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2017
12.23

追憶のクリスマス ~空からの手紙~ 中編

あれから6年の歳月が流れた。

あのとき26歳と27歳だった二人は、先の見通せない世界にいた。
出会ってから10年近くの時間が流れ、肌を寄せ愛を確かめ合う回数は増えた。
好きだ。愛してる。俺から離れないでくれ。
そう言って抱きしめ合う二人がいたが、心の中には目に見えない不安というものがあった。

4年という別離を経て帰国した彼との交際は5年になっていたが、その間、全てが順調といった訳には行かなかった。人生には波があると言われるが、二人の間にも波が押し寄せた。
それは道明寺HD財務担当者による不正経理の発覚。子会社による製品の品質データ改ざん。
どちらも企業としての信頼を著しく裏切る行為であり、強い不信感を巻き起こす。そしてそういった行為がひとつでも見つかれば、他にもあると思ってしまうのが社会であり、あの会社は内部統制、コンプライアンス体制が欠如しているとのレッテルを貼られる。

そしてどちらの問題も業績に大きく関わることであり、財務体質の見直し、新たなる検査体制の構築を早急に求められた。だが問題となったどちらの部門も、会社が大きくなればなるほど経営トップが直接関わることがないことだが、それでも責任が問われることは間違いない。

そして、現実社会の波といったものは、寄せては返す波とは違い、その場にとどまり続け、企業の土台を侵食していく。それはしっかりと固められていたコンクリート作りの土台であっても、原材料の一部が砂であることを思い出させるような出来事だった。
一度土台が崩れ始めるとそう簡単には修復できない。だが彼はそれを修復するために力を尽くしていた。

彼と出会って、彼を好きになり、永遠に一緒にいたいと彼と生きていこうと決めていたが、彼は今でもそうなのだろうか。時にそんな思いを抱くようになっていた。何故そう思ったのか。その時は分からなかった。

そして結婚の約束は果たされないまま、時間が流れた。
仕事が忙しいのは分かっている。それは十分理解しているつもりでいた。
昼も夜も働き続ける彼の力になりたいといった思いで傍にいたが、本当に自分が力になっているのだろうかといった思いがあった。もしかすると自分の存在は、彼にとって重荷になっているのではないだろうか。そう感じたのは、財閥の危機に救済の手を差し伸べた企業が彼との婚姻を念頭に置いていることを知ったからだ。

だからあの日、会う約束をしたが、どんな話になるか分からないと思った。
もしかすると__
と、二人の別れが頭の中を過った。だがそれはそれで仕方がないことなのかもしれない。
どこかでそう自分自身に言い聞かせていた。彼は大きな責任を担う仕事をしているのだから仕方がないのだと。ちっぽけな小さな世界に生きる自分とは違い、多くの従業員とその家族。系列と呼ばれる多くの企業に働く大勢の人間とその家族。彼らを守るのが経営に携わる者の仕事のひとつだから。

だがそんなことを考えたのが悪かったのかもしれない。
だからあんなことになったのだ。
それに彼が知れば『ばかやろう。お前は何を考えてるんだ。俺はお前とじゃねぇと幸せになんかなれねぇんだ』と怒鳴ったはずだ。

それは永遠の不在となったかもしれないあの日。

道明寺財閥の一人息子が交通事故に遭い重傷を負った。
一時は生命の危険も囁かれた。だが彼はその危機を乗り切った。
それは医学の力と本人の精神力の強さ、体力といったものがあったからだろうと言われていた。

その翌年、息子が生まれた。
彼そっくりの息子が。そして母親を見つめる瞳は純粋な眼差し。
自分を愛してくれる人をただ一心に見つめるその瞳は、彼と同じ瞳。
だがそれは恋人が愛する女性を見つめる瞳ではない。自分を無条件で愛してくれる人に向けられる無垢な視線。
そしてその視線に既視感が感じられるようになった。それもそのはずだ。
息子と彼が親子であることを考えれば、当たり前のことなのだから。
だが彼は息子の存在を知らない。

事故に遭った日。
手術を受け、集中治療室で治療を受け、生命の危機は乗り切った。
だが目を覚ますことはなかった。
死からは逃れたが、彼はあの日以来硬く目を閉じ眠ったままで、生からは見放されたのではないかと言われている。

そしてあれから時間だけが流れて行く日々が過ぎた。

今では何故あの日、彼が別れたいと思っているといったことを考えたのかが分る。
あの時はまだ分からなかったが、子供が出来たことがそんな思いを抱かせたのだ。
妊娠したことが、感情の揺れを呼び起こし、精神的に不安定になった。
そんな心を抱え普段なら思いもしないようなことが頭を過った。
そして丁度あの頃、二人の未来がどうなるのか分からない時だったことが、彼が別れたいと望んでいるのではないかといったことを考えてしまった。



『赤ちゃんが出来たの』

もし、もっと早く気づいていれば。
もっと早く分っていれば。
あの日、彼が事故に遭わなければ。
彼に嬉しい知らせを伝えることが出来たはずだ。

その時の彼の顏が目に浮かぶ。
少し照れた様子で、それでも次の瞬間には本当に嬉しそうな表情を浮かべたはずだ。

『俺たちの子供か。楽しみだな』

そう言って抱きしめてくれたはずだ。そしてその時の顔は、既に父親の顔をしていたはずだ。
と、同時にやはり嬉しさを隠しきれず、どこの父親でもまず一番初めにすると言われる行為をしたはずだ。それは、しゃがみこんでまだ何の気配も感じることのないお腹に耳をつけることだ。そして顔を上げて言うはずだ。

『元気な子供を産んでくれ』





たとえ結婚できなくても良かった。
ただ、大きく迫り出してくるお腹を愛おしそうに撫でてくれる。それだけで良かった。

そしてあの日。
彼のコートのポケットには小さな箱が入っていた。
それは白いリボンが掛けられた青い箱。

『つくしちゃん、司はこれをあなたに渡そうと思っていたのね。きっと言うつもりだったのよ。遅くなって悪かったってね』

嗚咽を漏らす椿から渡されたその箱の中にはダイヤの指輪が輝いていた。





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コメント
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dot 2017.12.23 09:06 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
はい。昏睡状態です。
色々なことがあった二人。心がすれ違いを起し、情緒不安定になったつくし。
そうですね・・。神様は少しだけ二人の時間をすれ違わせたのかもしれません。
クリスマスの奇蹟を信じている。
クリスマスこそ、一番奇蹟が起きる日ですから、駿君にもつくしにも奇蹟が起こることを祈ります。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.23 22:14 | 編集
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