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2017
10.05

もうひとつの橋 18

「東京どうだった?」

「ああ・・。あの街はいつもと変わらないよ」

「そうじゃなくて、お友達と久し振りに会えて話が弾んだ?」

「ああ勿論。最高の友人達だよ。終生の友だちって言うんだろうな。懐かしかったな」

「でも大丈夫?疲れたでしょ?」

「ああ。流石にこの身体じゃあ夜遅くまでは付き合いきれなかったよ」



人間の身体が負けるというのは、こういう事なのだろう。
雄一は、小康状態とはいえ、この一ケ月で急に体力が落ちて来た。
無理をしないでと言ったが、それでも大学時代のゼミ仲間が集まるからと東京まで出かけていた。

「みんなが集まるのは本当に久し振りだったんだ。卒業したばかりの頃は、よく居酒屋に集まって飲んでた。だけど、仕事が忙しくなるにつれ集まる人数が少なくなってきた。でも今回は地球を半周して来た奴もいたな。本当に懐かしかったよ。やっぱり学生時代の友だちはいいよ。自分を隠したり飾る必要はない。そのままの自分でいられるからね。まさにありのままの自分だ。これからは毎年会おうなんて話しも出たな」

と、言ってダイニングテーブルで二人は向かい合って座っていた。

ゼミ仲間が集まった酒の席は楽しかったと言ったが、その集まりは仲間たちが、雄一の病を知り集まってくれたと言うことを彼は知っている。
そして、来年もまた会おうといった言葉が出たが、来年がないことも彼は知っている。
金沢で集まろうといった話も出たが、大学は東京にある。地方に住む仲間も東京の方が集まりやすい。それに、田舎の街に集まったところで、お前たちが楽しめる場所はないぞ。東京での再会を楽しみに待つよ。俺も久し振りに東京に行きたいし、と雄一が断った。けれど、雄一は人生の結末を知っていて、自分がこの先何処へ行くのかも知っていた。



夫婦だが友情の域を出ない二人の関係。
雄一は、自分のことは、まだ自分で出来るから心配しなくていいと言うが、東京から戻って来た日は辛そうにしていた。

東京から金沢まで北陸新幹線だと2時間半ほどかかるが、飛行機なら1時間程度で済む。
つくしは飛行機で行くことを勧めた。だが、雄一は、飛行機は乗り飽きたと新幹線で往復した。
新幹線ならゆっくり考え事が出来るからね、そう言われれば確かにそうだが、飛行機の方が早いからいいんじゃない?と、言ったが、ビジネスじゃないんだ。急ぐ必要もないからいいよ、と返された。



ゆっくり考え事が出来る。
誰もがその時間を持ちたいと思うが、実際は日々の生活に追われ、一日はあっという間に終ってしまい、そういった時間を手に入れることは現実的には難しい。
つくしも、時にぼんやりと過ごすことがあるが、今の彼女は頭の中に二つ思いを抱えていた。

ひとつは「夫」である雄一のこと。
そしてもうひとつは道明寺司のこと。
西門総二郎の講演会から後、彼から連絡はない。
だがあの日、告げられた言葉がいつまでも頭の片隅に残り、消えそうになかった。
突然目の前に現れ、あの頃以上に好きだと言われ動揺した。
あの日以来、気持ちがどこか落ち着かないのはそのせいだ。けれど今は、記憶が戻った道明寺司のことよりも、雄一の事を心配する時だと言うのに、どうしてもあいつのことが脳裏にちらついていた。

病人を前に考え込むような態度を取るのは良くないことは分かっている。
だからせめて表面上だけでも普段と同じように振る舞いたいと思い、雄一が話す東京の話を、懐かしさを感じながら聞いていた。


生まれ故郷であり、青春時代を過ごした場所。
沢山の思い出があの街にはある。だがその反面、忘れたい記憶もある。だが今、改めて思い返すと、あの頃の一生懸命さが眩しく感じられる。あんなにも恋にひたむきになれる自分がいたとは、今では考えられないことだ。




「つくし、話があるんだ」

夕食を終え、新しく淹れた緑茶の入った湯飲みを両手で包み、うつむき加減で座っていたつくしの耳に、真面目な口調が聞えた。

「え?」

顔を上げ見た雄一の表情は、やはり声と同じで真剣な眼差しが感じられた。
身体は体力が落ちているが、声と眼差しに込められた力は病人とは思えない強さが感じられた。つくしといる時は穏やかな雰囲気が漂う雄一だが、ここぞ、といったとき、その目は真剣になる。

「東京で道明寺さんに会ったよ。道明寺副社長にね。・・いいかい?これから僕の話すことを聞いて欲しい」

東京で道明寺司に会った。
それは、雄一の方から訪ねたのか。それとも道明寺司が雄一の動向を調べ、東京にいることを知り、会うことにしたのか。思いもよらない言葉につくしは戸惑を隠せなかった。

「僕から訪ねて行ったんだよ」

つくしの疑問が聞えたのか、雄一は答えた。

「彼の名刺を見つけたんだ。・・このテーブルでね。覚えているだろ?カレーを食べた日だ。
あの時、道明寺HD副社長が日本に帰国したって話しをした後、君は彼の記事が載った新聞の下に彼の名刺を置き忘れた。・・彼だろ?高校時代お前なんか知らないって君を振った酷い男は」

と、確信を込めて言う。
確かに雄一の答えは間違ってない。
つくしのことを忘れたのは道明寺司だ。

「道明寺さんにも話したけど、君と彼を結びつけるのは簡単だったよ。何しろあの名刺は全てのものを凌駕するってくらい威力がある名刺だ。それを君が持ってることが、まず普通の関係じゃないってことが言えるからね。同じ高校。それから君が話してくれた高校生の頃の話。そんなところから推理したんだよ。病院のベッドの上で点滴を受けながらね」

ベッドの上での点滴。それは抗がん剤治療薬の点滴ことだ。
雄一は、そんな時間を使い、二人のことを考えていたことが楽しかったといった口ぶりだ。

「僕みたいな人間がいきなり行って会ってくれるとは思わなかったけど、彼は会ってくれたよ。金沢の篠田って名乗ったら分かったみたいだ。君の夫である僕に興味があったんだろうな。直ぐに通されたよ」

確かに興味があるだろう。
再会したとき、雄一が癌であることを知っていた。そして進行度合いを訊ねてきたが、悪かった答えなくていいと言い、聞くべきことではなかったと謝罪した。そんな風に興味を抱いた相手が会いに来たのだ。だが何故、雄一は彼に会いに行ったのか。
つくしは疑問をぶつけた。

「・・雄一さん。どうして彼に会いに行ったの?」

それが知りたい。
一体何故道明寺に会いに行ったのか。
東京へはゼミの仲間に会う為だけだと思っていたが、もしかすると、ゼミ仲間より、道明寺に会うことが目的で東京に行ったのではないか。
何故かそんな思いがしていた。

「別に道明寺さんに会うことだけを目的に東京に行ったんじゃないよ」

「え?」

「独り言。聞こえてるよ」

「ご、ごめん・・・」

「別に謝る必要はないよ。まさか僕がやきもちを焼いて彼に会いに行ったなんて思ってないよね?僕たちはそんな関係じゃないんだし。・・でもどうしても彼に会いたかったからね。君は道明寺さんのことは、僕には関係ないことだって思っているかもしれないが関係はあるんだよ。
僕は君が笑うと楽しい。でも最近は笑うところを見ることが無くなった。それは僕のせいだ。病人が傍にいたら心から笑うことが出来ないことは分かる。それでも君は笑っていたこともあった。だけど最近君が考え込むようなことが多いのは、彼のせいなんだろ?彼の名刺がそうさせた。いや、名刺だけじゃない。もしかすると彼は君に会いに来たかもしれない。違うかい?」

雄一は身体が衰弱するのに反し、勘が冴えて来たのだろうか。
彼の言うことは当たっていた。
だが身体が衰弱したからといって、そこに死を迎える悲壮感はなく、あくまでも前向きに生きようとする人間の好奇心のようなものが感じられた。だがわざわざ好奇心から道明寺司に会いに行くだろうか。

「僕は近いうちに死ぬ人間だ。そしてそれは変えることが出来ない事実だ。それから僕の死後には、君には時間が残される。長い時間が。その時間をどう使おうと君の自由だ。だけど出来れば今までとは違う使い方をして欲しい。寂しい人間に寄り添って自分の寂しさを紛らわすようなことはしないで欲しい。そうやって自分の存在意義を確認しようとしないで欲しい。自分の人生を人の為に使うんじゃなくて、自分の為に使って欲しいと思ってる」

雄一は出されていたお茶を飲み、それから話を継ぐ。

「言ってる意味は分かるよね?君は篠田つくしだけど篠田つくしじゃない。そのことは最初から分かってることだけど、今の君はまるで他人の人生を生きてるように見えて辛いんだ・・」

つくしは、自分ではそうは思わなかったが、雄一から見れば、他人の人生。つまり抜け殻のように感じられたのだろうか。

「僕は道明寺さんと会って分かったよ。彼は君のことを一度は忘れたんだろうけど、今はそのことをすまないと思ってる。それに君のことが好きだってことがよく分かった。だから僕と会ってくれた。なにしろ僕は君の夫だからね。気になって仕方がなかったんだと思うよ。
それに僕の顔を見た彼の表情は忘れられそうにないよ。彼は僕のことをこう思ってただろうしね。この男が君を抱いたんだってね。突き刺さるような鋭い目で見られて恐ろしかったよ。だから彼に言った。僕たちは同じ苗字で同じ屋根の下に暮らしてるけど、本当の意味の夫婦じゃないってね。・・それに彼は君の事をわざと忘れた訳じゃなかったんだね・・あの事件で君のことを忘れたって言ってたな。道明寺財閥の御曹司が刺された・・あの事件は大きな事件だったから僕も覚えてるよ」

道明寺財閥の一人息子である道明寺司が刺され、意識不明の重体となったニュースは、日本経済の未来を揺るがすと言われるほどのニュースであり、知らない者はいないはずだ。

「君は彼のことをどう思ってるんだい?」

「どうって・・・昔のことよ・・」

そうだ、昔の話だ。
集中治療室の前で、呆然と立ち尽くし、空気が震えるような声で彼の名前を叫んだ。
死なないでと。
確かに死ななかった。
神様はつくしの願いを聞いてくれた。
だが、その代償が自分の存在を忘れさせることだとは、知らなかった。

「でもそうじゃないだろ。違うはずだ。こうして彼の事を話す僕を見る君の目は、そうは言ってない。哀しみが感じられるからね。・・でもね、君の将来はこれからだろ?そんなに哀しい顔をしないで、ほら元気を出して」

雄一は、そう言ってじっと見つめるつくしの視線に楽しそうに笑いを広げた。
笑うことが少なくなった彼女を無理矢理でも笑わせようとしているのか、明るい口調で話を継ぐ。

「それにしてもいい男だな、道明寺さんは。外見のことじゃないよ。勿論彼の外見は男の僕から見ても魅力的だと思う。でも僕が言いたいのは、彼が君を思う気持だ。
ひしひしと感じたよ。あんな人に愛される女性は幸せだと思う。
道明寺さんとは初めて会ったけど、初めて会ったような気がしないよ。もしかして彼の知り合いに僕に似た人がいるんじゃないか?なんだかそんな感じがした。ほら、あるだろ?初めて会った人間でも気が合いそうな人間って分かるものだろ?僕と道明寺さんは気が合う・・そんな気がするよ」

雄一が言った僕に似た人。
それは類だ。つくしは、雄一と類が似ていると感じていた。雄一に何かを一滴垂らすと花沢類になる。
だが、そうなると雄一と司の性格は真反対になるはずだが、それでも、花沢類と道明寺司の間には友情が成り立っていることを考えれば、もしかすると雄一の言う通り二人は気が合うのかもしれない。

雄一は、会いに行って良かったよと言い、女性関係の噂は色々とあったけど、いい人だったな。と言った。それから黙ったままのつくしに、こう言った。
今は喋りたくないだろうから、何も言わなくていいよ。ただ僕の話だけを聞いてくれたら。
何しろ、今のうちに言いたいことは伝えておかなきゃ、いつかそれも出来なくなるからね。
それは、死への実感を感じている雄一だから言える言葉だ。

そして最後にこう言った。
僕が気がかりなのは、友人である君の幸せだ。僕たちは相互依存関係だった。
互いが互いを慰めることまでしなかったけど、心の支えにしていたのは事実だろ?
僕はそのうち自分のことが自分で出来なくなる日が来る。その時は入院するよ。
そうなると、君はひとりになる。そのことを考えたとき、なんとも言えない気持ちになる。
でもそうなる前に、道明寺さんときちんと話をして欲しい。
彼は君を見ている。
今は君だけを見ている。
だから少しでもいい。話をしてごらんよ。

君の心の中には彼がいるんだから。












電話をかける決心に繋がったのは、雄一の最後の言葉が胸に響いたからだ。
昼休み社内で持参した弁当を食べ、ビルの屋上へと足を運んだ。
非常口と書かれた扉を押し開き外へ出た。誰もいないのは、季節が進み、随分と風が冷たく感じられるようになったからだ。初冬の匂いがする。
途端、一陣の風が吹きつけ、深まる季節の寒さに身体が震えた。


数字が羅列された名刺は、あれから財布の中に入れられたままだ。
誰もが知りたがる電話番号だが、その番号に電話をかけるのは勇気が要る。

つくしは、財布を開き、上質な紙を取り出した。
そして掌の小さな画面に現れた数字に、ひとつひとつ触れ、何も考えず、最後に通話マークに触れた。


数秒間のコール音がして『もしもし』と緊張した男の声が聞えた。






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コメント
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dot 2017.10.05 07:31 | 編集
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dot 2017.10.05 08:46 | 編集
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dot 2017.10.05 11:14 | 編集
み**ゃん様
おはようございます^^
雄一は凄い人です。司に会いに行く行動力も、話す事も。
そして、つくしの背中をこ押すことも。
友人として、今の自分が出来ることを彼女にしてあげたい。
ただ、その思いです。
そんな雄一は、かつて愛した人と会うことが出来るのか?え?
え~っと・・。どうなんでしょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.05 23:38 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
雄一さんはいい人ですねぇ。友情と相互依存関係の上にある結婚生活。という同居人生活。
雄一さん、類に似て洞察力や勘が鋭いです。
そして、彼は司とは初めて会った気がしないと言い、友人関係が築けそうです(笑)
電話をかけたつくし。さて、司とどんな話をするのか。
電話ですから、相手の顔は見えません。その言葉が大切ですからね、司!

気温が下がり秋も深まりましたが、季節の変わり目は身体の調子が狂います。
また上がる日がありそうですが、もう衣替えは済ませていますので、暑くても秋服です(笑)
お弁当作り、大変ですよね・・。好みが違う!!困りますねぇ。
でもそれぞれに違うお弁当を作る母様は偉いです!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.05 23:52 | 編集
イ**マ様
三人ともそれぞれにもどかしいですねぇ^^
ある女優さんのそのお話。アカシアも聞いたことがあります。
ああ、あの方だな・・と思っていますが、再婚して欲しくない。それが正直な気持ちなのでしょうねぇ。
そして、自分以外の人と幸せになって欲しくない!(≧▽≦)正直な思い、ありがとうございます!
夫婦は長年一緒にいると、そんなものです(笑)しかし、愛のバランスは常にどちらかが強いはずですが、いかがでしょう(笑)
男女の愛情ではない雄一とつくしの関係。ですが、決して打算ではありません。友情・・。それが二人の間にはあります。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.06 00:01 | 編集
H*様
司とつくしが幸せになる為には、司の努力もですが、雄一さんの力も必要です。
大人の幸せを掴んで欲しいものです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.06 00:04 | 編集
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