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2017
11.16

恋におちる確率 7

つくしは無表情を装おうとしたが、目には依然として怒りがちらついていると自分でも分かっていた。そして、こんなに怒ったのは初めてだ。
何故なら自分の会社の副社長にセクハラ発言をされたからだ。
チビで、デブで、ハゲで、ブ男で脳みそがカラッポで・・・と、言いたいのだがそれとは真逆な男、道明寺司にだ。

インフラ事業部の太田が、仕事のミスを長々と説教されるとか、大きな声で叱られるならまだ分る。それが何故かその矛先がつくしに向かい、好きな男のミスを庇う為なら自分の身体を差し出すのかと言われ耳を疑った。
だが数秒後には、その言葉が紛れもない女性蔑視発言だと脳が認識した途端、猛然と腹が立った。そして次の瞬間にはムカついた。

それにしても、あの男は副社長という自分の立場を理解していないのではと思わざるを得なかった。だが誰もがうっとりと見つめる男で、つくしも一瞬男のオーラに圧倒された。
そしてあくまでも仮の話だが、もし女性社員の誰かがあんなことを言われれば、喜んではい、と答えるはずだ。

しかし、もし何かが起き、女としてどうしてもといった究極の選択を強いられたとき、間違ってもあんたみたいな男に抱かれるものですか、と言ってやればよかった。
そうすれば、あの男の傲慢さに一矢報いることが出来るはずだ。
だが、それは世の中の殆どの女性に意思に反する行いだ。
そうだ。女性なら誰も夢見る男である副社長に抱かれたくないなどと言う女はいないはずだ。

そして会社で社長に次ぎ偉い立場にいることで、傲慢になっているとしても、あの発言は間違いなくセクハラだ。それに証人ならあの若い社員がいる。
まさか副社長であるあの男の言葉通り、自分の為に身体を張ってもらえるとは思ってもいないだろうが、あの男の言葉の意味は理解したはずだ。けれど、あの若い社員が副社長の発言を証言してくれるとは思えない。副社長に逆らえば、次の日に自分の席がなくなっていたとしても、おかしくはないからだ。

とりあえず、つくしは一刻も早く55階から離れたかった。
だからエレベーターのボタンを叩きながら、暴言を吐いていた。








「・・あの牧野さん、本当にご迷惑をお掛けしました」

まだ頭から湯気が出ているつくしは、エレベーターを降りると、自分の部署に向かってずんずんと歩いていたが、その声に足を止め、くるりと振り返った。
そして、副社長室では半べそ状態だったインフラ事業部太田の申し訳なさそうな顔に向かい合った。

太田は最上階でエレベーターに乗り込むと、自分のフロアのボタンを押す事はなく、少し離れてつくしの後ろに立ち、食品事業部のある15階でエレベーターを降り、つくしを追いかけて来た。

「あの・・・牧野さん、本当にすみませんでした」

深々と頭を下げる太田は、申し訳なさで一杯といった顔で再び謝った。
そうやって謝っている太田につくしは、もういいからと言った。

「太田くん。もう済んだことだからいいわよ。あなただってわざと間違えた訳じゃないでしょ?」

「勿論です。そんな・・・僕は・・」

書類を誤送付というケアレスミスをした自分が許せないこともあるだろうが、まだシュンとした姿勢でつくしの前に立ち尽くす太田は反省しきりだ。
だがそれは当然だと言えば当然だ。本来なら秘書室経由で副社長まで回るはずだった書類が、自分のミスでつくしの手元に届き、そこから彼女を巻き込む形となり、そしてつい先ほどの出来事だ。
そんな執務室での状況をどう捉えたのか分からないが、つくしがエレベーターに辿り着くまでに彼女に追いついたのだから、あの男は若い男のミスを許したということだろう。

そしてよく見れば、太田は美形と呼ばれる部類に入る男性だと気付いた。
薄茶色の目に、少しウェーブのかかった髪に色白で、一見するとハーフかと思える顔立ちをしていた。けれど、どことなく線が弱い。貧弱とまでは言わないが、どこか頼りなさが感じられる。

だがそれは、さっき見たあの男の印象が強すぎたせいなのかもしれない。
そして時間が経てば、副社長に投げつけた『こんな人最低よ』の言葉は、言い過ぎたかもしれないと思い始めていた。いやだがあの男の言葉は、つくしの気持ちを逆撫でしたとしか言いようがなかった。
だが今後、給料が減額されたり、昇進が拒まれたりすることがあるかもしれない。
もしかすると、明日から別の部署に異動になってしまう可能性もある。

そうだ。愚かにも副社長にあんな口の利き方をした人間は、恐らくこの会社に、いや、会社以外の世界でもいないはずだ。何しろ世界でも有数の大企業と呼ばれる道明寺HDの次期社長であり財閥の後継者。だがあの男の尊大な表情は、つくしの神経を尖らせたとしか言いようがない。
だが考えた。もしかすると、あんな言い方ではなく、大人の女性として、もっと上手い言い方があったはずだ。あんなに激しく言葉を交すのではなく、軽く受け流すことも出来たはずだ。そう考え始めると、頭の中はパニックに陥りそうだった。


「・・牧野さん?あの・・牧野さん?」

「え?」

太田は何か語りかけていたようだが、つくしはあの男のことを考え中で聞いていなかった。

「あの、今回の事で何かあれば、僕のせいです。本当なら僕が副社長に怒られるはずだったのに、牧野さんまで巻き込んでしまって・・」

「太田くん。もういいから。もう済んだことだから」

つくしは、そう言うしか言葉が見つからなかった。
それに、もうそれ以上の言葉を彼に言ったところで、本当にもう済んだことなのだからとしか言いようがない。仕事は仕事。ビジネスはビジネスだ。ミスをして怒られることがあるのが当然の世界。そして、失敗は無きに越したことはないが、完璧な人間などいない。
現に副社長である道明寺司だって、見た目完璧、頭脳明晰。だが、あの女性蔑視発言は頂けない。そうだ、まったく頂けない。あれではどこかのイヤラシイ中年セクハラ親父と同じだ。
しかし、それと同時に思うのは、自分の口から出た言葉を、取り消す事が出来ないということだ。『こんな人最低よ』と口走った言葉は今も副社長室の中に置かれているはずだ。


「でも、僕どうしたらいいんですか?・・もうなんだか責任感じちゃって胃が痛いです」

「あのね、太田くん。あなた入社したばかりなんでしょ?こんなことで胃が痛いだなんて言ってたら、仕事なんて出来ないわよ?あなたはこれから先の人生をこの会社で過ごそうと思ってるんでしょ?それならもっとタフでなきゃ。特にプラント事業部の中でも海外事業本部なんでしょ?それにこれから海外での仕事も増えるはずよ?現地にだって行く事も多くなるはず。だから神経は図太く、胃は丈夫でいなきゃ海外での仕事なんて出来ないんだからね?」

「・・はい」

と、太田は言い、つくしの言葉に頷くだけだが、副社長室では額に汗を浮かべ真っ青だった顔も、今では色を取り戻していた。

「だからね?私のことは気にしなくていいから。自分の部署に戻って仕事しなさい。私も自分の仕事に戻るから。ね?」

そう言って太田を励ましてみたが、つくし自身は、自分の気持ちに余裕が持てずにいた。
だが仕事をするには、気持ちの切り替えが肝心だ。
いつまでも失敗を心の中で悔やんでも、いいことにはならないからだ。
現に太田が書類を誤送付するといったことは、新人ならではといったミスではなく、何年仕事をしたとしてもあり得るミスだ。だが、55階での出来事はあり得ない話だ。

つくしに促された太田は、自分の部署に戻ることを決めたようで、彼女に向かって再び頭を下げ、踵を返した。










「はぁ~。なんかもう嫌!」

「何が嫌なんだ?40階の仕事見学で何かあったのか?」

ドスンと椅子に腰かけ、呟いたつくしに、向かいの席でパソコンに向かっている同僚が声をかけた。

「40階?」

「お前インフラ事業部まで行って来たんだろ?」

きょとんとした声で答え、あ、そうだった。40階まで書類を届け、見学をしてくると言い席を離れたことを思い出した。

「で、どうだった?あいつらの仕事ぶりは?あそこは男臭い部署だからな。いい男でもいたか?しかしその顔じゃいなかったって顔だな。それになんかお前悲壮な顔をしてるが、何かあったのか?」

悲壮な顔と言われ、やはり先ほどの事が顔に現れているかとつくしは落ち込んだ。

「うんうん。何もないわ。多分今頃ベトナムの出張の疲れが出て来たんだと思う。・・・ちょっとコーヒーでも飲んで来る」

席を立ち、フロアにある休憩室へと足を向け、自販機の前に立ちお金を入れ、ボタンを押す。そして、出て来たミルク入りのコーヒーを飲みながら考えた。
今は太田のことより、副社長である道明寺司のことが頭の中にある。
いくらお金がっても、能力は買えないのだから、この会社を経営している男は頭がいいはずだ。それなのに何故、あんな女性を侮辱するような発言をしたのか?今はそればかりが頭の中を巡っていた。

まさかとは思うが、わざと言った?
もしかしてからかわれた?
だが、もしそうだとすれば、いったい何故?

だが分るはずもない。
今日の今日まで副社長とは全く接点などなかったのだから。



「おい牧野。しかし急な事で驚いたけど凄いな」

つくしは、コーヒーを飲む手を止め、声をかけて来た同僚男性の声に振り返ったが、何の話だかさっぱり分からなかった。
だから「なんですか?」と聞いたが、ひと呼吸置いた同僚の声は、信じられない言葉を告げた。

「牧野。お前、来月から秘書課に異動だとよ」





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コメント
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dot 2017.11.16 09:02 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2017.11.16 12:00 | 編集
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dot 2017.11.16 12:02 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.11.16 15:08 | 編集
ふ*******マ様
やっぱり司(笑)やることが早いですね?(笑)
異動は来月からというのが少し大人と感じましたか?(笑)
つくしの沸点が近いかどうか。司次第ですが、このお嬢さんはどうするのでしょうか?
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.16 21:22 | 編集
司****VE様
おはようございます^^
副社長は失礼な人!(笑)そうですよね~。本当に失礼な男ですねぇ。
でも言い過ぎたと反省。そこがつくしですね?
そして55階から15階に戻ったら辞令が!(笑)
さすが司!(笑)副社長の権力ここにありですね?
ワクワクするような二人になればいいのですが、さて、どうなるやら(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.16 21:28 | 編集
と****ーン様
いきなりの異動!
さずが司!(笑)
え?きゅんきゅんですか?
この二人、恋におちる確率はまだ低いようですが、どうなるのでしょう(笑)
別件は了解いたしました^^
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2017.11.16 21:33 | 編集
か**り様
違うだろ!!(笑)
このセクハラ親父!
本当にエレベーターの前でそんな暴言を吐いたような気がします。
そして秘書課に異動!人事権を発動しました。さすが司!やることが早いです(笑)
コメント有難うございました^^


アカシアdot 2017.11.16 21:39 | 編集
H*様
今晩は^^
司、動きました(笑)
さすが副社長です。
そして恋におちるのは、どちらでしょうか?
それとも、もう落ちかけているのでしょうか?(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.16 21:48 | 編集
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