fc2ブログ
2017
12.20

恋におちる確率 33

司のムッとしたと言うよりも、どこか怒気を含んだような口調には苛立ちも含まれていた。
そしてそういった口調になったのは、彼女が新堂巧と一緒にいたからであり、頭の中を占領してしまった女が他の男といることに嫉妬したからのひと言に尽きる。そんなことから、あの男といて何が楽しかったのかと訊いていた。



「あの、新堂さんとのことは、会社にご迷惑を掛けるようなことをするつもりはありません。昨日も久美子・・友人と一緒に食事にしていたところで偶然新堂さんにお会いしたんです。ですから・・楽しかったと言ったのは、本意ではありません。こう言っては新堂さんには失礼だと思いますが、大人の会話によくある社交辞令的なものです」

つくしはそこで話を終えた。
だが司は彼女の新堂巧に対する気持ちが知りたかった。
目の前にいる女はそんな男の態度に気付いたのか口を開いた。

「それから新堂さんは私と真面目に付き合いたいとおっしゃいましたが、私はそのつもりはありません。それにいくら業務提携を結んだ会社とは言え、私が新堂専務とお付き合いすることは、立場上いいとは思えませんので」

それは、道明寺HDという会社の秘書であるつくしが、菱信興産の専務である男に対しての気持ちだ。
現に会話の中で、初めは新堂さんと呼んでいたのが、次に口にしたのは新堂専務という呼び名でありその態度は毅然としたものだ。

「ですから、副社長。私が新堂専務とお付き合いをして、何か問題が起こるといったご心配をされているのでしたら、それは杞憂だと思います」

と、つくしはそこまで言って司の言葉を待ったが、料亭で昼食を共にしてから副社長の、自分を見る視線が熱っぽく感じられるようになったが、それは多分気のせいだと自分に言い聞かせていた。

つくしは、自分と自分自身の人生を大切にしている普通の女だ。そして分をわきまえることを知っている。醒めない夢というものがないことも知っている。要は勘違いする恋をすることはないということだ。

だが別につくしが道明寺司に恋をしている訳ではない。
あくまでもただの上司だと考えている。けれど、初めて秘書として勤務を始めたころとは、明らかに態度が違う。これをどう捉えればいいのか。
そしてあの料亭での食事で、色々と訊かれたが、あれは新人秘書に対する上司としての態度がそうさせたのであって、それ以外の何ものでもないはずだ。現に本人もそう言った。
上司が部下のことを知らなくてどうするのかと。

それにあの時、自分の全てを話したわけではない。両親が既に他界したことや、子供時代のちょっとした話をして、大学は奨学金を貰っていたため、卒業後はその返済を滞ることなく済ませたといったことを話した。
そしてあの時は、過去の恋愛経験については訊かれることは無かった。
だがそれもそうだ。そもそも、副社長が秘書の恋愛について知りたがると思う方が間違っている。それにもし訊かれたとすれば、それこそセクハラだ。

つくしは、道明寺HDに入社してから付き合った男性がいた。
彼がはじめての恋人だった。
つくしは、背伸びしても届かない恋をした訳ではないし、そんな男性には関心がない。
それに自分の身の程をわきまえている。住む世界が違う人間同士はうまくいかない。
人にはそれぞれに相応しい生き方がある。だから恋人もごく普通の人だった。

相手は外資系証券会社に勤める男性。
出会いは頭数合わせに参加した合コン。
その気のないつくしは、美味しい物が食べれるだけで良かった。だから目の前にいた男性が声をかけて来たとき、口にはスペイン料理の代表格であるパエリアのムール貝が入っていた。

押しの強い男性で付き合って欲しいと言われ、周りからも勧められ付き合い始めた。
だがその恋人とはすぐに別れた。それ以来恋人はいないが別にそれで良かった。
けれど久美子は、あっさりと別れたつくしに、嘘もないかわりに本音もない。女性として醒めていると言った。

確かに醒めているのかもしれない。
あの付き合いも、周りに勧められたのと、相手の押しの強さに負けたと言ってもいい。
だがあの時、付き合い始めてまだ間もない頃、いきなりホテルの部屋へ連れ込まれそうになったことがある。こういうことは流れに乗るものだと言った男は、つくしが嫌だと言うと、ノリが悪いと言い放った。だがそういったことをノリでするということが、つくしには理解出来なかった。

久美子には言っていないが、つくしは男性経験がない。だが別に避けていたというのではない。そういった人に出会わなかったからだ。
それに、はじめてというものは、出来れば思い出になる状況といったものが欲しかった。
それを乙女チックだとか、純情だとか言われたとしても、あの当時はそう思ったのだから仕方がない。だから、付き合い始めた男にノリが悪いと言われ、自分の考え方に自信がなくなった。そして恐らくそんなつくしの考え方が受け入れられなかったのだろう。俺たち、別れようと言われ、短い恋は終わった。だが自分が恋をしていたという実感はない。
それは押しの強い男性と、周りからの勧めといったものに流されていたと言った方が正しい。

そしてそれから何度か男性を紹介されたことがあったが、好きになれる相手はいなかった。
だがもう30も過ぎると、どうでもいいというのか、それとも久美子があの時言ったように女性として醒めてしまったのか。恋といったものに縁がない。
そんなところに新堂巧の突然の告白に引くのは当然かもしれない。
はじめての恋人の押しの強さと、新堂巧が重なって見えたから。










司は、つくしの言葉に納得していた。
それは、彼女が真実を語るに相応しい目をしていたからだ。
真っ直ぐに司を見つめる黒い瞳に嘘は感じられなかった。
そして西田が言ったように、牧野つくしは真面目な女だ。
新堂巧のことは、本当に興味がないようで曖昧な部分は無かった。だがその言葉の裏に、男に興味がないといった空気が感じられた。

牧野つくしの過去の恋愛について調べたが、調査には上がらなかった。それに料亭で昼食を取ったとき、詮索はしなかった。何故しなかったのか。あの場面では話題に出すべきことではなかったからだ。あの日は上司が部下のことを知る、コミュニケーションを取るといったことを目的としたからだ。だから深く踏み込むことはなかった。
そして女は、上司である男がどんな言葉を返すのかと不安を見せることはなかったが、今は何を言われるのかといった態度が感じられる。



司は足を組んで座っていたが、立ち上がるとダイニングルームに足を向けた。

「そうか。じゃあ朝飯を食うか?」

鋭さのないその言葉に、どこかホッとしたような女の姿に頬が緩みそうになるところを引き締めた。そして饒舌ではなく、真摯に語った女は、はいと返事をし、彼の後ろに従った。







ダイニングルームに用意された朝食は、邸から来た使用人が用意し、皿を並べ終えると姿を消した。
今まで朝食を取ることがなかった男が初めて座ったダイニングテーブル。
そこに今まで食器が並べられたことがなかったが、二人の前には皿が置かれ、ホテルの朝食のような料理が並んでいた。
卵はスクランブル。ソーセージやベーコン。ポテトや焼かれたトマト。温野菜のサラダとクラムチャウダーにフレッシュなオレンジジュース。そして焼きたてのクロワッサンとコーヒー。

司は目の前の席に座ったつくしに視線を合わせたが、いただきます、と言いナイフとフォークを使い料理を食べる仕草は、和食を食べた時と同じで綺麗に食べていた。
そしてその表情は、やはり美味そうだ。一方司も、そんなつくしの姿に料理を味わうことを楽しんでいた。

食事というものは、ひとりで食べろと言われれば味気ないと思う人間は多く、誰かと一緒なら食が進むというがその通りだと感じていた。
今まで司にとって食事というものは、生命を維持するためのものであり、最低限食べればいいといったもので楽しむということはなかった。そして誰かと食事をして楽しさを感じたことはない。
それは、ビジネスなら尚更のことであり、世田谷の邸に暮らしていた少年の頃もやはり同じで、一流のシェフが作った料理に味はしなかった。何を噛んでも味といったものがあるとは思えなかった。そして誰もが言う家庭の味といったものが、彼の前に並ぶ料理には無かった。

司は美味そうに食べるつくしから目を離さなかった。彼女が目を上げると司の眼差しとぶつかったが、クロワッサンを口にし、目を輝かせた姿を見れば、あの日、彼女がコーヒーと一緒に差し出したクロワッサンに対しての名誉挽回といったところだ。

「お前の好きなクロワッサンだ。好きなだけ食べればいい。なんなら持ってってもいいぞ?」

と言えば、本当ですか。と嬉しそうに言う顔に自分の表情がフッと緩んだのが分る。
と同時に、こんなにも食事を楽しんだのは、料亭での昼食とこの朝食の時間だと気付く。
そして胃袋が食べ物を欲しがるのと同様に、腹部が熱く感じられた。それは病気とはまた別のうねるような思いが身体の中で熱い渦を巻き、心臓まで駆け上っていたからだ。
こんな姿を西田が見れば何を言うか。そんなことを思う自身が可笑しかったが、今この時間を楽しんでいる自分がそれ以上に可笑しかった。


「美味いか?」

「はい。とても!」

そう言われ司の手もクロワッサンに伸びていた。





にほんブログ村

応援有難うございます。
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.12.20 06:30 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
はい。つくしは新堂巧には恋愛感情は一切ありません。
これで司も一安心(笑)
ただ、自分に気持ちが向いてくれるように距離を詰めることが必要となりますが、巧はライバルではないので余裕でスルー出来る?(笑)つくしも司の態度が変わってきていることに気付いてはいますが、さて、その変化はなぜ?といった思いです(笑)
過去の恋愛経験が今の彼女を作ったとすれば、司も今まで自分の周りにいた女性のようにはいきませんね?
頑張ってつくしを落してもらいましょう!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.20 21:31 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top