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2017
12.11

恋におちる確率 25

朝っぱらから怪しげな雰囲気でもいうのか、つくしにしてみれば、調子が狂う事ばかりだった。何故なら、今までなら不機嫌このうえないといった口調で感情の欠片さえ表さない男の豹変。無表情が板につき、口角が上がることがないと言われていた男の口元が緩んだ姿を見れば、いったい何事かと思う人間は多いはずだ。

そして、秘書になってからのつくしは、勤怠管理というものが殆ど意味をなさないものになっているが、それは仕方がないことだと分かっている。
朝はお迎え。帰りは第一秘書の西田が担当しているが、勤務時間は不規則になることが多い。
そしてまるでそのことを労うように秘書の仕事には慣れたかと聞かれ、食事はきちんと取っているのかと、つくしが言うべきセリフを言われた。

それに、食事らしい食事を取らないと言われている男が、まさか急に食欲が出たという訳でもあるまいが、今までなら第一秘書の西田に言われ仕方なくといった様子だった昼食も、恐ろしいほどの乗り気が感じられた。

そんな男に連れられ、つくしは車へ乗り込んだ。








道明寺HD副社長である司の行きつけの料亭は、新堂巧との会食のため訪れた料亭よりも格式が高い。その場所は、それと分る表示は何もなく、そこが料亭だと知らなければ立派な門構えの誰かの邸と思うはずだ。
そしてそこは、都内でこんなにも風情を感じさせる場所があるのかと思われるほどの静けさ。
そして先日訪れた料亭は、暗闇の中、オレンジ色の灯りがぼんやりと灯された庭だったが、二人が歩く長い廊下の脇に広がるのは、立派な石灯籠がある見事な日本庭園。
そこには、鯉の泳ぐ大きな池もあり、通された部屋の雪見障子から見える景色は風景画のような世界。
そして足を踏み入れた座敷は、何を言わなくても通されるこの料亭で最高の部屋だ。

司は挨拶に現れた女将にいつものお食事でよろしいでしょうか。と聞かれ「ああ。いつものでいい」と答えた。そして真正面に座った女の顔を見た。その顔は、障子の向うに広がる景色を眺めていた。

南に面したこの部屋は、離れの個室になっており、誰かが外の廊下を通ることもなければ、仲居が料理を運ぶ姿を見ることもない。
誰にも邪魔されることがない畳の部屋は、洋式生活が長かった男には似合わないと思われるが、昔邸にいた老婆の部屋を思い出させた。
そこは子供の頃、寝転んで天井を見つめ、楽しいと感じた場所。
そして女なんてすぐに泣くから嫌いだと言った司に、

『いつか坊ちゃんにも好きな人が現れます』

そう言われたことがあった。
そして、

『いつかお前も恋におちることがあるはずだ』

高校時代、仲間の誰かに言われた言葉が頭を過る。
そしてその言葉通り、恋におちた。
そうだ。司は認めていた。
今目の前で外の景色を眺める女に惚れた。
そしてその女を誰にも渡したくないという思いが確実にある。

だが出会いは険悪な雰囲気で、彼女を秘書にしてからもどこかそんな空気が漂い、相手を踏み込ませない、いや司の方が踏み込ませない空気を持っていたが、今はその空気を変えたいと思っている。だからこのチャンスを逃したくない。そして新堂巧が司を牽制したのなら、そんな牽制など屁とも思っていないことを分からせてやるつもりだ。そしてあの男が気付いた時には遅かったな、と言ってやるつもりだ。

司はそんな思いを抱き、女の顔を眺めていたが、やがて女将が仲居を従え現れ、自らの手で手際よく正確に料理を並べていく様子を見ていた。

そして今、司の目の前でゆっくりと箸を動かす女は、いつか西田が言った休むことなく手と口を動かしていたと言うには程遠い食事の仕方だ。爪は短く切り揃えられ、派手さは全くなく、きれいな箸使いをする。
そんな女は、ネクタイを上手く結ぶことが出来る。

そして初めて見る牧野つくしの食事をする姿。
骨と皮ばかりのモデルタイプが司の好みだと思われているが、健康的に食べる女の姿は、見ていて気持ちがいいものがある。

そう言えば、と司は今朝見た新堂巧へのメールを思い出す。
食欲がないと食事の誘いを断っていたが、どうやらそれはないようだ。
それならやはりあの男とは出かけたくないということなのか。
それともまだ相手の出方を見ているのか。それとも単に興味がないのか。
それならそうとはっきりと断ればいいものをと思うが、それが出来ない女。
それは、情に厚いということもあるが、優柔不断なところもあるということだ。
司は、牧野つくしの性格の一面を理解したような気がしていた。




食事というものは、肩の力を抜いてするから味が分るというものであり、二人で食事をするなら、相手のペースに合わせることがマナーというものだ。
だから司は、彼女と同じペースで箸を運んでいた。

「牧野。どうだ?この料亭とあの料亭の料理はどっちが美味いと思う?」

新堂巧と会った料亭と、司の行きつけのこの料亭。
ビジネス相手との会食がない日は、ここで食事をする。
ここの料理は、最高の食材を最高の料理人が調理したもので、口の肥えた男を満足させる。
だが先日の料亭の食材も料理人も優れている。ただ、味の好みはここの料理人の舌が司には合う。
それはしっかりと吟味された食材の使い方もだが、器や盛り付けは来る度に変わり、お客を愉しませることを考えている。
そこに企業努力といったものが感じられ、料理人の食に対する想いを感じることが出来る。
そして司はどんな仕事であれ、その道のプロであることを意識する人間を尊重する。そのことも、この店を贔屓にする理由だ。


「副社長はどちらのお食事が美味しいと思われますか?」

座布団の上で正座をした女は箸を置き、司を見た。

司はその答えに面食らった。
彼の周りにいたのは、おもねる者ばかりだっただけに、質問に質問で返す人間に出会ったことはなかったからだ。
それに司は女に何かを聞いたことすらない。意見を求めたことすらない。
女が何を好きで、何が嫌いかなどどうでもよかった。
それは相手に興味がなかったからだ。
だが今は、牧野つくしは何が好きかを知りたい。そして何が嫌いなのかを知りたい。
だから彼女の質問に答えた。

「俺か?俺はここの料理の方が上だと思う。確かにあそこの料亭も料理人も食材も一流だが、ここの方が美味いと思える」

「・・・そうですか。それでしたら私もこちらだと思います」

「なんだよ。そのそれでしたら、ってのは?」

司は気のない返事に慣れていない。
そのせいか、語尾が上がる。

「あの・・本当に私の意見が必要ですか?」

「どういう意味だ?」

「いえ。秘書の分際でといいますか、差し出がましいことをすると・・その・・」

彼女が言わんとしていることは分かる。
それは、秘書は黒子の存在であり、仕える人間の意見を尊重し、逆らわない。それを徹底すべきだと考えているということだ。
それに先日のクロワッサンの件をまだ気にしている。
だが今の司は彼女の言葉で彼女の意見が聞きたかった。
今まで周りにいた口先ばかりの人間は必要ない。
自分の考えを説明できる女がいい。

「お前はまだあのクロワッサンのことを気にしてるのか?あれはもう終った話だ。俺もきつく言い過ぎたっていったよな?それに食事の味ごときで何か言われると考えている方がおかしいはずだ」

司はビジネスで培った相手の心を読む能力と、瞬時に判断するということを行った。
そして相手に考える隙を与えまいとしていた。

「それに俺は考えてみれば秘書であるお前のことを知らなさすぎる。それは上司として問題だろ?俺は西田の母親の具合が悪いことを知っている。それを考えればお前のことを知ることも必要だ」

西田の話は適当に言った嘘だが、今の司は自分の論理で話を進めようとしていた。
それが悪いとは思わないが、あきらが聞けば大人げないやつだと言われることは間違いない。そして言われる言葉は分かっている。
女に本気になったことがない男は、好きな女が出来たが手も足も出なくなってんじゃねぇの?と。
そして好きな女に意地悪をしないだけ小学生よりはマシだな。と。
分っている。
だからせっかくこうして二人切りになったのだ。このチャンスを生かさなくてどうするといった思いがある。


「どうして私の事を知りたいと思うんですか?」

その質問に司は一瞬言葉に詰まる。

「どうしてって仕事を一緒にする上で大切なことは何か分るか?お前はそれが分ってない。いいか。一緒に働く相手のことをよく知ることは大切だ。チームワークってやつだ。それが秘書なら尚更だ。秘書は仕える相手の事を理解する必要があるが、仕えられる人間も秘書のことを知る必要があると思うが?」

今まで付き合った女の何かが知りたいなど考えたこともない。
もちろん西田の生活など知りたいとも思わない。
だが今の司は牧野つくしのことならどんな些細な情報でも知りたい気持ちになっていた。

「・・そうかもしれませんね」

小さく漏れたその言葉に司は話の取っ掛かりを見つけたとばかり食いついた。

「まあ、俺とお前の始まりはどこか険悪だった。けどもうあの話は済んだことだ。いい大人がいつまでも気にすることはない。それに仕事をしていく上で相手のことを理解することでいい仕事も出来るはずだ」

司のその言葉に女は考えたようだ。

確かにそれはそうだ。これから仕事を続けていく上で早く相手を理解することは必要だ。
そしてこうして差し向かいで話をするのは初めてだが、上司がそう言っているのだから、受け入れるべきだ。そうだ。出だしが悪かっただけだ。

それに仕事を円滑に進めるため、上司が自分のことを受け入れたいと思っているなら、その思いを受け入れるべきだ。いつまでもどこかギクシャクとした関係でいては、秘書としての仕事も上手くいかない日が来る。それに差し出された手を跳ね付けることは出来ない。

そんな結論を導き出しだのだろう。そして食事が進み、腹が満たされれば、気持ちが大きくなる。
女は、食事をする間、司の質問に答え続けた。

両親は既に亡くなっていること。
だから西田が高齢の母親のため、新潟を訪れる時間を持つことが出来るなら、役に立ちたいといった気持ちがあるということ。そして弟がひとりいること。
食べ物に好き嫌いは無いということ。

司は聞き役に徹した。
そして話の内容から道徳心と倫理観があるということが感じられた。
だが質問を続ける男の気持ちなど分るはずもないのだから、司が必要事項を記憶のノートに書き付けていることなど知るよしもなかった。




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コメント
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dot 2017.12.11 06:53 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
つくしと会食。どうやら和やかに進んだようです。
いきなりあからさまな行動へ移すことはしませんでした(笑)
女の扱いには慣れているかもしれませんが、「大切な女性」といった存在になると、どうすればいいのか考えているようです(笑)
記憶のノートにつくしの話たことを書き連ねていく男。
やはり知らないのと知っているのとでは大きな違いがあるように思います。
そしてライバルの存在が気になるところですね?メールにそっけない返信ばかりの新堂巧。
彼、どう考えているのでしょうね?

あのお話の再読ですか?有難うございます!(低頭)
長編は後から読み直すことがないまま、ホッタラカシ状態です(笑)

本当に早いですね?12月も3分の1が終りましたねぇ。
そして今週は寒い一週間になるとか。年末の忙しさと、気ぜわしさに押し流されながらの日々となりそうです。
司*****E様もお身体ご自愛下さいね。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.11 22:58 | 編集
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