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2017
11.01

冬の樹 1

Category: 冬の樹(完)
母が倒れたと知らせを受けNYから駆け付けたが間に合わなかった。
享年67歳。死因は心不全。いわゆる突然死と呼ばれるものだった。
邸に住む主治医が手を尽くしたが命を救うことは出来なかった。
そしてそれは、天が彼女に与えた時が終った瞬間だった。

普段、健康には気を使っていた。
食事もだが、血圧や運動にも気を配っていた。つい最近受けた健康診断でも、何も問題がないと言われたばかりだった。


母の名前は楓と言い、夫亡き後、道明寺財閥の当主として、息子である司にその座を譲るまで采配を振るっていた。
だが少年時代の司は、母親とは反りが合わなかった。
親子だと言うのに、一切の感情を排除したような女は、司のことを財閥繁栄の為の駒だとしか考えていなかったからだ。
そんな女は、会社の利益を第一とし、我が子が熱を出し苦しい思いをしていたとしても、子供の傍に寄り添うこともなく海外にいた。

息子の養育は使用人の老婆に一任されており、司は子供の頃から親の存在を身近に感じたことがなかった。だから、母という存在がどのような存在なのか。老婆に教えられなければ、知ることはなかった。

母親は我が子が泣いていれば抱きしめ慰めてくれる。
母親は我が子が喜べば共に喜んでくれる。
母親は我が子が眠りにつくまで傍にいてくれる。

だが、老婆から教えられた母親という存在と、自分を生んだと言われる女が同じ人間だと感じることは無かった。そしていつの頃からか、母である女のことを「母」と思ったことはなく、本人を前に「母さん」と呼んだことがあったのかと思い返してみるも、無かったはずだ。


世間は彼女のことを「鉄の女」と呼び恐れた。
それは、身体の中に赤い血が流れていないから。
何を言われても眉ひとつ動かす事がないから。
まさに、感情がないと言われる女につけられた名前は、名は体を表すに相応し名前だった。
そして、そんな女だから母性といったものを感じることもなく、彼女が本当に二人の子供を産んだことを疑うほどだった。
まさに私生活を感じさせることがない仕事だけの人間。
卓越した仕事ぶり以外、その名前を耳にしたことがないと言われる人間だった。

そんな人間から母親としての愛情を感じることがなく、育つ子供がどのようになるのか。と問われれば、邸にいる人間は皆おしなべて小さな声で言うはずだ。

司坊ちゃんのような子供になります、と。

そして老婆は司を見て言った。

「お可哀想に・・」





可哀想にと言われた少年時代、司は底知れぬ暗闇の中にいた。
それは自らが望んだ世界であり、そこが彼の世界だった。
誰も寄せ付けず、誰にも心を開かず、彼の傍にいたのは同じような境遇にいた幼馴染みの男たちだけだ。

そして彼の周りにあったのは、暴力に明け暮れる日々。
誰もが媚びへつらうことが当たり前の男となった司に逆らう者は誰一人としておらず、どんなことをしても許される男が道明寺司という男だった。

喧嘩をしても、自分の身体に傷が付くことはないが、相手の人間は瀕死の重傷を負うことも多かった。そしてそんな時、問題にならないようにと金で解決していた母親。
だが、それは我が子が可愛いのではない。そんな理由で金が払われたのではない。
道明寺という名前のため、財閥の後継者を守るためであり、司という個人は意味をなさなかった。
逃げる事が許されなかった司の人生。
生まれた時から全てが決められていた人生。
巨大な財閥を引き継ぎ、繁栄させ、次の世代へと引き継ぐことを求められる人生。
司にとってそんな人生はどうでもよかった。
だから虚無の世界に堕ちていくことを自ら望んでいた。


だが、底知れぬ暗闇にいた司が微かな光りを掴んだ。
その光りが牧野つくしという少女だった。司の初恋だった。
けれど、彼女の存在は母親にとって目障りでしかなく、どんなことをしてでも排除したいと思っていた。実際とても高校生を相手にすることではないと思われるようなことも、平気でした。だがそれは、彼女の世界では当たり前のことであり、不思議になど思わなかった。
金で解決できるなら金を使う。利用できる権力があるなら利用する。事実その両方が使われ、若い二人は一度離れることになった。

あの日、土砂降りの雨の中、目の前にいる女性から別れを告げられた男が見たのは、彼女の髪を伝って落ちる雨だった。


あの頃、母親が取った行動を許せなかったことも、今はただ懐かしいと思う。
司は紆余曲折を経て、初恋の女性と結婚した。
それは母親が、息子の初恋の女性の価値を認めたからだが、母親の人生に変化が生じたこともあったのだろう。
他人行儀だった親子関係も、凪いだ海のように穏やかさが感じられるようになったのは、妻と結婚してからだ。

そして我が子を授かり、親となってはじめて分ることもある。
命を削る危険を冒し産んだ我が子の存在が、どれだけ大切な存在かということを。
それは、男である自分が産んでいないとしても思いは同じだ。
底知れぬ暗闇の中に沈んだとしても我が子は我が子だ。
どんな親も心の中ではいつも我が子のことを案じている。
今になればそんな親の気持ちも理解出来る。
決して母親は母性が無かった訳ではない。
母親はビジネスには秀でていたが、幼い子供を相手にすることが苦手だったのだ。

それは子供に対し、どう接すればいいのか分からない親だったのだろう。
何故なら、上流階級と言われる家は、親が子供を育てることはなく、楓も親に育てられてはいないからだ。

旧華族の家柄を持つ楓は、おとなしく、口数も少ない娘だったと聞いた。
だが道明寺という家に嫁ぐことが決まったとき、彼女は自らに課された役割といったものを理解した。それは大財閥の家ならあたり前とされている跡継ぎの誕生。
最初の子供は女の子だった。そして二人目は待望の男の子だった。
苦しい思いをして産んだ我が子をその手で育てたかったはずだ。
だが、それからの楓は子育てよりビジネスが優先され、子供の傍にいたくても、いることが出来ない状況だったのだろう。

そして母親であることを捨て、女を捨て、全てを財閥のために生きようと決めたとき、自分の中にあった母性といったものが失われて行くのと感じていたとしても、課された道を進むため、敢えて振り払った。
楓という女は、自分自身を若いうちに葬り去り道明寺という家のため生きてきた。
それが楓の選んだ道であり人生だった。





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コメント
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dot 2017.11.01 06:21 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
楓さんのお話といいますか・・う~ん(笑)
はい。短編です。
お話の展開は、ごく普通に読んで頂ければと思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.11.01 21:53 | 編集
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