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2015
10.07

キスミーエンジェル37

重苦しい沈黙が流れていた。

千々に乱れる思い・・・
一度にいろんな感情が押し寄せてきて彼の腕のなかで8年間の過ぎ去った時間を思い出していた。


「離れていたあいだ、おまえのことが頭の中から離れることはなかった。
つきまとって離れなかった。」
彼が腕を緩めると、つくしは足を引いて彼から離れた。

「じゃあどうして連絡をくれなかったの?あんたが突然ニューヨークに行った理由はあんたんちの会社が大変だからってことは後から知ったけど・・」
つくしは尋ねた。

「したさ。俺は渡米して一年後に一度帰国していた。おまえが大学生の頃だった。
その足でおまえに会いに大学まで行った。そのとき俺が目にしたのはおまえが楽しそうに男と歩いている姿だった」
つくしは最後の部分が正確ではないと思った。

「俺はあのとき痛みを感じた。嫉妬だったんだよ。おまえが楽しそうに学生生活を謳歌しているのを目にして・・・・・」
一瞬の沈黙ののち、彼は言った。
「知ってるか?嫉妬ってやつは恐ろしい。そんなとき俺はババァからおまえは金目当ての尻軽女で雌猫みたいなもんだって言われたよ」
「そんな!」
つくしは信じられないと言うように声をあげた。

「ああ、わかってる。おまえがそんな女じゃないってことは。
でもあの時の俺はまさに恋に破れて嫉妬にさいなまれている男だったのさ。そんな俺にババァの言葉は・・・牧野つくしは金を受け取って俺との関係は今後一切持たないと約束したって言われたよ」
俺はそのとき、すべてがその言葉で終わったように思えた。

つくしはお金の話をされ惨めな気分で聞いていた。
「私はお金なんて受け取ってない。それに・・私の専攻していたのって土木工学よ?
まわりにいるのは男子学生ばっかりだった」



道明寺はしばらく探るようにつくしを見つめた。
「おまえ8年前、世界の経済情勢がどんなだったか知ってるか?
うちの会社も正直大変だった。なんとしても会社を最低限、いや元の状態にまで戻すこと・・そんな脅迫観念にかられていた頃だった。
最悪のシミュレーションをたてたくらいだった。そんな状況でおまえに会いたいと思って7年前に・・」

そこで目にした光景に勝手に嫉妬した俺は彼女の前に姿を見せることはなかった。
そして高校生の頃のような無軌道な人生を送る時期はとっくに過ぎていた。
ひとりで結論づけて、ひとりで決断をつけていた。

「なぜ俺ががむしゃらに働いて道明寺HDの為に心血を注いでいたか理由が知りたいか?」
つくしは小さく頷いていた。

「嫉妬だよ」
彼は正直に言った。
「大学で見たおまえは輝いていた。俺のことなんて忘れてしまったように。
自分で自分の道を切り開いて生きていこうと思ったんだろ?
羨ましいと思った。
なのに俺は・・・結局どんなに足掻いてみても親に決められたレールのうえで生きていた。
道明寺の金を使って・・。
だから俺も道明寺で生きることが自分に与えられた運命なら、その道を窮めてやろうと思ったのさ。経済で世界を動かすことが出来るならそうしてやろうと思ったのさ」


今のつくしにはあの頃がどれだけ大変だったのかは理解できる。
世界的な規模での経済不況に見舞われていた。
たくさんの会社が潰れていき、たくさんの人がリストラの憂き目にあった。
うちの家族だって同じ目にあった。

つくしは簡単に事実だけを伝えようとしていた。
「あのね・・道明寺、あんたのお母さんがあんたと関わらないで欲しいってうちに来たのは本当のこと。あの頃うちの両親もね、リストラされたんだけどやっと次の仕事が決まった頃だったの」
つくしは声を詰まらせていた。
「でね、あんたのお母さん・・圧力をかけてきた。仕事が大切なら娘さんに行動を慎んで欲しいって・・・。それにあんたは・・私とは遊びだって言われたの・・」

「牧野、その時どうして俺に連絡を取って確かめようとは思わなかったんだ?」
彼は怒りに任せたような口調で言ってきた。

「だって怖かった!道明寺のお母さん!・・・説得されて・・家族もリストラにあって、やっと見つけた仕事も・・。それに連絡してあんたの口から遊びだったなんて聞きたく無かった」

遊びなんかじゃなかった!
答えはあきらかなはずだったのに牧野は連絡してこなかった。

「あんたのお母さん、お金を置いていこうとしたけどうちの両親もそれは断った・・。
プライドまで奪われたくないってね・・・」
つくしは穏やかに話を続けた。
「でもね、ひとつだけ貰ったものがあるの・・・。私のマンションの鍵に付いているキーホルダーなんだけどね、あれあんたが私にプレゼントしようとしていた物だったんだって教えられた。受け取ろうかどうしようか迷ったけど・・・」
思い出が欲しかったから受け取った・・・

つくしはつらい思いで説明をした。

「本当はネックレスだったんだけどね、鎖は外してキーホルダーに加工して貰ったの。
それにマンションの鍵と一緒だから絶対に無くすはずもないし・・」

俺はその時、8年前に牧野にプレゼントをしようとブルガリに特注していたネックレスのことを思い出していた。
結局あの時はネックレスを見ることもなく渡米してしまい存在自体も忘れ去っていた。
それをババァが引き取って牧野に与えていたわけか・・。
デザインはしたものの、実物を見たわけじゃなかった俺は牧野のマンションの鍵を手にしたとき気づきもしなかった。
そしてこの数分間にふたりで語り合ったことはどれも真実だろうと思った。


彼はつくしを引き寄せると、守るように強く胸に抱いていた。
その腕に力がこもる。
そして彼女の頭のうえに顎をのせると優しく背中をさすっていた。
彼には彼女の言うことがすべてだと思った。
8年前の二人で過ごした短い時間が甦るようだった。
ひとつ、ふたつと思い出すたびにこれまで無駄に過ごしてきた時間を悔いた。




しばらくして彼のポケットの中で携帯電話が鳴り始めたが彼はそれを無視した。
そして彼女の身体は彼にゆだねられたままだった。









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