2017
10.03

もうひとつの橋 17

「男か?それとも女か?」

受付けに現れた金沢の篠田と名乗る人物。
その名前に頭に浮かんだのは、篠田つくし。
だが秘書から返されたのは、男性の篠田様です、の言葉。
その男は、司がこの目で見たい、話したい。どういった男なのか、じかに確かめたいと望んだ人物である篠田雄一。その男が金沢ではなく東京に、司の会社のロビーにいる。

「すぐに通してくれ」








秘書が頭を下げ出て行くと、案内されて来た人物は丁寧な挨拶をした。

「篠田雄一と申します。お忙しいところお時間を割いて頂きありがとうございます。それも私のように見ず知らずの人間の訪問を快く受け入れて下さって感謝いたします」

目の前に現れた人物は、司の手元にある写真よりも痩せていた。
それが病のせいであることは知っている。一見してそれと分る症状は見られないが、身体は確実に衰えているはずだ。だが背は高く、司と大して変わらなかった。

司より2歳年上の男は、花沢類に似た雰囲気があると聞かされていたが、確かに男からは刺々しさといったものは感じられず、穏やかな空気が流れていた。そしてもし健康な身体でいれば、その顔立ちと容姿に惹かれる女は大勢いたはずだ。
しかし全体的に痩せた身体からは、安定感が失われているのが分る。
司は雄一をソファに掛けさせ自分も正面の席に腰を下ろした。


ノックの音がして秘書がお茶を運んで来たが、やはり雄一は丁寧に頭を下げた。

男二人のうち、どちらが緊張しているのかと問われれば、今は司の方かもしれない。

大企業である道明寺HDの副社長を前にすれば、誰もが緊張する。
それは、司の立場が威圧感を感じさせることも然る事ながら、男としての姿に萎縮するからだ。莫大な富を持つ家に生まれ、誰もが羨む容姿を持ち、望めば手に入らないものなどないと言われる生活を送る男と自身を比べたとき、自分がちっぽけな虫のように感じられるからだ。だが目の前の男からは、そういった感じは受けなかった。


司もかつては、自分の周りにいた人間を虫けら同然に見ていた事があった。
だが、一寸の虫にも五分の魂と言われるように、虫でも向かって来ることを知った。
高校生の頃、まさにそれを経験した。小さく弱いと思っていた虫が、彼に向かって飛び蹴りをして来た。それが牧野つくしとの出会いだった。
そして親友のひとりである男と彼女を奪い合ったことがあった。
そんな親友の雰囲気を持つ男に、彼女が心を砕いているのも分るような気がした。


果たしてこの状況でどちらが先に口を開くべきか。
ビジネスなら先手必勝、出鼻を挫くことが望ましい。だがこれはビジネスではない。
ひとりの女性の心が欲しいと望む男の駆け引きとでも言えばいいのか。
そんな司の思考を読んだのか、雄一が先に口を開いた。

「道明寺さん。お目に掛かりたいと思っていました。実はいつ連絡を下さるのかとお待ちしていました。ですがなかなかご連絡を頂けないようですので、私の方からこうしてお邪魔させて頂きました」

思いもしなかった言葉が返って来た。と司は思った。
司も雄一に会いたいと思っていたが、男の突然の訪問に驚きを隠せなかった。そして、連絡を待っていたといった言葉の意味が分からなかった。

「そうですか。私たちはあなたが仰ったように見ず知らずの人間、今日が初対面ですが、あなたが私からの連絡を待つ・・。その意味がよく分かりませんが何故そのように思われたのですか?」

司は来訪の意図を探った。
篠田雄一が、わざわざ東京まで足を運んだ意味は一体なんなのか?
考えて見たが、まさか、金沢で彼女に思いを伝えたことを知っているとは思わないが、もしかすると、彼女は夫である雄一にそのことを話したのだろうか。
だが、三条の話によれば、雄一とは本当の夫婦ではなく、友人だと聞いているがやはり間違いなのだろうか。となると、他の男に自分の妻が口説かれたことに腹を立てた男が、口説いた男に抗議をしに来たという構図が浮かんでいた。



「道明寺さん。私はあなたが私のことを良くご存知といった前提の上で話しをしますが、あなたの事ですから、私のことは全て調べていらっしゃることでしょう。ですから単刀直入に言わせてもらいます。私はあなたと篠田つくしが知り合いだということは知っています。それもただの知り合いではないことを。ですが誤解しないで下さい。私はあなたと彼女の関係をとやかく言うつもりはありません」

雄一は一旦言葉を切った。
そして司の顔に現れる感情の揺れを探そうと彼の顔を窺っていた。

「私はあなたの名刺を見つけたんです。不思議に思いました。何故道明寺HDの副社長の名刺が我が家のダイニングルームのテーブルの上にあるのかを。でもすぐに気がつきました。何しろ妻は英徳学園の高等部出身です。あの日はカレーを食べたんですが、あなたがNYから日本に生活の拠点を移すといった新聞記事を読んだ日でした。同じ学園の先輩だよね、同じ学園出身だなんて凄いよねといった話しをしたのですが、興味がなさそうな態度でした。まあそれは人それぞれですから気にしませんでした。ですが私が風呂から上がってその新聞を再び読もうと手に取った時、あなたの名刺が新聞の下に置かれているのを見つけたんです。名前と手書きで携帯電話の番号が書かれた名刺です」

それは、司が三条桜子の手を通し、つくしの元へ渡ったものであることは間違いない。


「多分彼女は置き忘れたのでしょう。私は何もなかったように新聞を元あった状態に戻し、自分の部屋へ向かいました。翌朝、テーブルにあったはずの名刺は無くなっていましたが、彼女が回収したのでしょう。私はあなたの名刺を目にする何日か前から彼女が何か考えごとをしていると気づいていましたが、後になって考えて見れば、あの名刺の人物のことを考えていたのだと気付いたんです。何しろ、道明寺司の名前だけが書かれている名刺です。そこへ手書きの電話番号です。何か関係があると思うのが普通でしょう」

肩書の書かれていない名前だけが印刷された名刺。
だがビジネスに興味がある人間ならその名前だけで誰であるか分る。
そしてそこに手書きで書かれた電話番号は、その男のプライベートの番号であり、簡単に手に入るものではない。だからその名刺が、ごく普通の会社員の女の手元にあることをおかしいと思うのが当然だ。

「肩書のない名刺に書かれた携帯電話の番号の意味は、どんなに鈍感な人間でも分かります。特にあなたのような立場の人間が誰にでもプライベートな番号を教えるはずがありません。それに病人というのは、時にベッドの上で何時間もじっとしている事になると想像力が働くんです。考えたくないことも頭を過ります。ですが、どうせなら楽しいことを想像したくなるじゃないですか。あなたと彼女が過去に何かあったということを繋ぎ合わせることは簡単でした」

二人の関係をとやかく言うつもりはない。
楽しいことを想像したくなる。
司は篠田雄一が一体何を言いに来たのかと訝しんだ。


「私の命には期限があります。その期限内は前向きに生きる努力をして行こうと決めました。そんな私に付き合ってくれているのが妻となってくれた牧野つくしです。
私たちが知り合った頃、彼女がよく言っていた言葉があります。記憶なんていい加減なものだからという言葉です。その時は何の気なにし聞いていた言葉でしたが、結婚してから彼女の口から聞いたんです。ごく軽い調子でしたが、高校生の頃、好きだった人にお前のことなんか知らないといってフラれたと・・・。その時、私は言ったんです。その人は自分の人生の中で重要な人だったんじゃないのかってね。道明寺さん、私があなたに会いたかった理由ですが、お分かりではありませんか?」

「いや。何をおっしゃりたいのか」

司はそう答えたが、雄一が二人の過去に何かがあったことに気付いていると感じていた。
だが目の前の男は、淡々と語るだけで、依然として何を考えて話しをしているのか先が見えない。とやかく言いに来たのではないと言っただけに、腹を立てているといった雰囲気もない。それなら一体何をしに来たのかと訝しく思った。そして雄一が二人の関係を具体的にどこまで知っているのかと考えていた。だが二人の間には何もない。ただ司が自分の思いを伝えただけだ。今でも好きだということを伝えただけで、手すら握ってはいない。

「道明寺さん、振り払おうとしても振り払えないもの・・そういったものが人間の中には存在するはずです。それが生涯にたった一度の恋だとすれば、その恋を手にするまではずっと頭の中に取りついていくはずです。まあ、これは私の主観ですので誰もがそうだとは思いません」

雄一は、そこで再び話を切り、出されていたお茶を二口ばかり飲んだ。
そして司の顔をじっと見た。その表情は真剣だ。
まるで、ここからの話は司にも真面目に聞いてもらいたいと訴えているように感じられた。

「恋は代替えのきかない感情と言います。他の誰かでは代わりにはならない。
本当に好きな人でなければ抱きたいといった感情は働かない。私と篠田つくしは夫婦ですが、男女関係は一切ありません。私はそれをあなたに伝えるために来ました。道明寺さん、あなたが彼女のことを振った男性ですよね?彼女のことを知らない女だと言って振ったのはあなたですよね?」


答えを求められている。
司はそう感じていた。
そして何故か司も雄一の問いに真剣に答えなければならないといった気持ちにさせられていた。それは、目の前の男が名目上とはいえ、彼女の夫であり、彼女を守る立場にいる人間であることを理解せざるを得ないからだ。
そして感じたのは、篠田雄一という男は、例え本物の夫婦でないとしても、牧野つくしが不利な状況に置かれることを望まない。守ってやらなければならないといった気持ちを持っていることに気付いた。
それが友情の証だとすれば、雄一という人間は、牧野つくしの献身に十分値する人間だと感じた。



「ええ。私です。彼女に酷い言葉を投げつけたのは。私はある事件に巻き込まれ生死の境を彷徨い、目が覚めた時には彼女のことを忘れてしまっていた。全く記憶の中にはなかった。だから彼女のことを知らないと言った。そして追い払った。二度と顔を見せるなと罵倒した。それから他の女を招き入れた」

司は17年前を思い出していた。
記憶の海馬に刻まれているあの日の光景は、一生忘れることはない。

「でもあなたは思い出した」

「ええ。そうです。思い出したんです。ある日突然ですが気づけば彼女の顔が頭の中にあった。高校生の頃の彼女の姿が目の前にあった」

ある日突然彼女の記憶が想起した。

「そうでしたか・・。あの事件なら私も記憶にあります。当時私は東京の大学へ通っていましたから。大きなニュースだったことを覚えています。ですが、彼女がその当時あなたと付き合っていたとは知りませんでした。道明寺さん。何故私があなたとお会いしたかったのか・・それは話しておきたいことがあったからです。先ほども言いましたが彼女は篠田つくしとして暮らしていますが、本当は違います。いえ、戸籍上は篠田です。ですが心は今でも牧野です。忘れられない恋を引きずって生きている女性です。そして私はご承知のように癌で期限付きの命です」

余命一年と言われているが、人の命は儚く、ある日突然何が起こるのか予想がつかない。
その事は、司が一番よく理解していた。
何しろ昏睡状態から目が覚めたとき、記憶の一部を失い、17年も愛する女性のことを忘れていたのだから、雄一の言葉に重みを感じている。

「おかしな話だと思われるかもしれませんが、私たちは、互いに依存して生きています。片方の人間は病に侵された恐怖から逃げたい、けれど逃げることが出来ません。そんな人間と過ごそうと言ってくれたのは彼女です。どうしてそんなことをとお思いでしょう。彼女は以前やはり癌の女性の最期を看取っています。誰かに必要とされることで自分の存在価値を認めている・・そんなところがあります。何しろ一度自分の存在を激しく否定された経験を持つ女性ですから・・・。もうここまで言えばお分かりですよね?彼女を傷つけたのは、あなただ。だからあなたが彼女の傷を治してあげるべきです」

今、司の目の前に座る男は、同じ空間に暮らしてはいるが、性的対象者ではないひとりの女性の人生の先行きに心を砕く人間だ。

「私はただの友人です。それに彼女の善意に甘えている情けない男です。そんな男は時間もありませんし、彼女の心の奥深くにある傷まで手が届きません。それにもし私がいなくなったら、また彼女は自分の存在価値を認めてくれる誰かを探そうとするかもしれません。病気になって苦しむ人を助けることで、自分が助けられる。・・でもそんな人生は可哀想じゃないですか。自分自身の幸せの為に生きて欲しい。私は友人としてそれを願っているんです」


司は、黙って雄一の話を聞くことしか出来なかった。
何故なら17年間彼女を忘れた負い目がある。そして、たとえ雄一と彼女の関係が短い交際期間と2年の偽りの結婚生活だとしても、司がつくしと恋愛関係にあったのは、もっと短い間だったのだから、同じ屋根の下で2年過ごした雄一の方が司より彼女のことを良く知っていた。





雄一は腕に嵌めた時計に目をやり、お忙しいでしょうから、そろそろ失礼しますと言って立ち上った。

「あなたの貴重な時間をこれ以上使うことは私には出来ません。ただお伝えしたいのは、彼女はまだあなたの事が好きだということです。これは紛れもない事実です。心は金沢の街にありませんでした。気持ちはいつもどこか遠くへ運ばれていましたから。これは2年間彼女を間近で見て来た友人が言っているんですから間違いありません。自分の言葉に賭けてもいいくらいです」



最後にさらりと言ってのけた言葉が本当だとすれば、司にとっては嬉しい言葉だ。
ただそれは、あくまでも雄一の感じた思いであり、本人の思いではない。


そして短い沈黙のあと、篠田雄一は司に告げた。

「大変申し訳ないんですが、私が死ぬまでは彼女を私に貸して下さい。こんな言い方を彼女が聞いたらあたしは物じゃないって怒ると思いますが、彼女は最期まで私の傍にいてくれると言ってくれました。今の私には彼女の存在が心の支えです。たとえそれが友人関係だけの女性だとしても、人は支えがあるとないとでは生き方に大きな違いが出来ますから」




静かに訪れた人物は、やはり最後は静かに去った。
だが、司にとって篠田雄一の来訪は大きな嵐のような意味を持っていた。
それは17年経っても彼女は自分のことを忘れてはいないということ。
そして、あの時、司が傷つけてしまった心は、あの頃と変わらないということを知った。





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コメント
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dot 2017.10.03 06:35 | 編集
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dot 2017.10.03 07:06 | 編集
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dot 2017.10.04 00:48 | 編集
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dot 2017.10.04 18:29 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
雄一さんが会いに来ました。そうなんです。彼、類くんみたいな人です。
お話の中にもそのような記述があります(笑)
つくしは、類のような人だから友達でいることが出来ると分かったのでしょうねぇ。
このお話は、雄一さんが重要な役割を果たしてくれているようです。
つくしが過去の恋で傷ついていることも知っています。
その傷をつけたのは、司であることも。
司はつくしの心の傷を癒すことも必要ですが、雄一さんの心の癒しも必要です。
幸せになるためにするべきことをする!頑張れ司!

残念でしたねぇ。
でも映画は何度も楽しめますね?ストーリー拝見しました。
禁断の恋・・いいですね。坊ちゃんも大人になりましたので、そういった恋も似合う年頃ではないでしょうか。
こちらの二人は、「禁断の恋」にはなりませんが、大人坊ちゃんならそういった恋もいいかもしれませんねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.04 21:31 | 編集
pi**mix様
はい。篠田さんが東京まで足を運んだ理由は、ご推察の通りです。
自分の為であり、つくしの為であり、そして司の為でもある。
>篠田さんが人生の終わり近くにできた友達が司・・
そう感じて頂けましたか!そうなんですよ。篠田さん、類くんに似た人ですから、司のような人間でも色々と平気です。
篠田さんの好きなようにしてもいいですか?(笑)篠田さん、本当にそうしますよ?
つくしは、傷が化膿しているようです。
そして、それを治すことが出来るのは司です。

体育大会イエーイ←(笑)さわやかな秋風に吹かれ走るお子達は、エンジョイしたのでしょうか?
えーっと、つくしの四文字熟語のあだ名ですか?
む、難しいですね?(笑)pi**mix様にお任せします!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.04 21:51 | 編集
か**り様
雄一さん、好きだった人とは、完全に終わったのか・・。
どうなんでしょうねぇ・・。
そして司も、相手は病を患っている男ですから、かける言葉に悩みます。
ええっ?司、つくしを待たせた分だけ待つんですか?(笑)
そして雄一さんに長生きして下さいと声をかける。
二人の距離がどんどん遠くなる・・
それは、司が許してくれないような気がします。許されませんね、きっと・・・(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.04 21:57 | 編集
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dot 2017.10.08 21:25 | 編集
さと**ん様
雄一さんは、とても出来た人間です。
ここまで人を思いやる心を持つ人間は多くはいないと思われます。
ここまで出来るのは、自分の人生の結末を知る人間だからなのか。それとも、本来彼が持つものなのか。
限られた人生を生きる方の言葉は、とても重みが感じられます。
過去には、自分のことで精一杯といった時期もあったかもしれません。しかし、既にそういった時期は過ぎ去ったのかもしれませんね。
行動力のある雄一。司に会いに行くことが出来るとは・・凄い男です。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.08 23:38 | 編集
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