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2017
12.21

恋におちる確率 34

昼休み、つくしは珍しく久美子と社員食堂にいた。
副社長の第二秘書の仕事に勤怠管理は関係ないものになっているとは言え、時間がくればお腹が空くのは当たり前で、メープル仕込みの社員食堂での食事はコーヒー三課にいた頃からの楽しみだった。

そしてそんなつくしの目の前に座る久美子の興味は、三日前の夜の一点に絞られていた。
それは、久美子と食事をし、新堂巧に出会い、副社長に介抱されペントハウスに連れて行かれたあの日の夜のことだ。久美子は突然現れた副社長の指示で黒服の男たちによって連れ出され、車に乗せられるとあっという間に自宅まで送り届けられていた。
そんな久美子にしてみれば、あの後つくしがどうなったのか気にならないはずがない。

「ねえ。つくし。あの日だけど、あんた副社長にお姫様抱っこされて化粧室まで連れいかれたわよね?それでその先どうなったのよ?」

お姫様抱っこ。

その響きは女性にすれば憧れの響き。
たとえ50歳だろうが60歳だろうが、若い男性に横抱きに抱きかかえられれば胸がときめくと言われているスタイル。
だが実際にそれをされた女は、胸がときめくどころか、むかつき、早く吐きたい思いに囚われていたのだから、あの夜のあの光景はつくしにしてみれば、失態以外の何ものでもない。
だが、その場にいた久美子からすれば羨ましいとしか言えなかったようだ。
そしてそんな久美子の反応は予想出来た。

「ちょっと。つくし。あれから副社長に送ってもらったんでしょ?」

久美子は自分を車に乗せた背広の男に聞いた。
すると、ご心配には及びませんとのひと言を返されたが、携帯電話から無事を確認するためのメールを送ったが返事は無かった。だが次の日には、昨日は心配かけてゴメン、大丈夫だから。と返信があった。だから無事送られて帰ったことだけは知っていた。だがあの副社長の行動に目を見張ったことは間違いない。

何しろクールな男と呼ばれる道明寺副社長の素早い反応。
それも新堂巧というつくしに恋心を寄せる男がいる傍でのあの行動は、ただの秘書に対する対応にしては過剰ではないかと感じていたが、久美子はつくしが口を開くのを待っていた。

その日、つくしが選んだ昼のメニューは、サバの味噌煮定食。
甘味のある味噌が優しさを感じられる味付けで、ご飯が進む一品。それに季節の野菜の炊き合わせとみそ汁と漬物が付いているが、今まさにその定食のメインであるサバを口に入れ、咀嚼している最中だったが終わると口を開いた。

「・・え?うん・・」

「ちょっと何よその歯切れの悪さは。つくし、あんたあの道明寺副社長の秘書をやってるだけでも羨ましがられることなのに、副社長にお姫様抱っこをされるなんてどれだけ凄いことか分ってる?そりゃあんたは気分が悪くてその凄さを味わうどころじゃなかったかもしれないけど、あの事がここにいる女子社員にバレたら暴動が起きるわよ?」

「・・・久美子が言わなきゃ暴動は起きないわよ」

久美子の言葉はいつも大袈裟だ。
だが暴動が起きないにしても、つくしに対して激しい嫉妬の視線が注がれることは間違いない。

「あんたねぇ・・。そりゃあたしは言うつもりはないけど、アレははっきり言って大ニュースよ?もしかするとあたしの中にある今年の道明寺副社長に関するニュースの中で一番のニュースかもしれないわ」

今年一年もあとわずかで終わるが、今年は思わぬ異動で秘書課勤務になったとつくしは今年を振り返った。
そしてあの夜、実は自宅に送られてのではなく、副社長のペントハウスに泊まったことを話せば久美子のことだ。二人はそういった関係だったのかと言われることは間違いない。
だから黙っていた。

「そんなの大袈裟過ぎるわよ。それに副社長はあたしを抱えたことなんて、何とも思ってないわよ」

「つくし・・あんた本当に副社長の傍にいる幸せが全然わかってないのね?」

副社長の傍にいる幸せ。
恐らく他の女性社員も皆つくしのことをそう思っているはずだ。
多くの女性の憧れの存在である男との始まりは険悪なものからだったが、徐々に二人の関係は良くなった実感がある。そして仕事の関係性は向上していると思っていた。

朝食を食べないと言われる男と差し向かいで朝食を食べた。
それも、つくしがお気に入りのクロワッサンが用意されていた。そしてコーヒーはいつものブルーマウンテン。
そのカップを持ち上げている仕草はいつも副社長室で見る姿だが、思わず見とれたのは、あの状況がそうさせたのだろう。指先まで綺麗な男性というのは、そういるものではない。

そんな一握りの男と言われる人物が、黒を基調としたダイニングルームの中、その黒と見事なコントラストを描く白いシャツを纏い、ゆったりと優雅に朝食を摂る姿が絵にならないはずがない。そして彼の前には美しい女性がいてほほ笑みを浮かべている。
だがつくしは、頭の中に浮かんだその姿を慌てて打ち消した。それに美しい女性というのは自分ではない。それはどこかのご令嬢かモデルだ。

「久美子・・あたしは仕事をしに来てるの。だから自分が任された仕事はきちんとやりたい気持ちが大きいの。だから新堂さんとも付き合うつもりはないの」

「ああ。新堂さんね?あれからどうなったの?あの日、あたしはあんたが化粧室に運ばれてから、あたしも行こうとしたら止められて車に乗せられて帰ったけど、新堂さんはどうしたのかしらね?鳶に油揚げをさらわれるじゃないけど、あたしから見ればそんな感じだったわよ?それにさ、あんた今夜は楽しかったなんてこと言うから、彼勘違いしてるかもよ?ま、あたしはその言葉が社交辞令だってことは分かったけどね」

久美子はそこで一旦言葉を切り、目の前に置かれている甘酸っぱい南蛮ソースとタルタルソースがかかったチキン南蛮定食に箸を伸ばしていた。

「でもねぇ・・男に向かってのあの発言は誤解を招くって言うの?余計な気遣いが仇にならなきゃいいけど、気を付けなさいよ?新堂さんって自分に自信がありそうだし、なんて言うのかな?高い山があれば、それを登ることを苦とは思わないタイプ?それに道明寺副社長のあの態度。なんだか新堂さんに喧嘩売ってるって感じだったわよ?」

新堂巧。
業務提携先である菱信興産専務であり次期社長の男。
毎日のように送られてくるメールに、押しの強さを感じ始めていたが、両社の関係を考え無下には断れずにいた。

「・・ねえつくし。もしかして副社長ってつくしのこと好きなんじゃない?新堂巧が自分の秘書に好意を抱いてることを知ってるのよね?それなのに、その男の前であんたを抱きかかえるなんて、これどう考えても副社長はあんたを新堂巧に渡したくないからの行動じゃない?あたし、最初につくしが副社長の秘書に抜擢されたとき、もしかして副社長がつくしを見初めたからじゃないって言ったけど、やっぱりそうなんじゃない?うんうん。もし初めはそうじゃなかったとしても、今は絶対そうよ?そうよ!あの行動は新堂巧にあんたを取られたくないって態度の表れとしか思えないわ!」

つくしは久美子の言葉にサバの小骨が喉に詰まったようにゲホゲホと咳をした。

「ま、まさか!何言ってるのよ?そんなことあるはずないじゃない。副社長がどんな女性が好みだか知ってるでしょ?」

「あのね、つくし。女の好みなんて変わるの!・・もしかすると、新堂巧がつくしにアプローチし始めて急にあんたの良さに気付いたのかもよ?うんうん。違う・・副社長はあんたのことが好きなのよ!」










久美子とそんな会話を交わしたからか。
昼食を終え、秘書室に戻ったが、副社長の態度を思い出していた。
今まで深く考えたことはなかったが、思えば副社長の態度が変わったのは、新堂巧から告白をされてからだ。だが久美子の考えは飛躍し過ぎている。
あの副社長が、あの道明寺司が一介の秘書を好きになることは考えにくい。
今でこそつくしの前での態度は変わったが、それでも彫像のように冷やかで完璧な美貌を持つ男のことはよく分からない。

道明寺財閥。道明寺HD。副社長。
この3つの言葉を並べただけでも男の立場は誰の目にも分る。そんな男がつくしのような女を好きになることは考えられない。
だが久美子は言った。

『つくし。恋なんてものはある日突然なの。何がきっかけだったなんて後からいくらでも思いつくものなの』

つくしは目を閉じ、あの日一緒に朝食を食べた時のことを思い出していた。
食事をしたのがあの時が二度目。食事をすれば相手の生い立ちが分ると言われるが、優雅な食べ方はまさに育ちを表している。
そして語られた言葉の中に、どこか甘い気持ちが付き纏うように感じられ、気持ちが揺らぐのを感じた。そんな自分を勘違いするなと戒めたが、あの朝のことが繰り返し思い出され、落ち着かない気持ちになっていた。



「牧野さん。副社長がお帰りよ?」

「あ、はい。ありがとうございます」

専務秘書の野上から声をかけられ、つくしは目を開け、秘書室を出ると外出先から戻った男にお帰りなさいませ、と声をかけ後に着いた。そして同行していた西田からこれに目を通しておいて下さいと言われ、書類を受け取った。

「牧野。コーヒーを淹れてくれ。あの会社のコーヒーはどこの豆だか知らねぇが不味い。うちの豆をあの会社に売りつけてやるか。食品事業部に営業をかけるように言ってやれ」

コーヒーにうるさい男の舌は、今はどんな豆だろうと、彼の惚れた女の手で淹れられたものなら文句はないはずだ。そしてつくしは、自分の中に沸き起こった訳のわからない気持ちを落ち着けるため、給湯室へ行くことがこれ幸いだと感じていた。





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コメント
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dot 2017.12.21 08:09 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
久美子との会話で司のことを意識し始めたつくし。
「副社長があたしのことを?」と思いながらも、心がざわついて来たようです(笑)
つくしの気持ちがどう変化していくのか。明日からクリスマスのお話になりますので、少々お待ち下さいませ^^

それにしても、本当に一年が早いですよね・・。
ジョージ・マイケルが亡くなったのはクリスマスで驚いたのを思い出します。
昨年のクリスマスのお話。覚えていて下さったんですね?ありがとうございます(低頭)

サンタクロース。プレゼントを置くタイミングが難しい(笑)
確か昨年もそのようなお話をしたような気がします(*^^*)
夢を壊さないため、サンタはこっそりとですね?^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.21 22:09 | 編集
s**p様
おはようございます^^
坊ちゃんは100%恋におちていますが、つくしは未だですねぇ(笑)
誰かが持ち込んだコーヒーの香りが・・。
今の坊ちゃんは、つくしが淹れたコーヒーならブルマンでなくても旨いと言って飲んでくれるはずです(笑)
クリスマスのお話。楽しんでいただけるお話だといいのですが・・・。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.21 22:16 | 編集
H*様
はい。こちらのお話は、少しお休みになります。
二人はどうなるのか。少しづつですが、距離は近づいているようです。
つくしも久美子に色々と言われ、意識し始めているようです(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.21 22:23 | 編集
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