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2017
11.09

恋におちる確率 2

最上階の角にある執務室は床から天井までガラス張り。
そこから見える景色は抜群で、まるで一枚の大きな絵画のように見える。だが、その景色をじっくりと眺めたことがあるのかと問われれば、無いと答えるはずだ。

司は、右手でネクタイを緩めると、上着を脱ぎデスクの上へ置いた。
それを取り上げ皺にならないようにとハンガーにかける秘書は、普段から官能的な低音と言われる男の声のトーンが、一段低くなれば機嫌が悪いということを理解しているが、若い頃の傍若無人さを知っていれば大したことはないと思う。



「おい西田。なんだこの数字は?」

「はい。どの数字でございましょう」

司は革の椅子に座りデスク越しにファイルを秘書に投げた。

「このプロジェクトに関する経費だ。なんでこんなに金額が高い?」

「ご承認いただけないとおっしゃるのですか?」

「ああ。承認出来ねぇな。説明が欲しい。責任者は誰だ?」

これは仕事上の会話であり、凄みがあるとは言えないが、責任者と言われる人物がその声を聞けば、背中に冷たい汗が流れ、胃が縮み上がる思いをするはずだ。そして的を射た話が出来なければ、刺すように鋭い視線で切り刻まれる思いをする。そして自分が追い込まれて行くような気分になるはずだ。

だがこれはいつも通りのやり取りであり、男に仕えている年上の秘書は平然としていた。
そして、執務室における友好関係と言われるものが二人の間に無くても、秘書は気にしてはいない。何故なら、全ては秘書として仕えた長年の経験といったものに裏打ちされているからだ。

西田はファイルを開き、中を見た。

「こちらはウズベキスタンの大型発電プラント建設受注の件ですね。そうなるとインフラ事業本部の米田部長が責任者となりますが今すぐ呼び出しましょうか?」

中央アジアに位置するウズベキスタン共和国でのプラントの受注は、国の電力事業運営にも携わる大型プロジェクトであり、道明寺の技術能力を問う試金石となると言われているプロジェクトだ。そしてこれを成功させれば、次に繋がることは間違いない。
そのため、社としてはかなりの力を入れてはいるが、経費と呼ばれる金額の高さに疑問を持った。

「ああ。呼んでくれ」

「承知しました。それでは今すぐ_」

と、言いかけた途端、男の右手が上がり秘書の言葉を遮る仕草をした。

「いや。・・午後からでいい」


秘書は男のひと呼吸の間に不審そうな顔をした。
何故なら、男は『向こう』にいた頃を含め、これまで今すぐという言葉を遮ったことがなかったからだ。それなのに、午後からでいいと言ったことに驚きを隠せず思わず聞いた。

「どうかなされましたか?副社長。医師を呼びましょうか?」

秘書が一番に考えたのは、連日仕事が遅くまで長引いたことにより疲れが溜まっているのではないかということだ。
そして、もし体調が優れないというなら、躊躇うことなく医師を呼ぶつもりでいた。
二人は秘書と副社長という立場とは言え、少年時代から彼を知る男は、長い付き合いがあり、互いに慣れ親しんだ関係でもあるからだ。
そして、次期社長である副社長が倒れるといったことになれば、企業経営に大きな影響を与えることになるからだ。

かつて道明寺財閥の御曹司と呼ばれたことは、今は遠い昔の話であり、背中に背負う物の大きさを十分に理解している男は、今では秘書の言うことを頭から否定することはないが、それでも時に声を荒げることもある。
だが今の状況は、そういったものとは違う。


「いや。大丈夫だ。少し頭痛がする。西田、薬を。それからコーヒーをくれ」

苦悶の表情を浮かべている訳ではないが、秀麗な男がすらりと長い指をこめかみに当てた仕草は、それはそれで見る者の心を奪う。
もし秘書が女性なら間違いなく心配のあまりベタベタとした態度を取るだろう。
だがそれが好ましい光景とは言えず、西田は自分が秘書で良かったと思っていた。
何故なら、過去の態度を窺い知る立場としては、男としての欲求を果たすこと以外に於いて女に触れられれば、目の中に怒りがちらつくのを知っているからだ。
それは、才気は仕事の面だけに向けられ、女を見る目は無情な面が目立ち、感傷に浸るといったことがないように思えた。

「副社長、アスピリンとカフェインの同時摂取は胃に悪影響を与える恐れがあり、お身体にいいとは言えません。それにカフェインとの相互副作用といったものが懸念されます」

秘書は自分が仕える男のコーヒーの好みを知っている。
ブルマンをブラックで飲むのだが、昼食前のこの時間、つまり空きっ腹に罪のように黒いブラックコーヒーとアスピリンを摂取すれば胃に良い訳がないと咎めた。

「西田。お前は言われたことをすればいい」

よく通る低い声で言う男は椅子に座り無表情な顔をしていたが、目は違う。
目だけは痛みの為なのか、それとも、はいと言わなかった秘書に対する苛立ちなのか。どちらとも取れる思いがちらついていた。

だが秘書は男がどんな態度を見せようが怯むことはない。
今は副社長と呼ばれる男だが、彼が少年の頃からを知っている。
美しい顔立ちをした少年を。だがあの頃は決して褒められる少年ではなかった。
だからどんなに凄まれようと気に留めることはない。
そして、上司の体調管理も秘書の仕事のひとつなのだから、例え凄まれようと自分のやるべきことは心得ており、それをしなかったことにより体調を崩すことがあっては秘書の名折れとなり、西田も表情を変えることなく答えた。

「副社長。アスピリンはお持ちしますが、ご一緒にコーヒーを飲むのはお控え下さい」

秘書は司に向かって言い、薬と水を用意するため執務室を出た。








司は西田が出ていくと、椅子に背中を預け、高価な靴に包まれた足をデスクに上げ、複雑な笑みを頬に刻んでいた。
ひと前では笑顔を見せることがないと言われる男の笑み。


司は先日の出張で一人の勇敢な女性に出会っていた。
そしてその女性を思い出し笑っていた。

確率で言えば、再び会うことはないと思われる女性。
背は低く、見積もったところで司より25センチは低い。
細身で胸は小さく、黒髪に自然な顔色。

感情の答えは分からないが、何故かその女性のことが頭に浮かんでいた。





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コメント
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dot 2017.11.09 07:02 | 編集
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dot 2017.11.09 17:45 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
二人の出会いはどんな出会いだったのか?気になりますよね?
司の頭痛ですか?単なる頭痛だと思います(笑)
二人は出会う運命で、恋におちる運命。
運命はその時が来ると突然何かを起すのかもしれませんね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.09 22:22 | 編集
とん**コーン様
すでに出会っていたと言うか、何と言えばいいのか(笑)
はい。司に、頭痛薬とコーヒーの飲み合わせは駄目よ、と伝えますね。
本当に頭痛薬とカフェインは良くないですからねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.09 22:28 | 編集
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