テーブルの上に置かれているコーヒーの香りがうっすらと鼻先をかすめた。
それは司も好きだというブルマンの香りだが、母親である楓も同じ香りのするコーヒーを好むと知った。
そんな楓から、二人が結婚するには条件があると言われ、つくしの身体に緊張が走った。
もしそれが交換条件と言われる類のものなら、そんな条件を受け入れることなど出来ないからだ。
こうするからああしろ。
人が誰かを愛するのに条件を付けるだろうか?
親が子供を愛するのに条件を付けるだろうか?
愛は見返りを求めるものではないといった言葉があるが、楓は物事の全てに対価を求める人間なのだろうか。
17年前高校生だった二人の交際に反対した楓は言った。
あなたが司とつき合うのを止めるなら、あなたの周りにいる人間には手を出さないと。
あの時はそう言われ、彼に嘘をつき離れることを選択した。
それが雨の日の別れだった。
またあの日が繰り返されようとしているのか。
そんな思いが頭の中を過る。
「何もそんなに身構えることじゃないわ。簡単なことよ。・・あの子を幸せにしてやって欲しいの。それがあの子と一緒になることの条件よ」
つくしは、思わぬ言葉に目の前に座る女性の目を見返しながら口を開いたが、17年前の態度とはまるで正反対の態度と言葉に信じられない思いがした。
「・・あの、反対なさならいんですか?」
「今のあの子にそんなことをしても無駄だと分かっているわ。そうでしょ?それにもういい大人ですもの。何を言ったところでどうにかなるとは思えないわ。ご存知のようにあの子は一度こうと決めたことはやり遂げるわ。それがビジネスに於いて発揮されていれば何も問題はないわ」
楓はコーヒーを口にし、遠い昔を回想するように語り始めた。
「あの子の中にがむしゃらな光りを見たのは、あなたに会ってからよ。・・それまであの子がそんな目をしたところを見た事はないわ。それまでのあの子の目は憎しみしか湛えていなかった。親に対する憎しみ。道明寺という家に対する憎しみ。世の中のもの全てに対する憎しみ。そんなものを抱えていたわね。・・そしてそれがわたくしのせいだと分かっていた。
なにしろあなたもご存知の通り、道明寺の家は家族として機能はしていなかったわ」
それでも楓は、我が子が刺され、意識不明の重体となったとき、何もかも投げ出しNYから駆け付けた。
そしてあの事件の原因が財閥の強引な経営手法のせいだと知ったとき、すぐさま社内の改革を決意した。
だが、財閥は簡単に何かが変わるといった規模の会社ではない。それだけに、司を渡米させてから会社の経営方針を少しずつであったが変えていった。そして我が子が財閥の経営を担うとき、自分が行っていた強引な手法が引き継がれることがないようにした。
「あなたはあの子がNYへ渡ってからのことはご存知よね?」
つくしは、「はい」と静かに返事を返した。
すると、そのことを確かめた楓は話し始めた。
「あなたの事を忘れたあの子は、昔のあの子に戻ってしまった。それでもあの子にはビジネスの才能はあった。だからいずれビジネスの面白さを覚えると思っていたわ。
もちろん仕事というのは、才能だけで上手く行くとは思っていない。だけとあの子はやはり道明寺家の血筋なのよ。あの子の父親に似たのね。司はいつの頃からか企業経営を楽しんでいた」
楓の口ぶりは、我が子が財閥の経営を任せるに相応しい人間であることを喜んでいたが、そこでいったん口をつぐんだ。それはつくしの態度を見つつ、話を続けるか否かを考えたのだろう。だが決心したように言葉を継いだ。
「ただ、私生活は危険な火遊びに手を出さなければ見ないふりをしていたわ。
それでも親として経営者として息子がバカなことだけはしないように気を付けていたわ。
何しろあなたのことを忘れてからの司は、以前のあの子に戻ってしまったのだから。それにあの年頃の男が考えることなんて同じようなものね。ここまで言えばわかるわよね?」
楓はそこから先の話を躊躇うことなく続けた。
それは、聞かせることで、つくしの本気度を量ろうとしているように感じられた。
「でも、あの子はどれだけの女性と付き合おうと、心から求める女性はいなかった。
誰とも本気になどならなかったわ。その分、メディアで話題になることもあったのは、あなたもご存知よね?」
つくしはもちろん知っていた。
司が渡米したすぐの頃、真剣だった二人の思いが踏みにじられたような気がしていたのだから。
「あの子の傍にいたのは、どうするのが自分に得になるか。どうすれば損になるのか。そんなことを考えるような女性ばかりだったわ。だから男としての渇きを潤せばそれでおしまい。でもあなたは違う。あなたのことを思い出したあの子は二度と他の女を傍に寄せ付けることなどないはずよ」
母親の目から見た我が子の態度は、どう映っていたのだろう。
こうして楓の話を聞いていると、その口ぶりは、経営者としてよりも、親としての思いが強く感じられた。
「・・・正直あなたのことはあのまま思い出さないと思っていた。でもこうして思い出したんですもの。二人で幸せになりなさい。あの子を幸せにしてやって。それが牧野さん。あたなが司と一緒にいる条件よ」
そこまで一気に話をした楓は、つくしに向かって淡い微笑みを浮かべていた。
楓の言葉は、我が子が幼い頃、自分がするべき事をしなかった、出来なかったことへの後悔なのか。それとも何かの罪滅ぼしのつもりなのか。だがどんな理由があったとしても、つくしは楓に認められたことが嬉しかった。
「・・それから。あなたの前の夫である篠田雄一さん。わたくしはその方の未亡人となった奥様を知っているわ。お名前は篠田由美子さん。彼女は東京で弁護士をしていた。そうよね?彼女はわたくしの大学時代の友人の娘よ。だからあなたと篠田雄一さんとのことも聞いたわ」
思いもしなかった発言が飛び出し、つくしは驚いていた。
そして楓の口ぶりが何故か親身に感じられ、つくしは思わず言っていた。
「あの、ご存知なんですか?私と・・雄一さんの本当の関係を」
「ええ。知ってるわ。由美子さんは雄一さんと結婚するにあたって自分の母親に説明したのよ。昔別れた恋人と結婚することに決めたけど、相手には妻がいるとね。もちろん母親は大反対するわ。それでも由美子さんは母親に事情を説明した。雄一さんが余命幾ばくも無い。そして今の妻は本当の意味での妻ではない。だから直ぐにでも離婚は出来ると。
それでも母親としては複雑よ。いくら好きな男性とはいえ、相手は命が短い。そしてその男性は結婚しているとはいえ、本当の結婚ではないことから直ぐ離婚は成立。そんな状況で入籍しても果たして幸せと言えるのか・・・」
楓の目はつくしに問いかけていた。
その状況が幸せと言えるのかと。
だが幸せの姿は千差万別であって一概には言えない。
つくしは裕福な家庭では育たなかったが、家族は仲が良かった。
そして幸せだった。お金があるから必ずしも幸せだとは言えないことは、司が口にした言葉の中にもあった。つくしといることが幸せだと嬉しそうに笑った顔は今でも覚えている。
「それでも由美子さんはその人と結婚したいと言ったそうよ。・・親にしてみれば、娘が早々に未亡人になることが分かっていて相手の男性との結婚を許すことは簡単には出来ないはず。でも友人は許したわ。・・・どうせダメだと言っても意志が固い娘だから反対することはしなかったそうよ。・・その友人もわたくしと同じ経営者よ。だからある意味似ているところがあるの。それは相手を支配したがるといったところかしら。我が子を自分の分身のように考えてしまうのよ。子供は別の人格を持つ独りの人間なのにね。
彼女も娘を企業の戦略的な道具として結婚させようとしたこともあったわ。でも由美子さんは弁護士になった。自分で自分の道を切り開いた」
心の裡を晒すことがない人間は多い。
そして楓がこうして落ち着いた様子でつくしと話をするのはこれが初めてだが、おそらく今後こういった機会があるかと言えば、後にも先にも無いような気がしていた。
「話が少し横道に外れたわね。結局親というものはそういったものなのよ。最後は子供たちが本当に求めているものを与えてやりたいと思うものなの。それが燃え盛る炎の中にあったとすれば、火傷してでも取ってくるわ。親は自分が傷ついても我が子だけは守りたいといった気持ちが常にあるの。だから我が子の幸せのためならどんなことでもしてあげたいと思うものなの。それがわたくしは今頃訪れたということかしらね。それにしても、まさかあなたの名前を友人の口を通して聞く事になるとは思わなかったわ」
楓は小さな笑い声を漏らしたが話を続けた。
「先ほども言った通り、あなたと司が結婚することに反対はしないわ。ただ、あの子を幸せにしてやって欲しいの。・・・わたくしが出来なかった分まで。あなたなら出来るわよね?牧野さん?それにあの子を支えてやる自信がない・・そんな言葉は今のあなたなら言わないわね?自信があるからわたくしに会いに来た。違うかしら?」
17年前とはまったく違う楓の眼差し。
つくしはその眼差しに暖かさを感じていた。
幾年月経とうとも変わらない人の心といったものがあるのも事実だが、楓のように長い年月が心を変えるといったこともある。
何かが楓の心を変えたとすれば、それは年を重ねた母親の我が子を思う気持。つくしは、そう理解していた。
「はい。一緒に生きて行こうと決めた瞬間から私は彼の支えになりたいと決めました。
とは言え私の方が彼に支えてもらうことになるかもしれません。私は御覧の通りの未熟な人間ですから、結婚を許して頂いてもご不満に思うことも多いと思います」
「そう?でもあなたにはストレスとかプレッシャーといった言葉は関係なさそうに見えるわ。あなたにあの頃と同じパワーがあるならあの子と一緒に道明寺の家を、財閥を守っていけるはずよ?」
まさか、そういった言葉をかけて貰えるとは思いもしなかった。
そして自分のことを認められて嬉しいはずだが、道明寺の家を、財閥を守っていけるはずといった言葉の大きさに不安が過る。
「牧野さん。あなたは頭がいいから頭が身体をコントロールしようとするタイプの人間よ。
だから未経験の分野まで勝手に考えようとするの。頭でばかり考えても駄目なこともあるわ。だからあなた本来の姿で・・あの子とこの家を守って頂戴」
目の前の女性は沢山のものを持っている人だ。
世の中のどんなものでも手に入る人だ。
高校生の頃、その女性からの言葉は容赦がなかった。そしてその言葉に心が傷ついた。
けれど、たった今かけられた言葉は、全く違い優しさが感じられた。
楓という女性は複雑な女性だ。
感情を幾重にも折りたたんで心の中に収め、他人に見せることはほとんどないはずだ。
いや、ほとんどではない。この女性は決して人には言わず、生涯他人には打ち明けることはしないはずだ。
だがそんな女性と一緒にいることも、慣れてしまえば居心地が悪いことはないはずだ。
そして、こうして楓がつくしに話てくれた内容は、楓という女性の心の中にある掛け値なしの本音。
息子への思いだ。母親だ。
鉄の女と言われる道明寺楓という女性も母親だ。
つくしは、楓のそんな一面を目の当たりにし、会いに来てよかったと心から思っていた。

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そんな楓から、二人が結婚するには条件があると言われ、つくしの身体に緊張が走った。
もしそれが交換条件と言われる類のものなら、そんな条件を受け入れることなど出来ないからだ。
こうするからああしろ。
人が誰かを愛するのに条件を付けるだろうか?
親が子供を愛するのに条件を付けるだろうか?
愛は見返りを求めるものではないといった言葉があるが、楓は物事の全てに対価を求める人間なのだろうか。
17年前高校生だった二人の交際に反対した楓は言った。
あなたが司とつき合うのを止めるなら、あなたの周りにいる人間には手を出さないと。
あの時はそう言われ、彼に嘘をつき離れることを選択した。
それが雨の日の別れだった。
またあの日が繰り返されようとしているのか。
そんな思いが頭の中を過る。
「何もそんなに身構えることじゃないわ。簡単なことよ。・・あの子を幸せにしてやって欲しいの。それがあの子と一緒になることの条件よ」
つくしは、思わぬ言葉に目の前に座る女性の目を見返しながら口を開いたが、17年前の態度とはまるで正反対の態度と言葉に信じられない思いがした。
「・・あの、反対なさならいんですか?」
「今のあの子にそんなことをしても無駄だと分かっているわ。そうでしょ?それにもういい大人ですもの。何を言ったところでどうにかなるとは思えないわ。ご存知のようにあの子は一度こうと決めたことはやり遂げるわ。それがビジネスに於いて発揮されていれば何も問題はないわ」
楓はコーヒーを口にし、遠い昔を回想するように語り始めた。
「あの子の中にがむしゃらな光りを見たのは、あなたに会ってからよ。・・それまであの子がそんな目をしたところを見た事はないわ。それまでのあの子の目は憎しみしか湛えていなかった。親に対する憎しみ。道明寺という家に対する憎しみ。世の中のもの全てに対する憎しみ。そんなものを抱えていたわね。・・そしてそれがわたくしのせいだと分かっていた。
なにしろあなたもご存知の通り、道明寺の家は家族として機能はしていなかったわ」
それでも楓は、我が子が刺され、意識不明の重体となったとき、何もかも投げ出しNYから駆け付けた。
そしてあの事件の原因が財閥の強引な経営手法のせいだと知ったとき、すぐさま社内の改革を決意した。
だが、財閥は簡単に何かが変わるといった規模の会社ではない。それだけに、司を渡米させてから会社の経営方針を少しずつであったが変えていった。そして我が子が財閥の経営を担うとき、自分が行っていた強引な手法が引き継がれることがないようにした。
「あなたはあの子がNYへ渡ってからのことはご存知よね?」
つくしは、「はい」と静かに返事を返した。
すると、そのことを確かめた楓は話し始めた。
「あなたの事を忘れたあの子は、昔のあの子に戻ってしまった。それでもあの子にはビジネスの才能はあった。だからいずれビジネスの面白さを覚えると思っていたわ。
もちろん仕事というのは、才能だけで上手く行くとは思っていない。だけとあの子はやはり道明寺家の血筋なのよ。あの子の父親に似たのね。司はいつの頃からか企業経営を楽しんでいた」
楓の口ぶりは、我が子が財閥の経営を任せるに相応しい人間であることを喜んでいたが、そこでいったん口をつぐんだ。それはつくしの態度を見つつ、話を続けるか否かを考えたのだろう。だが決心したように言葉を継いだ。
「ただ、私生活は危険な火遊びに手を出さなければ見ないふりをしていたわ。
それでも親として経営者として息子がバカなことだけはしないように気を付けていたわ。
何しろあなたのことを忘れてからの司は、以前のあの子に戻ってしまったのだから。それにあの年頃の男が考えることなんて同じようなものね。ここまで言えばわかるわよね?」
楓はそこから先の話を躊躇うことなく続けた。
それは、聞かせることで、つくしの本気度を量ろうとしているように感じられた。
「でも、あの子はどれだけの女性と付き合おうと、心から求める女性はいなかった。
誰とも本気になどならなかったわ。その分、メディアで話題になることもあったのは、あなたもご存知よね?」
つくしはもちろん知っていた。
司が渡米したすぐの頃、真剣だった二人の思いが踏みにじられたような気がしていたのだから。
「あの子の傍にいたのは、どうするのが自分に得になるか。どうすれば損になるのか。そんなことを考えるような女性ばかりだったわ。だから男としての渇きを潤せばそれでおしまい。でもあなたは違う。あなたのことを思い出したあの子は二度と他の女を傍に寄せ付けることなどないはずよ」
母親の目から見た我が子の態度は、どう映っていたのだろう。
こうして楓の話を聞いていると、その口ぶりは、経営者としてよりも、親としての思いが強く感じられた。
「・・・正直あなたのことはあのまま思い出さないと思っていた。でもこうして思い出したんですもの。二人で幸せになりなさい。あの子を幸せにしてやって。それが牧野さん。あたなが司と一緒にいる条件よ」
そこまで一気に話をした楓は、つくしに向かって淡い微笑みを浮かべていた。
楓の言葉は、我が子が幼い頃、自分がするべき事をしなかった、出来なかったことへの後悔なのか。それとも何かの罪滅ぼしのつもりなのか。だがどんな理由があったとしても、つくしは楓に認められたことが嬉しかった。
「・・それから。あなたの前の夫である篠田雄一さん。わたくしはその方の未亡人となった奥様を知っているわ。お名前は篠田由美子さん。彼女は東京で弁護士をしていた。そうよね?彼女はわたくしの大学時代の友人の娘よ。だからあなたと篠田雄一さんとのことも聞いたわ」
思いもしなかった発言が飛び出し、つくしは驚いていた。
そして楓の口ぶりが何故か親身に感じられ、つくしは思わず言っていた。
「あの、ご存知なんですか?私と・・雄一さんの本当の関係を」
「ええ。知ってるわ。由美子さんは雄一さんと結婚するにあたって自分の母親に説明したのよ。昔別れた恋人と結婚することに決めたけど、相手には妻がいるとね。もちろん母親は大反対するわ。それでも由美子さんは母親に事情を説明した。雄一さんが余命幾ばくも無い。そして今の妻は本当の意味での妻ではない。だから直ぐにでも離婚は出来ると。
それでも母親としては複雑よ。いくら好きな男性とはいえ、相手は命が短い。そしてその男性は結婚しているとはいえ、本当の結婚ではないことから直ぐ離婚は成立。そんな状況で入籍しても果たして幸せと言えるのか・・・」
楓の目はつくしに問いかけていた。
その状況が幸せと言えるのかと。
だが幸せの姿は千差万別であって一概には言えない。
つくしは裕福な家庭では育たなかったが、家族は仲が良かった。
そして幸せだった。お金があるから必ずしも幸せだとは言えないことは、司が口にした言葉の中にもあった。つくしといることが幸せだと嬉しそうに笑った顔は今でも覚えている。
「それでも由美子さんはその人と結婚したいと言ったそうよ。・・親にしてみれば、娘が早々に未亡人になることが分かっていて相手の男性との結婚を許すことは簡単には出来ないはず。でも友人は許したわ。・・・どうせダメだと言っても意志が固い娘だから反対することはしなかったそうよ。・・その友人もわたくしと同じ経営者よ。だからある意味似ているところがあるの。それは相手を支配したがるといったところかしら。我が子を自分の分身のように考えてしまうのよ。子供は別の人格を持つ独りの人間なのにね。
彼女も娘を企業の戦略的な道具として結婚させようとしたこともあったわ。でも由美子さんは弁護士になった。自分で自分の道を切り開いた」
心の裡を晒すことがない人間は多い。
そして楓がこうして落ち着いた様子でつくしと話をするのはこれが初めてだが、おそらく今後こういった機会があるかと言えば、後にも先にも無いような気がしていた。
「話が少し横道に外れたわね。結局親というものはそういったものなのよ。最後は子供たちが本当に求めているものを与えてやりたいと思うものなの。それが燃え盛る炎の中にあったとすれば、火傷してでも取ってくるわ。親は自分が傷ついても我が子だけは守りたいといった気持ちが常にあるの。だから我が子の幸せのためならどんなことでもしてあげたいと思うものなの。それがわたくしは今頃訪れたということかしらね。それにしても、まさかあなたの名前を友人の口を通して聞く事になるとは思わなかったわ」
楓は小さな笑い声を漏らしたが話を続けた。
「先ほども言った通り、あなたと司が結婚することに反対はしないわ。ただ、あの子を幸せにしてやって欲しいの。・・・わたくしが出来なかった分まで。あなたなら出来るわよね?牧野さん?それにあの子を支えてやる自信がない・・そんな言葉は今のあなたなら言わないわね?自信があるからわたくしに会いに来た。違うかしら?」
17年前とはまったく違う楓の眼差し。
つくしはその眼差しに暖かさを感じていた。
幾年月経とうとも変わらない人の心といったものがあるのも事実だが、楓のように長い年月が心を変えるといったこともある。
何かが楓の心を変えたとすれば、それは年を重ねた母親の我が子を思う気持。つくしは、そう理解していた。
「はい。一緒に生きて行こうと決めた瞬間から私は彼の支えになりたいと決めました。
とは言え私の方が彼に支えてもらうことになるかもしれません。私は御覧の通りの未熟な人間ですから、結婚を許して頂いてもご不満に思うことも多いと思います」
「そう?でもあなたにはストレスとかプレッシャーといった言葉は関係なさそうに見えるわ。あなたにあの頃と同じパワーがあるならあの子と一緒に道明寺の家を、財閥を守っていけるはずよ?」
まさか、そういった言葉をかけて貰えるとは思いもしなかった。
そして自分のことを認められて嬉しいはずだが、道明寺の家を、財閥を守っていけるはずといった言葉の大きさに不安が過る。
「牧野さん。あなたは頭がいいから頭が身体をコントロールしようとするタイプの人間よ。
だから未経験の分野まで勝手に考えようとするの。頭でばかり考えても駄目なこともあるわ。だからあなた本来の姿で・・あの子とこの家を守って頂戴」
目の前の女性は沢山のものを持っている人だ。
世の中のどんなものでも手に入る人だ。
高校生の頃、その女性からの言葉は容赦がなかった。そしてその言葉に心が傷ついた。
けれど、たった今かけられた言葉は、全く違い優しさが感じられた。
楓という女性は複雑な女性だ。
感情を幾重にも折りたたんで心の中に収め、他人に見せることはほとんどないはずだ。
いや、ほとんどではない。この女性は決して人には言わず、生涯他人には打ち明けることはしないはずだ。
だがそんな女性と一緒にいることも、慣れてしまえば居心地が悪いことはないはずだ。
そして、こうして楓がつくしに話てくれた内容は、楓という女性の心の中にある掛け値なしの本音。
息子への思いだ。母親だ。
鉄の女と言われる道明寺楓という女性も母親だ。
つくしは、楓のそんな一面を目の当たりにし、会いに来てよかったと心から思っていた。

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司×**OVE様
おはようございます^^
条件とは何ぞや?と思えば、そういうことだったんですね?(笑)
楓さん、母ですからね。あれから年も取りました。
きっと17年間で息子のことを考えたとき、やはり彼女しかいないと思ったのでしょう。
台風の被害。
各地に大きな爪あとを残しているようです。
そして、また次の台風の進路が気になりますね。
週末はまた雨でしょうか・・・。10月に入り、抜けるような青空を見た記憶が無いような気がしています。
晴れ渡った青空が恋しいです。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
条件とは何ぞや?と思えば、そういうことだったんですね?(笑)
楓さん、母ですからね。あれから年も取りました。
きっと17年間で息子のことを考えたとき、やはり彼女しかいないと思ったのでしょう。
台風の被害。
各地に大きな爪あとを残しているようです。
そして、また次の台風の進路が気になりますね。
週末はまた雨でしょうか・・・。10月に入り、抜けるような青空を見た記憶が無いような気がしています。
晴れ渡った青空が恋しいです。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.10.24 23:20 | 編集

na**ko様
実際に我が子が結婚したいと言って来た時。親としては色々なことが頭の中を巡ると思います。
やはり幸せになってもらいたい。
でも、幸せの基準は人それぞれで違いますので、難しい問題も色々と出て来ることでしょうねぇ。
自らの若い頃を振り返るしかありませんね?(笑)
子供は、何故か親と同じような道を歩んでいる・・そんなことも多いと聞きますので。
コメント有難うございました^^
実際に我が子が結婚したいと言って来た時。親としては色々なことが頭の中を巡ると思います。
やはり幸せになってもらいたい。
でも、幸せの基準は人それぞれで違いますので、難しい問題も色々と出て来ることでしょうねぇ。
自らの若い頃を振り返るしかありませんね?(笑)
子供は、何故か親と同じような道を歩んでいる・・そんなことも多いと聞きますので。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.10.24 23:30 | 編集

か**り様
鉄の女から条件がある。
そんな言葉を言われたら構えますよね(笑)
そうです。前科があることですし・・・。
そして、楓さんは楓さんでした(笑)しかし、つくしの性格もよくご存じでしたね?
さすが企業経営者。人を見る目は抜群です。ですから、その目がつくしの素晴らしさを見抜いたんでしょうね?
司の携帯。つくし専用。ビジネス用。プライベート用。
本当ですね?最低でも3つは持っているはずですね?
スーツのポケット重そう(笑)坊ちゃん、落とさないでね。
コメント有難うございました^^
鉄の女から条件がある。
そんな言葉を言われたら構えますよね(笑)
そうです。前科があることですし・・・。
そして、楓さんは楓さんでした(笑)しかし、つくしの性格もよくご存じでしたね?
さすが企業経営者。人を見る目は抜群です。ですから、その目がつくしの素晴らしさを見抜いたんでしょうね?
司の携帯。つくし専用。ビジネス用。プライベート用。
本当ですね?最低でも3つは持っているはずですね?
スーツのポケット重そう(笑)坊ちゃん、落とさないでね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.10.24 23:37 | 編集
