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2017
11.04

冬の樹 4

Category: 冬の樹(完)
誰にでも心の支えがある。
あの母親でもあの当時口元を綻ばせることがあった。
雪像のような女でも我が子が背中に抱きついたとき笑っていた。
それは無理に笑ったといった笑みではない心からの微笑み。

だがあれから後、司が知っている母親はいつも正面を向き、きつく唇を引き結んだ姿だった。
横顔はまるで彫像のようであり、その輪郭は一ミリたりとも動じないといった能面のような顔。それは、人のとしての感情が全くないといった顔をしていた。
そして笑った顔を見ることになるのは、つくしと結婚し孫が生まれてからだ。





椿と司は黙ったまま箱の中から取り出した写真を眺めていた。
姉と弟がそれぞれ写った写真は、裏にいつどこで撮られたものか書かれていた。
何も動揺することはないのだが、二人は母親がこんなにも沢山の写真を手元に置いていたことに驚いていた。
そして写真を取る指先を休めることはなく、次から次へと自分達の幼い頃の姿を見ていた。
しかし、4歳年上の椿の写真は司ほど多くはなく、幼い頃の写真が多いのは、圧倒的な数で弟の司だ。


「・・・こんなに沢山・・本当に信じられないわ。お母様タマさんに頼んでいたのね」

優しい口調で椿が言う。


老婆が撮影したのか。
それとも誰かに頼んで撮らせていたのか。
どちらにしても、幼い子供の屈託のない笑顔は見ていて心が和む。
それは、司が親になり、執務デスクの上へ飾っている我が子の写真に心が和むからだ。
そして自分の幼い頃の姿は、我が子に似ていた。だがその意味は、孫は祖母に似ているという意味にもなる。

視線を巡らせた先にある母のベッド。
その脇にあるナイトテーブルに置かれているのは、孫達の写真。
家族の写真が癒しになる。司がそれを知ったのはやはり家族を持ったからだ。
母親も同じ気持ちでいたのだろう。
毎晩その写真を眺めては眠りについていたことが推測される。



司は、手許の写真の中に泣いている己の姿を見つけた。

「・・姉ちゃんこれ・・」

司は掠れた声で呟いた。

「あら。あんた泣いてるわね?これいつの写真?」

椿が写真の裏を見たとき、書かれていたのは、
『司様 4歳 鼻の中に輪ゴムが入る』

「ああ、これね。覚えてるわ。あんた、ずっと泣いててね。どうしてそんなに泣いてるのかって聞いてもずっと泣いてるの。熱でもあるのかと思って測ったけど熱は無いし、どこか怪我をしたわけでもないし。それでも延々と泣いてるじゃない?本当に不思議でね。主治医に見てもらったら、鼻の中に輪ゴムが入っていたの。もう可笑しくってね。あんたいつの間にそんなもの鼻の中に入れたのか知らないけど、子供って訳のわからないことをするのよね?」

椿は当時を思い出し笑っていたが、子供は親の見ていない隙に何をするか分からないことがある。だから4歳の司がいったい何のために鼻の穴に輪ゴムを入れたのか。
勿論、何の意味もあるはずもなく入れたのだろう。
司には記憶として残ってはいなかったが、写真はその時のことを伝えている。
鼻を真っ赤にし、泣いている小さな少年の姿を。
そして延々と涙を流す弟を心配した姉の姿があった。

母親はこの写真を見て、我が子が泣いている理由を知り、笑ったのだろうか。
それとも心配したのだろうか。それを考えれば恐らく心配したはずだ。
そして、写真でしか知ることがなかった我が子の成長だが、こうして沢山の写真があるということは、気には留めていたということだ。


二人は、暫く写真を眺めていたが、メイドがLAから電話だと椿を呼びに来た。
少しして戻って来た椿は、夫の仕事の関係者に会うことになったと言い、出かけて来ると言った。そして写真はそれぞれが持ち帰るということにした。
椿は、どうする?このままひとりで続ける?それともまた明日にする?と言ったが、司は続けると言った。
そして、ひとり母親の寝室にいた。


昼間だが、どこかぼんやりとした陽射しの冬。
かつての司の部屋が東の角にあったのとは、真逆の方角である西の角にあるこの部屋。
窓を開ければ冷たい冬の空気が流れ込み、部屋の中の匂いといったものを変えてしまう。
そして、日の入りが早い冬はすぐに西日が差し込んで来るはずだ。

そんな部屋の中をゆっくりと見る。
ここは自分の部屋ではないが、司が生まれ育った家だ。
だが姉がいなくなり、男の自分がひとりこの部屋にいることが、母親の人生を覗き見ているといった感じがしていた。そして不似合いな場所にいると感じていた。

だがここには、あの当時感じなかった母親の子供達に対する想いを示す証拠がいくつもあった。
長い間考えた事もなかったが、母はいつも自分達のことを気にかけていた。子供達には無関心だと思われていたが、複雑な感情といったものを抱えた母親の姿が見え隠れしていた。

記憶の中にはないが、夜遅くに帰宅して寝ている我が子の姿を見るため、そっと近づき、肌けた布団をかけ直す姿があったのだろう。そしてそこに見えたのは、本物の母の姿だったはずだ。
道明寺という巨大企業の代表という立場を通したがために、捨てたと言われた母性が残っていた母親としての姿が。

だが少年時代の司は、虚無感だけを抱えた数年間があり、人の生も死もどうでもいいとさえ考えていた。それは、己の人生についても同じであり、母に愛されることなく、道明寺という家のためだけに生かされた男は、他人を愛することを知る由もなかった。
全てに対し無感覚でいた男だが、それを解き放ったのが妻だ。
そして母親が亡くなった今、そんな過去ばかりが思い出されていた。


普段なら物事を合理的に考える司だが、今はそんな気になれずにいた。
初めは気にならなかった母親の持ち物。
だが、次々と現れる思いもしなかったもの。
母親の若い頃の写真、自分の通知表、落書きのように書かれた絵。そして幼い頃の写真。

そして今は、母親が自分の知らない自分自身に関わる何かを残してくれている気がしていた。
それは、金を出して買えるものではなく、どこかを探せば出て来るものでもない。
過去の思い出といったものは、ただひっそりと隠されるようにあるはずだ。

それなら次に出て来るのはいったい何か?
だがそれには、切なさと共に苦さといったものを含んでいるはずだ。
何故なら司の少年時代は、決して世間に自慢出来るものではなかったからだ。


ひとりになった司は、次の引き出しに手をかけた。




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コメント
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dot 2017.11.04 08:38 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
母の机の引き出しから色々な物を見つけた司。
泣いている写真がありましたが、泣いている理由も驚きでしたねぇ(笑)
そして幼かった頃の母の思いを少しずつ知る司。
自分が親になったからこそ、分かるものがあると思います。

昨日はお天気で良かったですね?^^
走り回り、声を上げる。疲れますよね?気も遣われた事と思います。
普段使わない筋肉を酷使した後は、やはり湿布です‼
月曜までに筋肉痛が治るといいですね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.04 22:24 | 編集
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