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2017
11.29

恋におちる確率 16

牧野つくしがこれほどまでにおっちょこちょいとは思いもしなかった。
いや、あわてんぼうといった言葉も当てはまるのかもしれない。
そしてそういったことは、人物評価には書かれていなかったことだ。

時計の時間を戻すのを忘れる。
スカートのファスナーを上げ忘れる。
ブラウスのボタンを留めるのを忘れる。

どれもほんの些細な身の回りのこと。それすら出来ない女が司に向かって生活習慣病について、といった言葉を口にすることが滑稽だと感じていた。
そしてそんな牧野つくしの失敗をからかうのは、日常における暇つぶし程度に考えていた。

だが今まで周りにいなかったタイプの女は、根本的に頭がいいのは分かる。
しかし、どこか抜けているというのか、やはり言葉を選ぶなら、おっちょこちょいといった言葉が一番当てはまるのだろう。そして彼女自身の性格として、お節介な部分もある。

他の部署のミスを庇う。
他人の身体の心配をする。

ビジネスの関係を考えることなく、人としての在り方が大切だといった性格の持ち主。
人を大事にする。人が困っているならそれを助けたいといった気持ちが強いことは分かる。
だがそれを押し付ける人間ではない。だがたまにやり過ぎてお人好しと言われてきたこともあったはずだ。

そして、そういったことも、他人に好かれたいからやっているのではない。人がどう思おうが自分が信じることをする。それが牧野つくしという人間の本質なのだろう。

人間の本質は変えられないというが、それなら、牧野つくしは昔からずっとお人好しの部分があったということだろう。そんな人間は今まで司の周りにはひとりもおらず、私利私欲のため、自分本位といった人間ばかりが目についたのが彼の人生だ。
だから物珍しさもあり、彼女を秘書として傍に置いてみることにした。

だが何故かついからかいたくなるのだ。そしてその反応を見るのが楽しい。
車内でタブレット端末を見つめ、本日の予定ですと語る様子に、椅子になった女が文句を言うという妙な想像をしたのも、自分で思っている以上に牧野つくしのことが気になっているからなのだろう。

今は廊下を進む司の後ろをしずしずと付いて来る女は、車から降りる前は、怒りのオーラを発していた。感情を隠すのが下手な女。それが牧野つくしだ。
だから彼女の顔に過る感情を知ることが楽しいのだ。









午後7時半からの予約に、先に座敷にいたのは、菱信興産専務の新堂巧の方だった。
ここまで案内してきた着物姿の女性は、廊下に正座し、どうぞこちらでございます。と言って静かに襖を開けた。


「これはどうもお久しぶりです。道明寺さん」

新堂巧は、広々とした座敷に秘書と思える男と一緒にいた。
そして座布団の上で居住まいを正した姿に、司はどうぞ楽にして下さいと言ったが、巧は深々と頭を下げた。

「道明寺さん、本当なら父が来る予定でしたが、大変申し訳ない。昨夜遅くに熱を出しまして、本人は朝になれば下がると思っていたようですが、下がりませんでした。そういったことで今朝すぐに医者に見せましたが、単なる風邪ということで安堵したんですが、今日は大事を取って会社の方は休ませることにしました。この会食も私が代理として参りましたが役不足でしたら大変申し訳ございません」

「いえ。とんでもない。それよりも社長のお身体の方が心配です。どうぞお大事になさって下さい」

今夜の会食は新堂健一郎の招きということもあり、司にしてみれば健一郎と話しをするつもりでいた。だが相手が父親ではなく、息子である巧に代わったが、その男がいったいどんな話しをするのかといったことに興味はあった。

司と同じ年で世襲と言われる後継者の立場の男は何人かいるが、新堂巧は、幼馴染みである美作あきらや花沢類といった男達とはまた違うタイプの人間だと考えたからだ。

「これはどうもありがとうございます。道明寺さんにそう言っていただければ父も安堵します」

新堂巧は、パーティーで何度か顔を合わせ、挨拶だけは交わしたことがあるが、こうして話しをするのは初めてだが厭な感じの男ではない。
口調は丁寧であり、態度も柔らかい。社長である父親を気遣う息子の姿は、どこに出しても恥ずかしくない姿であることはひと目でわかる。
誰もが真面目な印象を受ける男の目鼻立ちがはっきりとした顔は、父親に似ていることがよく分かる。
そして年の取り方としては、司と同じ年齢ということもあり、同程度の年齢の重ね方が見て取れた。


「ところで、失礼ですがそちらの方は秘書の方ですか?」

巧の視線は司から彼の背後に控える女に向けられた。

「ええ。私の秘書です」

つくしは頭を下げただけで名前は名乗らない。秘書は秘書であり黒子だ。
そんな影の存在に名前は要らないからだ。

「あのお名前をお伺してもよろしいですか?」

だが新堂巧は名前を訊ねた。
そして巧の視線は司ではなく、彼の後方に座っているつくしをじっと見ていた。

「牧野と言います。申し訳ない。秘書はすぐに退室させます」

司の言葉に巧は視線を彼に戻し、そして言った。

「いえ。いいじゃないですか。父は会食の席に秘書を同席させませんが私は気にしません。申し遅れましたが私の秘書は上条といいます。彼は私が入社以来ずっと仕えてくれている男で信頼がおける人間です。ここでお話した内容が外に漏れるようなことは決してありません」

一旦言葉を切った巧は、少し残念そうに言葉を継ぐ。

「そうは言ってもやはり皆さん秘書を同席させることには抵抗がおありのようですので、今日のところは、といいますか、今後も同席は見送った方がいいでしょうね」

少し笑った巧がそう言って後ろに控える男に頷くと、秘書の男は頭を下げ、立ち上って畳の上から立ち去った。
司も同じように振り返り、つくしに頷いた。




やがて料理が運ばれてくると、巧は司に酒を勧め、司は礼を言って猪口を差し出した。
この料亭の料理は、最高級の旬の素材が使われており、季節を味わう贅沢さに加え、全てにおいて味のバランスが取れていると言われ、美食家たちの舌を満足させていた。
特に最高級の黒毛和牛のステーキは、口の中でとろけると言われ、溢れ出す肉汁は、それだけをスープとして飲んでも旨いと言われていた。

食べ物に然したる興味がない司だが、ふとそのとき思い浮かんだのが、クロワッサンに情熱を燃やす牧野つくしがこの料理を見たらなんと言うかということだ。

第二秘書である彼女が、司と食事をすることは勿論ないが、朝食を食べないと言った男がこれだけの料理を口に運ぶことを知れば、満足するのではないだろうか。
だが逆にいいものを食べ過ぎで今度は痛風になるとでも言われそうだ。
西田の話によれば、社員食堂で豚の生姜焼き定食といったものを食べることに幸せを見出していたという牧野つくし。ある日西田が見た光景は、いっときも休まず手と口を動かす姿だったという。



「道明寺さん?どうかされましたか?」

「・・いや。何でもありません」

「そうですか?何か楽しいことでも思い出されたのかと思いましたよ」

その言葉は司の何を見て言ったのか。
司はひと前で表情を崩すことはないと言われているが、もしかすると、平凡といった形容詞が似合う女のことを思い浮かべたとき、思わず頬が緩み、何らかの表情が浮かんでいたのかもしれない。
そしてそれを新堂巧は見たということだろう。


司はこの料亭のどこかにいる女のことを考えていた。
だがそれと同時に目の前の男の表情が気になっていた。
業務提携先の企業の後継者であるこの男の何かが気に入らなかった。





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コメント
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dot 2017.11.29 06:38 | 編集
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dot 2017.11.29 07:30 | 編集
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dot 2017.11.29 08:28 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
つくしの色々を想像する司。過るのは何かを美味しそうに食べる姿(笑)
さて、そんな司。気になってきていますね?
自分では気づいていませんが、周りは気付いていく。
でも恋をしたことがない司は、その感情が何か分かりません。
そして新堂さん!どんな役どころなでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.29 22:59 | 編集
か**り様
新堂巧の何かが気に入らない。
坊ちゃん、それはね・・・
恋をしたことがない男はその感情が分らないのでしょう(笑)
そして、あらわる♪あらわる~♪(≧▽≦)
油断ならない男が現れました。さあ、坊ちゃんどうする?
確率は徐々に上がりつつあるようです(笑)
コメント有難うございました^^
そして「新堂巧」気になさらないで下さいね^^
アカシアdot 2017.11.29 23:06 | 編集
H*様
おはようございます^^
動いてきましたねぇ。
司はこの後どうするのでしょうか?
え?(゚Д゚)以前の作品再読ですか?有難うございます!
加筆修正したいと思いつつ時間がなく、相変らずそのままです。
駄文を再読有難うございます(低頭)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.29 23:11 | 編集
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