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2017
10.27

もうひとつの橋 最終話

水溜まりへ映る陽の光の眩しさは目を細めるほどだ。
木々の間から零れる光りは、石が敷き詰められた小径にまだら模様の影を落とす。
風はなく空気を揺らすことはないが緑の匂いがするのは、朝方降っていた雨が止み、頭上には6月の太陽が顔を覗かせているからだ。


こんな晴れた日には、道端に咲く野の花を探して歩くのも悪くないはずだ。
なぜならその中に貴重な花を見つけることが出来るかもしれないからだ。
だが、それを見つけることが出来る人間は限られている。
そしてその花も見つけてくれる人間を選ぶはずだ。

花は選んだ人間が自分を見つけてくれるようにと、まるでそこだけに陽の光りがあたったように輝きを放つはずだ。
だが実際には、そんなことがあるはずもなく、見つけてもらえる偶然を待つしかない。
何故ならその花の傍には、見た目も香りも素晴らし花々が咲き乱れる花畑があるからだ。
だが、道端に咲くその花は、見た目は地味であり、芳しい香りもしない。間違ってもひと目を惹くような花ではない。
そして気づかぬまま、通り過ぎてしまえば、その花は別の人間に見つけられてしまうかもしれない。それとも、誰にも見つけられることはなく、その場でしおれてしまうかもしれない。

だがしおれてはしまうが、決して枯れることはない。
花は一度土に帰ったとしても、真夏の太陽をやり過ごし、秋風を土の下で感じ、自らの上に雪を頂いたとしても、春が来れば芽を出すはずだから。
元来雑草と呼ばれる花は、そういったものであり、ひっそりと光り溢れる春を待っている。





かつてひとりの少女が自らのことを雑草と言ったことがあった。

『あたしは雑草よ。どんな農薬にだって負けないわ』

だがその少女は一度負けそうになった。挫けそうになった。
それは、自分を好きだといった人から自身を強く否定されたからだ。
かつて愛おしそうに自分を抱きしめてきた腕は、他の女を抱いていた。
少女のことを何ひとつ覚えていない男のそれからの人生は、彼女の手が届く場所ではなく海外で送られた。
NYという街は遥か彼方にあり、貧しかった少女が簡単に訪れることが出来る街ではなかった。もし仮に訪れることが出来たとしても、会う事など出来なかったはずだ。
だから無くした恋を振り返るのは終わりにした。


それからは、前を向いた。
そして、自分が求められているのなら、と出逢った人達のため、人生の幾ばくかの時間を使ってきた。それが貴女らしいと言われることは分かっていたが、そうすることが性分として当たり前のように感じていた。なぜなら、そうしたことで自分が慰められたからだ。
そしてどんなに深く傷ついた心でも、いつか傷口は塞がり癒される時が来るはずだ。
そんな思いで新しい街で新たな人生を歩み始め、自分を忘れた男とは、二度と会うことはないと思っていた。



だが今、自らを雑草と呼んだあの少女は、自分を見つけ出した少年と白いドレスに身を包み、木漏れ日の中にいた。
そこにいるのは、あの頃より随分と大人になった二人。
そんな二人の結婚式は、身内と親しい友人だけを集め、軽井沢にある道明寺家の別荘で執り行われた。

男は少女の記憶を忘れ、17年の歳月を経て、彼女の元を訪れた。
その時、彼女は結婚していた。だがそれは永遠の約束を交わした結婚ではなかった。
それは、寂しさ感じた男女が寄りそうことを結んだ契約。友としての約束だった。

そしてその約束は、運命が別の運命を引き寄せることにより、別の約束へと変わった。
彼女の夫だった男の遺言となった言葉は、実に明確であり、それを実行することを彼女に求めていた。だから彼女は、友人であり夫だった男の言葉に背中を押され、自らの思いを打ち明けた。

あの頃と思いは変わらない、と。





高校生という多感な年齢のほんの短い間で育った恋が実を結んだ。
そうなるには、17年という長い年月がかかったが、二人は互いの思いを確かめ合った。
その恋に思うのは、純情だった二人の姿。
男は17年経ち、ようやく念願叶って好きだった女性と一緒になることが嬉しかった。
己が彼女を記憶の中から消し去っていたのだが、ある日突然戻った記憶は、細胞の全てが彼女を欲し熱いものが身体の中を駆け巡った。それはまるで17歳の少年が恋に堕ちた瞬間と同じだった。

しかしあの当時、恋についてよく知らなかった。

だが恋はパズルのようなものなのかもしれない。
それは欠片をひとつひとつ組み合わせ大きな一枚の絵を仕上げる過程が、心の欠片を集め恋の形を完成させる作業に似ているからだ。

初めは、どこにどの欠片を置けばパズルを完成させることが出来るのか?
どこにどの欠片を置けば自分の望む恋の形になるのか?
それが分らない分、悩むこともあれば間違った場所に欠片を置き、一向にパズルが完成されないこともある。
そしてそのまま完成を諦めてしまうこともあれば、バラバラになることもある。

だがもしバラバラになれば欠片を拾い集め、再び絵を仕上げればいい。
そしてその中には、真実の欠片というものがあるはずだ。
それは、パズルの最後の欠片であり、たったひとつ残された場所にピタリと納まる欠片。
その欠片が納まれば、恋という絵が完成する。
そして今の二人は、遠い昔未完成のまま放置されていたパズルを完成させた。
長い間空いていた場所へ、たったひとつ残されていた牧野つくしの記憶という欠片を嵌めることによって。




男が見つめた滲んだ瞳の中に見えた未来は、笑い合う二人の姿が見えたはずだ。
そして繋いだ手の暖かさは、暖かい家庭を感じさせ、重ね合わせた唇は、甘い砂糖菓子の味がしていた。
そして互いの指には、永遠の誓いを表す煌めきがあった。


いい大人が恋をした高校生の頃に戻ることを、参列者の誰もが喜んで見守っていたのは当然だが、彼女の魂の片割れと言われた男の発言は、その感覚を一気に昔へと引き戻していた。







「牧野。結婚おめでとう。凄く綺麗だよ」

「花沢類!」

後ろからの声に花嫁は振り返った。
花沢物産パリの支社長としてフランスに暮らす類は、薄茶色の瞳に少年めいた無邪気さと知的さを湛え、タキシード姿でそこに居た。

「本当に綺麗だ。そのドレスよく似合ってる。とても30代とは思えないよ。高校生の頃より若返ったような気がする。水のきれいな金沢で暮らしていたからかな?それとも冬に降る雪のせい?何だか前より色が白くなったような気がする」

つくしは、二度目の結婚であることを気にして、純白のドレスを着ることを躊躇った。
だが雄一との結婚は、書類上の結婚であり式は挙げていない。だからウエディングドレスを着るのは、これが初めてだ。

そんな彼女に、花婿は勿論、周りの人間も白いドレスを着ることを望んだ。
それに、今どき二度目だろうが三度目だろうが、そんなことを気にする女性はいないのが実情だ。何を遠慮することがあると真っ白なドレスが用意された。
それは、セクシー過ぎず、だからといって可愛らしいといったデザインではなく、大人の女性が身に纏うドレス。肌が白く、きめが細かいつくしには似合いのドレスだった。


「それにしても司はやっと牧野のことを思い出したんだね?17年も忘れてたなんて信じられないよ。俺さ、牧野が篠田さんと結婚したとき、ちょっとショックだったんだ。でも牧野が選んだ人生だし、俺が口を挟むことじゃないから何も言わなかった。だけど三条から結婚した理由は聞いてたからそのまま見守ることにしたんだ」

「・・おい、類。こいつを見守ってたってどういう意味だ?」

今はパリに暮らす男が、幼馴染みの結婚式に招待されたのは、言うまでもないが、つくしを見守っていたという発言に傍にいた花婿は、まるで18歳の少年のように類を睨んだ。

「・・司、居たの?」

「居たのじゃねぇだろうが!俺は花婿だ!居て当然だろうが!」

「ふうん。17年も牧野を忘れてた男がよく言うよ」

「・・・・」

辛辣さとダイレクトな言葉が今も昔と変わらない男は、花嫁の初恋の人と言われていた。
あの当時、他人と会話するのがメンドクサイと言っていた男は、何故か花嫁となった女性を前にすると、お喋りな男になっていた。
当時、恋愛関係ではなく、だからといって友人関係でもなく、傍から見れば、どちらともつかない曖昧と言われた関係の二人。類は、特別なポジションと言われる地位で彼女の中にいたが、それに嫉妬をしていたのが司だ。


「・・・類。こいつを見守ってたってどういう意味だ?」

「ん?・・司それを聞いてどうする訳?」

「・・どうもしねぇけど、聞かせろ!」

「どうもしねぇ・・。だったらいいじゃないか。聞いたところでお前は何も出来ないんだろ?それなら聞く必要なんてないだろ?それにもう済んだことだろ?」

「類・・お前って奴は久し振りに会ったと思えば相変わらずだな!ごちゃごちゃ言わずいいから聞かせろ!」

「司は煩いよ・・・せっかく牧野の晴れ姿を見に来たっていうのに。お前は牧野のことになると本当に目の色が変わるんだから」

声が大きくなる一方の花婿の顔に、あの頃と同じようにこめかみに青筋が浮かぶのはお馴染の光景。そしてそれに応える男の口調も、あの頃と同じでウザイといった顔にしぶしぶといった口調で答えていた。


「・・類。本当なの?」

類はその声に司の顔から隣に立つ女性に視線を移す。

大学を卒業し、小さな出版社に勤め始めたつくしを遠くから見守っていたという類。
もし何かあれば、手を貸すつもりでいたのは言うまでもない。
だが、自立心旺盛な彼女が人の援助を素直に受け入れるはずもなく、類は桜子からのメールでつくしの状況を知っていたという。

「篠田さんのことは残念だったけど、彼は牧野のことを本当に大切に思ってたよね?それに頭のいい人だったから、彼と一緒にいて色んな意味で人生を学んだよね?」

類は、篠田雄一が法曹家系の生まれであり、弁理士であり、真面目な人柄に安心していた。
だが、つくしが幸せを求めて結婚した訳ではなかったことを少し残念に思っていた。

「・・うん。雄一さんは本当にいい人だったよ。どこか花沢類に似てるところがあったのよ?」

「へぇ。そうなんだ。じゃあ牧野は俺と一緒に暮らしていく事になっても問題ないよね?
俺と一緒なら穏やかに暮らせると思うよ?なんなら今からでも遅くないと思うけど、どうする?牧野?司じゃなくて俺に乗り換える?だって司は牧野の貴重な17年を無駄にした男だよ?逆に牧野が今からでもポイ捨てしてもいいんじゃない?」

と類は言い、司の目をじっと見た。
それは、日本人離れしていると言われる二人の男の睨み合いとも言えるが、交わされているのは、それぞれの花嫁に対する想い。二人はかつて彼女を巡って争ったことがあった。
そして最終的に彼女が選んだのは司だった。

「・・類・・お前、聞いてりゃ好き放題言いやがって!俺は忘れたくてこいつを忘れた訳じゃねぇんだ!あれは・・」

怒りと弁解を半分ずつ顔に浮かべた男は親友に掴みかからんばかりで詰め寄った。
だがまさか結婚式の当日に殴り合うことはないだろうが、周りにいた仲間たちは、一触即発の事態かと空気が張りつめた。

だが、正面に立つ男は柔和な笑顔を浮かべていた。
それはあの頃から繰り返されて来た二人の掛け合いのひとつ。
類は、久し振りに幼馴染みの瞬間湯沸かし器のスイッチを入れてみたかっただけだ。
それは、普段は冷たさだけを顔に貼り付けていた男が、牧野つくしのことになると途端に熱くなっていた事実が今も健在かどうかを確かめたかったから。


「司。分かってる。今のは冗談だから。それにお前のNYでの色々も含め今までの事は若い頃の失敗ってことにしてやるよ。だけどこれから先牧野を不幸にするなら俺が許さない」

類の最後の言葉に嘘はない。
類は、この一点だけは司に言いたかった。
彼も、雄一が感じたのと同じように、つくしの傍にいれば癒されるのだから。



「・・類。あのね、大丈夫だから。あたし達、もう大丈夫だから。でも心配してくれてありがとう。類の気持ちはとても嬉しいよ。本当に。・・でもあたし、道明寺と一緒に生きていくことに決めたから。それに17年なんて過ぎてしまえばあっという間だったし、気にしてないから」

花嫁の言葉は、その場の空気を和ませるだけの力がある。
そしてその言葉は、二人が辿り着いた場所は同じ場所であり、これから先の人生を共に過ごすと決めたのだから、あの頃のことはもうどうでもいいと言っていた。

そして、その言葉は二人の男も心の中で分っていた言葉。だが類は敢えてその言葉を彼女に言わせた。何故なら、それが幼馴染みの聞きたいと思っている言葉だから。


「うん。分かってるよ。でもどうしても司に言いたかったんだ。だって俺、牧野のことが好きだから。友達以上にね」












胸が震えるほどの感動といったものがある。
それは人生の中でそう沢山あるものではない。
だが、誰にでも一度はあるはずだ。
それは、人それぞれだが、司の場合好きで好きでたまらないといった感情を抱いた女性と結婚できたことだ。

人を好きなるのに理屈はない。
人を好きだという感情の前では、どんな理屈も説得も及ばない。
そしてどんな妨害を受けたとしても跳ね返そうとする。
それが人を好きになるということ。
だが、もし好きな人の心を傷つけたなら、その心に塗る薬はひとつだけ。
それは愛という薬。

今の司は、その薬を両腕に抱えきれないほど持っている。
そしていつでもその薬を与えるつもりでいる。

遠い昔、橋を渡ることを躊躇っていた少女がいた。
けれど、彼女は橋を渡ることを選んだ。
だがその橋は脆くも崩れ去り、まわり道をしても渡る橋はなく、二人の間に架かっていた橋はなくなった。
それでも、心の中では橋の向うにいるたったひとりの人を想っていた。
それが司だった。


これから先彼女を愛するのは、司だけ。
これから先ずっと彼女を見つめることが許されるのは、司だけ。
夜明けまでずっと抱きしめていることが出来るのは、司だけ。
忘れていた夢があるのなら、その夢を二人で見たい。
時は流れたが、今はあの頃の二人がここにいるのだから。
そして運命がどこへ向かおうと、二人が一緒にいることが大切だ。

今、彼の隣に立つ女性は、彼を見上げている。
彼女だけを見つめる真剣な顔をじっと。
そして不意に笑って言った。
まるで17年間の想いを込めたように。


「奇跡みたいね。あたし達」と。





< 完 >*もうひとつの橋*

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コメント
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dot 2017.10.27 07:05 | 編集
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dot 2017.10.27 21:25 | 編集
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dot 2017.10.28 16:50 | 編集
ま*も様
こんにちは^^
いつもお読み頂き有難うございます。
次回作ですよね?(笑)
少しのんびり更新となるかもしれませんが、またお付き合い頂ければ大変嬉しいです!
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.28 20:21 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
今回も毎日伴走して下さってありがとうございました(低頭)
二人の晴れ舞台に登場した類。それにしても相変らずの類ですねぇ。
17年も離れていての結婚ですから、本当に奇跡ですよね?(笑)
坊ちゃん忘れ過ぎです。
そうですねぇ。何かが起こるといったお話ではなく、静かに流れていくお話でした。
最後にはパズルのピースが嵌って良かったですね?
え?だからその呼び名は恥ずかしいです。(/ω\)
次回作ですが、どの路線にしようか思案中です(笑)
その時はまたお付き合い下さると嬉しいです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.28 20:25 | 編集
s**p様
金沢へ行った気分で読んで下さったんですね?
いい街です。アカシアもまた行きたいと思っています。
つくし、橋を渡ることが出来ました。壊れたら新しい橋を架ければいい。そうなんです、架ければいいんです(笑)
類の登場で一波乱あるかと思われた!大丈夫です(笑)大人ですからね。
そして類。つくしのことが好きですから(笑)
パズルのくだりでもう一話?(笑)坊ちゃん、パズル得意でしょうか?
次回作。少し悩み中です。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.28 20:28 | 編集
イ**マ様
沢山の人との縁があり、人生は進んで行く。
つくし、出逢いと別れがありましたが、それでも彼女は司の事が好きでしたね。
色々と考えるのがつくし。しかし誰でもそうだと思います。
雄一さんは自分の未来が分っていました。それでも、前向きに生きました。前を向く力が有りました。
最期は本当に好きだった人と一緒になれたことは、彼にとって最高の歓びだったと思います。

イ**マ様、友人が同じような病を経験しました。今は社会復帰をしていますが通院加療中です。
色々と話を聞きました。ほんの些細な日常の事でも手間がかかることがあると聞きました。
それでも人生は楽しい!と言う彼女はパワーがあります!
後悔しない生き方、これからでも遅くないと思いつつ、今まで後悔が沢山あるアカシアです(笑)
新作ですね?考えていますが、少し悩み中です(^^ゞ
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.28 20:42 | 編集
H*様
今晩は^^
桜子がバーのママ。そしてつくし結婚してたの?
そうですよねぇ。え~ですよねぇ(笑)
そんなお話でしたが、楽しんで頂けてよかったです。
番外、続編?そして17年間遊んでいた司にお仕置きですか?(笑)
お仕置き(笑)なんだか楽しそうですね?
どんなお仕置きがいいのでしょうねぇ。
つくしを長い間ホッタラカシでしたので、逆に司を放置プレイなどいかがでしょう(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.28 20:47 | 編集
さと**ん様
本当に奇跡みたいですね、この二人。
恋はパズル。ピースを繋ぎ合わせ恋という絵を描いて行く。
形がバラバラな欠片をいかに上手く組み合わせていけるか。
そこが問題ですね?(笑)
瞬間湯沸かし器のスイッチを入れた類。
類らしい言葉が出たでしょうか?類、つくしを友達以上に好きだから、と問題発言しましたが、それは彼の二人を祝福する気持ちの表れです。
「・・司だけ」三回言いましたので、これで自己暗示完了です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.28 20:56 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
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