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2017
12.19

恋におちる確率 32

つくしが目を覚ましたのは、広い部屋。
大きなベッドと暖かい空気。
そしてなんとも言えない雰囲気があった。
それはその部屋全体が落ち着いたマホガニー色と呼ばれる紅褐色をしているからだ。

ベッドのヘッドボードはマホガニー。小さな丸テーブルと肘掛椅子も同じマホガニー。
部屋の片隅に置かれた間接照明の灯りは飴を溶かしたような淡い黄色。カーテンもやはり紅褐色。この部屋は全体が暖かみのある雰囲気に仕上げられていた。

だがここがどこなのか。
今自分が置かれた状態がどういったものなのか。全く見当が付かなかった。
そして今が何時なのか。だがそれはサイドテーブルの上に置かれている自分の腕時計で確認することが出来た。時計の針は朝6時を少し回ったところだった。

それにしても、いったい自分はどこにいるのか。記憶はバーのトイレで吐き、それから偶然現れた副社長に連れられ車に乗ったところで途切れていた。
そしてそこから先、ゆらゆらと揺れながらどこかへ運ばれて行く記憶はあった。

それから・・・・

覚えていなかった。

「ああ・・・もう最悪・・」

つくしは、身体を起し、ベッドの上で頭を垂れ呻いた。
羽根布団の下にある身体が纏っているのは、下着だけ。
ベージュのスリップはそのまま。勿論、その下に着けているものもそのままだ。
今頭にあるのは、いったいどうして下着姿で寝ていたかということだが、昨日は最終的に副社長が一緒だったということを考えれば、こうしていることに、副社長が関係していることは間違いないはずだ。
そうだ。化粧室で吐く女の背中をさすってくれたのは、副社長である道明寺司だ。
よりにもよってあの道明寺副社長に吐いている姿を見られた。

だがつくしは我に返った。
そうだ副社長だ。朝のお迎えだ。お迎えに行かなければならない。
つくしは頭の切り替えは早い。そうでなければ一流の男に仕える仕事は出来ないからだ。
そしてここがどこであろうと仕事に行かなければならない。
それに今どうして自分がこの恰好なのかなどどうでも良かった。
こんなところでグズグズしている訳にはいかない。つくしの頭は朝から目まぐるしく回転を始めていた。
だがそのためには服がいるが、自分が着ていた洋服はいったいどこにあるのかと思えば、壁にいくつかの取っ手があるが、そのひとつがクローゼットだと気付いた。

つくしはベッドを抜け出しその取っ手を引いた。
そこは思った通りクローゼットで見覚えのあるコートがあり、服がある。だがそれは昨日着ていた服ではない。ナイロンカバーが掛けられたそれは真新しいビジネススーツであり、自分のコートと一緒にあることを考えれば、それを着ろということだと理解した。
そうだそうに決まってる。秘書が皺の寄ったスーツでいる訳にはいかないからだ。

それにそれしかないのだから、たとえそれはお前の服ではないと言われてもそれを着るつもりでいた。そうしなければ、会社へ行くことが出来ないからだ。
それにいつまでもスリップ一枚でいる訳にはいかなかったし落ち着かなかった。

人は着ているものを取られると、人としての威厳を失い自分に自信がなくなるというが、今のつくしはまさにそんな状態だ。それにビジネススーツというものは、つくしにとっては戦闘服のようなものなのだから、それを身に付けていないとどうも落ち着かない。

そんな思いからつくしは、急いでビニールカバーを外し、ブラウスとスカートを身に付け、上着を着た。幸いストッキングは履いたままだし伝染していない。
そして窓の傍まで行くと、急いでカーテンを開けた。だがまだ外は暗く、景色は見えなかった。
それから手櫛で髪を整え、腕時計を嵌めるためベッド脇のサイドテーブルまで戻ったが、その時、気付いた。
それはそこに揃えて置かれているスリッパ。
見覚えのあるそのスリッパにここが副社長のペントハウスであることを知った。
そして再び呻いていた。

「やっぱり・・」

副社長の家、つまりペントハウスにいる。その可能性を考えなかった訳ではない。
何しろ最後にリムジンに乗り込んだのだから、行き先を考えれば、自宅か副社長のペントハウスのふたつにひとつだと考えてもおかしくはない。だがもしかするとメープルではないかと思いもした。

そして何かがあったと考えるほど子供ではない。
下着をつけたまま、何か出来るとは考えていない。それに副社長の好みは肉感的な、つまりセクシーなモデルタイプの女性であり、つくしのように扁平と言われる身体ではない。だから考えること自体がおかしな話だ。
ただ今言えるのは、果てしなく迷惑をかけたという思い。

「あたし、秘書クビになるかもしれない・・・」

つくしはそう呟いたがスリッパを履くと両手で頬を叩いた。
それはなにやってるのよ。しっかりしなさいと自分に喝を入れるため。
そしてつくしは部屋の扉を開けたが、そこは廊下。そしてその廊下の先にある扉を開けば、広いリビングに辿りついたが、そこには背中を向けソファに座る男がいた。

もうここまで来ると腹を括るしかないといった思いを持った。
副社長に多大なる迷惑をかけたということだけは、間違いがないことだからだ。
そのことを考えれば、まな板の上の鯉ではないが、どこをどう切られても、突かれても文句は言えない立場にいた。
そしてソファに座る男が振り向いた。その姿は以前のようにバスローブではなく、スラックスにシャツを着ていた。と、いうことは、もう既にシャワーを済ませたということになる。
そしてネクタイを締めていない姿にシャツの一番上のボタンは外されていた。



「お、おはようございます」

「気分はどうだ?よく眠れたか?」

「・・はい。おかげ様ですっきりしました・・」

今の自分が果たしてどんな顔をしているのか。
それは愛想笑いだろうが、当惑顔だろうが今はただ迷惑をかけたことしか思い浮かばなかった。そしてこのことが仕事上の関係に何か影響を与えるだろうか。
つまり上司と秘書との関係にだ。いや与えるはずがない。何もなかったのだから与えるはずがない。
つくしは一瞬だが頭に浮かんだことを打ち消すように口を開いた。

「副社長。昨夜は大変ご迷惑をお掛け致しました。本当に申し訳ございません。それからこの服ですがありがとうございます」

つくしは頭を下げたまま、バーの化粧室で女の背中をさする道明寺司の姿を誰か見たことがあるだろうかと思った。

「牧野。気にするな。そんな些細なことを気にする男だと思ってんならそれは違う」

「は、はぁ・・」

そう言って頭を上げたが、意外な言葉になんと言っていいのか分からずそのまま黙ってしまった。それは副社長である男を前に失言をしないようにといった思いと、この状況をこれからどうすればいいのかといったことを考えているからだ。

このペントハウスに着の身着のまま泊まった女は自分が初めてではないはずで、相手は慣れたものできっとこんな経験は今まで何度もしてきたはずだ。
だがつくしは道明寺司の女ではない。秘書だ。そんな女はこの場合どういった態度を取ればいいのか考えていた。
するとその黙った隙を狙ったようにつくしのお腹がぐぅっと鳴った。
その音は、タイミングがいいのか。悪いのか。ソファに座る男はククッと笑った。

「牧野、今のお前は負い目があると感じてるんだろ?そう思うなら食事をしろ。ダイニングルームに用意させてる。しっかり食って仕事をしろ。それで昨日のことは忘れろ」

「・・はい」

今のつくしは、何を言われても素直にはいと答える他に言葉が見つからなかった。

そんな女の態度に司はここぞとばかり聞くことにした。
司は昨日の女の言葉が気になっていた。
『あの!今夜は楽しかったです!』
いったい新堂巧と何が楽しかったというのか。今は牧野つくしのどんな言葉も気になる。

「牧野。昨日新堂に楽しかったって言ったが何が楽しかったんだ?気分が悪くなるまで飲ませる男といて楽しい思いが出来たのか?」

司のムッとした言葉が女に当惑顔をさせたとしても、たとえ昨日の女の言葉が社交辞令の範囲だとしても、自分の気持ちを満たすためには、聞かなければならなかった。





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コメント
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dot 2017.12.19 07:36 | 編集
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dot 2017.12.19 18:16 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
つくし。朝目覚めて一瞬ハッとしますが、車の中で眠る時、傍にいたのは副社長です。
これはマズイ!と思ったのは自分の身体のことよりも、仕事のことだという仕事好き人間(笑)
そして司にどんな顔をして会えばいいのかを気にしていますが、意外な答えに拍子抜けしたかもしれません。
でも、新堂巧のことを聞かれました。
どうして副社長がそこまで自分のことに興味を持つのか。未だに不思議な彼女でした(笑)
鈍感なのか。興味がないのか。その辺りはどうなんでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.19 23:11 | 編集
か**り様
副社長のペントハウスにお泊りしたつくし!
そして意外と冷静な彼女(笑)そんな彼女のスーツを脱がしたのは誰か?
ええ。勿論彼ですよ(笑)
しかし迷惑をかけたことが頭にあるばかりで、そんなことは二の次なのかもしれません。
そして司に何が楽しかったのか聞かれたつくし。
そんな女はお腹が鳴りました!(≧▽≦)
司。優しく接してくれるのでしょうか?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.19 23:17 | 編集
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