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2017
12.18

恋におちる確率 31

司はウィスキーをストレートで飲んだとしても酔うことはない。
だが彼が横抱きに抱き上げた女は簡単に酔っ払う。
そんな女を抱え、リビングを横切りゲストルームと称される寝室へ運び込もうとする男の背後で、西田が声をかけた。

「副社長。どうされるおつもりですか?」

「どうもこうもねぇだろ?酔っ払いを送ってったところで、まともに目が覚めると思うか?たった1杯のカクテルで酔いが回った女が明日の朝時間通りにここに来れるとは思えねぇからな」

時計の針は午後11時を回っていたが、司にすれば遅い時間とは言えない。
そんな時間に女をペントハウスまで連れ帰ったのには、今の言葉以外にも理由がある。
それは、前後不覚とは言わないが、気分が悪そうな女をひとりマンションの部屋に送っていくことに不安があったからだ。

酔っ払いは無意識のうちに服を脱ぎ、風呂に入ろうとすることがある。そして、そのまま浴槽の中で寝込み溺れるといったことがあるからだ。
ただ、牧野つくしが酔った勢いで服を脱ぎ、風呂に入るかどうかは知らないが、世間ではそういった話はよくあることだ。そんな思いから連れて帰ったのだが、西田の声はそのことを咎めているように聞こえた。

「牧野さんは真面目な方です。いくらそのような理由があったとしても、独身の女性が男性のひとり暮らしの家に泊まるというのは、大きな誤解を招くおそれがあります」

「西田。何が言いたい?」

西田は元来真面目な男だ。
何かあっても表情に出ることはない。
そして決して司のすることを詮索するようなことはしない男だ。だがその西田が口を挟んだ。

「副社長のお気持ちは理解しております。ですが、いくら新堂様とのことがあるとは言え牧野さんのお気持ちを確かめないうちに、そういった関係に持ち込むことはよろしいとは思えません」

「西田。お前は俺が意識のない女を無理矢理抱くとでも思ってんのか?」

司は西田の言葉に不快さを感じたわけではないが、それでも長い付き合いであり、全くの赤の他人と見なしてはいない男の言葉に語気を荒げた。

「いえ。決してそのようなつもりで申し上げたのではございません。ただ、牧野さんは真面目な方です。たとえそのような関係にならなかったとしても、すでに副社長という男性の前で吐くという行為をされています。女性にとってそのようなことは、かなり恥ずかしい事です。ですからこれ以上彼女に恥ずかしい思いをさせない方がよろしいかと思います」

確かにいい年をした大人の女が悪酔いしたせいで、ひと前で吐く姿を見られるのは、かなりの屈辱のはずだ。そして、特に親しい間柄でもない人間に介抱してもらうことも恐縮する。
だが司はそんなことを気にしてはいない。むしろ新堂巧よりも先に彼女を抱き上げることが出来たことが良かったと思っている。そしてあの男の前からかっさらうように連れ帰った。だが、西田が口にした男と女の関係に持ち込もうなど考えてもいない。
それに意識のない女を抱いたところで何が楽しいと言うのか。

「西田。俺はこいつに恥ずかしい思いをさせるつもりはない」

「それなら_」

「ああ。守ってやりたい気持ちってやつだ。それに言っとくが俺は鬼畜でも人非人でもねぇし、相手がどんな女だろうと無理矢理抱いたことはない」

思春期の一時期、そういった人間になりかけたことがあった。
そして大人になり女と付き合うようになり冷たい男だと言われたことはあるが、そこまで堕ちてはいない。だがもし司がそんな男だとしても、そういった男に魅力を感じる女がいることも確かだ。

「そうですか。それなら副社長にお任せいたしますが、牧野さんは副社長の秘書であると同時に私の部下ですので無茶なことはなさらないようにお願いいたします」

そのとき腕の中に抱えた女は、うめくように何か呟いた。
化粧は取れ、ほとんど素顔の女は34歳には見えない。そして司に対して何の目論見もない善意の塊のような女。そんな女だから司は逆に手が出せないのだ。もし彼女がなんらかの野心を持っていれば簡単に抱くことが出来たかもしれない。だがそうではない。だから厄介なのだ。そんな思いをしながら司は笑っていた。

「ああ。分かってる。別に取って喰うようなことはしねぇよ。俺はこいつのことが心配なだけだ。それから西田。明日の朝は邸から誰か来させてくれ。メシ。作ってやってくれ。それと着替えを持って来るように伝えてくれ」

それは快活な声。
そして楽しげな声。
西田が今までに聞いたことがないような声だった。

「承知いたしました。では明朝牧野さんと無事ご出社なさって下さい。それから副社長。いきなり私に新潟に帰れとおっしゃらないで下さい」

司からいきなり休みを取れと言われた日。西田は自宅にいたが、そんな時、牧野つくしから副社長が手を怪我したと連絡があった。数日間は大袈裟に包帯が巻かれていたが、幸い大した怪我ではなく、今ではこうして女性を抱えていた。だが仮にもっと酷い怪我だったとしても、好きな女性を離すことはないはずだ。

「先日は突然休暇を頂きましたが、この次からは前もってご相談をお願いいたします。それからもうひとつ。新堂様の件ですが、相手は業務提携先の専務です。提携解消となるようなことだけは、お控え下さい」

西田はそう言って腕に掛けていたつくしのコートをソファの上に置いた。

「ああ、心配するな。俺のことを誰だと思ってる?そんなヘマしねぇよ」

「そうですか?それなら新堂様に牧野さんを取られないようにご検討をお祈りします。恋を手に入れるためなら手段は選ばないと言われますが、新堂様もその点は色々とお考えでしょうから」

頭脳戦、心理戦。そして強引な手段。
恋におちた男は相手の心を掴むためならどんな手段にも出る。
それがビジネスと同じというなら、新堂巧に負けるとは思えない。だが相手を軽く見ることは絶対にしない。何故ならビジネスと同じ足元を掬われるといったことを考えなければならないからだ。

そしてそんなことを思う司に西田は出過ぎたことを申しました、と言ったが本心はそうでないことを司は分かっている。西田という男は物事の本質を突くことが出来る男だ。そして時に何を考えているのか分からないこともある。そしてそんな男は策士と呼ばれていることを本人も知っているはずだ。

「ところで西田。お前はどっちの味方だ?」

「私は副社長にお仕えしている身です。ですから当然副社長の味方です。それでは、今夜はこれで失礼いたします」

西田はそう言うと、頭を下げ部屋を出ていった。

「ああ。じゃあな」

司は女を腕に抱えたまま話をしていたが、重いなど全く感じなかった。
むしろ、腕の中の重さから心地いい温もりを感じていた。
そして視線はストッキングに包まれた小さな爪先へ向いていた。

人は奇妙なことを印象深く覚えているものだが、今の司が思い出しているのは、手を怪我したあの日。スリッパを履かずに現れた女の爪先が思い起こされていた。
あのとき、スリッパを履いて来いと言われ、スカートの裾を翻し司の前から去った女の姿が何故か頭に思い浮かんでいた。そして女の足は、こんなにも小さく華奢なものなのかと初めて思った瞬間だった。

司は腕の中にいる女が眉間にかすかな皺を寄せ、息をしようと小さく口を開いたのを見た。
青みがかっていた唇も今では色を取り戻し、薄い桜色をしていたが、そこから吐き出される息はまだどこか辛そうだった。
だがその一瞬、司は顔を傾けそっと女の唇を塞いでいた。





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コメント
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dot 2017.12.18 08:27 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
司は、純粋につくしを休ませたいと思っているはずです。
西田さん。色々と言いますねぇ(笑)
つくしは司の秘書ですが、自分の部下でもある。
女性を好きになったことがない男と、真面目な女。
そんな二人に思うことがあるのでしょうねぇ(笑)
そして、寝ている女についキスをしてしまった男(笑)
これからどんな風にアプローチしていくのでしょうねぇ。

今年もあと残り2週間となりましたね?
1年が経つのがとても早いと感じています。
大掃除は少しずつ。そして年賀状は一気にいこうと思っています。
え?そうなんですね。あの動画が今年の注目動画No1だったんですね?
確かに素晴らしいですよね?アカシアも嵌まりましたが高校生には見えませんよね?(笑)

いつも色々とご心配をいただき、ありがとうございます(低頭)
はい。無理なくと思っています。
そして寒さも厳しくなり、身体の動きもぎこちなくなっています(笑)
司*****E様も体調を崩されませんようにお過ごし下さいね!^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.18 22:08 | 編集
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