人と人との出会いは偶然ではなく特別なこと。
そんな言葉があるが、人の運命は母親のお腹の中に宿った瞬間に決まっているとすれば、司とつくしの運命は二人が互いの母親のお腹に宿った時、決まった。
それは、今までの二人がそれぞれの時を一緒に過ごした人間もそうだと言うのなら、雄一とつくしが出会ったことも運命のひとつ。そして司が雄一と出会ったのも運命だ。
そしてそれが特別なことであることは、今のつくしを見れば分る。
『四十九日が終ったら迎えに来て・・』
その言葉は、雄一がいたからこそ言えた言葉だ。
彼女にとってかけがえのない友人だった雄一は、彼女に未来を見つめることを教えてくれた。
勿論、その言葉を文字通り受け止めるほど司はバカではない。
司は雄一に話したいことがあったからここに来た。
そしてそれは、つくしにも一緒に聞いてもらいたいことだった。
だから彼女が戻って来るのを待っていた。
つくしは、何か言う代わりに司の顔をじっと見ていたが、早く車に乗ってくれと言われ、慌てて乗り込んだが、春先とは言え、まだ寒いこの季節。車内は暖房が利いており、彼女はコートを脱ぐと、丁寧にたたみ、膝の上へ置いた。
「どうした?俺の顔に何かついてるか?」
あまりにも自分をじっと見つめるつくしに、司は聞いた。
「・・・な、何も・・。あの・・雄一さんのためにわざわざ来てくれたの?」
意外そうに司を見る顔は、彼が北陸の地にいることを何故か信じられないようだ。
今日が日曜とはいえ、司ほどの立場なれば、日曜だからといって家でのんびり過ごせる人間ではないことを知っている。もっとも、彼がこうと決めたことは、誰に憚ることなく行動に移すことも知っている。
「たとえお前と雄一が名ばかりの夫婦だったとしても、あいつはお前の夫だった男だ。挨拶するのはあたり前だ。それにあいつには義理を通す義務があると思っている」
勿論、今の司は二人が夫婦だったことは気になどしていない。
夫だったとは言え、本当の夫婦ではなかったのだから。
むしろ、気にしなければならないのは、自分の17年間を振り返った時のことだ。
それは彼女と雄一が本当の夫婦だったとしても、彼らは互いに誠実であったはずだ、だから彼らと自分を比べれば、自分の行為は褒められたものではないからだ。
そして司が彼女を忘れていたとしても、あれほど三条が言って来たのに、牧野つくしという存在など端から頭の中になかったように無視していたことが、更に彼女を苦しめた結果となった。
そうだ。彼女が結婚していたことよりも、自分の過去は事実として記録されたものがある。その事の方が、罪とすれば余程大きいからだ。
それに彼女を忘れたのは自分だ。だから彼女のこれまでの人生にどんなことがあったとしても、何も言えない立場であることは十分承知している。だが、彼女の想いがブレる事がなかったことを知った。そして雄一という男が、友情という垣根を二人の間に築き、そして彼女の誠実な態度があったからこそ、やり直すことが出来たのだ。
男と女の間の友情を信じろと言われれば、類と彼女のことを思うが、まさにそれと同じだということだ。遠い昔、類に牧野をお前に託すから幸せにしてやれと言われた。だが未だに幸せにすることが出来ずにいた。恐らく類は、そんな男に呆れているはずだ。
「いいか。俺は雄一からお前を託された。だからこうすることが男としてのケジメだと思う。・・それに人は四十九日経てば仏に成る。あいつの魂はもうフラフラとその辺を彷徨うことなく墓にいる。それなら託されたお前を確かに幸せにしてやることを仏になったあいつに報告する義務がある」
司は信仰心が厚い人間ではない。
けれど、人の死は敬意をもって敬うべきことだと思っている。
人間に魂があるといったことを信じているのか、と言われればそれを感じたことがないのだから信じてはいない。そして目に映らないものを信じることはしない。それがビジネスの最前線で生きる男の考え方であり、現実主義者である男の思考の全てだからだ。
それでも、自分がこの世にいるのは、そして生かされているのは、次の時代への命のリレーといったものがあるからだ。
雄一との間はシンプルな友情と言える関係。
だが、シンプルだからこそ彼の言葉は心に響いた。
だから司は雄一が静かに眠りついた今、彼女のことは心配するなと言う為に、再び会いに来た。
「た、託されたってなによそれ。・・あたしは物じゃないわ!」
つくしは、17年前、自分は自分のものであって誰のものでもない、というあの頃の少女に戻って言っていた。ひとつ年下の彼女だが、二人の間に年齢による隔たりなど当然なく、あったのはただ格差社会に象徴される富の配分の違いだけだ。
だがそれを物ともせず司に立ち向かって来たのがつくしだった。
「まあそう怒るな。・・けど、あいつもおまえを貸してくれなんて言葉を使ったってお前に知られたら、あたしは物じゃないって怒るだろうって言ってたがな」
今の司を見つめる黒い瞳には、それは自分ではなく雄一が与えた輝きといったものが感じられた。
男として考えたとき、その輝きを与えたのが自分であって欲しかった。
正直に言えば二人の関係を妬いた。
だが今彼女があの頃と変わらない口を利いてくれるのは、雄一のお陰だ。
そして彼女も学生時代を思い出したに違いなかった。
生意気な女だと言われた頃から二人が恋に堕ちたと言われるまでの間を。
赤札と称するものを貼りターゲットにして苛めたこと。
嫌がる彼女を無理矢理車の乗せ、世田谷の邸へとさらったこと。
親友である類と彼女を巡って争ったこと。
あのとき、暴力に明け暮れていた男が芽生えた初恋から、痛みと、耐える心と、思いやりといったものを学んだ。そしてそれは、つくしのことを忘れるまで司の心にあった。
「そう・・彼がそんなことを・・」
彼女の瞳に一瞬憂いが宿った。
「ああ。あいつと初めて会った時、そう言った。あの頃のあいつには、お前しかいなかった。だからお前のことを貸してくれと言った。その気持ちがあの時の正直な気持ちだったことは間違いない。自分のことを最期まで見守ってくれる誰かがいて欲しいって思うのは、人として思うのは当然だ。・・けど、あいつも最期は好きだった女と一緒になれたんだ。旅に出るには最高の最期になったはずだ。・・お前もあれで良かったと思ったんだろ?」
「うん。あれで良かったと思ってるよ・・。だって雄一さんの顔、幸せそうだった・・」
躊躇うことなく口をついた言葉。
そしてつくしは、彼の最期の瞬間を思い出していた。
意識が混濁する前、驚くほど冷静だった。そして駆けつけた兄夫婦を見ていた。
やがて意識が混濁すると、付き添った看護師から話しかけてあげて下さい。たとえ意識がなくても、聞こえていますよ。と言われ皆で懸命に呼びかけた。
何を話したか。それは、ありがとうといった感謝の気持ちと愛してるの言葉。手を握った妻は何度も何度も呼びかけた。
人間の最期の瞬間というのは、あっけないというが、雄一は最期に大きな呼吸をし、やがて頬を一筋の涙が流れ落ち、呼吸が止まった。
それが命の灯が尽きた瞬間だったが、雄一は最期まで前向きだった。
今思い出しても涙が零れそうになるが、つくしはそれをグッと堪えていた。
「あいつ俺たちのこと最期まで気にしてくれただろ?」
司はつくしの表情を見ていた。
零れ落ちそうな涙を堪え、耐えている顔を。
「うん。最期の最期まで気にしてくれた。本当の兄みたいにね・・でもあたしには兄はいないから分らないけど、いたら彼みたいな人がいいと思ってた・・」
「そうか。・・お前、いい女になったな」
「え?」
「何をそんなに驚いてる?俺がいい女だって言ったらその通りだ。裏も表もねぇ正真正銘の気持ちだ。・・それにしてもお前は昔から頼まれもしねぇのに、他人の心の痛みに寄り添うことが好きだったよな?三条にしてもそうだが、他にもいたよな?騙されても恨むどころか相手の懐深くに飛び込んでいく女だった。まあ、そこが最終的に相手がお前を人として好きになるきっかけだろうが、お前は昔からある意味捨て身の女だったな」
彼女は本当にいい女になったと思っていた。人の心の痛みを感じることが出来るのは、あの当時と同じだが、まさに大切な人には誠心誠意尽くす女だと思った。
だからこそ、人に気に入られ好かれるのだが、もうこれ以上他の男に気に入られる必要はない。これから先は忘れていた人生の続きを彼女と一緒に過ごしたい。
そして、どんなに固く乾いたパンもミルクに浸されれば柔らかさを取り戻していくように司の心を解したのは、彼女だけだ。後にも先にも彼女だけだ。
今はもうあの頃の少女のような頑なさはないが、だがいつまだあの頑なさが現れるとも知れない。そう思うから雄一の前で言いたいことがあった。
「なあ・・お前の気持ちはあの頃と変わってねぇって言ったよな?それに東京に戻るって言ったよな?迎えに来てって言ったよな?だったら俺の所に来ればいい。俺と暮らせばいい」
司は自分の思いを告げ反応を窺った。
「それって・・」
「結婚だ。それに離婚後100日経過しなければ再婚出来ない話は、クリアしたから関係ないはずだ。それにお前が口にする前に言っておくが、お前が2度目の結婚だからって誰かが反対するとかそういったことは気にするな。今の世の中そんなことはよくある話だ。離婚が人生の汚点だなんて考えるような人間ばかりいるとは思うな。それにそんなことを言う奴がいたら俺が_」
そこまで言いかけたが、彼女が口を開くと彼は口を閉じた。
そしてどんな答えが返されるのか待った。
「・・それ・・本気なの?」
「ああ。勿論本気だ。本気で言ってる。俺はお前に対し嘘をついたことはなかったはずだ。・・ただお前の事を忘れていた頃、言った言葉は・・・あれは・・あの時は本当の自分じゃなかった。それに過去に女がいたとしても本気になった女はいなかった。代用品ですらなかった・・。
クソッ・・なんでこんな話をしなきゃならねぇんだ・・とにかく俺はお前と暮らしたい。失ってしまった時間を取り戻したい。もしまだ結婚出来ねぇって言うなら、一緒に暮らすだけでもいい」
司は、胸の裡にあった思いを一気に吐き出すと返事を待った。
だが大きな黒い瞳は司をじっと見つめているが、何と答えようかと考えているのが見て取れた。直ぐにイエスと言えばいいものの、考えるのはあたり前という思い反面、直ぐにイエスと言ってくれるものだと思っていただけに、また別の言葉を探さなければならないのかと司は考えた。
そして、あの頃とは違い大人になった彼女だが、その瞳はあの頃と変わっておらず、真っ直ぐな力を感じていた。
「・・なあ牧野・・ひとつの幕が閉じてまた別の幕が上がる・・人生の舞台なんてそんなモンだろ?最初の舞台は本物の舞台じゃなかった・・稽古みたいなものだ。・・けど稽古はもう終わった。俺はお前と俺とで新しい舞台を始めたい。主演は俺とお前だ。それに俺は結婚したら妻を愛してると、お前を愛してると公言して歩いてやる。舞台の上で大声で叫んでやる。そうすりゃお前が2度目だからと言ってどうこう言うような人間なんて出てこねぇはずだ」
もしも彼女が一度結婚していることを気にするなら、今の司は自分の持てる力を知っている。彼女に仇をなすような人間を許しはしない。彼女を傷つける人間を許しはしない。
そんな思いを込め言った。
だが彼女は司の言葉には答えず、暫く黙ったまま黒い大きな瞳で司を正視していた。
やがて車は、篠田家の菩提寺に着いた。
そこでつくしは、行きましょうと言い、コートを手に車を降りた。
そこは、由緒ある寺の格式ある墓地で、つい先ほど雄一の骨が収められた場所だ。
あの時は雨が降っていたこともあり、納骨と住職が上げる読経のため、雨除けの簡易テントが張られていたが、今は既に撤去され、少し傾いた陽の光りが黒々とした墓石に当たり石は乾いていた。だが、視線を少し上へと上げれば、遠くにはまだ白い雪を頂いた山が見えた。地上は雨だったが、標高の高い山の山頂では、雪が降っていたのだ。
「・・雄一さん。彼が・・道明寺が来てくれたわよ。・・それからね、報告があるの。あたし、彼に結婚して欲しいって言われた・・どうすればいいと思うなんて聞かないからね。
あたしね、雄一さんが背中を押してくれなかった東京へ帰ろうなんて思わなかった。でもこの人ね、あたしが四十九日が終ったら迎えに来てって言ったんだけど、本当に今日来たの。
・・・昔は日本語バカでよく分からない日本語を使ってた男だったけど、アメリカ暮らしが長いから、益々日本語が不自由になったのかと思ってた・・でもそれは違ったみたい。今日はね、雄一さんに義理を通しに来たんだって。・・男の義理なんて女からすればバカみたいに思えることがあるけど、聞いてくれる?」
だが、そう言ったつくしの声は湿っていた。
司は墓の前にしゃがむと手を合わせた。
「雄一。お前に言われた通り俺はこいつを幸せにしてやるつもりだ。今日はそれを伝えるためにここに来た。こいつはまさか俺がお前の納骨に合わせて来るとは思ってなかったようだが、俺は迎えに来いと言われた時、この日と決めていた。それにお前に言うなら今日がいいと思ったからだ。お前は俺と違って間違っても地獄に行くことなくあの世で仏になったことは分かってる。つまり今日は、お前にとってはめでたい日だ。だからその日に俺はこいつに結婚してくれと言った。お前とのことはケジメがついたはずだが、物事はさっさと行動しねぇと、こいつは迷い始める。お前は知らないかもしれないが、過去にそんなことがあってな・・・だから油断は出来ない女だ。・・雄一。お前証人になってくれるよな。こいつだってお前の前でダメだなんて言葉が言えるとは思ってねぇから」
司は、そこで同じように隣にしゃがんだつくしの瞳の底を覗き込むように言った。
「お前、仏になった雄一の前で嘘をつけるか?」
彼女は、黙ったまま暫く司の目を見つめたままだったが、静に首を横に振った。
「・・嘘はつけないよ。だって雄一さんはあたしの友人だったけど、兄だから・・。
・・・道明寺、さっきの返事だけどあたしで本当にいいの?あたしの気持ちは前も言ったけど、あの頃と同じ。でもあたしは・・一度結婚してるのよ?それでもいいの?」
「バカかお前は。さっきも言っただろうが。過去を気にするな。・・んなこと気にしてたら人生楽しめねぇぞ?他人の目を気にしてどうする?他人がお前を幸せにしてくれるか?俺がお前を幸せにしてやるって言ってんだ。・・だから他人意見は聞くな。俺の言葉だけ信じていればいい。本当ならこの言葉は17年前にお前に言うはずだった言葉だ・・。けどこんなにも時間がかかっちまって悪かったと思ってる。・・だけどな、これからはその分までお前を幸せにしてみせる。だから何も心配することはねぇ。俺について来てくれ。いや、違うな。俺と一緒にこれからの人生を歩んでくれ・・・って・・なあ、そろそろ立ち上がってもいいか?いつまでもこの姿勢じゃ流石に辛いものがある」
司はしゃがみ込んだ姿勢から立ち上るとつくしに手を差し出した。
立ち上って手を差し出す一連の動作さえ計算されたような美しさを感じる男。
彼女はその手を取り立ち上がった。
その間、司は彼女をじっと見ていた。彼女の視線が彼の視線を捉えるまでずっと。
「・・それで?お前の返事を聞かせてくれ」
その声に斜め下から見上げる黒い瞳は男の顔を見つめるが、見上げるその角度はあの頃と変わらずで、25センチ下の彼女の背の高さは、ハイヒールを履いた分だけ高くなっているが、それでもまだかなり低い。昔、二人でこんな風に話をしていたことを思い出す。
そして、下から自分を見つめる姿に心をときめかせていたことを。
「・・あんたはあたしが昔知ってた人によく似てるの」
司はその言葉に一瞬バスを追いかけたとき、彼女と一緒にいた男のことを言っているのかと心が軋んだが、その口調は明らかに冗談を言っているように感じられ、ホッと胸を撫で下ろす。
「へぇそうか。俺に似てるってことはいい男だったんだろ?」
「そうよ。いい男だったわよ。・・俺みたいないい男に気に入られるなんてお前は運がいいって言ってた・・。だけどもう忘れたわ。その代わり、今は新しい恋人が見つかったから」
柔らかな微笑みを浮かべたその顔は、どこか挑発するような態度だが、司はその微笑みの意味を理解した。よく似た男とは自分のことを言っていると。そして、そのことに直ぐに気付き、彼女の話に会話を合わせられることが嬉しく、こうした話をすることで、二人の関係がまたひとつ前に進んで行くと感じられ懐かしさが込み上げる。
「・・そうか・・その男のことは忘れたか・・・」
「ええ。・・時々思い出すかもしれないけど、大昔のことだから殆ど忘れたわ」
調子にのったように言い放つその言葉が生意気だがどこか小気味よく、まるで高校時代、二人が丁々発止とやりあっていた頃のように思え、再び懐かしさが込み上げた。
「へぇ。その男も気の毒だな。それに残念だったな。こんなにいい女に忘れられる男なんぞバカの極みだ」
司は自分自身をバカの極みと言った。
自分の事がバカだと言える男は、彼女にもバカだと罵られることを望んでいた。
まだどこか遠慮があるなら、言いたいことを口に出すことに躊躇いがあるなら、これを機に躊躇うことは絶対にして欲しくない。それは彼女のためでもあり、司がそうして欲しいのだ。
彼女を忘れた男は、罵られて当然なのだから。
「そうでしょ?その男はね、あたしのこと忘れたの。・・あたしを忘れるなんて大バカ者よね。・・・だから今度忘れたら絶対に許さないんだから!」
それは紛れもない彼女の本音だが、口元に自然の笑みが浮かんだように見えた。
「絶対に許さないって?」
「そうよ!もし忘れたら二度と口なんか利いてやらないから!・・それにもし戻って来たら今度は殴ってやるんだから!」
「怖ぇな・・昔ゲーセンで見たお前のパンチは相当だったからな。殴られた男は顔が変わるんじゃねぇの?」
司は言って笑って見せた。
こうした会話が交わせるのが楽しかった。
「そうよ!いくらいい男だとしても、顔が変わるくらい殴ってやるわ!」
怒ることに勢いがついたように言う彼女の頬は赤く染まっているが、それは怒りのせいのか。それともまだ肌寒いこの季節のせいなのか。どちらにしても可愛らしいと感じていた。
「いいんじゃねぇの?顔が変わっても。その男がそれでその女に許してもらえるならそれで本望だろ。それにその男の顔が好きで付き合ってた訳じゃねぇんだろ?」
「当たり前よ!あたしが外見やお金に惑わされるって思ってるなら、その男はあたしのことなんて全然わかってなかったことになるもの!」
司の言葉を強い調子で否定する彼女の言葉は正しい。
彼女のことを分からない男は多いかもしれないが、司だけは、彼女がどんな女か知っている。
素直じゃない。そして意地っ張り。自分が信じることに対し信念を貫く。だが心優しく、それが欠点になることもある。だから誰かが守ってやらなきゃいけない女だが、それが嫌だという。そんな女は男から見ればややこしい女だが、それでも司にとっては彼女が一番いい女だ。そして彼女だけがあの頃の彼の心に沿った。
いつの間にか心の中にいた。
そしてそのことに気付いたときから、一瞬たりとも彼女のことが頭から離れなくなっていた。
そんな女は、司の目の前で涙ぐみ、道明寺のバカ。大バカ。あんたなんか犬に噛まれて死んじゃえばいいのよ、と呟いているが、最後に呟いた「いいわ。あんたと結婚するわ。その代りあたしのこと忘れたら犬の群れの中に放り込むからね!それから雄一さんに言って取り憑いてもらうから!」の言葉に司は笑いながら彼女を力一杯抱きしめていた。

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そんな言葉があるが、人の運命は母親のお腹の中に宿った瞬間に決まっているとすれば、司とつくしの運命は二人が互いの母親のお腹に宿った時、決まった。
それは、今までの二人がそれぞれの時を一緒に過ごした人間もそうだと言うのなら、雄一とつくしが出会ったことも運命のひとつ。そして司が雄一と出会ったのも運命だ。
そしてそれが特別なことであることは、今のつくしを見れば分る。
『四十九日が終ったら迎えに来て・・』
その言葉は、雄一がいたからこそ言えた言葉だ。
彼女にとってかけがえのない友人だった雄一は、彼女に未来を見つめることを教えてくれた。
勿論、その言葉を文字通り受け止めるほど司はバカではない。
司は雄一に話したいことがあったからここに来た。
そしてそれは、つくしにも一緒に聞いてもらいたいことだった。
だから彼女が戻って来るのを待っていた。
つくしは、何か言う代わりに司の顔をじっと見ていたが、早く車に乗ってくれと言われ、慌てて乗り込んだが、春先とは言え、まだ寒いこの季節。車内は暖房が利いており、彼女はコートを脱ぐと、丁寧にたたみ、膝の上へ置いた。
「どうした?俺の顔に何かついてるか?」
あまりにも自分をじっと見つめるつくしに、司は聞いた。
「・・・な、何も・・。あの・・雄一さんのためにわざわざ来てくれたの?」
意外そうに司を見る顔は、彼が北陸の地にいることを何故か信じられないようだ。
今日が日曜とはいえ、司ほどの立場なれば、日曜だからといって家でのんびり過ごせる人間ではないことを知っている。もっとも、彼がこうと決めたことは、誰に憚ることなく行動に移すことも知っている。
「たとえお前と雄一が名ばかりの夫婦だったとしても、あいつはお前の夫だった男だ。挨拶するのはあたり前だ。それにあいつには義理を通す義務があると思っている」
勿論、今の司は二人が夫婦だったことは気になどしていない。
夫だったとは言え、本当の夫婦ではなかったのだから。
むしろ、気にしなければならないのは、自分の17年間を振り返った時のことだ。
それは彼女と雄一が本当の夫婦だったとしても、彼らは互いに誠実であったはずだ、だから彼らと自分を比べれば、自分の行為は褒められたものではないからだ。
そして司が彼女を忘れていたとしても、あれほど三条が言って来たのに、牧野つくしという存在など端から頭の中になかったように無視していたことが、更に彼女を苦しめた結果となった。
そうだ。彼女が結婚していたことよりも、自分の過去は事実として記録されたものがある。その事の方が、罪とすれば余程大きいからだ。
それに彼女を忘れたのは自分だ。だから彼女のこれまでの人生にどんなことがあったとしても、何も言えない立場であることは十分承知している。だが、彼女の想いがブレる事がなかったことを知った。そして雄一という男が、友情という垣根を二人の間に築き、そして彼女の誠実な態度があったからこそ、やり直すことが出来たのだ。
男と女の間の友情を信じろと言われれば、類と彼女のことを思うが、まさにそれと同じだということだ。遠い昔、類に牧野をお前に託すから幸せにしてやれと言われた。だが未だに幸せにすることが出来ずにいた。恐らく類は、そんな男に呆れているはずだ。
「いいか。俺は雄一からお前を託された。だからこうすることが男としてのケジメだと思う。・・それに人は四十九日経てば仏に成る。あいつの魂はもうフラフラとその辺を彷徨うことなく墓にいる。それなら託されたお前を確かに幸せにしてやることを仏になったあいつに報告する義務がある」
司は信仰心が厚い人間ではない。
けれど、人の死は敬意をもって敬うべきことだと思っている。
人間に魂があるといったことを信じているのか、と言われればそれを感じたことがないのだから信じてはいない。そして目に映らないものを信じることはしない。それがビジネスの最前線で生きる男の考え方であり、現実主義者である男の思考の全てだからだ。
それでも、自分がこの世にいるのは、そして生かされているのは、次の時代への命のリレーといったものがあるからだ。
雄一との間はシンプルな友情と言える関係。
だが、シンプルだからこそ彼の言葉は心に響いた。
だから司は雄一が静かに眠りついた今、彼女のことは心配するなと言う為に、再び会いに来た。
「た、託されたってなによそれ。・・あたしは物じゃないわ!」
つくしは、17年前、自分は自分のものであって誰のものでもない、というあの頃の少女に戻って言っていた。ひとつ年下の彼女だが、二人の間に年齢による隔たりなど当然なく、あったのはただ格差社会に象徴される富の配分の違いだけだ。
だがそれを物ともせず司に立ち向かって来たのがつくしだった。
「まあそう怒るな。・・けど、あいつもおまえを貸してくれなんて言葉を使ったってお前に知られたら、あたしは物じゃないって怒るだろうって言ってたがな」
今の司を見つめる黒い瞳には、それは自分ではなく雄一が与えた輝きといったものが感じられた。
男として考えたとき、その輝きを与えたのが自分であって欲しかった。
正直に言えば二人の関係を妬いた。
だが今彼女があの頃と変わらない口を利いてくれるのは、雄一のお陰だ。
そして彼女も学生時代を思い出したに違いなかった。
生意気な女だと言われた頃から二人が恋に堕ちたと言われるまでの間を。
赤札と称するものを貼りターゲットにして苛めたこと。
嫌がる彼女を無理矢理車の乗せ、世田谷の邸へとさらったこと。
親友である類と彼女を巡って争ったこと。
あのとき、暴力に明け暮れていた男が芽生えた初恋から、痛みと、耐える心と、思いやりといったものを学んだ。そしてそれは、つくしのことを忘れるまで司の心にあった。
「そう・・彼がそんなことを・・」
彼女の瞳に一瞬憂いが宿った。
「ああ。あいつと初めて会った時、そう言った。あの頃のあいつには、お前しかいなかった。だからお前のことを貸してくれと言った。その気持ちがあの時の正直な気持ちだったことは間違いない。自分のことを最期まで見守ってくれる誰かがいて欲しいって思うのは、人として思うのは当然だ。・・けど、あいつも最期は好きだった女と一緒になれたんだ。旅に出るには最高の最期になったはずだ。・・お前もあれで良かったと思ったんだろ?」
「うん。あれで良かったと思ってるよ・・。だって雄一さんの顔、幸せそうだった・・」
躊躇うことなく口をついた言葉。
そしてつくしは、彼の最期の瞬間を思い出していた。
意識が混濁する前、驚くほど冷静だった。そして駆けつけた兄夫婦を見ていた。
やがて意識が混濁すると、付き添った看護師から話しかけてあげて下さい。たとえ意識がなくても、聞こえていますよ。と言われ皆で懸命に呼びかけた。
何を話したか。それは、ありがとうといった感謝の気持ちと愛してるの言葉。手を握った妻は何度も何度も呼びかけた。
人間の最期の瞬間というのは、あっけないというが、雄一は最期に大きな呼吸をし、やがて頬を一筋の涙が流れ落ち、呼吸が止まった。
それが命の灯が尽きた瞬間だったが、雄一は最期まで前向きだった。
今思い出しても涙が零れそうになるが、つくしはそれをグッと堪えていた。
「あいつ俺たちのこと最期まで気にしてくれただろ?」
司はつくしの表情を見ていた。
零れ落ちそうな涙を堪え、耐えている顔を。
「うん。最期の最期まで気にしてくれた。本当の兄みたいにね・・でもあたしには兄はいないから分らないけど、いたら彼みたいな人がいいと思ってた・・」
「そうか。・・お前、いい女になったな」
「え?」
「何をそんなに驚いてる?俺がいい女だって言ったらその通りだ。裏も表もねぇ正真正銘の気持ちだ。・・それにしてもお前は昔から頼まれもしねぇのに、他人の心の痛みに寄り添うことが好きだったよな?三条にしてもそうだが、他にもいたよな?騙されても恨むどころか相手の懐深くに飛び込んでいく女だった。まあ、そこが最終的に相手がお前を人として好きになるきっかけだろうが、お前は昔からある意味捨て身の女だったな」
彼女は本当にいい女になったと思っていた。人の心の痛みを感じることが出来るのは、あの当時と同じだが、まさに大切な人には誠心誠意尽くす女だと思った。
だからこそ、人に気に入られ好かれるのだが、もうこれ以上他の男に気に入られる必要はない。これから先は忘れていた人生の続きを彼女と一緒に過ごしたい。
そして、どんなに固く乾いたパンもミルクに浸されれば柔らかさを取り戻していくように司の心を解したのは、彼女だけだ。後にも先にも彼女だけだ。
今はもうあの頃の少女のような頑なさはないが、だがいつまだあの頑なさが現れるとも知れない。そう思うから雄一の前で言いたいことがあった。
「なあ・・お前の気持ちはあの頃と変わってねぇって言ったよな?それに東京に戻るって言ったよな?迎えに来てって言ったよな?だったら俺の所に来ればいい。俺と暮らせばいい」
司は自分の思いを告げ反応を窺った。
「それって・・」
「結婚だ。それに離婚後100日経過しなければ再婚出来ない話は、クリアしたから関係ないはずだ。それにお前が口にする前に言っておくが、お前が2度目の結婚だからって誰かが反対するとかそういったことは気にするな。今の世の中そんなことはよくある話だ。離婚が人生の汚点だなんて考えるような人間ばかりいるとは思うな。それにそんなことを言う奴がいたら俺が_」
そこまで言いかけたが、彼女が口を開くと彼は口を閉じた。
そしてどんな答えが返されるのか待った。
「・・それ・・本気なの?」
「ああ。勿論本気だ。本気で言ってる。俺はお前に対し嘘をついたことはなかったはずだ。・・ただお前の事を忘れていた頃、言った言葉は・・・あれは・・あの時は本当の自分じゃなかった。それに過去に女がいたとしても本気になった女はいなかった。代用品ですらなかった・・。
クソッ・・なんでこんな話をしなきゃならねぇんだ・・とにかく俺はお前と暮らしたい。失ってしまった時間を取り戻したい。もしまだ結婚出来ねぇって言うなら、一緒に暮らすだけでもいい」
司は、胸の裡にあった思いを一気に吐き出すと返事を待った。
だが大きな黒い瞳は司をじっと見つめているが、何と答えようかと考えているのが見て取れた。直ぐにイエスと言えばいいものの、考えるのはあたり前という思い反面、直ぐにイエスと言ってくれるものだと思っていただけに、また別の言葉を探さなければならないのかと司は考えた。
そして、あの頃とは違い大人になった彼女だが、その瞳はあの頃と変わっておらず、真っ直ぐな力を感じていた。
「・・なあ牧野・・ひとつの幕が閉じてまた別の幕が上がる・・人生の舞台なんてそんなモンだろ?最初の舞台は本物の舞台じゃなかった・・稽古みたいなものだ。・・けど稽古はもう終わった。俺はお前と俺とで新しい舞台を始めたい。主演は俺とお前だ。それに俺は結婚したら妻を愛してると、お前を愛してると公言して歩いてやる。舞台の上で大声で叫んでやる。そうすりゃお前が2度目だからと言ってどうこう言うような人間なんて出てこねぇはずだ」
もしも彼女が一度結婚していることを気にするなら、今の司は自分の持てる力を知っている。彼女に仇をなすような人間を許しはしない。彼女を傷つける人間を許しはしない。
そんな思いを込め言った。
だが彼女は司の言葉には答えず、暫く黙ったまま黒い大きな瞳で司を正視していた。
やがて車は、篠田家の菩提寺に着いた。
そこでつくしは、行きましょうと言い、コートを手に車を降りた。
そこは、由緒ある寺の格式ある墓地で、つい先ほど雄一の骨が収められた場所だ。
あの時は雨が降っていたこともあり、納骨と住職が上げる読経のため、雨除けの簡易テントが張られていたが、今は既に撤去され、少し傾いた陽の光りが黒々とした墓石に当たり石は乾いていた。だが、視線を少し上へと上げれば、遠くにはまだ白い雪を頂いた山が見えた。地上は雨だったが、標高の高い山の山頂では、雪が降っていたのだ。
「・・雄一さん。彼が・・道明寺が来てくれたわよ。・・それからね、報告があるの。あたし、彼に結婚して欲しいって言われた・・どうすればいいと思うなんて聞かないからね。
あたしね、雄一さんが背中を押してくれなかった東京へ帰ろうなんて思わなかった。でもこの人ね、あたしが四十九日が終ったら迎えに来てって言ったんだけど、本当に今日来たの。
・・・昔は日本語バカでよく分からない日本語を使ってた男だったけど、アメリカ暮らしが長いから、益々日本語が不自由になったのかと思ってた・・でもそれは違ったみたい。今日はね、雄一さんに義理を通しに来たんだって。・・男の義理なんて女からすればバカみたいに思えることがあるけど、聞いてくれる?」
だが、そう言ったつくしの声は湿っていた。
司は墓の前にしゃがむと手を合わせた。
「雄一。お前に言われた通り俺はこいつを幸せにしてやるつもりだ。今日はそれを伝えるためにここに来た。こいつはまさか俺がお前の納骨に合わせて来るとは思ってなかったようだが、俺は迎えに来いと言われた時、この日と決めていた。それにお前に言うなら今日がいいと思ったからだ。お前は俺と違って間違っても地獄に行くことなくあの世で仏になったことは分かってる。つまり今日は、お前にとってはめでたい日だ。だからその日に俺はこいつに結婚してくれと言った。お前とのことはケジメがついたはずだが、物事はさっさと行動しねぇと、こいつは迷い始める。お前は知らないかもしれないが、過去にそんなことがあってな・・・だから油断は出来ない女だ。・・雄一。お前証人になってくれるよな。こいつだってお前の前でダメだなんて言葉が言えるとは思ってねぇから」
司は、そこで同じように隣にしゃがんだつくしの瞳の底を覗き込むように言った。
「お前、仏になった雄一の前で嘘をつけるか?」
彼女は、黙ったまま暫く司の目を見つめたままだったが、静に首を横に振った。
「・・嘘はつけないよ。だって雄一さんはあたしの友人だったけど、兄だから・・。
・・・道明寺、さっきの返事だけどあたしで本当にいいの?あたしの気持ちは前も言ったけど、あの頃と同じ。でもあたしは・・一度結婚してるのよ?それでもいいの?」
「バカかお前は。さっきも言っただろうが。過去を気にするな。・・んなこと気にしてたら人生楽しめねぇぞ?他人の目を気にしてどうする?他人がお前を幸せにしてくれるか?俺がお前を幸せにしてやるって言ってんだ。・・だから他人意見は聞くな。俺の言葉だけ信じていればいい。本当ならこの言葉は17年前にお前に言うはずだった言葉だ・・。けどこんなにも時間がかかっちまって悪かったと思ってる。・・だけどな、これからはその分までお前を幸せにしてみせる。だから何も心配することはねぇ。俺について来てくれ。いや、違うな。俺と一緒にこれからの人生を歩んでくれ・・・って・・なあ、そろそろ立ち上がってもいいか?いつまでもこの姿勢じゃ流石に辛いものがある」
司はしゃがみ込んだ姿勢から立ち上るとつくしに手を差し出した。
立ち上って手を差し出す一連の動作さえ計算されたような美しさを感じる男。
彼女はその手を取り立ち上がった。
その間、司は彼女をじっと見ていた。彼女の視線が彼の視線を捉えるまでずっと。
「・・それで?お前の返事を聞かせてくれ」
その声に斜め下から見上げる黒い瞳は男の顔を見つめるが、見上げるその角度はあの頃と変わらずで、25センチ下の彼女の背の高さは、ハイヒールを履いた分だけ高くなっているが、それでもまだかなり低い。昔、二人でこんな風に話をしていたことを思い出す。
そして、下から自分を見つめる姿に心をときめかせていたことを。
「・・あんたはあたしが昔知ってた人によく似てるの」
司はその言葉に一瞬バスを追いかけたとき、彼女と一緒にいた男のことを言っているのかと心が軋んだが、その口調は明らかに冗談を言っているように感じられ、ホッと胸を撫で下ろす。
「へぇそうか。俺に似てるってことはいい男だったんだろ?」
「そうよ。いい男だったわよ。・・俺みたいないい男に気に入られるなんてお前は運がいいって言ってた・・。だけどもう忘れたわ。その代わり、今は新しい恋人が見つかったから」
柔らかな微笑みを浮かべたその顔は、どこか挑発するような態度だが、司はその微笑みの意味を理解した。よく似た男とは自分のことを言っていると。そして、そのことに直ぐに気付き、彼女の話に会話を合わせられることが嬉しく、こうした話をすることで、二人の関係がまたひとつ前に進んで行くと感じられ懐かしさが込み上げる。
「・・そうか・・その男のことは忘れたか・・・」
「ええ。・・時々思い出すかもしれないけど、大昔のことだから殆ど忘れたわ」
調子にのったように言い放つその言葉が生意気だがどこか小気味よく、まるで高校時代、二人が丁々発止とやりあっていた頃のように思え、再び懐かしさが込み上げた。
「へぇ。その男も気の毒だな。それに残念だったな。こんなにいい女に忘れられる男なんぞバカの極みだ」
司は自分自身をバカの極みと言った。
自分の事がバカだと言える男は、彼女にもバカだと罵られることを望んでいた。
まだどこか遠慮があるなら、言いたいことを口に出すことに躊躇いがあるなら、これを機に躊躇うことは絶対にして欲しくない。それは彼女のためでもあり、司がそうして欲しいのだ。
彼女を忘れた男は、罵られて当然なのだから。
「そうでしょ?その男はね、あたしのこと忘れたの。・・あたしを忘れるなんて大バカ者よね。・・・だから今度忘れたら絶対に許さないんだから!」
それは紛れもない彼女の本音だが、口元に自然の笑みが浮かんだように見えた。
「絶対に許さないって?」
「そうよ!もし忘れたら二度と口なんか利いてやらないから!・・それにもし戻って来たら今度は殴ってやるんだから!」
「怖ぇな・・昔ゲーセンで見たお前のパンチは相当だったからな。殴られた男は顔が変わるんじゃねぇの?」
司は言って笑って見せた。
こうした会話が交わせるのが楽しかった。
「そうよ!いくらいい男だとしても、顔が変わるくらい殴ってやるわ!」
怒ることに勢いがついたように言う彼女の頬は赤く染まっているが、それは怒りのせいのか。それともまだ肌寒いこの季節のせいなのか。どちらにしても可愛らしいと感じていた。
「いいんじゃねぇの?顔が変わっても。その男がそれでその女に許してもらえるならそれで本望だろ。それにその男の顔が好きで付き合ってた訳じゃねぇんだろ?」
「当たり前よ!あたしが外見やお金に惑わされるって思ってるなら、その男はあたしのことなんて全然わかってなかったことになるもの!」
司の言葉を強い調子で否定する彼女の言葉は正しい。
彼女のことを分からない男は多いかもしれないが、司だけは、彼女がどんな女か知っている。
素直じゃない。そして意地っ張り。自分が信じることに対し信念を貫く。だが心優しく、それが欠点になることもある。だから誰かが守ってやらなきゃいけない女だが、それが嫌だという。そんな女は男から見ればややこしい女だが、それでも司にとっては彼女が一番いい女だ。そして彼女だけがあの頃の彼の心に沿った。
いつの間にか心の中にいた。
そしてそのことに気付いたときから、一瞬たりとも彼女のことが頭から離れなくなっていた。
そんな女は、司の目の前で涙ぐみ、道明寺のバカ。大バカ。あんたなんか犬に噛まれて死んじゃえばいいのよ、と呟いているが、最後に呟いた「いいわ。あんたと結婚するわ。その代りあたしのこと忘れたら犬の群れの中に放り込むからね!それから雄一さんに言って取り憑いてもらうから!」の言葉に司は笑いながら彼女を力一杯抱きしめていた。

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司×**OVE様
おはようございます^^
軽口をたたきながら昔のように話していた二人。
もう許されているとはいえ、まだどこか遠慮を感じられたつくしがいましたので、司はこういった会話が懐かしかったようです。
その呼び名は滅相もございません!(笑)
仕事で沢山の人と話す時、相手の表情を窺いながら、といったことが大切ですよね?
しかし、これが難しいですよね?
会話の持って行き方といったものも、相手の方に合わせて・・という読みが必要になると思いますが、頑張って下さいね。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
軽口をたたきながら昔のように話していた二人。
もう許されているとはいえ、まだどこか遠慮を感じられたつくしがいましたので、司はこういった会話が懐かしかったようです。
その呼び名は滅相もございません!(笑)
仕事で沢山の人と話す時、相手の表情を窺いながら、といったことが大切ですよね?
しかし、これが難しいですよね?
会話の持って行き方といったものも、相手の方に合わせて・・という読みが必要になると思いますが、頑張って下さいね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.10.19 22:05 | 編集

さと**ん様
大人司の考え方。雄一が仏になる日をめでたいと言いました(笑)
そして雄一の墓前に自分の気持ちを報告。
つくしも雄一の前で嘘はつけません。言いたいことは言いました。
雄一、二人のやり取りを目にして笑っていること間違いありません(笑)
そして雄一に取り憑かれる司(≧▽≦)
雄一に耳元で色々と言われキレるかもしれません(笑)
そしてつくしは、彼女らしさを取り戻して来たようです。
コメント有難うございました^^
大人司の考え方。雄一が仏になる日をめでたいと言いました(笑)
そして雄一の墓前に自分の気持ちを報告。
つくしも雄一の前で嘘はつけません。言いたいことは言いました。
雄一、二人のやり取りを目にして笑っていること間違いありません(笑)
そして雄一に取り憑かれる司(≧▽≦)
雄一に耳元で色々と言われキレるかもしれません(笑)
そしてつくしは、彼女らしさを取り戻して来たようです。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.10.19 22:14 | 編集
