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2015
10.09

キスミーエンジェル39

道明寺の母親が私を呼び出してきた。
その呼び出しを受けて断れるはずがない。

つくしは数少ない自分の洋服のなかで、一番無難な服を選んだつもりだった。
流行のものでもなく、おしゃれでもなく、セクシーでもなければ堅苦しくもない世間一般で言う平凡を絵に描いたようなビジネススタイルだ。

都内一等地に建つ3棟の高層ビル群からなる道明寺タワーズと呼ばれる壮麗な建造物にあの人がいる。
オフィス、商業施設、美術館、銀行が入居し、その中の1棟がホテルメープルだ。
つくしはその40階にある道明寺楓のオフィスのドアをノックした。


チャコールグレーのスーツを着てパールのネックレスをつけた道明寺の母親は素早くつくしの全身に目を走らせると彼女を迎え入れた。

「牧野さん、どうぞお座りになって。今日は私と会うことに同意して下さってありがとう」
つくしは彼女の口から出たありがとうと言う言葉に驚いていた。
過去の出会いは最悪で、まさか道明寺の母親の口からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。
しかし名家の出であることを示すような上品な物腰とは対照的にその視線はやり手の経営者そのものだった。

「・・・お招き、ありがとうございます」
別に喜んで招かれたわけでもあるまいしこんなとき、なんと言えばいいのか分からなかった。
彼女はメドゥーサのように頭から蛇が生えてないことは確かだが、高校生の頃の私にはそう思えた。
誰にせよこの人を「楓」なんて名付けた人はその名前が不似合だなんて知りもしないだろうけど。

彼女の後ろに広がる大きな窓の外には都内の景色が一望できるはずだ。
そこから降り注ぐ自然光を浴びた彼女はまるで後光がさしているようだ。
そして広々とした部屋の室内装飾は明らかに名のあるデザイナーが手掛けたものだと思った。

「牧野さん、あなたとはどうしても会って話をしたいと思っていました」
楓はそうは言ったものの口をつぐんだままだ。



その沈黙の重さに耐えれなくなったのはつくしだった。
「それはどう言うことですか?」
しばらく待っても何も言わない相手につくしは聞いた。

「あなたがあの子の前に現れてからあの子のする事には驚かされっぱなしだったわ」
楓はゆっくりと言った。
「それはいつの事をおっしゃっているんですか?今ですか、それとも8年前のお話ですか?」
楓は考えながら冷やかな目つきでつくしを見ていた。
「そうね、どちらかしら。やっぱり8年前かしらね。あのとき私はあの子のことが心配だったの。
あなたがあの子の前に現れてからは・・分かるわよね?他には目もくれずあなたの事ばかり・・・。遊びならまだしも、本気だなんて・・・。ご存知かしら?あの子の父親は長男であの子は一人息子」
つくしは頷いていた。

「2007年、ちょうどその年はアメリカではサブプライムローン問題を発端にバブルが崩壊したわ。アメリカに拠点を置く道明寺としても資産の目減りは目を覆うものがあったの。
だからあの子が高校を卒業する前に早く呼び寄せる必要があったわ。うちの実情を把握したうえで次期経営者として自覚をしてもらいたかった。
それなのにどこの誰だか分からないような娘にうつつを抜かすようであっては困るのよ。
そしてその翌年にはご存じの通りリーマンショックで世界同時株安と言う事態だった。
それでも実際あの子はよく頑張りました。うちが以前と同じように勢いを取り戻してからもあの子はよく働いてくれたわ」
彼女は目の前のテーブルに運ばれてきていたティーカップを持ち上げていた。

「1年くらい前からかしらね。あの子は突然日本に帰ってやり残した事を成し遂げたいと言い出したわ。 それが何なのかはすぐに分かったわ。牧野さんのことだとね」
彼女は面白がっているように言った。

「それは・・」
「あなたはあの子に大きな影響を与えるわ」
つくしは驚きが顔に出ていなければいいと思った。

「それはどう言う意味でしょうか?」
「あの子がここまで道明寺の為に働いてくれるとは思わなかったわ・・会社が大変なときにあの子が一度帰国したのは知ってたわ。そこで・・何があったのかしらね?」
彼女は話を続けた。
「どちらにしてもあなたに・・負けたくなかったのね・・」
楓はつくしの顔をじっとみつめた。
「それにあの新聞記事。 あの子あなたと再会してからあなたとの結婚のことばかり」

道明寺の母親の望みはいったいなんなのだろう。
「それで驚いて私に会いたいと思ったんですか?」
つくしは聞いた。

楓は何かを探るようにつくしを見つめていた。
「あなた、あの子と結婚するつもり?」
そっけなく言った。

つくしは彼女の本心を計りかねていた。
何が言いたいの?
また8年前と同じことを繰り返すつもりなの?

でも、本心で言えば私は認めてもらいたいと思っていた。
道明寺が私のものになるなら、それを認めて欲しいと思った。

「牧野さん、私も夫もあの子、司には幸せになって欲しいの・・・」
つくしは彼女の言葉の最後に『でも』・・・と言う口にはしない言葉が含まれているような感じがしてならなかった。

本気でものを言うなら言葉を飾ることはしたくない。

つくしは一瞬答えをためらったが彼女の視線と向き合ったままでこう言った。
「わたし、彼と結婚しようと思っています」
つくしはひと息つくと話しを続けた。
「でも、わたし恋人の母親が怖いんです。彼女に睨まれたら石に変えられるんじゃないかと思ってます」
楓はつくしのその言葉に耳を疑うような表情をしてみせた。
「本気なのね? あなた、8年前と随分変わったわね。でもユーモアのセンスのある女性は好きよ」
ほんの一瞬彼女の目にあたたかい光が宿ったように思えた。
「牧野さん、あのときは・・8年前はあなたに迷惑をかけたと思ってるわ」
つくしは楓のその言葉に精一杯の謝罪の意味が込められていると感じていた。

「もうこの話はおしまいです。来てくださってありがとう。司によろしく。あの子今日はロンドンだったわね」
彼女は立ち上がると優雅な物腰で自分のデスクに向かった。
私はそれが退出を促す合図だと思った。


この女性は愛や情熱を人間に対して向けることが苦手なのかもしれない。
つくしはそう感じていた。


だからあの男が屈折した愛情表現しか出来ない男になったんだと実感していた。










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