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2017
12.24

追憶のクリスマス ~空からの手紙~ 後編

『雨は夜更け過ぎに雪へと変わる』

そんな歌がある。
だがクリスマスイブの夜、東京に雪が降ったのは、50年以上も前の話で降れば奇跡と呼ばれている。そして今年のクリスマスイブも雪は降ることはないはずだ。
つまり奇跡は起きないということだ。

そしてその歌の続きは_

『きっと君は来ない』

またいつか逢えるはずだと願う人間には辛い歌詞。
だがもし、今夜降る雨が雪に変われば奇跡が起きるはずだ。
だから毎年願う。この日に雨が降り雪へと変わりますようにと。
だがビロードのような空には星が瞬いているのだから落ちてくるものなど何もないはずだ。

息子が生まれてからずっと二人で生きてきた。
彼の姉である椿は世田谷の邸で暮らしましょうと言ったが、結婚していない女がそんなことは出来ないと断った。

彼の子供は椿にとって甥だが、父親である弟は目を覚ますことなく眠り続けており、認知されていない子供だ。もし、彼が永遠に覚めなければ誰が財閥の跡を継ぐのかといった問題が浮上するが、そのことに我が子を巻き込みたくはなかった。だからシングルマザーとして働きながら子育てをしている。

そして嗚咽を漏らしながら渡された指輪は、一度も嵌められたことはない。
いつか彼が目覚めて嵌めてくれることを願うからだ。
きっといつかまた逢えると、逢える日を願っている。








「ママ!雨だ!雨が降り始めたよ?サンタさん雨だけど来てくれるかな?大丈夫かな?」

「・・ん?」

つくしは窓の傍にいる息子の声に気のない返事をした。

「だから、ママ雨が降って来たよ・・あ、でも雪だ!雪だよ!」

「本当に?雨じゃないの?」

息子が窓の外を見て言った言葉は本当なのだろうか?
もしそうなら降る雨が雪へ変わることを願わずにはいられない。何故なら東京の街に50年振りに降る雪は奇跡を連れてくるはずだから。

「違うよ!本当に雪だよ。白くてふわふわしてる!ねえママ雪だってば!見に来てよ!」

「うん。わかった。わかったから。でも待って。ママ今手が離せないの」

二人だけのクリスマス。
彼によく似た我が子と過ごす日に奇跡が起こることを願う。
今までもずっとそうして来た。そしてこれから何年経とうが、ずっとそうするつもりでいる。

用意したケーキは、イチゴが乗った真っ白で小さな丸い形。
ハンバーグが大好きだという我が子のため焼く楕円形の上にはチーズが乗るが、その焼き具合を確かめ、ベランダに面した窓に張り付いている我が子の傍へ行った。

「どこ?本当に雪が降ってるの?雨じゃないの?」

「違うよ!本当に雪だから!」

我が子の言った言葉は正しかった。
降り出した雨が雪に変わったのだろう。
窓から見上げた空から降り始めたのは確かに雪だ。そして真っ白な雪の結晶は、ベランダの手すりに薄っすらとだが積り始めていた。

「ね。ママ、雪だよね?」

「うん。そうだね・・・。今年のクリスマスイブは雪になったね?」

イブに雪が降る。
50年以上降ったことがない東京のイブの夜。
あの日、どこかのビルの窓一面に大きなクリスマスツリーの形をした明かりが灯されていた。
あの日、二人は会う約束をしていたがその約束は・・・まだ果たされていない。
だがその約束を今夜果たして欲しいと願うことは、無理な願いだと分かっている。
それでも、もし奇跡が起こるなら今夜起きて欲しいと願う。
真っ白な部屋のなか、静にベッドへ横たわっている彼が目を覚ましてくれることを。

「・・・道明寺・・」

「・・ママ?どうしたのママ?」

つくしはたまらなくなった。
下から見上げる我が子が一瞬寂しそうな表情を浮かべたのを母は見逃さなかった。
そしてそんな表情をさせてしまった自分は母親失格だと感じていた。ひとりで育てると決めたとき、我が子の前では決して寂しい表情を見せないと決めたはずだ。

「うんうん。何でもないわよ。さあ、ハンバーグ食べなきゃね?今日もママのハンバーグは美味しく焼けたはずよ?」

「うん!早く食べようよ!」

5歳の男の子は母親の手を取り、窓の傍を離れた。
そのとき、玄関のチャイムが鳴る音がした。
だがこんな夜、誰がチャイムを鳴らすのかといった思いがある。
つくしの家は都心から離れた郊外にある賃貸マンションの2階だがオートロックではない。
頭を過ったのは宅配便かという思い。我が子を残し玄関に向かった。

「・・はい?どなたですか?」

扉の向うから返って来る声は聞こえない。

「あの?・・どなたですか?」

再び問いかけたがやはり返事はなかった。
仕方なく恐る恐るだが扉に近づき、そっと魚眼レンズに目を近づけた。
するとそこに見えたのは黒いコートを着た男の後姿。
大きな背中に広い肩幅。
その後ろ姿にはどこか見覚えがあった。だが少し痩せて見える。
そしてまさか。という思いがして自分自身に問いかける。

あの人なの、と。

もしそうなら椿から連絡があるはずだ。だがその後ろ姿は紛れもなくあの人のものだ。
間違えるはずがない。どんなに遠くにいてもあの人の姿なら見つけることが出来る。
つくしは、防犯のため用意してあるバットの位地を確かめ、大丈夫だと思い切って扉を開けた。
その瞬間男が振り向いたが、頭には薄っすらとだが白いものがあり、肩にも白い雪の結晶がついていた。
そしてその男の姿が視界いっぱいに広がった。

「・・・どうみょうじ?」

そこにいたのはずっと逢いたかった人。

「・・牧野・・」

名前を呼ばれたがつくしは言葉が出なかった。
そして目の前の男を見つめたまま動かなかった。
もしこれが幻なら、夢なら、彼の姿はすぐに消えてしまうからだ。
だがしっかりと確認したい思いを持っていた。

「・・・どうみょうじ・・・道明寺なの?」

口を開いたが声は哀しいのか嬉しいのか分からないほど震えていた。
少し痩せた身体に似合いのコート着た男は、顔色はよく、長い間眠りについていたとは思えない。そして自分の足で立っている。だからこれは夢でもなければ、幻でもない。現実だ。マンションの廊下に佇む男の姿だ。

「・・ああ。・・牧野・・俺だ。道明寺司だ」

信じられない思いがしていた。
1ヶ月前、病院を訪ねたとき彼は特別室で静かに眠っていた。
その姿は本当にただ寝ているだけで、少し痩せていたとしても、6年前と変わらない姿は今にも起き出して来そうだった。
だがつくしが年を取るように、彼も少しずつ年を重ねていく姿があったはずだ。そして今は真剣な顔をしてつくしを見つめていた。
だがそのときだった。パタパタと小さな足音がして玄関に現れたのは、息子の駿だ。

「ママ、この人誰?宅急便の人?・・・それとも、もしかしておじさんがサンタさん?でも赤い服も着てないし白いお鬚もないよね?でもプレゼント、持って来てくれたんだよね?僕ママにお願いしたんだ。パパに会いたいって!僕パパに会ったことがないんだけど、パパは外国に行く船に乗る船長さんなんだって!だから日本に帰って来ることが出来ないんだって!僕のパパはね、ずっと海の上で暮らしているんだ。・・だからクリスマスも帰って来ることが出来ないんだ。・・・でも今年は帰って来てくれそうな気がしてたんだ!ねえサンタさん、パパを連れてきてくれたんだよね?ねえ、パパはどこ?」

つくしは我が子がパパと言う男性の存在を意識し始めると話をした。
パパは、外国航路の船に乗っていて長い航海へ出ていると。
そしてその船は滅多に港に立ち寄ることはなく、1年のうちの殆どを海の上で過ごすのだと。丁度その頃、駿を連れ港の傍を通ったことがあるが、その時見た船はとてつもなく大きな船。
それを彼の会社に例えるとすれば、まさにその通りと言える大きさだ。だから息子には、パパはああいったお船の船長さんで大変なお仕事をしているの。だから帰ってくることが出来ないのと話をした。

まだ高校生だった頃、彼に言われたことがある。
『俺の夢は叶った。欲しかったものを手に入れることが出来た。それがお前だ』
今のつくしも同じことが言える。

いつも心の中で祈っていた願いは叶えられた。

クリスマスイブ。

やっと会えた。

東京の夜に降れば奇跡だという雪とともに_。










司は屈みこんで我が子と同じ目線の高さに視線を合わせ、癖のある髪に手を置いた。

一目でわかる我が子。
姉からあなたには5歳の息子がいると訊かされた時は驚いた。
そしてすぐにつくしちゃんに連絡をするからと言った姉を自らが会いに行くからいいと言って止めた。そしてあの時出来なかったことをすると言った。


父親は海の上で暮らしていると我が子に言った彼女。
それは的確な表現だと司は思った。

まさに司は大海原の底にいた。何も見えず何も感じず真っ暗な海の底に沈んでいた難破船の中にいたようなものだった。そしてその船は海中の景色に同化したように動くことはなかった。だが何かがその船を動かした。そして波間に揺蕩う小船のように船は浮上した。

すると長い間なんの反応も示さなかった身体が動き、意識が水面を漂い始めた。
そしてある日突然目が覚めたが、何故白い部屋に横たわっているのか分からなかった。
そして記憶は冬の夜、交差点で信号が変わるのを待っていたところで止っていたが、事故に遭ったことを思い出した。その日は生涯の相手に大切な話をしに行く途中だった。

そしてその事故がいつのことだと訊かれれば、ついこの前のことだと思う。だが目覚めた男に告げられたのは、その日から6年の歳月が流れているということ。そして季節はあの頃と同じ冬だということを告げられた。

そしてそれはクリスマスイブの10日前に起きた奇跡。
深い闇の中に沈んでいた彼に生きたいという意志が働いた。
彼女に会いたいという意志が。
そして今、司は彼女と我が子の前にいた。

今、司がすべきことは決まっている。
あの時出来なかったプロポーズの指輪を渡すことをする。だがその指輪は彼女の元にあると椿から聞かされた。言葉はなくても彼女はその指輪を受け取ってくれた。そして自分の子供を産み育てていた。今の司には天からの二つの大きな贈り物が目の前にある。

司は立ち上がり、大きな瞳で自分を見つめる女に言った。

「牧野、もう一度俺と始めてくれないか?あの日からもう一度。俺はお前じゃなきゃ駄目だってことは知ってるだろ?お前がいなきゃ駄目だってな」

司の記憶は6年前のあの日で止っている。
一度は駄目になりそうになった二人の絆を結び直そうとしたあの日の夜で。
だからあの日に彼女に言いたかった言葉を言った。

「・・牧野・・」

初めて互いの肌を寄せたとき、背中に回された指が震えたのを覚えている。
裸で互いの体温を感じ合い求め合った。
そしてあの日から何年経とうとも、変わることがない想いがある。
互いが互いでなければならないといった想い。
それでも一度は二人の間に見えない力が働いたことがあった。
けれど、その力に打ち勝つ努力をした。そしてその力に打ち勝った。

「・・牧野?」

神は乗り越えられない試練を与えない。
だが時を巻き戻すことは出来ない。
そして、二度と帰らない日があっても今はそれを語らなくていい。
今は過ぎてしまった過去を語る必要はない。
今が目の前にあればそれでいい。
二人がここにいることが生きている歓びであり、過去など必要ない。
今の二人には過去など無力だから。
だからその手をゆだねて欲しい。

「どうみょうじ・・」

司は泣いている女を見つめていた。
唇が、頤(おとがい)が震えていた。
だが泣かないで欲しい。
あの頃の愛しさは今も変わらないから。
哀しみよりも、6年の歳月よりも長いキスをすればいい。
心が求める人はただ一人。一瞬閉じられた瞼が開かれたとき流れた涙に“お願い”という言葉を聞いた。

「・・牧野・・」

司はしゃがみ、事情が呑み込めずキョトンとしている我が子を抱き立ち上り、女を優しく抱き寄せた。そして女が彼の背中に両手を回し、少し痩せてしまった体躯に必死でしがみついてくるのを感じた。

「・・道明寺・・・」

二人が今叶えようとしているのは、6年前成し遂げることが出来なかった想い。
そして今、互いの腕の中に永遠の愛を見つけていた。
それは、司にそっくりな我が子の存在だ。

「・・牧野。この子の名前は_」

司は姉から息子の名前を聞いている。それでも彼女の口から訊きたい思いでいたが、答えようとしていた母親の言葉を遮ったのは彼の腕に抱かれている男の子だ。

「僕、駿って言うんだ!5歳だよ!」

真っ直ぐな瞳で自分を抱いている男に嬉しそうに言った。
司は自分に似た幼子の精一杯の自己主張に胸を衝かれていた。初めて会う幼子だがどうしてこうも愛おしいのかと。

「そうか。駿か。いい名前だな。おじさんは司って言う名前だ。・・・駿のパパだ。やっと船を降りることが出来た」














クリスマスイブの夜、50年以上前に東京に降った雪が今年降った。
それは奇跡。
だからこそこんな夜には愛する人と一緒に過ごしたい。
そしてこの雪が誰の上に降ろうが、東京の景色を白く変えてくれるはずだ。

長い間たったひとつの愛だけを待っていた女に神が与えたのは、奇跡という贈り物。
そして長い眠りについていた男の元にも神は奇跡を持って現れた。
そんな男と女には、互いに言えなかった言葉と言い尽くせなかった言葉は沢山あるが、それをこれからの人生で告げていくつもりだ。






中谷宇吉郎という世界で初となる人工雪の制作に成功した物理学者が言った有名な言葉がある。それは『雪は天から送られた手紙である』という言葉。
雪の結晶は様々な形があるが、愛にも人それぞれに形がある。
二人がこれまで経験したことは二人の愛の形。
そんな二人の元に降る雪の結晶は果たしてどんな形なのか。
だが、どんな形をしていたとしても、それが二人の元へ送られてきた天からの手紙。
今日こうしてイブの夜、50年を超える時を経て東京に降る雪は、奇跡はきっと起きるからと神が知らせてくれた手紙。
その手紙が一人の男と一人の女に奇跡をもたらしてくれ、司は彼女から大切な贈り物を受け取った。
自分が命を分け与えた我が子という宝物を。


これからは、今夜降る雪のように真っ白なカンバスに家族3人の人生を描く。
そしてここに3人の心を包む夜があるように、これから始まる新たな人生は、男が一生包み守っていく。

あの頃の愛しさ以上に強く抱き、決して離さないと誓って。





< 完 > *追憶のクリスマス ~空からの手紙~*
Happy Holidays! 明日はアフターストーリーです。

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コメント
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dot 2017.12.24 06:45 | 編集
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dot 2017.12.24 08:38 | 編集
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dot 2017.12.24 14:04 | 編集
み***ん様
おはようございます^^
奇跡を起こしてくれたのは、誰だったのか・・。
そして『きっと君は来ない』・・本当に胸に突き刺さる歌詞ですよね?
あの歌はメロディと歌詞がどうしてこうも琴線に触れるのでしょうねぇ。
目覚めた司。イブに迎えに行くために頑張りました!(笑)
続きのお話も楽しんで頂けるといいのですが・・。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.24 22:46 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
クリスマスには奇跡が起こる!(笑)と、いうことで、司には奇跡が起きました。
イブに絶対会いに行くという決意で、頑張ったことでしょう。
そうです。犬並の回復力ですから、きっと他の人間なら無理なことも成し遂げたと思います(笑)

駿君はすんなり受け入れることでしょう。何しろパパが会いに来るのを待っていたんですから。
そしてあの曲は、この季節になるとあちらこちらで耳にしますが、楽しいで歌詞ではないんですよね・・。
「クリスマスキャロルの頃には」この曲もまた然りですね?
そして東京のホワイトクリスマスは、司とつくしと駿君の上にだけ起きたことのようです(笑)
幸せなクリスマスを過ごす親子の姿があれば・・と思います。

生きているうちに東京でホワイトクリスマス!(≧▽≦)
いつか大寒波がやって来た時は、味わえるはずですが、地球温暖化の昨今です。どうなんでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.24 22:56 | 編集
s**p様
二人に天からの手紙が届き、会うことができました。
え?狙っているコートが天から落ちてくる?(゚Д゚)ノ
どこですか?その場所は(笑)すぐに伺ます!
拍手コメント有難うございました^^


アカシアdot 2017.12.24 23:08 | 編集
か**り様
大丈夫です!(笑)
坊ちゃんとつくしが離れることはありません。
達郎さんの曲。素敵なメロディに切ない歌詞。
心に響きますよねぇ・・。
そして「恋人がサンタクロース」になった!
本人がプレゼントでやって来ましたね(笑)
駿君、パパに会えて良かったですね。

忘年ランチ!いいですねぇ。
今年の色々は、今年のうちに忘れることが出来るといいのですが、そう簡単には行きませんよね・・。
でも前を向いて歩くしかありません。
ゆっくりでいいと思います^^
アカシアのこんなお話でよければ、またいつでもお立ち寄り下さい。
今年も僅かな日数となりましたが頑張りましょう‼
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.24 23:32 | 編集
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