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2017
10.25

もうひとつの橋 33

二人の雨の思い出は、哀しさが一番に思い浮かぶ。
雨に打たれるということは、哀しみだけを感じるものであり、雨は遠いあの日を思い出すだけの冷たい雨でしかなかった。

だが今は違う。二人で眺める雨の景色は青葉時雨であり、降った雨は心が洗われる雨だ。
季節は確実に前へと進み、これから迎えるのは雨の季節。
今までは一番嫌いな季節だったが、二人でひとつの傘に入ることが出来るこの季節が、これからは好きになりそうだ。

そんな雨の降る夜。
リムジンから先に降りた男が、手を差し出した先にいる女は、彼が差しかけた傘の中へ納まるように足を踏み出した。そして大きな身体は、彼女が雨に濡れることがないようにと、傘の殆どを彼女だけに差しかけていた。




銀座の一等地より少し離れた場所にあるバーやクラブといった飲酒店ばかりが入ったテナントビル。その中の一軒の店のドアに掛けられているのは『店休日』のプレート。
中にいるのは、バーカウンターの内側に立つママである桜子。そして司、つくし、総二郎、あきらと滋の5人は、背の高いスツールに腰を降ろしていた。
だが類だけは、パリで開催される物産の重要会議のため、帰国出来ないと連絡があった。


あの頃の仲間に召集をかけたのは、桜子。
17年前ダメになった恋がまた元に戻ったことを告げ、祝いの席を設けるからと声をかけた。
カウンターには、九谷焼の皿に盛られた料理が並び、小さなケーキまで用意されているが、料理はすべて桜子のお手製だ。そしてそれぞれの手元には、好みの飲み物が置かれていた。


「道明寺さん。牧野先輩。お二人がまたこうして一緒にいるところを拝見出来て、本当に嬉しいです。私の今までの苦労が報われたと思うと涙が出ます」

ひと前で猫を被ることが得意と言われる桜子の言葉は、嘘なのか本当なのか。目元に指を当て、涙を拭う仕草をしたが、指先に光るものを確認することは出来ない。


「ほんと、あたしも嬉しいわ。つくし、あたし桜子ほど司のことに力を入れることが出来なくてごめんね。あたしが出来たのは、司がNYでバカな女だけには捕まらないようにすることだったわ」

桜子はNYにいる司の元を訪れては、つくしの様子を伝え、そしてその足でNYに暮らす滋の元を訪れては、状況を報告していた。

「おい滋。お前司がNYでバカな女に捕まらないようにって・・それどういうことだよ?」

あきらは揃って自分を見つめる二人の女性に言った。

「あたしだってこう見えても大河原財閥ご令嬢よ?NYの社交界には顔が利くからさ、あいつに近づこうとしたヤバイ女は蹴散らしてたの。女にはね、女の嗅覚ってのがあってね。まあ司も忙しい男でさ、社交界以外の女が傍にいることがなくてね。出会はどうしても仲間内のそういったパーティーなの。でもね、NY社交界って言ってもそこに集まる女が全員お嬢様ってわけじゃないでしょ?中にはおかしな女も紛れてるのよ。それにね、そんな中にも特にヤバそうな女ってのもいるのよ。そんな女が司に興味を持たないように色々と吹き込んだりしてたってわけ」

「おいおい、滋なんだよそれ?」

滋の訳ありな話に総二郎は興味津々といった口調だ。

「え?西門さん聞きたい?」

「ああ。聞かせてくれ」

「う~ん、でもねぇ。つくしもいることだし、その話はまた今度ってことで」

滋は、あきらと総二郎の言葉を遮り、つくしに視線を向けた。

「つくし、ゴメンね。なんか変な話しになっちゃって。本当はそこにいるポーカーフェイス気取りの二枚目にガンガン言いたい話なの。でもまあ、記憶がなかったってことで許してやってね?でももし許せなかったら殴っちゃえばいいのよ。その男、つくしのものなんだもの。顔が少しくらい変わっても気にならないでしょ?だいたい司はね、なまじ顔がいいから女が寄ってくるのよ。だからつくしの手でいじっても大丈夫よ?鼻なんか少し削ってやればいいのよ!」

滋はそう言ってつくしの隣に座る司へと視線を向け、そしてニヤッと笑った。

「おい。それいいな!司の男前を崩すことに賛成だ。だいたいこいつの枕詞のひとつに氷の男ってのがあるぞ。牧野、アイスピックで司の鼻削ってやれ」

総二郎は滋の意見に賛成だと言い、アイスピックを貸してやれと桜子に言った。

「ホント、司は顔もいいけど、身体もいいから女が放っておかなかったってのもあるのよね・・。確かに司の身体は美味しそうだもの!あ~、そう言えばあたしも昔一度こいつに迫ったことがあったのよね~。だけどあの時はすげなく拒否されたけど、記憶が無かったとき一度くらいお手合わせお願いすればよかったかも?あ、でもつくし。もちろん冗談だからね!仮に司があたしの前に裸で横たわっていたら、こいつの胸にツクシラブ、って文字を彫らせるわ!そうすれば司に抱かれる女はみんなつくしの名前を目にする訳でしょ?アメリカ女は嫉妬深いから他の女の名前のタトゥーが入った男なんて願い下げよ?でもさ、あっちじゃあるのよね?酒に酔って寝てる間に勝手に知らない女の名前が彫られてたなんて話。でも司の場合気付いちゃうよね?だったら縛ってから彫る?わ~なんだかそうなると別のプレイになっちゃうわよね?」

滋はウケを狙って言ったつもりだろうが、その話は妙にリアリティが感じられ、司のこめかみには青筋が浮かんでいた。そして、それを見たあきらは慌てて口を挟む。

「滋。冗談はこれくらいで止めとけ。今日は二人が新しい人生を始めることへの祝いだろ?そろそろポーカーフェイス気取りの二枚目が怒り出すぞ?」

滋は感情の裏表を感じさせない天真爛漫さが彼女の魅力。
だから思考そのままの人間だが、時に度が過ぎることもあり、そんな時は誰かが止めに入るのだが、それはいつもあきらの役目だ。

そして司から感じられるのは、やはり怒りのエネルギー。
こめかみに浮かんだ青筋の数を見ればどれくらい怒っているのが分ると言われる男は、不気味な静けさでグラスを傾けていた。
それにやっと気付いた滋は、ヤバイと思ったのか、司ではなく、つくしに謝っていた。

「・・つくしゴメンね。あたしあんた達が一緒になるって聞いてつい嬉しくなって喋り過ぎちゃって・・反省してます。ほんとごめんね」

その口調が本気の反省度合を示しているのか、滋の態度は先ほどとは打って変わってしおらしさが感じられた。

「滋さん、大丈夫だから。あたし気にしてないよ。過去を気にしても仕方がないでしょ?あたしは、本当に大丈夫だから」

「・・うん・・わかった。ありがと。つくし」

と滋は頷き、そして再び口を開く。

「それにしても今のつくしは固いバラの蕾が太陽に当たって開いたって感じよ?だってあの頃・・司がつくしを忘れて渡米した頃なんて、しおれた花だったものね」

「そうですよね・・」
と桜子が思い出したように息をつく。

「あの頃は本当に枯れてしまうかと思いました。先輩は恋愛に関しては真面目で素直だったからショックだったんですよね・・・」

桜子の言葉と視線は嫌味ったらしく司に向けられた。

「おいおい。おまえら、また話が元に戻ってんぞ!いつまでも昔ばなしばっかしてもしょうがねぇだろ?それに司のあの顔を見ろ。極悪な顔つきになってるぞ。おまえらは、あの顔のままサヨナラするんだろうが、そこから先、司の相手をするのは、俺と総二郎だぞ?もう過去の話をするな。話題を変えろ!司の前で昔ばなしはするな!」

そう言ってあきらは、二人の女に言い聞かせると司に話しかけた。

「それにしてもお前のお袋さん、牧野との結婚をよくすんなりと許したな。
俺は昔のお袋さんの姿を間近で見てるだけに未だに信じられねぇけど、なんかあったのか?」

「いや。特に何もねぇな」

「マジか?」

「ああ。マジだ」

何もないと言うが、心配症のあきらは、どうしてもつくしが何か言われたのではないかと思わずにはいられなかった。
あきらも、総二郎も類も司がつくしのことを忘れ、NYへ旅立ってからつくしとは疎遠になっていた。だが再びこうして会えば、やはり記憶はあの頃の事へと戻る。

「牧野。お前、司の母親に何か言われたんじゃねぇのか?何しろお前と司の母親との間には、色々とあっただろ?どうなんだ?またあん時みてぇなことになってんじゃねぇのか?」


あきらは、仲間内では、一番真面目と言われた男だ。司の顔に、時に牧野つくしはどうしているのだろうと思うこともあった。
そして今では、あきらも美作商事の専務として世界各国を飛び回る身だ。司の母親である楓ともビジネスで何度も顔を合わせているが、鉄の女は己というものを持っている。それは人の意見を聞くことがないということだ。確かに巨大企業のトップともなれば、他人の意見に耳を傾けるとはしない。全てが自己責任とも言える世界で判断を下していかなければならない。だから経営者は孤独だとも言われるが、それが企業トップというものだ。

今のあきらもそうだが、ジュニアと呼ばれる男達も、実際に社会に出ればそれが理解出来るようになる。だからこそ、楓がああいった女性でいる理由を理解出来ない訳ではないが、それでも、楓という女性は、ビジネスの厳しさに於いて今でも群を抜いている。
そして、一度決めたことはやり通すといった強い信念を持つ女性だ。それだけに、何故つくしのことを認めたのかが不思議だった。

「あきら。人間年を取れば多少は丸くなって来るモンだろ?俺たちには分からねぇ何かがあったのかもしれねぇけど、つくしが言うには、道明寺の家と財閥を任せると言われたそうだ」

「嘘!本当なのつくし?」
「本当ですか、先輩?」
「マジか・・」
「なんか信じられねぇな・・」

四人が四人とも同じ答えだが、司もつくしからその話を聞かされたとき、信じられない思いでいた。
そしてそれぞれの頭の中で思うことは同じのはずだ。
だがあの母親がつくしを相手にどんな話をしたにしても、最終的に彼女の存在を受け入れる判断を下したことが、17年という長い間には、人は変わることもあるということだ。
どんな時も己の判断が一番正しいといった道明寺楓。
その楓が認めたということは__いや。考えることは止めろ。認めたのだからそれでいい。
今の司は、母親の心に変化があったことだけを受け止めていた。




「それにしても、牧野が結婚してたって話は驚いた。まさかあの牧野がって思ったが、三条から聞いた話になるほどなって思えたな。けど、司は驚いたんじゃねぇのか?あの牧野が自分以外の男と結婚したのかって青くなったんじゃねぇの?・・けど、そうなったのは司のせいだから仕方ねぇよな?司が牧野を忘れたのが悪い。・・まあ、司も忘れたくて忘れた訳じゃねえけど・・。けどその相手の男は類タイプだったらしいな?もしかして牧野、今でも・・」

「美作さん!」

桜子の声にハッとしたあきらは、慌てて口を閉じた。
何しろあきら自身が言った極悪な顔の男がこちらを睨んでいたからだ。

「・・司・・今のは言葉のあやだ。いやそうじゃねぇな・・ちょっとした間違いだ。牧野はお前以外の男を好きになることはねぇからな。心配するな。それは俺が保障する」

とりあえずあきらは、この場を丸く収めることだけを念頭に置き言葉を収めた。








10代の後半、そして20代の10年間と聞いただけでも長いと感じるが、それにまだ年を重ね、30代の半ばになった二人。
17年というはてしない時間を経て再び恋をスタートさせた二人は、これ以上時間を無駄にしたくないと結婚を決めた。

そんな二人のどこが変わったのか。
外見の容貌は変わるのはあたり前だ。だから外見でものを言うことは出来ない。
ならば、何が変わったのか。それは精神的な成長があったということだ。

今、二人を見つめる四人の人間は、もし、どこかの誰かが「彼はこの女性のどこが好きなのか」と問われれば、答えは決まっている。

「あの二人は、互いでなければ駄目なんです。特に男の方が駄目になります。世界経済の未来を考えるなら、あの二人は一緒にいなければならないんです」と。


そして、隣同士に座っている二人は、互いの顔だけを見つめ、笑っている。
やがて何が可笑しいのか、男の方は込み上げてきたもの必死にこらえようとしている顔だ。

やっとあの頃の願いが叶えられようとしている男と女。
その男が女に何か囁いているのが聞えた。


「いいか。俺が恋をしたのはお前だけだ」





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コメント
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dot 2017.10.25 08:42 | 編集
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dot 2017.10.25 11:05 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
昔ばなしは止めよう!
そんなことは無理な相談ですよね?(笑)
過去のNYでの司の女性関係ですか?それを話すと司が暴れそうです。
そして雄一さんが類タイプだったという話もご法度です。
久し振りに集まった仲間は司を酒の肴といった感じですね?(笑)
楽しそうですが、二人だけの囁きの時間もあった様子。
恋をしたのはつくしだけ(笑)彼女のことを思い出した司の言葉に嘘偽りはないでしょう。
しかし、類がいないのが残念です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.26 21:38 | 編集
さと**ん様
祝いの席に駆け付けたメンバー。
ワイワイと楽しそうですが、滋が場を盛り上げようとしてなのか、暴走ぎみになり、司が青筋立てて睨みを効かす。
そして滋を止めようとしたあきらも何故か類の話題を持ち出す。
類がこの場にいないのが残念です。
類ならなんと言ってくれるのでしょうねぇ(笑)
心から二人の幸せを喜ぶ仲間たち。
やはりこの二人は一緒でなきゃ!といった思いの強かった仲間たちでした。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.26 21:46 | 編集
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