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2017
11.03

冬の樹 3

Category: 冬の樹(完)
司と楓の親子関係は、今は妻であるつくしと結婚したことによって変わった。

かつてあんなに憎んでいた少女に対しての態度が一変したのは何故か。
妻と母親との間に何があったのか。司は聞かなかった。
そしてつくしと母親の間に新たな絆が生まれたのは、息子が生まれてからだ。
母親という立場から祖母になった楓は、あの頃とは違い無情ではなくなっていた。
孫は可愛いといった話は、世間ではよく聞く話だが、まさにその通りだった。
司には3人の男の子がいるが、全てに別け隔てることなく優しく接する楓はいい祖母だった。孫たちからすれば、そんな祖母がかつて鉄の女と呼ばれ、一切の感情を排した女性だったとは思いもしなかったはずだ。

将来自分によく似た孫のうち、誰かひとりが道明寺の家を継いでくれればいいといった思いを持っていただろうが、司が幼かった頃の態度のように孫と接することはなく、孫達にとっては愛情のこもった笑みを浮かべる東京のお婆様といった存在だった。
夏休みを過ごすため世田谷の邸を訪れる孫たちを楽しみにしていた楓。
そんな楓に孫の航が言った。

「・・おばあ様、僕NYの友達に怪我をさせてしまったんだ・・」

それはよくある子供同士の喧嘩であり、司のようにただ相手が気に入らないからといって叩きのめすようなものではなく、理由やきっかけといったものがあったが、楓はその言葉にどう答えたのか。

「いいじゃない。航くんも傷ついたのよね?お友達に怪我をさせたのは悪いことだけど、あなたのお父様のようには酷くなかったはずよ。あなたのお父様は、それはもう酷かったのよ?そのせいでおばあ様はいつも大変な思いをさせられたの」

もしその場に司が居れば、間違いなく苦い顔をしていたはずだ。
楓はそんな司の顔が浮かんだのか少し笑い、それから航の顔をじっと見つめ話を継いだ。

「わざと人を傷つけようとするならそれは罰を受けるべき事よ?理由もなく人を傷つける人間は心がない人間。でも航くんは違うでしょ?それにあなたは怪我をさせたお友達には謝ったのよね?それならお友達も分ってくれるわ。仲良しのお友達でしょ?」

「・・うん。今までずっと一緒に遊んできた友達なんだ」

「そう・・。それなら大丈夫よ。きっとNYへ戻ったらまた一緒に遊んでくれるはずよ?」

「・・そうかなぁ・・」

「航くん。わざと相手を傷つけることをすれば、相手も許してくれないわ。
相手に怪我を負わそう。酷い目に合わせてやろう。そういった行為は相手も分るものなの。
でもあなたはそんなつもりではなかったのでしょ?」

「・・うん。全然違うよ。ただ、おもちゃの取り合いをしただけだよ。そこから喧嘩になったんだ。それで・・」

「それで怪我をさせてしまったのね?」

「うん。でもそんなに大きな怪我じゃないよ。転んで膝を擦りむいただけだよ?」

「・・そう。分かったわ。心配しなくても大丈夫。お友達は許してくれるわ。でもね、闘わなければならない時、相手に許されることを必要としない闘いを求められることもあるわ。そうなったときは、迷わず闘いなさい。特にそれが自分にとって大切なことなら迷っては駄目よ?」





あの日、息子は祖母の言葉の中にあった自分にとって大切なことの意味を考えたようだ。
まだ子供だと思っていても、我が子はいつの間にか成長する。
大切なものの定義も成長と共に変わるはずだが、今の航にとって大切なものは、友達と母親のようだ。そして、楓おばあ様から大切なものを守るためには、闘わなければならないと言われた、と言った航は感じることがあったのか、パパがママを守れなくなったら僕がママを守るからと口にするようになっていた。

しかし、かつて鋼のようだと言われた母親は、ドルと円を基準に物事を考える女だった。
だがある日、妻が言った。
お義母様はそうしなければならなかったのよ、と。
まさか、かつて母親をクソババアと呼んだ少女の口からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。
だが、彼女は言った。
お義母様は鬼子母神のような方なのよ、と。


今では子供の守り神、安産の神としての信仰を集める鬼子母神は、鬼神である夜叉の子供であり生まれた時から容姿端麗だった。
彼女は嫁ぎ先で、五百人とも千人とも万人とも言われる子供を産み、その我が子を養うため、栄養をつけるため、人間の子供を食べるようになれば、人々から恐れられ鬼子母と呼ばれるようになった。
楓も社員という大勢の子供とその家族を養うため、鬼にならなければならなかったのではないかと。
だからすべての感情を捨てたのではないかと。

しかし、人間の子供を食べるようになり、鬼子母と呼ばれた女は、やがて人々からの訴えにより彼女の悪行を知った釈迦に、大勢いる子の中で一番かわいがっていた末の子を隠されてしまった。

我が子がいなくなった鬼子母は、7日間かけて世界中を探し回ったが見つからず、最終的に釈迦の許を訪れ行方を尋ねた。
そこで釈迦は、沢山いる我が子の中のたったひとりがいなくなったからといって、何故そのように嘆くのか。人はただ一人の子だけであるにも関わらず、お前はこれを殺し食べたではないかと答え、鬼子母が己の非を認めたとき、末の子の行方を教えたという。
そして、我が子を取り戻すため、釈迦へと帰依したことから神となった鬼子母。

そして妻は言った。
司は、楓にとって大勢いる子の中でまさに末の子であり、その子のためなら何でもしたはずだと。
だが、司は誰かによって隠されることはなかった。
しかし彼の人生は、妻となった女性に出会うまで生きている意味を見出すことなど無かった。人としての心などなく、未来など必要がないといった子供だった。
そんな我が子は、姿はあるが心は無く、ある意味鬼子母の隠されてしまった末の子と同じだ。見失ってしまった我が子と。

そんな我が子司が楓の元に戻って来たのは、牧野つくしという女性の存在があったからだが、お人好しと呼ばれた女は、それこそ釈迦のように慈愛に満ちた人間だった。
何故なら、楓が過去、彼女に対し行ったことを気にしてなどいないからだ。
むしろ、自分が放った言葉に罪深さを感じるほどであり、罪を憎んで人を憎まずといった精神とお人好しっぷりは、楓も呆れるほどだった。
そして仏教では、悪い神が改心して善い神になることはあるが、キリスト教では悪魔は絶対悪であり、改心して人間を守ってくれることはない。だがつくしという女性を知り、改心とは言わないが、考え方が変わった楓がいた。

そして、楓にとって孫にあたる子供たちは、目の中に入れても痛くはない存在。
そんな孫の誕生により、彼女は鬼と言われていた女から子供を守る神へと変わっていった。

だが今の司は、鬼子母神が大勢の子供たちを養うことが我が身の役割と考えたように、大勢いる社員とその家族を守るために、厳しいこの世の中で大企業と呼ばれる道明寺の舵取りをするなら鬼にならざるを得なかったということが分かる。
企業は利益を上げ続けなければ、社員を養うことは出来ない。その為には、たとえ鬼だと言われたとしても、それが道明寺という家に嫁いだ意味だとでもいうように、自分がしなければならないことをしたということだ。





「・・司。見て・・この絵、あんたが小さい頃描いた絵よ?・・これお母様の顔を描いているのよ?ほら、裏に書いてあるわ。・・・これタマさんの字ね?」

ぼんやりとしていた弟に椿が声をかけた。
そこに書かれている文字は、『お母様の絵 司様 3歳』
だがお母様の絵と書かれてはいても、ただ方向が定まらない線が書かれているだけで、人の顔らしきものは存在しない。
それでも、我が子が描いた自分の顔と呼ばれるものを、大切に保管してあったことが信じられない思いでいた。

「本当にお母様ったら・・・」

椿が手にしていたのは、また別の絵。
裏に書かれている文字はやはり『お母様の絵 司様 4歳』
3歳の時描かれたものより線は力強くなったが、それが顔と言えるのかといった絵だ。
それでも母親にとっては、これが母と言われればそれでいいと思えるのだ。
どんな下手な絵であっても、人の形をしていなくても、それが我が子から見た母の姿ならそれで。

椿は、それから次の引き出しから取り出した分類箱を重いわね、と言い開けていた。
そこには、椿と司が幼かった頃の写真が数えきれないほど収められていた。

命名『司』と名前が書かれた紙と共に写る両親と赤子。
生後一ケ月ほどで行われた宮参りの写真。
それは着物を着た両親に抱かれた幼子。
やがて100日ほど経った頃行われたお食い初めの写真。
母親に抱かれ箸が口元へ運ばれているが、頑固に結ばれていた。
そして初節句の祝いとして飾られた豪華な兜と共に写る我が子。
これらの写真は、アルバムに貼られているものもあるが、これは貼り切れなかったものなのか。それをこうして保管し、時に取り出して見ていたのだろうか。

やがて小学生の頃になれば、司は写真を撮られることが嫌いになった。
だから、そこから先の写真は数えるほどしかない。
それでも、初等部の制服を着た写真が何枚かあった。

あの頃、母親は殆どといっていいほど日本にいることはなく、海外にいた。
だから時間がなかったのだろうか。
それとも初めから貼るつもりはなく、こういった保管をするつもりだったのか。
そして、宛先が世界各地にある道明寺の別邸になっている青と赤に縁どられたエアメールの封筒がそこにあるのは、タマがこっそりと撮影しては楓に送っていたからなのだろう。

長ければその地に数ヶ月に渡り滞在することもあった母親。
当時は携帯電話もパソコンも今ほど発達していなかった。だからこそ、写真のやり取りは、エアメールがごく当たり前の世の中だった。
アメリカなら1週間、早ければ5日で届くこともあった。ヨーロッパへも1週間ほど。地球の裏側にある南米なら10日間ほどかかった。そして時に相手国の郵便事情により配達が大幅に遅れることもあった。

そんな時代。
母親は東京から送られて来る写真を楽しみに待ち、部屋に飾っていたのだろうか。
それとも持ち歩いていたのだろうか。
どちらも想像しにくいことだった。

そして今まで見たことがなかった写真がそこにあった。
その写真だけは革のパスケースに入れられていた。
それは初等部の入学式当日に撮られた写真。
今となれば貴重なワンショットと言えるはずだ。

何かを落したのだろうか。母親がしゃがんだ姿があった。
そしてその母の背に抱きつくランドセルを背負った小さな男の子の姿。
母は笑っていた。
血の通わぬ雪像のような女だと思われていた女が笑っていた。
そして男の子も笑っていた。
どちらも満面の笑みを浮かべて。
だがそれから暫く経つと、二人とも笑みを浮かべることは無くなった。


「お母様。この写真を持ち歩いていたと聞いたことがあるわ。心の支えにしていたそうよ」





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コメント
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dot 2017.11.03 05:29 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
今日は朝から大変お疲れさまでした。
無事終了となったのでしょうか?
さて、つくし。楓のことを鬼子母神だと言いましたが、若い頃にはそんなはずない!と思ったでしょうねぇ(笑)
楓さんの机を整理する姉と弟。色々と出て来たようですね?
若い頃の親子関係はいいとは言えませんでしたが、つくしを知るにつれ楓も変わり、司も母親に対する気持ちが変化していきました。
司は今何を想っているのでしょうねぇ・・。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.03 21:26 | 編集
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