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2017
12.04

恋におちる確率 20

「ちょっと、つくし!それ本当なの?」

「・・うん。本当」

「嘘!信じられない!だって菱信興産のジュニアでしょ?あの新堂巧でしょ?いよいよ社長就任かって噂もあるくらいで最近経済誌でも取り上げられることが多いけど、その人がつくしと付き合いたいって、それもあの副社長の前で告白したなんて凄いわ!」

同期の久美子と約束をしていた日があったが、その日は料亭での会食にお供した日だ。
だから久美子と会う予定を変更し、二人は今日仕事帰り夜の居酒屋にいた。
そしてあの日が新堂巧と初めて会った日。それも顔を合わせたのは、数分間。その間に新堂巧に一目惚れをされていたなんて、誰が信じるだろうか?いやつくし本人が一番信じていない。そして業務提携契約調印式の後、応接室で起きた出来事を久美子に話した。すると久美子は、それは運命の出会いなのよ!と話し始めた。

「あのね、つくし。一目惚れなんてそんなものなの。だから一目惚れって言うの。一目惚れのメカニズムはね、遺伝子レベルで決まってるって説もあるの。つまりね、細胞たちが出会った相手の遺伝子が自分と相性がいいと判断したら恋におちるように仕向けるの。つまり細胞レベルの恋なのよ!それに男に一目惚れされた女は幸せになるって言うじゃない?もうそれ玉の輿ってやつよ!まさにザ・玉の輿よ!」

久美子の力説はつくしの頭の中に浸透するまでに数秒かかったが、そんな細胞レベルの恋なんてある訳ないじゃないといった思いがあった。

「それにしてもまさかねぇ・・。つくしがそんな御曹司に見初められるなんて。初めは副社長に見初められて秘書室入りしたかと思ってたけど・・。で?どうなのよ?副社長とは?」

牧野つくしが秘書課に異動といった通達は女性社員の間で波紋を広げた。
それは、意外性は勿論のことだが、女性の秘書は嫌いだと言われていた副社長が女性を秘書にすることに同意したということが、まさか牧野つくしという人物に何某かの好意を持ったのではないか。そんな思いを多くの女性社員が持つことになったのは嘘ではない。

「ど、どうなのよって、どうもこうもないわよ。あたしと副社長はただの上司とその秘書。それ以外の何ものでもないわ。それに初めの頃はセクハラ発言連発されるし・・嫌味ったらしいことも言われるし、何よこの男は!って感じだったのよ?」

スカートのファスナーが開いていることへの口の利き方。
ブラウスのボタンが留められていなかったことへの注意の仕方。
それにお節介かもしれなかったが朝のコーヒーと共にクロワッサンを出した時の冷たい言い方。

遡ればそれはインフラ事業部の太田正樹のミスを擁護したばかりに、男の為に自分の身体を貢物のように犠牲にするのかといった言葉から始まったとも言える。
そんな男の秘書として働くことになったとき、どうやったらあの男と円満に仕事をすることが出来るかなど、考えもしなかった。ただ秘書としての仕事を淡々と黙々とこなす。そのことだけを頭の中に描き、仕事しか頭にない女のように過ごして来た。

「まさか!あの副社長がセクハラ発言なんてする訳ないじゃない!それはね、つくしが勝手にそう感じただけ。聞き間違いでしょ?勝手に頭の中で言葉を変換しちゃったのよ。あんたはそういった方面は疎いから、大袈裟に捉え過ぎたんじゃないの?」

つくしは久美子に何を言ったところで無駄だと分かっているからそれ以上話をしなかった。
何しろ道明寺HDの女性社員は、漏れなく全員が副社長のファンクラブ会員かというほどあの男が好きなのだから。だが実態を知らせてあの男に対するイメージを幻滅させるようなことを思い切ってここで言ってやりたい気もするが、それは秘書としてするべきではない事だと分かっている。
先ず秘書は理性的でなければならないからだ。
明日は新潟の老人ホームで暮らす高齢の母親を訪ねるため休暇を取った秘書室長の西田のように。
それに自分の上司を貶めるような発言をしてどうなるといった思いもある。だが最近は初めの頃よくあったセクハラ発言も無くなり、気味が悪いと言えば気味が悪い。
そしてあの料亭での会食以来、朝は運転手がマンションまで迎えに来てくれるようになった。

「それにしても、つくし。その新堂巧はどうするのよ?あんた付き合うの?」

「ま、まさか!付き合うなんて出来る訳ないじゃない!」

「え?どうしてよ?独身の妙齢な男女が付き合うことに反対する人間でもいるの?まさか道明寺副社長が反対したとか?」

「あのね、久美子。反対以前にあたし新堂巧さんのこと全く知らないのよ?それをいきなり人の会社の、それも上司である副社長の前で好きですって告白されるって、それっておかしいでしょ?」

あの堂々とした態度は、まさに御曹司的考え方だ。
常識があるようで常識がない。いや。それは彼ら金持ちの世界での常識といったものとは庶民とは別なものなのかもしれない。

「でも新堂巧は言ったのよね?副社長の秘書であるつくしと付き合うにあたって会社の情報を聞き出そうとか、そういったつもりじゃないって。純粋な恋心だって言ったんでしょ?」

「・・・うん。そうだけど」

「それなら何を迷うのよ?それに初めは友達からって言われたのよね?それなら友達として付き合えばいいじゃない?今彼氏いないんだしいいじゃない?」

久美子は同期入社でつくしとは仲が良い。
そしてつくしの過去の男性との付き合いも知っている。そしてその男性と別れた経緯も知っている。

「あのね。あんたは男女の付き合いを頭で考え過ぎなの。もっと衝動的に付き合ってもいいのよ?つくしはね、下手したら仕事しか頭にない女に見えるの。それにあたし達いい年なんだしさ、そろそろ年貢を納めてもいい訳よ。だからもっと気軽にって言ったら変だけど、付き合いたいって言ってくれるんだから、友達としてからでもいいから始めたらいいじゃない?」

確かに久美子が言うように、友達としての付き合いならしてもいいと思わないでもない。
けれど、あの真剣さは友達だけでは終わりそうにない勢いが感じられた。

「あ、でもその時副社長はどうしてた?まさか傍でニコニコ笑ってるなんてことは無かっただろうけど、どうしてたの?」

「・・うん。ここは愛の告白場所じゃないって」

「まあねぇ。そりゃそうだわ。業務提携先の専務から自分の秘書に一目惚れしたって告白されて、その場で秘書に向かって好きです。付き合って下さいなんて言うこと自体前代未聞じゃない?そんな人、世の中にそうはいないわよね?でもそこが金持ちの男らしいって言うのか、周りを気にしないって言うの?大胆なことも平気で出来るってのは、あたし達みたいな庶民とは違うわよね?」

だから恐いのだ。
あの態度は、自分に自信があるからであり、そうでなければ、他人がいる前で、それもその他人の会社の応接室で、いくら好きな女がいるからといって愛の告白をすること自体がおかしいはずだ。
だが久美子は、そんな男の行動をロマンティックだと言う。

「それにしても水際立った美しさを持つ二人の男がつくしを見つめる姿ってどうよ?ドキドキしない方がおかしいと思うけど、ドキドキしたでしょ?あの壮絶な色気を持つ道明寺副社長とさわやかな大人の男って感じの新堂巧!そんな二人に見つめられたらあたしもうどうにでもしてって感じよ!」

久美子は羨ましそうな目をつくしに向けた。
そしてそんな女の頬は紅潮していたが、それは目の前にあるチューハイを飲んだせいかもしれないが、今夜の久美子はアルコールのせいもあり饒舌だ。

「あのね、久美子。ドキドキ以前の問題なの。新堂さんが口を開く度に副社長の様子がいい加減にしてくれって態度に変わっていくのが分かったわ。それにあたしは何もしていないのに、どうしてあたしまでがあんな目で見られるのか意味が分からなかったわ」

お盆を手に直立不動に近い姿勢で立つつくしに向けられたのは、新堂巧に向けられた視線とはまた別の視線。
それを何と形容すればいいのか。突然愛の告白をされた女を面白がるといったものとは違い、だからといって好奇心を隠せないといったものでもなく、ポーカーフェイスで表情を変えないと言われる男の顔に垣間見えたのは、複雑な表情のように見えた。だがそれも一瞬のことであり、あっという間に消えていた。

「それで、どうなってるの?それから新堂巧から連絡あったんでしょ?」

「・・・うん。あった」

つくしが秘書室でパソコンに向かっていたとき、メッセージが届いていますと表示が出たのは、翌日だった。
会社のアドレスをどうやって知ったのか。それは新堂巧の秘書に渡した名刺に書かれていたものを手に入れたのだろう。あの会食の日。座敷から退室した新堂の秘書である上条と名刺交換をした。

「それで?」

「うん。この前は突然あんなことを言って申し訳ないって書いてあった。それから会って欲しいって書いてあったの」

「そう!流石に行動が早いわね!それで?会うの?」

「・・・うん。会わない。だってそんな・・」

「つくし。勇気がないの?」

「うん・・・なんだか急な展開についていけないっていうのか。いきなりだし・・」

「もう!あんたは恋に対してエンジンが掛かるのが遅いんだから仕方がないけど、会ってみなきゃ相手のことは分からないんだからね?相手は副社長じゃないけど、これはチャンスよ!ロマンスの神様がくれたチャンス!55階にいるロマンスの神様がくれたチャンスだって!」









新堂巧との出会いは、ロマンスの神様がくれたチャンス。
そんな久美子の言葉が頭の中に残っていたが、翌日はいつもの時間にリムジンの運転手がマンションに迎えに来ると、車の乗り込み、いつもの手順で超高級タワーマンションの強固なセキュリティシステムを突破し、いつものように副社長のペントハウスへ向かい、チャイムを鳴らした。

「おはようございます。牧野です。お迎えに上がりました」

そんな言葉と共に扉の前で待つのだが、なかなか出てこない。
これはまさか。といった思いが頭を過るが、お迎え初日のことが頭を過り、執拗にチャイムを鳴らすことなく、もう暫く待つことにした。
するとインターホン越しに声がした。

「牧野。鍵は開いてる。ちょっと来てくれ」

「はい。では失礼いたします」

つくしは重い重厚な扉を開け、中へ足を踏み入れた。
そこは、朝の生活の匂いといったものは感じられず、乾いた空気の中に感じたのは微かな煙草の香り。
それは、お迎え初日と同じ香りだ。

室内に入ったのはお迎えを始めた当日だけで、あの日は何度チャイムを鳴らしても出てこない男がやっと出て来たと思えばバスローブ姿。
だがあれはつくしが時間を間違えたという痛恨のミスであり、副社長は悪くない。
それから中に入れと言われ部屋の中へ足を踏み入れた。
そして身体をジロジロと見ていると言われ、なんならシャワーを一緒に浴びるかと言われた。
それ以来扉の前で待つことが慣例となっており、今まで呼ばれたことなどない。
だが呼ばれた人間が呼んだ人間の元へ行くのは、飼い主に呼ばれた犬のようなものなのかもしれない。まさにパブロフの犬。条件反射的なものだ。
もしくはよく躾けられた犬だ。

つくしは、靴を脱ぎ揃え、ストッキングのまま廊下を歩き、扉の前に立った。
長い廊下の先にある部屋は黒を基調とした部屋であり、生活感のない部屋だ。
だが、その部屋へ繋がる扉を開いた途端、ふわりと鼻をかすめる香りがした。





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コメント
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dot 2017.12.04 06:29 | 編集
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dot 2017.12.04 07:14 | 編集
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dot 2017.12.04 08:50 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
久美子の言った「ロマンスの神様」しかし、神様。相手を間違えては困ります。
つくしに一目惚れをした新堂巧。一目惚れは細胞レベルで求める相手に起きるもの。
さて司。恋のライバルが現れているんですから、自分の気持ちに気付けと言いたいですね?(笑)
そして西田さんの謎の行動(笑)
母親は既に他界しているんですが嘘をついた西田さん。時に新潟に行ったフリをしたのかもしれませんね?
さて、扉を開け、香って来たのは?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.04 22:20 | 編集
と*****ン様
え?司に呼ばれたらすぐに行くんですね?
そして司に呼ばれ、室内に足を踏み入れたつくし。
ん~。何があるのでしょうか?
いや、もうこんなお話でよろしければ、読んで行って下さい!(^^ゞ
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.04 22:24 | 編集
ま*様
え?(゚Д゚)司が女を連れ込んでる?
もしそうだとすれば、恋におちる確率はドーンと下がるような気がします。
さて、どうなんでしょうねぇ(笑)
そして、早く自分の気持ちに気付けと仰る気持ち。同感です。
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2017.12.04 22:29 | 編集
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dot 2017.12.06 14:46 | 編集
さ***ん様
細胞レベルの恋。
そしてその恋は55階のロマンスの神様がくれたチャンス!
つくしの同期、原田久美子。いいことを言いますが相手を間違えてはいけません。
ロマンスの神様。どうぞ正しい相手と結ばれるようにして下さい!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.12.06 21:47 | 編集
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