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2017
12.09

恋におちる確率 24

道明寺HD55階の役員フロアは、キリマンジャロの頂よりは低い。
だがこの場所は、ヘミングウェイの『キリマンジャロの雪』に出て来る文章を思わせる。
それは、アフリカの大地、キリマンジャロの山麓にいる豹が、アフリカ最高峰の頂を目指したが力尽き亡くなった。そしてなぜ豹がキリマンジャロの頂を目指したのか、誰にも分らない。
という内容。
つくしは、目の前にいる男を豹に例えてみた。
そして豹が何故山の頂を目指したのか誰にも分らない、というその言葉の通りだと思わざるを得なかった。

それは、ビジネスに於いては隙がない。黒豹のような男と言われる副社長の態度だ。
まさに豹変するといった言葉を当てはめてもいいのではないだろうか。それとも気まぐれとでも言えばいいのだろうか。
いつもなら沈黙が流れる車内。
その車内でつくしが結んだネクタイの結び目を褒めた。但し、その前に男のネクタイを結んだことがあるのかと聞かれ、そして新堂巧との関係を窺うような言葉を吐いた。
だがつくしが、「違います」とひと言言った後、新堂巧のことは口に出さなかった。
それからタブレット端末を取り出し、今日の予定の確認をするため口を開いたが、いつもなら窓の外を見ているはずの男の視線が自分を見ていることに気付いた。そして笑わないと言われる男の口元に薄っすらとだが笑みが浮かんでいるように見え、目が合ったが慌てて逸らした。

新堂巧からは、相変らずメールが届く。
それも、社内のアドレスに送られてくるのだから、無下には出来ないのが難しいところだ。
何しろ相手は業務提携を結んだ会社の専務だ。無視する訳にはいかなかった。
そして、冒頭ではビジネスに関することを書き、末尾ではデートの誘い。
今朝もパソコンを立ち上げ、メール画面にログインすると、<菱信興産、新堂巧>からのメールが届いていた。たった二度顔を合わせただけの相手で、親しく話もしたことがない相手から、メールという気安さなのか、デートに誘われるといったことは今まで経験したことがない。

それにしても新堂巧という男性は、やはり自分の上司である斜め前に座る男と同じでよく分からない。
今朝は病院に行ったため、いつもより遅れ副社長室に入れば、そこに机がひとつ用意されていた。
専務秘書の野上から、西田室長からの指示でその席が設けられたと説明を受けた。
確かに左手が使えないというハンディはある。大袈裟にとは思わないが、撒かれた白い包帯はインパクトがある。そして事情を知った野上は、「牧野さん大変だけど頑張ってね」と言うと、「はい。これ、預かってたわ」と副社長の承認が必要な書類を渡された。

そして用意された机に座り、斜め前からの視線を感じ顔を上げれば、じっと見つめる男と目が合った。道明寺司の彫の深い美しい顔に慣れたとはいえ、じっと見つめられるとまた何か言われるのではないかと構えてしまうが、つくしがついさっきネクタイを結んだ男は、やはりどこか今までとは態度が違う。そんなことを思うつくしに男が口を開いた。

「牧野。その書類をくれ。それからコーヒーを淹れてくれ」

「あ、はい。申し訳ございません。すぐに淹れて来ます」

つくしは返事をすると立ち上がった。









司は、彼女に対する見方をがらりと変えた。
そしてそんな男の態度に戸惑いを隠せない女の態度といったものも、見え隠れし始めた。
じっと見つめれば慌てて目を逸らす。
上司である男の思ってもみない態度に動揺する姿が、今まで彼の周りにいた野心家の女たちとは違い新鮮だった。
はじめはちょっと気になっただけの女が、ここまで心を揺さぶる存在になるとは思いもしなかったが、なんでもないといったフリはもう出来ない。
そして運命はコントロール出来ない。


司はつくしが席を立ち、執務室を出て行くと彼女の席まで行った。
デスクの上にはいつも彼女が持ち歩いているシステム手帳があった。
それは、司が話した内容を書き留めるための手帳。
司は何げなくその手帳を開いた。そしてそこに書かれているのは、自分のスケジュール。
そして朝の所見とも言える言葉が書かれていた。
『今日はご機嫌』
怪我をした男のどこがご機嫌かと思うが、彼女から見た司の姿はそう見えたのだ。
だがご機嫌とまではいかないが、気分がいいのは確かだ。

そして立ち上ったメール画面に目を向けた。
湧き上がった牧野つくしに対する気持ちが好奇心に勝ち、司は手を伸ばしマウスを掴み受信トレイをクリックした。差出人の名前に目を通し、<菱信興産、新堂巧>を見つけてはクリックする。

開かれたメールの内容は、ビジネスに見せかけてはいるが、はっきり言ってその中身などうでもいいような内容だ。そして末尾に書かれているのはデートの誘い。

『今度食事に行きませんか?』
『映画でも見に行きませんか?』
『ドライブでも行きませんか?』

司と同じ年の男は、自分の家がどこにあり、家族が何人いて、趣味は何であるか。
そんなこともつらつらと書き連ねている。そして自分の思いを既に伝えている男は、躊躇うことなく気持ちをぶつけていた。

そんな新堂巧の行動は、陽性で行動的だ。つまり開放的ということだ。
そしてそんな男と対極にいるのが今までの司だ。
女に真剣になったことのない男が惚れた女は、秘書という仕事に全力を注ぐつもりでいる真面目な女。そしてそんな女には人の好さが感じられる。
つまりそれは間違っても男を罠にかけようとは思わない女だ。
そんな女は何度も口説かれれば、情にほだされてしまう。

男は女と違い情にほだされることはない。
だが女という生き物は違う。情というものに動かされる生き物だ。
そして新堂巧のアプローチは地味だが本気度合がどれほどのものか感じられる。
牧野つくしもそんなことから情にほだされる恐れがある。

だが司は絶対にあの男にだけは負けたくないといった思いがある。それは初めて会ったとき、あの男の何かが気に入らないと感じたことが関係しているはずだ。

司は送信トレイをクリックし、送信されたメールの中から新堂巧宛のものを見つけ、開いた。

『申し訳ございません。ここのところ食欲がないのでご遠慮させて下さい』
『申し訳ございません。その日は予定があります』
『申し訳ございません。速い車は苦手なんです』

嘘か本当か?
だが食欲がないようには見えない。
その日の予定ってなんだ?
速い車は苦手。それなら車高の低い派手な赤い車は苦手ということか?
どちらにしても断りのメールしか並んでいない。
そして会社のメールでこうしたやり取りがあると言うことは、プライベートの連絡先は教えていないということになる。そして返信内容は、そっけない。
いっそのことこのまま、私に付き纏わないで下さい。私は道明寺副社長と付き合っています。彼を愛しているんです。と返信してやるか。

だが司はそれ以上その場にいる訳にはいかなかった。
彼好みのコーヒーを淹れることが出来る女がそろそろ戻って来るはずだ。
そして案の定、自分の席に腰を下ろすと、扉がノックされ、彼女が戻って来た。
そして「すみません。少しお時間がかかってしまいました」と詫びた。
「ああ。構わない」気にする素振りも見せず答えたが、彼女がデスクに置いたコーヒーから立ち昇る香りは最高だ。

地味という平凡な秘書に何故と思うのは間違い。
ただ自分よりも先に彼女の魅力に気付いた男がいたことが悔しいと思う。
そして、どちらが男としての魅力があるか。その答えを出すのは牧野つくしということになるが、のんびりとなどしていられない。

司はコーヒーをひと口飲むと言った。

「牧野。西田からも言われたはずだが、今日はお前に俺の第一秘書としての役目を果たしてもらう。今日の予定は聞いたが、昼の会食は断ってくれ。何しろ左手がこの有り様だ。他人に無様な格好を見せたくない。それに怪我だ病気だってものはあらぬ臆測を呼ぶ」

と、司はこれ見よがしに手を見せた。

それは司にとって都合のいい選択。
だが彼女にしてみれば、頷けるものだったようだ。
分りましたと頷いた女は、それなら昼食はいかがいたしましょうか。
いつも副社長がお使いになられている料亭から食事を届けさせましょうか。と言ったが司は断った。

司はコーヒーと煙草だけで一日を終えることが出来る。
だが西田から昼食はなるべく口にしろと言われていた。そういったこともあり、会食の無い時は、無理矢理だったが馴染の料亭に足を向ける。だが彼女は付いて来たことはない。

「いや。料亭には行くがお前も一緒に食事をしろ」

高揚する気持ちを抑え、落ち着いた口調で言ったつもりだが、少し尊大に聞こえたかもしれない。それでも上司と秘書との間でそんな口の利き方も当たり前だと思ったのか、分かりましたと頷いた。

そして司は、意識し始めた自分の気持ちをなんとか抑え、午前中の仕事を片付けるため、デスクの上へ置かれた書類を手に取ったが、これは彼が人生で初めて女を食事に誘った瞬間だった。





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コメント
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dot 2017.12.09 07:48 | 編集
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dot 2017.12.09 17:55 | 編集
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dot 2017.12.09 21:36 | 編集
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dot 2017.12.10 11:47 | 編集
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dot 2017.12.10 13:43 | 編集
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dot 2017.12.10 15:24 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
司、ついに行動開始!(笑)
しかし、そんな司の行動につくしは「なに、この人」的な視線を向けますが、あれだけセクハラ発言をした男ですからねぇ(笑)
そしてそんな男の態度が変われば、どうしたの?と思うのは当然です。
突然じっと見つめる。手を怪我したが何故か機嫌がいい。
そんな男。勝手につくしの手帳とメールを見る!(笑)
本当にこの男は、なんでしょう(笑)
そして新堂巧へそっけない返事を返していたことに安堵する。
さて、この男これからどうアプローチしていくつもりなんでしょうか。
相手は手強いつくしですからねぇ(笑)

そして、ご連絡ありがとうございました。
何故突然そうなるのか・・疑問が残るところです。
また何かあればご連絡いただけると助かります。

黒い司の話の再読!(≧▽≦)
ゾクッとする男。え?また登場(笑)でも真っ黒ですからねぇ(笑)
また別の意味でゾクッとする男が登場出来たらと考えています。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.10 16:48 | 編集
H*様
超絶モテ男の初恋の相手は真面目な女。
そして食事のお誘いデビュー(笑)
自分から食事に誘ったことがない!(≧▽≦)
司は食に興味がない人間ですが、これからはつくしと一緒に過ごす時間を作ろうと食事に力を入れるかもしれませんね?(笑)
どちらにしても頑張れ、司!
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.10 16:54 | 編集
さ***ん様
「運命はコントロールできない」
え?猛烈にクサいですか?(笑)
司の頭の中、どうなっているんでしょうねぇ(笑)
そんな男に『今日はご機嫌』と思う女。
そして過去のページには『クロワッサンにご機嫌ななめ』と書いてある!(笑)いいですねぇ(笑)

そしてこっそり新堂巧からのメールを確認し、返信も確認する男!
本当になんていう男なんでしょうか、この副社長!
そんな司に対し巧の視点も気になるところですね。

人生で初めて女を食事に誘った男(笑)
つくしはこの食事に意味など持っていません。上司のお供です。
さて、副社長。『初デート』上手くいくのでしょうか?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.10 17:18 | 編集
と*****ン様
司、仕事にかこつけて食事に誘う!(笑)
新堂巧のメールに危機感を覚えたのでしょうか?
さて、この食事がいい方向へ進むといいのですが、司の頑張り次第ですね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.10 17:28 | 編集
L**A(坊****愛)様
人生で初めて女を食事に誘う!(笑)
坊ちゃん、本気なんですね?
その本気見たいです!本気度合を見せて下さい。
そしてライバルがいますが、負けないで頂きたいと思います。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.10 17:36 | 編集
か**り様
司が人生で初めて女を食事に誘った!
あきらが知れば何と言うでしょうねぇ(笑)
そして巧からのメールに触発されたことに間違いはないでしょうねぇ(笑)
御曹司対決となるのでしょうか?
つくしは巧からのメールには困惑しているようですが、果たして?
そんな巧も司を意識していることに間違いありません。
司、本気ならその本気度合を見せて欲しいですね?
西田秘書の嘘!(笑)バレたとき、どうするつもりでしょうか(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.10 17:42 | 編集
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