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2017
11.21

恋におちる確率 10

55階で仕事をするにあたり覚悟を決めてきたが、副社長付の秘書として、その業務に男の自宅へのお迎えといったものが含まれるとは考えもしなかった。

つくしは、目の前に座る男から何故かリラックスした雰囲気を感じたが、その男の態度は無視し、秘書室長の西田に向かって言った。

「あの、西田さんちょっと待って下さい。今秘書は上司の経営の補佐が仕事であり身の周りのお世話や健康管理は秘書の仕事ではないとおっしゃいましたよね?それなら朝のお迎えも秘書の仕事ではありませんよね?」

西田の言葉を正確に読み取っていたはずのつくしは、確信を持って言った。

「ええ。確かに言いました」

「それなら_」

と、言いかけたところで銀縁眼鏡の奥に冷静な目を持つ男は、彼女の言葉を遮った。

「但し、副社長の場合はある程度補佐する必要がある、とわたくしは付け加えました。いいですか牧野さん。あなたも社会人となって随分と経っている。そうすれば、ものごとには例外といったものが幾つもあるということは、お分かりのはずです。副社長の場合はその例外だとお思い下さい。いえ、例外ではありませんね。副社長の立場になれば秘書が迎えに行くのは当然のことと言えるはずです。何しろ副社長はお忙しい方です。スムーズに行動して頂くためにも、車内では当日のスケジュール等の確認をしなければなりません。決して一分一秒を争う訳ではございませんが、それでも副社長の時間というのは、大変貴重な時間であり、無駄な時間はございません」

勿論、つくしだってそのくらい理解している。
経営トップの身体はひとつしかないが、彼に係る仕事は多いはずだ。そして、そのひとつひとつが例え小さな事であっても、数が集まれば、塵も積もれば山となるではないが、膨大な仕事量をとなる。そしてそれを一日のうちの決められた時間でこなさなければならないのだから、時間が貴重だということは十分理解出来る。

だが今まで秘書室長の西田が行っていたことなら、そのまま彼が続ければいいはずだ。
それに社内の噂によれば、女の秘書が嫌いという男の元へ女の自分が毎朝迎えに行くことを、この部屋の主は認めているのか?
そして、その思いを口に出し言いたいが、果たしてそんな言葉を口にしていいのかといった躊躇いがあった。

「いいですか牧野さん。秘書になったからといって決して滅私奉公をしろと言っている訳ではございません。ただ、あなたには道明寺HDの副社長の秘書になるといった自覚を持って頂きたいのです。先ほども言いましたように、秘書の仕事は上司のニーズに応えることです。ですから副社長が何を求めてらっしゃるのか。そういったことも考えて行動しなければなりません」

それなら、やはり是非とも聞いてみたいといった気になる。
あなたは女性秘書がお迎えに伺うことになってもいいのかと。
そして、どうして自分があなたの秘書として仕えなければならないのかと。
ひとつ質問するならふたつだって変わりはしないはずだ。

「では、まずは副社長のお好みのコーヒーの淹れ方からお伝えしたいと思いますので、給湯室へ参りましょう」

西田はそう言って背中を向けたが、つくしの足は、ふたつの質問をぶつけたい、とその場所に貼りついていた。
そして思わず口を開く。

「あの!」

「はい。なんでございましょう?」

こちらを振り返った西田だが、つくしの視線は執務デスクの向うにいる男に向けられていた。そして、男の黒い目もつくしをじっと見つめていた。だがその目には、先ほどまでのリラックスしていた態度は見当たらず、射すくめるではないが、何の感情も見当たらず冷たさが感じられた。

「副社長にお尋ねしたいことがあります。初日にこんなことを聞く失礼をお許し下さい。
私の上司だった人は、どうして私が秘書課に異動になったのか教えてくれませんでした。彼らの答えは咳払いをするか、口ごもることでした。ですからお聞きしたいんです。何故私があなたの秘書になることになったのかを。きちんとした理由があるなら教えて下さい。それにあなたは女性の秘書が嫌いだといった噂があります。それなのに何故女性である私があなたの秘書になることが出来たのでしょうか?」

それは、ある意味挑戦的な質問の仕方かもしれない。
だがつくしにしてみれば、この異動は絶対にインフラ事業部のあの一件が発端だと思えるからだ。

そして、自分の立場を利用して、弱い者いじめとは言わないが、副社長である男は、あの日彼のことを最低とのたまった女に嫌がらせでもしようとしているのではないか。その思いは辞令が出た時からずっと頭の中にある。だから負けるものですか!といった気持ちでいるが、本当は違うというのなら、そう言って欲しい。




「お前が異動になった理由か?」

「はい」

司を見るつくしの表情は真剣だ。
その視線を受け止める男はつくしが納得するような理由を教えてくれるのか。
そしてその理由によっては、これから始まる新しい仕事に対するモチベーションといったものが変わる。
男の黒い瞳もつくしをじっと見つめているが、その目には何の表情も浮かんでいない。だが共に互いの瞳から視線を離さずにいた。





黒い大きな瞳は、嘘や偽りは聞きたくないといった思いが感じられ、司は口を開く。

「西田の母親がここの所具合が悪い。この男の母親は高齢で今は田舎の老人ホームで暮らしているが医者からはいつ何時がないと言われたそうだ。そうだな?西田?」

男の言葉につくしは後ろを振り返った。

「はい。わたくしの母は新潟で暮らしておりますが、最近体調が思わしくありません。もうかなりの年ですので覚悟はしておりますが、母の子供はわたくしだけでして息子としての役割といったものを果たすべき時期が来たかと思っております」

「まあ。それは・・・」

そこまで言われれば、つくしも理解出来る。
忙しいと言われる副社長に同行しなければならない秘書は、自分の年老いた母親がいつ何時ないと知ったとき、どんな気持ちでいただろう。
つくしには弟がいるが、両親は既に亡くなっている。だから西田の気持ちが理解出来る。

「わたくしとしては東京の介護施設に転居して欲しいと思っておりましたが、母は周りの環境が変わる、東京の言葉や気候に馴染めないと言い、生まれ育った場所から離れることには抵抗があるようです。ですから新潟へ行くための時間を取る必要があるのですが、何しろわたくしは副社長の秘書としてお傍に控える必要がございます。今はそういったことからなかなか故郷へ戻る時間を見つけることが出来ずにおります」

無表情な銀縁眼鏡の男だが、語られる言葉は紛れもなく老いた母を思う言葉だ。

「牧野さん。ここからは、どうしてあなたが副社長の秘書に抜擢されたのか。わたくしがお話致します。それは先日の出来事が関係あります。あなたもご存知の通り、あの時わたくしもここにおりました。その時あなたのようにはっきりと物が言える人間なら女性だとしても副社長の秘書として相応しいと感じ、あなたには食品事業部から秘書課へ異動して頂くことに致しました。あなたにしてみれば思いもよらなかった事だったでしょう。これはある意味わたくしの都合であり、もしあなたがあの日のことを気にしていらっしゃるとしても、副社長に他意はございません」

語られた西田の口調は静かで、表情は真面目だった。
それに先輩女性秘書から、あなたを選んだのは西田室長だと聞かされていただけに、その話に頷けた。

「そうですか」

つくしは、西田の言葉に、自分が選ばれたのは、真っ当な理由があったのだと、朝からピリピリと感じていた胃の痛みが少し和らいだと感じていた。

「それから副社長が女性の秘書が嫌いだという噂ですが、そのようなことはございません。NYでわたくしの下についていたのは女性秘書でしたが、彼女に対しての副社長の態度はわたくしに対する態度と変わりませんでしたので」

そこまで言われれば、つくしも納得しない訳にはいかなかった。
そして自分が思っていたように、道明寺司が自分に対し、何らかの嫌がらせをしようとしていると考えているのは勘違いだったのだと安心した。
そうすると、それまで肩に力が入っていたのが、すうっと抜けたように感じられた。

「牧野さん。ご納得いただけたのなら、給湯室へ参りましょう。副社長のコーヒーをお淹れいたしませんと」

つくしは、今度は司に一礼をすると、彼に背中を向けた。
そして西田の後に続き、部屋を出た。








静かに椅子に座ったまま司は閉じられた扉を見つめていた。
牧野つくしは、思っていることがすぐに顔に現れる。
目の前の扉は、少し前まで彼女にとって開きたくない扉だったはずだ。
だが、一礼した彼女の表情は入って来た時に比べ和らいでいた。
そしてこの次に扉を開けて入ってくるとき、どんな表情をしているか。
それが楽しみだった。





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コメント
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dot 2017.11.21 06:51 | 編集
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dot 2017.11.21 11:36 | 編集
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dot 2017.11.21 12:37 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
疑問に思っていたことは聞いてみるつくし。
そしてそれに淡々と答える西田秘書。
それに納得するつくし。
西田秘書の話・・・。え?(笑)流石ですね?分かりましたか?(笑)そうです。
これからは、恋におちる確率をどんどん上げて行かなければならない訳ですが、二人はいつ恋におちてくれるのか。
つくしはまだまだのようですね?(笑)司も・・まだのようです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.21 22:40 | 編集
と*****ン様
西田さん(笑)新潟っぽいですか?
新潟の人にしか見えない(≧▽≦)
西田さんのイメージは、ドラマのあの方なのですが、何故か日本海が似合う男といったイメージが湧いてしまいました(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.21 22:43 | 編集
さ***ん様
異動になった理由を聞くつくし。
真面目な場面なのに「総理!総理!」(≧▽≦)
え~あのお話の副作用が酷いとのことですが、国会も始まったことですし、
「道明寺内閣総理大臣」を思い出して下さい!(笑)
そして西田・・上司のニーズに応えるのが秘書の仕事という男。
そうです(笑)そうなんです(笑)流石です!
副社長が何を求めているか。優秀な秘書は分かるんです(笑)
この西田が何気に迫力があるとのことですが、池の鯉の餌にされることはないと思います。
太田犬(笑)「もういいぞ」と犬のように追い払われた彼ですからまさに犬かもしれません(笑)
彼のナイスなミスのおかげでこんなことになる二人(笑)
しかし恋におちる確率は、まだ低そうです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.21 22:48 | 編集
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