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2017
12.13

恋におちる確率 27

「ねえ牧野さん。そう言えば最近の副社長って以前とは変わったような気がするの。
そうねぇ・・なんと言えばいいのかしらね。気のせいかもしれないけど丸くなったっていうのかしら。副社長は魅力がある人だけど、人を寄せ付けないタイプだったからなおさらそう感じるのかもしれないわね」

野上はそう言って秘書室に戻ったつくしに微笑みかけた。
今からちょうど5分前、エレベーターの前で副社長と西田が外出するのを見送った。

「そうよね?私もそう思うの。牧野さんが来る前の副社長は朝から機嫌が悪かったっていうのかしら?でも感情を表に出さない人だからそう感じていたのは、私だけかもしれないけど、最近は違うわよね?」

そう話を継いだのは、常務担当秘書の石井だ。
今ではすっかり気心が知れるようになった二人の先輩秘書。
慣れない仕事を懸命に理解しようとするつくしに秘書としてのものの考え方を教えてくれたのは、この二人だ。

「それにね、昨日副社長が西田室長と外出先からお帰りになられたとき、秘書室を覗かれたの。今まで副社長が秘書室に顔を出されるなんてことはなかったのよ?それなのにいきなり入って来たかと思うと何ておっしゃったと思う?牧野はどこだ?って真剣な顔で訊かれたの。だから私も真剣に答えたわよ?何しろ副社長はお茶を濁すような返事はお嫌いだから正直に答えたわ。お手洗いに行ってますってね。そうしたらね、いつものクールな表情で牧野が戻ったらコーヒーを淹れるように伝えてくれって言われたわ。あの時の副社長の顔はなんだか迷子になった仔犬を探してるような顔だったわ」

そう言った石井に頷く専務秘書の野上はおかしいわね。といった表情が浮かんでいたが、あからさまではない。

「あら石井さんもそう感じることがあるのね?私も最近の副社長は以前よりも表情が豊かになったような気がするの。私たち二人から見れば副社長は一回り以上も年が下だから弟ではないにしろ、どこか見守りたくなる存在ではあるの。勿論、仕事上ではそんなことは思いもしないわ。何しろあの方は道明寺財閥の跡取りで副社長という立場の方だからひと前では自分を見せることはないもの。でもね、ひとりになったら色々とお考えになることも多いはずよ?現に牧野さんが秘書として仕えるようになってからはなんとなくだけど、雰囲気が変わったもの」

二人の先輩秘書は、あくまでもこれは年より秘書の戯言だと言って笑った。
だがつくしも同じように感じていた。
あの日。料亭で食事をしてから副社長の態度は変わった。
つくしに質問を続ける姿は、見事な聞き役だと感じた。
あの時、他人に威圧感を与えることもできる男は礼儀正しかった。
そしてつくしがくつろげば、相手もくつろぐ姿が感じられた。だが副社長と秘書という立場から、打ち解けるというところまでは行かなかった。行かなかったというよりも、行けなかった。立場の違いというものがそこに存在するからだ。
二人は上司と部下。
副社長とその秘書といった立場以上の何かがあることは決してない。













「ねえつくし。副社長って匂いまで高貴な感じ?」

「匂い?」

「そうよ、匂いよ。あたしは副社長の傍になんて近寄れないから想像だけどいい匂いがするんでしょ?同じ車に乗っててクラって来ることもあるでしょ?」

同期の久美子とは、つくしが秘書室に異動になってからも時間が取れれば食事に行くことがある。
それは仕事帰りの居酒屋であったり少し洒落たレストランだったりするが、レストランの場合は、久美子の仕事のリサーチも兼ねていた。

つくしは以前飲料第二部コーヒー三課だったが、久美子は飲料第一部茶類課だ。レストランで食後に出される紅茶を飲み比べ、自社が輸入した商品を使ってもらえるように営業するのが彼女の仕事だ。だからリサーチ会社から提出された資料を元に、今どんな種類の紅茶が好まれるのかといった傾向を知る必要がある。そのため、実際にその店の料理を食べ、食後に出される紅茶の味を確かめていた。今日もそんな久美子のお供ではないが、レストランでの食事に出かけていた。

「うん・・いい匂いがするわよ?」

「いい匂いって・・ま、つくしは副社長の傍にいるんだからそりゃ匂いも感じるわよね?で、どんな匂いなの?でも洗い立てのシャツの匂いって言うの?ほら、清々しい匂いって感じじゃないのよね。なんていうんだろ。やっぱりセクシーでさ、女を悩殺するような匂い?シャープでセクシーって香り。どう?違う?」

久美子は社内に大勢いる道明寺副社長のファンを自認している。
だから副社長である男のどんな情報でもいいから知りたいといった思いがある。
だがいくら相手が親友でも、話をしていいことと悪いことの分別は持っている。
それに男の匂いについて語れと言われても、身近にいる弟はデオドラントに疎い。
それに当然だがつくしもよく分からない。ただ、いつも鼻をかすめる香りは、男らしくセクシーと言われる匂いであるということは分かる。だが久美子にどう伝えればいいか分からなかった。

「そうね・・・男の人のスーツの匂いって慣れてないから分らないのよ・・」

「ちょっとつくし。男の人のスーツの匂いって・・まさか副社長のスーツが防虫剤の匂いがするとは思わないけど、そうじゃなくて、あたしが訊きたいのは副社長自身の匂いのこと。スーツの匂いはどうでもいいの。でも噂では副社長は100着のスーツに100足の靴を持ってるって話だけど、それ本当なの?」

100着のスーツに100足の靴?
いったいいつそんなスーツを着るのかといった思いが頭を過るが、副社長クラスになれば当たり前の数なのかもしれない。

「ねえ、どうなのよ?つくし。あの噂本当なの?もし噂通りだとすれば、相当広いクローゼットが必要になるわね?でも副社長の世田谷のお邸なら100着なんてどうってことないわね?」

久美子の興味は尽きないようで、目が輝いている。

「ところでつくし。新堂巧とはどうなってるの?まだ会ってくれって言って来てるの?」

「うん・・。電話番号とか教えてないから会社のメールアドレスに送られてくるだけなんだけどね・・」

あれからも相変わらずメールは送られてくるが、最近ではビジネス絡みではなく、単独のメールが送られて来るようになっていた。

「ねえ、つくし。あんた身動き取れないくらいの男に囲まれるなんて経験したことがないでしょ?」

「あるわよ?」

「いつよ!いつそんな経験したのよ?」

「満員電車なんてしょっちゅうでしょ?」

「あのね、あたしが言ってるのは満員電車の中のことじゃないの。いい男のことよ。それこそ新堂巧とかうちの副社長とかよ。一度さぁ、新堂巧と会ってみたらいいじゃない?今つくしはフリーなんだし会うのはタダよ?会社には超絶いい男の副社長。私生活ではこれまたいい男の新堂巧。これを身動き取れないくらいの男に囲まれるって言わなくてなんて言うのよ?」

つくしは生々しい恋愛に手を出したことがない。
だから久美子の言葉にある身動き取れないくらい男に囲まれるという言葉に生々しさを感じていた。

「ねえ、それに新堂巧だけど、ナルシシズムの塊って訳じゃないでしょ?大企業の御曹司だけど世間の評判じゃあ割と普通の感覚の持ち主みたいだし、一度会ってみたら?会わなきゃわからないでしょ?それに世間の評判を確かめるためにも会ってみたら?」

久美子が言うナルシシズムの塊。
己の外見が素晴らしいとそういった傾向に陥る人間が多いと言うが、新堂巧はそういったタイプではないように思える。
だが、本当の所は分からない。ただ、ジュニアと呼ばれる人間のプライドの高さといったものだけは、理解しているつもりだ。だからなるべく相手のプライドを傷つけることはしないような断り方を考えてはいるが、どうも相手には伝わらないようだ。

そのとき、つくしは背後から男の声で自分の名前を呼ばれた。

「牧野さん。お久しぶりですね。お元気でしたか?」

つくしの座るテーブルの横に立ったのは新堂巧。
たった今、久美子と話題にしていたその人がいた。





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コメント
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dot 2017.12.13 07:30 | 編集
H*様
おはようございます^^
新堂巧。癖がありそうな人(笑)
あの司に対抗しようとする男ですから凄いですね?
それだけでもが勇気があると思います(笑)
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2017.12.13 22:01 | 編集
司*****E様
一回り以上年の離れた先輩秘書から見た司とつくし。
特に司がだんだんと変わってきた様子に頬を緩めているようです。
久美子が言った匂いとつくしが考える匂いは違う(≧▽≦)
司は素敵な香りを持つ男なんですね?
恋愛にはうといつくしは司と恋におちてくれるのか。
ライバル登場です。そしてこのことが司の耳に入るのか?
もしそうなった時、司はどうするのでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.13 22:33 | 編集
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