出てくるのは、5歳の男の子が喜びそうなもの。だがそれは司が見たことがないようなおもちゃが入っていた。もっと高価なものをと考えたが姉に言われたことを思い出していた。
『子供は値段なんか関係ないの。それよりも手にして遊べるおもちゃが一番いいの』
そう聞いた司は、それならと考えたが結局分からず邸の中で5歳児がいる使用人を集め、聞いていた。その結果選ばれたおもちゃの数々が用意されたが、その中に多少現実離れしたものがあったとしても、それは仕方がない話だ。何故なら司が幼い頃、貰ったプレゼントもそういったものだったのだから。
例えばそれが高級外車をそのまま小さくしたレーシングカートだとしてもいいではないかという気でいた。何しろ、息子がいると知り、行動を調べたが、車にいたく興味があることを知った。だから息子が好きだというものなら与えてやりたいと思うのが親だ。そして当然、邸の庭に走行コースも作らせたが安全面も考慮されている。
だがもし息子が鉄道を好きだというなら、どこかの鉄道会社を買収してもいい。
それに鉄道模型が走る部屋も作ってやるつもりだ。
たとえ親バカと言われようが一向に構わない。これから今まで出来なかったことをもっとするつもりでいるのだから親バカ上等といった思いだ。
そして、自分をそんな親バカにしてくれる女にも渡したいものがある。
「それからつくし・・お前にも6年分のプレゼントだ」
司が用意したプレゼンとは、オニキスのように曇のない漆黒の瞳に似合う宝石たち。
だが彼女が持つ人としての輝きには負けることは分かっている。そしてそんな宝石は要らないと断られることも分っている。しかしそれでも好きな女を美しい宝石で飾りたいといった思いを持つのが男だ。最上の女には、これ以上ないと言われる最上のものを贈りたい。
だが司が本当に渡したいプレゼントは、6年前のクリスマスイブに渡すつもりでいた指輪。
これまでずっと彼女の家にあったが、嵌められたことがないという指輪だ。
だから今夜その指輪を彼女の指に嵌めるつもりでいた。
「メリークリスマス。つくし。今まで哀しい思いをさせて悪かった。それから長い間ひとりにさせて悪かった。・・・それと、駿を産んでくたことに感謝する」
司は小さく頷いた女の左手を取り指輪を嵌めた。
「・・あたし、この指輪をアンタに嵌めてもらう日を待ってた。でもね、もしアンタが目を覚ましてまたあたしのことを忘れてたらどうしようと思った。あたしを忘れて駿のことなんてどうでもいいって思われたらどうしようって・・」
高校生の頃、司は彼女のことを忘れたことがある。
そして彼女に対し酷い言葉を吐いた。
「_んな訳ねぇだろ?俺が二度もお前のことを忘れるなんてこと許されるか?もしそんなことになるようなら俺は神を恨んでやる。それこそ、サンタのソリに乗って神のいる天まで飛んでって文句を言ってやる」
「バカ。サンタの存在なんて信じてないくせに何言ってるのよ」
「いや。俺は信じてる。駿が信じるものは俺も信じる。子供のいうことを信じてやれねぇ親は親じゃねぇだろ?」
親は何があっても子供のことを信じてやる。
世界でただ一人、無償の愛を与えることが出来るのは親だけなのだから。
今の司は息子の言うことならどんな望みでも叶えてやるし、信じてやることが出来る。
「・・でも突然親になって驚いたでしょ?」
「ああ。驚いたかって言われれば驚いたがすぐに驚きよりも嬉しさの方が上回った。それに俺にそっくりだってことにも驚いたが、我が子ってのは可愛いモンだってことに気付くに時間は掛からなかったな。けど性格はお前に似てるな?頑固そうだし、それに見ろよアレ」
そう言われ、ツリーの下でプレゼントが包まれた紙を丁寧に剥がす我が子の姿につくしは笑った。
「ああ、アレね?包装紙は再利用できるから丁寧に剥がすのよっていつも言ってるから」
勿体ないと言うのが口癖の女の教育は、ちゃんと我が子に伝えられているようだ。
だがそんな我が子の姿も愛おしいと感じる父親は、息子の母であるつくしを抱きしめた。
そしてただひと言言った。
「・・つくし。ありがとな」
「・・うん・・」
そう言って笑顔で流す涙は美しかった。
二人にはクリスマスツリーの下に置かれているプレゼントなどどうでもいい。
欲しかったのは、たった一人の人。
そして神が与えた宝物である男の子が司にとっては最高のプレゼント。
光が溢れる部屋の外は真っ白な雪が降り続いている。
それは冷たい雨ではなく、真っ白な雪。
そしてそれは、50年以上前のクリスマスイブに降った雪と同じ雪かもしれない。
いつだったか雪のように冷たい雨に打たれ、心が張り裂けそうな思いをしたことがあった。
だが、今降る雪は沢山の雪の結晶が作り出した柔らかな雪。
その雪は、街のざわめきを呑み込み、灰色の景色を真っ白に変える。
そして、今始まる二人の物語。
物語の始まりは遅れてきたが終わりが良ければそれでいい。
そう思う男は、今この瞬間の幸せを噛みしめながら、共に過ごせなかった時をどうやって取り戻そうかと考えていた。
*追憶のクリスマス ~遅れてきたプロローグ~*

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簡単には利かなかった身体の自由。
それでもどうしてもクリスマスイブに二人に逢いたかった。
そしてその思いが司の身体に奇跡を起こした。
椿から息子がいると聞かされたとき、まさかといった思いと同時に湧き上がった歓びがあった。それは、何が起ころうと、誰に何かを言われようと、自分の意思を貫き通すことを決めた彼女が二人の間に出来た子供を産み育てることを決断したことだが、その決断は司にとっては嬉しいものだった。
だが、椿からの援助の申し出を断り、シングルマザーとして仕事と育児をこなす女の苦労は並大抵ではなかったはずだと思う。
しかし彼女は昔から苦労を苦労と思うことがなかった。そして苦しいといった素振りを見せたこともなかった。守ってもらわなきゃ幸せになれない女じゃないと言ったこともあったが、司には分っていた。それが健気な強がりであることを。
そして息子に駿(しゅん)という名前をつけた理由を教えられたが、どんな困難にも怯むことなく立ち向かう馬のようになって欲しいといった意味があると。
そして活発で活動的。行動力のある人間になって欲しいといった願いを込めたと訊かされたが、まさに活発な男の子はパパの存在を心から喜んでいた。
「ママ!パパが来たよ!パパはお船に乗って海の上にいたけど、来てくれたよ!きっとサンタさんのソリに乗せてもらったんだね!パパいいな~。サンタさんのソリに乗るなんて!いつか僕も乗りたいな」
幼児らしく頬を赤く染めた我が子の話は、サンタクロースの存在を信じているからだが、司がその存在を否定することは出来なかったし、もちろんそのつもりはない。
「ああ。駿も乗せてやる。今年のサンタは帰っちまったが、来年は必ず乗せてやる」
「ほんと?僕サンタさんに会いたいよ!だって今年はパパを連れてきてくれたんだもん。僕サンタさんにお礼を言わなきゃね。でもママはサンタさんはいい子でいて、早く寝る子のところにしか来てくれないって言うんだ。それじゃあ僕永遠にサンタさんに会えないよね?だから来年からは夜更かししてもいいよね?」
「駿ダメでしょ?子供は早く寝るって決まってるの。遅くまで起きてたら、サンタさん来てくれないわよ?それでもいいの?」
駿は母親からそう言われ、哀しそうな顔をした。
母は嘘を言ったことはなく、いつも正しいことしか言わなかったからだ。だから母の言うことは絶対だ。そして親子揃って真面目なのだから駿は母の言葉を疑うことはない。
「・・それは困るよ。だってサンタさんには来年もパパを連れて来てもらわなきゃならないもん・・・」
来年もパパを連れて来てもらわなきゃならない_
その言葉に司は胸の奥から突き上げるものを感じていた。
この年頃の子供は素直だ。そして正直だ。自分の思ったことをそのまま口にする。
今我が子が口にしたその言葉は、パパはまた海の上の生活に戻ってしまうと思っているようだ。
「・・駿。いいか。パパはもう船には乗らねぇし海の上に戻ることはもうねぇぞ。これからはずっとお前の傍にいてやる。それにな。心配するな。パパがサンタのプレゼントよりもっといいものをプレゼントしてやる」
そう言って司は息子の髪に手を差し入れ、くしゃりと掴んだ。癖のある髪の感触は自分の髪の毛と同じだが、見つめる瞳の輝きは母であるつくしのものだ。そしてその母親は司の言葉に鋭く反応を示した。
「ちょっと!な、なに言ってるのよ!子供の夢を壊すようなこと言わないでよ!クリスマスのプレゼントはサンタクロースが持って来ることに決まってるんだからね!勝手なこと言わないでよね?」
「あぁ?なんでサンタじゃなきゃなんねぇんだよ!今までだってお前がサンタやってたんだろうが。それに俺がサンタなんかに負けるわけねぇだろうが!それに子供にプレゼントをやるのはサンタじゃなくて父親の役目だろうが!」
だが司は親からクリスマスプレゼントといったものを贈られた記憶がない。
世間から見れば、裕福な家の子供で、当然のように沢山のプレゼントが贈られては来た。
だが心から欲しかったものが何かと言えば、物ではない。それにどんなに高価な物が贈られても、子供には不相応と言えるものばかりであり、心に響くような物はひとつもなく、サンタクロースという人物がプレゼントを配達してくれるリストからは漏れたのだと感じていた。
だから枕元にそっと置かれるプレゼントといった物はなく寂しい思いをした。司は、そんな思いもあり自分が経験したような子供に無関心な親になるつもりはない。
「ちょ・・子供の前でそんなこと言わないでよ!こ、子供には夢ってものがあるの。それを親のアンタが壊してどうするのよ!」
「・・パパ・・サンタさん・・本当はいないの?」
司は我が子のしょんぼりした声に慌てていた。
今まで寂しい思いをさせてきた我が子が悲しむ顔など見たくない。
それに父親である自分が傍にいなかったことを考えれば、息子をここまで育ててきた女の言葉に同調しなくてどうするのかといった思いが沸き上がった。
「いや。駿。サンタはいる。サンタクロースはいるぞ。だからパパはそのサンタのソリに乗せてもらって海の上を飛んでここまで来た。とにかくサンタはいる。いつも忙しい男だが確実にいる。絶対にいる。けど来年はサンタからソリを借りてやるからな。それにあの男はソリを沢山持ってるから心配するな?・・な、つくし?」
「えっ?う、うん」
司は話をつくしに振り、これ以上サンタクロースの件で話をするのは止めたとばかり部屋の片隅に置かれたプラスチックで出来た小さな緑の木に目を止めた。
「それにしてもチンケなツリーだな」
「ちょっと!今度はなによ!うちのツリーに文句つけるつもり?」
「ああ悪りぃ。つい本音が出ちまった。まあいい。それより行くぞ」
司は、本当はそんなことを言うためここに来たのではない。
離れ離れになっていた家族をひとつにするためここに来た。
「・・?行くってどこに行くのよ?」
「決まってるだろうが。うちだ。邸にはデカいクリスマスツリー飾ってある。それを駿に見せる」
司は我が子の存在を知り、大きなツリーを用意し、豪勢な料理と大きなクリスマスケーキも用意した。そしてクリスマスプレゼントも準備した。だが自分によく似た息子とその母親が真剣な顔で自分を見つめている姿に気付いた。
「あのね、あたしと駿はこれからケーキを食べて、ハンバーグを食べるの。だから_」
司は言葉に詰まった女の思いを理解した。
毎年親子二人。小さなツリーを前に、丸く白い小さなケーキと、手作りハンバーグを食べるのがこの家の大切な行事。これが年の瀬の息子の楽しみであり、この親子にとって小さな部屋の中で過ごすこのスタイルが彼らのクリスマスであることを。
そして願い事を叶えて欲しいとサンタクロースに祈り、翌朝になればパパがいることを願っていた我が子。だが叶えられることはなかったその願いの代わりに、枕元に置かれた母親からのプレゼントを開けていた我が子の姿が見え、司はその思いを受け止めた。
「・・ケーキもハンバーグも持って行けばいい・・それにお前が用意したプレゼントもだ。駿、支度しろ。ママのハンバーグを持って出掛けるぞ。勿論ケーキもだ。パパの家にはデカいツリーが飾ってある。それを見に行くぞ」
クリスマスキャンドルが揺らめく部屋は、赤や緑。銀や金の飾りが施され、中央にある大きなモミの木は本物だ。
そしてその木に飾られているのは、小さなプレゼントボックスや、靴下。雪の結晶や、赤と白のストライプの杖、金色に輝くベル。天使やキラキラと輝くボールといった色とりどりのオーナメント。
そしてキリスト誕生を告げたベツレヘムの星と呼ばれる煌めきは、高い木の頂上で輝きを放っていた。
そんなクリスマスツリーの根元に置かれたリボンが掛けられた沢山の箱は、我が子と愛しい人への贈り物。
本来なら毎年贈るはずだったが、逢えなかった6年という長い年月の思いを込めた贈り物の数々。たとえそれが贅沢だ。こんなに沢山勿体ないと言われようと、どのプレゼントにも思いが込められている。
「駿。あれは全部お前へのプレゼントだ。パパが今までお前に逢えなかった分だ」
駿は突然連れて来られた大きな邸と大勢の使用人の出迎えに戸惑っていたが、活発な子供らしさと、好奇心に満ちた眼差しで色とりどりの紙で包まれた箱に目を向けていた。
「わぁ~!パパ!本当にいいの?あれ全部僕が貰っていいの?こんなに沢山プレゼントを貰うなんて初めてだ!ありがとう、パパ!」
駿はそれまで握っていた司の手を離し、プレゼントの箱が詰まれたツリーの元へ走って行くと、床に座り込んだ。そして、リボンが掛けられた大きな箱の包み紙を剥がし始めた。
「駿!今日はまだイブよ?プレゼントを開けるのは明日でしょ?」
「別にいいじゃねぇか。今日だろうが明日だろうが。それに沢山あるんだ。少しくらい開けても構わねぇだろ?いいぞ、駿。沢山あるんだ。ちょっとくらい開けても構わねぇからな」
中から出てくるのは、5歳の男の子が喜びそうなもの。だがそれは司が見たことがないようなおもちゃが入っていた。もっと高価なものをと考えたが姉に言われたことを思い出していた。
『子供は値段なんか関係ないの。それよりも手にして遊べるおもちゃが一番いいの』
そう聞いた司は、それならと考えたが結局分からず邸の中で5歳児がいる使用人を集め、聞いていた。その結果選ばれたおもちゃの数々が用意されたが、その中に多少現実離れしたものがあったとしても、それは仕方がない話だ。何故なら司が幼い頃、貰ったプレゼントもそういったものだったのだから。
例えばそれが高級外車をそのまま小さくしたレーシングカートだとしてもいいではないかという気でいた。何しろ、息子がいると知り、行動を調べたが、車にいたく興味があることを知った。だから息子が好きだというものなら与えてやりたいと思うのが親だ。そして当然、邸の庭に走行コースも作らせたが安全面も考慮されている。
だがもし息子が鉄道を好きだというなら、どこかの鉄道会社を買収してもいい。
それに鉄道模型が走る部屋も作ってやるつもりだ。
たとえ親バカと言われようが一向に構わない。これから今まで出来なかったことをもっとするつもりでいるのだから親バカ上等といった思いだ。
そして、自分をそんな親バカにしてくれる女にも渡したいものがある。
「それからつくし・・お前にも6年分のプレゼントだ」
司が用意したプレゼンとは、オニキスのように曇のない漆黒の瞳に似合う宝石たち。
だが彼女が持つ人としての輝きには負けることは分かっている。そしてそんな宝石は要らないと断られることも分っている。しかしそれでも好きな女を美しい宝石で飾りたいといった思いを持つのが男だ。最上の女には、これ以上ないと言われる最上のものを贈りたい。
だが司が本当に渡したいプレゼントは、6年前のクリスマスイブに渡すつもりでいた指輪。
これまでずっと彼女の家にあったが、嵌められたことがないという指輪だ。
だから今夜その指輪を彼女の指に嵌めるつもりでいた。
「メリークリスマス。つくし。今まで哀しい思いをさせて悪かった。それから長い間ひとりにさせて悪かった。・・・それと、駿を産んでくたことに感謝する」
司は小さく頷いた女の左手を取り指輪を嵌めた。
「・・あたし、この指輪をアンタに嵌めてもらう日を待ってた。でもね、もしアンタが目を覚ましてまたあたしのことを忘れてたらどうしようと思った。あたしを忘れて駿のことなんてどうでもいいって思われたらどうしようって・・」
高校生の頃、司は彼女のことを忘れたことがある。
そして彼女に対し酷い言葉を吐いた。
「_んな訳ねぇだろ?俺が二度もお前のことを忘れるなんてこと許されるか?もしそんなことになるようなら俺は神を恨んでやる。それこそ、サンタのソリに乗って神のいる天まで飛んでって文句を言ってやる」
「バカ。サンタの存在なんて信じてないくせに何言ってるのよ」
「いや。俺は信じてる。駿が信じるものは俺も信じる。子供のいうことを信じてやれねぇ親は親じゃねぇだろ?」
親は何があっても子供のことを信じてやる。
世界でただ一人、無償の愛を与えることが出来るのは親だけなのだから。
今の司は息子の言うことならどんな望みでも叶えてやるし、信じてやることが出来る。
「・・でも突然親になって驚いたでしょ?」
「ああ。驚いたかって言われれば驚いたがすぐに驚きよりも嬉しさの方が上回った。それに俺にそっくりだってことにも驚いたが、我が子ってのは可愛いモンだってことに気付くに時間は掛からなかったな。けど性格はお前に似てるな?頑固そうだし、それに見ろよアレ」
そう言われ、ツリーの下でプレゼントが包まれた紙を丁寧に剥がす我が子の姿につくしは笑った。
「ああ、アレね?包装紙は再利用できるから丁寧に剥がすのよっていつも言ってるから」
勿体ないと言うのが口癖の女の教育は、ちゃんと我が子に伝えられているようだ。
だがそんな我が子の姿も愛おしいと感じる父親は、息子の母であるつくしを抱きしめた。
そしてただひと言言った。
「・・つくし。ありがとな」
「・・うん・・」
そう言って笑顔で流す涙は美しかった。
二人にはクリスマスツリーの下に置かれているプレゼントなどどうでもいい。
欲しかったのは、たった一人の人。
そして神が与えた宝物である男の子が司にとっては最高のプレゼント。
光が溢れる部屋の外は真っ白な雪が降り続いている。
それは冷たい雨ではなく、真っ白な雪。
そしてそれは、50年以上前のクリスマスイブに降った雪と同じ雪かもしれない。
いつだったか雪のように冷たい雨に打たれ、心が張り裂けそうな思いをしたことがあった。
だが、今降る雪は沢山の雪の結晶が作り出した柔らかな雪。
その雪は、街のざわめきを呑み込み、灰色の景色を真っ白に変える。
そして、今始まる二人の物語。
物語の始まりは遅れてきたが終わりが良ければそれでいい。
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司*****E様
おはようございます^^
クリスマスイブに二人に会うため、驚異的な回復力を見せた司。
流石ですね(笑)
しかし駿くんの夢を壊すようなことを言う男(笑)
いきなり親になったので、まだよく分からないのかもしれませんね?(笑)
そんな男は邸にプレゼントも食事も用意していますが、つくしの手料理を持って行くことも忘れません。
司にとっても久し振りのつくしの手料理。そして駿にとってはママの料理が一番ですからねぇ。
サンタさんにお礼がしたいと言う駿。来年のクリスマスはお礼を言うことが出来るといいですねぇ。
無事サンタさんのお勤めが終ったのですね?良かったです。
喜んでくれましたか?
そして冬休みに入ると同時に寒さも厳しくなりました。
色々とお忙しいと思いますが、お身体ご自愛なさってくださいね^^
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
クリスマスイブに二人に会うため、驚異的な回復力を見せた司。
流石ですね(笑)
しかし駿くんの夢を壊すようなことを言う男(笑)
いきなり親になったので、まだよく分からないのかもしれませんね?(笑)
そんな男は邸にプレゼントも食事も用意していますが、つくしの手料理を持って行くことも忘れません。
司にとっても久し振りのつくしの手料理。そして駿にとってはママの料理が一番ですからねぇ。
サンタさんにお礼がしたいと言う駿。来年のクリスマスはお礼を言うことが出来るといいですねぇ。
無事サンタさんのお勤めが終ったのですね?良かったです。
喜んでくれましたか?
そして冬休みに入ると同時に寒さも厳しくなりました。
色々とお忙しいと思いますが、お身体ご自愛なさってくださいね^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.12.26 20:58 | 編集

s**p様
思いっきり子供の夢を壊す発言をする男!(笑)
何しろ父親になったばかりの男です。まだよく分からないんですね?(笑)
これから父親になった男の父親修行が始まるのかもしれません(笑)
え?キタサンサンタにお願いしたんですね?(笑)
でも2着が来なくて残念な事になった・・。
そうでしたか・・。そう言えば司のブラック号はどうなったのか。坊ちゃんの持ち馬も頑張ったはずです。
拍手コメント有難うございました^^
思いっきり子供の夢を壊す発言をする男!(笑)
何しろ父親になったばかりの男です。まだよく分からないんですね?(笑)
これから父親になった男の父親修行が始まるのかもしれません(笑)
え?キタサンサンタにお願いしたんですね?(笑)
でも2着が来なくて残念な事になった・・。
そうでしたか・・。そう言えば司のブラック号はどうなったのか。坊ちゃんの持ち馬も頑張ったはずです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2017.12.26 21:09 | 編集
