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2017
12.06

恋におちる確率 22

立場が違う二人の人間が同時に口を開き、そして言葉に詰まる。
それはどちらもが相手に遠慮をしたから。
そしてその会話を再び始めようとするとき、どちらが先に口を開くのか。

黒いキッチンで際立つ白いバスローブ姿の男と、濃紺のビジネススーツを着た女との対比をと問われれば、男は背が高く逆三角形の身体を持ち、癖のある髪が濡れストレートに変わり、いつもと違う姿を見せているが、その姿に男ならではの色気が感じられるのは間違いない。

そんな男がスーツを着た姿は肩幅が広く、立ち姿には勢いがある。
そしてその姿で鋭い視線を向ければ、周りにいる人間は直立不動の姿勢で彼に頭を下げるしかないのだが、左手が赤く染まったタオルを撒いた姿は、かつての男を知る人間からすれば、人間凶器と呼ばれたことがある若かった頃の男の姿が思い浮かぶはずだ。

少年時代、まさに触れれば切れてしまうような鋭さを持っていた男は、他人を寄せ付けようとはしなかった。だが大人になり、その刃の鉾先は、やがて形を変えビジネスに対して向けられるようになった。

そして今では誰もが認める道明寺財閥の跡取りであり、道明寺HDの副社長。
執務デスクの後ろで黒い革張りの肘掛椅子に腰掛け、前を見据えれば、視線を向けられた人間は息を詰める。
そんな男を臆さず見つめる女は、彼よりも25センチ背が低く、華奢な身体つきが少女のようだ。そして肩のあたりまで伸ばした黒髪と薄化粧は、真剣な顔つきで司を見上げているが、男の手の怪我は自分のせいだと心配しているようにも見える。

だが、確かに彼女のせいだ。ビジネスの世界で彼に刃向かう者などいないはずで、その怪我は司自身の不注意ではあるが、その一瞬の気の緩みを与えたのは彼女だからだ。彼女のことを考えたとき、手にしていたカップが落ちた。

司の不注意を誘った女のその姿は、凛と背を立てており、もし彼女が少年時代の男と出会っていたとしても、その姿で彼の前に立っていたはずだ。

そして男と女の間に流れる沈黙は、二人のどちらが次に口を開けばいいのかといったことを考える時間だが、もし仮に二人が高校生の頃出会っていれば、二人の間にどんな時間が流れたのか。
ふと、そんなことを思った司に話を譲ったのは女の方だ。
何故なら彼女は彼に仕える秘書だからだ。








司は話が途切れた場所から再び口を開いた。

「牧野・・あの男、新堂巧のことだが、どうするつもりだ?あの男と付き合うつもりか?新堂はお前に一目惚れしたって言うが、お前はどうするつもりだ?」

司は牧野つくしが応接室で付き合って欲しいと言われたとき、彼女の顔を見ていた。
その顔はまさに青天の霹靂、といった顔であり、いったい自分に何が起こったのかといった顔をしていた。

「・・あの、新堂さんのことについてお話しなくてはいけませんか?あの件はプライベートなことですので副社長にお話するようなことではないと思うのですが」

彼女は真剣な顔で司を見つめた。

「そのプライベートなことをあの男は会社の応接室で持ち出した。それも俺の目の前でだ。俺の秘書のお前と菱信興産の専務が付き合うことが、情報を盗み取ろうっていうスパイ目的じゃねぇから許可しろってな」

女が男に抱く感情と男が女に抱く感情は違う。
今の司は新堂巧が、あの席で牧野つくしに対し、自分の思いを伝えたことは、わざとだと知っている。それはあきらも言ったが司を牽制するためだ。

今までの司は男の縄張り意識といったものを持ったことがない。
縄張り意識を持つ男など、度量の狭い、底が知れている男だと笑っていた。
それに縄張りなど持たずとも、女は常に彼の傍にいたがった。
だが新堂巧は、好きな女の傍にいる男に対し危機意識があるようだ。そしてそれが司に対してというのなら、あの男は、司が牧野つくしを好きになるということを見越していたということだ。
すると、あの男は司自身よりも、司のことを知っていたということになる。
だがあきらは気付いていた。親友の心の奥にあった恋の火種に。

牧野つくしが司の秘書になってまだ1ヶ月しか経っていない。だが時間など関係ない。
ほんの数分会っただけで、一目惚れをしたと堂々と口にする新堂巧という男がいるのだから。
そして司の心の中に沸き起こった思いは、彼女を他の男のものにしたくはないといった感情。

そう言えば彼女と話す時は大概司がデスクにいる時か、朝の迎えにしても車内では同じ目線の高さで、こうして下から見上げられる姿といったものはなかった。いや、あったとしても気に留めたことなどなかったのかもしれない。
だが今はこうして自分に注がれる視線を受け止めるうちに、胸の中に不思議な感覚が広がる。

そして、その不思議な感覚が、いつの間にか大きな喜びに変わっていた。
何かが溢れてくる。その何かがあきらが言った人を好きになる気持ちというものなら、新堂巧が言った天の配剤とは違う。神の啓示ではない。
今のこの瞬間司は悟った。この出会いは運命だと。
女に対し独占欲など感じたことがない男が牧野つくしに対し抱いたのは、その独占欲。
仕事にひたむきで規則正しい真面目な女。
そんな女に心を動かされ、いつの間にか彼女に惹かれていたということだ。





司の問いに彼女は考えていた。
そして、
「・・そうですね。新堂・・専務も会社で、あの場所でする話ではないですよね」と言った。

「で、どうするつもりだ?あの男のことは?」

司はあの日から二人の関係が進展したとは考えてはいないが、それでも、あの男から何らかの接触があったという確信はある。新堂巧という男は、司の前であれだけはっきりと自分の思いを言ったのだ。そんな男がいつまでも何もしないでいるはずがない。

「申し訳ございません。お騒がせして・・。あの、会社や副社長にはご迷惑をおかけしないようにしますので。それから、あの日のクロワッサンのことは本当に差し出がましいことをして申し訳ございませんでした。思慮不足としか申し上げられません」

彼女の口から語られるのは、社会人なら誰でもが口にすることが出来る型に嵌ったような言葉。司はそんな言葉が訊きたいのではない。だが、その言葉を言わせているのは司だ。

「いや・・あの時は俺がきつく言い過ぎた。お前の好意を無下に断っちまって悪かった」

司は朝食を食べることはないのだが、それと同時に彼の健康を気遣ってくれる人間などいなかった。いや。たった一人いた。それは彼が子供の頃から世話をしてくれた老婆。
だがその老婆はもういない。

多感だった子供の頃を除き、成長するにつれ人にとやかく言われることもなくなり、さらに成長すれば、人の世話など必要としなくなった。
それは司自身が望んだことであり、西田も口を挟むことはなかった。だが彼女は、司の身体の心配をした。今思えば、あの時は慣れない優しさといったものに接し、戸惑ったのかもしれない。
そうだ。女とセックスは出来るが、この女は自分だけのものだ、といった思いを抱いたことがない。
何故なら、狩をしなくとも、寄って来る女ばかりだったからだ。
だがこれからは、欲しいものだけを追いかける。
それが雄としての本能なら、今までその本能が眠っていたということだ。
そしてそれを呼び覚ましたのが、期せずして現れた新堂巧だ。
それなら、新堂巧には感謝しなくてはならないはずだ。
牧野つくしという女に一目惚れをしたというあの男に。
そして二人の男が同じ女に惚れたとすれば、ゴールテープを切るのは誰だ?


「牧野。着替える。病院に連れて行ってくれ」





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コメント
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dot 2017.12.06 07:24 | 編集
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dot 2017.12.06 07:35 | 編集
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dot 2017.12.06 08:46 | 編集
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dot 2017.12.06 15:04 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
司。恋を自覚したようです。恋をしたことがない男の恋の自覚。
その途端独占欲が!(笑)
本気で人を好きになったことがない男。恋の駆け引きは知らない。
でもビジネスの駆け引きは得意。どうなるのでしょうねぇ(笑)
つくしは、まさか司が自分のことを好きになったとは思っていません。
これから二人のすれ違いが続くのか?
そして新堂巧との関係はどうなるのでしょうか?
ただでさえ、つくしを落すのは大変(笑)本当にそうですよね?(笑)
頑張れ副社長!(≧▽≦)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.06 21:37 | 編集
と*****ン様
司、自覚したようです。好きだと気付いたようです。
これは初恋か?はい初恋です。遅すぎる初恋ですね?(笑)

司に影響されて「うまいコーヒー」をご所望なのですね?
司のお気に入りのブルマンは確かに「うまい」です(笑)
ミルの購入を迷っていらっしゃるそうですが、豆を挽く作業は絵になります!
でもアカシア、粉が楽でいいです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.06 21:42 | 編集
み***ん様
おはようございます^^
恋におちる確率。司はおちたようですが、つくしがねぇ(笑)
司、本気で女性を愛したことがありません。恋をしたことはありません。
そんな男の初恋。気付くのが遅い!(笑)
ライバルが現れ、そして親友に言われ、やっとです。
やっかいな大人の男です(笑)そんな男は恋に目覚めると子供に返った?(笑)
はい。つくしに甘えているようです(笑)
そんな司を見守ってやって下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.06 21:45 | 編集
さ***ん様
天の配剤、神の啓示よりも重い運命(笑)
そして目覚めた司の言葉はどれもつくしに対して甘えるような気持が!(笑)
いえ。さ***ん様だけが感じているのではありません。
アカシアも感じております。大人の男の初恋、遅すぎる初恋。
どうする副社長!(≧▽≦)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.06 21:56 | 編集
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